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見かけによらない

「やっぱりそうだ、占い師さん、雑誌に出てなかった?」
 安っぽい占いの館で、安っぽい服装の占い師に、お客の若い男が言った。
 うだつのあがらないサラリーマンのような顔をした、中年男の占い師は、少し困った顔で曖昧にうなずいた。
「そうだよ。あれだ。あの風俗系の雑誌……」
「ええ、確かに。出ましたよ。半年まえのやつですね」
「じゃ、やっぱり有名な占い師の人なんだ」
 占い師は肩をすくめるようにして首を振る。
「いえいえ、そんな有名じゃないんですよ。それにしても、ずいぶん前の記事だったのによくわかりましたね」
「いや、神がかりの的中率って書かれてたのに、同じ地域に定住しないで、日本中を流浪してるなんて記事にあったんで、そんなやついないだろと印象に残ってて。おっと、すいません」
 二人が対面した小さなテーブルには、いかにもといった雰囲気の赤黒いクロスがかけられ、小型の水晶球と、タロットカードのセットが置かれている。占い師は水晶球をわきに寄せながら、首を軽く振った。
「いいですよ。本当のことです。ちょっと事情がありまして、同じ場所に定住したくないものですから。それに客を取りすぎても大変ですからね。ごくあたりまえに、平易に占うのが、私の信条なんです」
「神がかりの的中率なんですよね」
「うーん、まあ、自信はありますよ。この仕事をもう二十年やってますから。で、どうなされました。何について占いますか?」
 若い男は頭をかいた。
 そうはいっても、あまりに安っぽい、この貧乏くさい窓際係長みたいな占い師が、自信があるというと、逆に当らなそうな気がする。
「……それが、最近なんか変なんです。年の初めから、自動車で信号待ちに後ろから追突されたり、財布落としたり、それで今年は不幸だなとおもったら、今度は彼女が出来たり、仕事がうまくいったり、なんか異様に波が激しくって、ものすごい不安定なんです」
 占い師は、タロットをテーブル中央で崩して、机の上でかき混ぜながら答えた。
「なるほど。激しい幸運、不運の波は、もしかしたら、なにかの前兆かもしれませんね」
「ちょっと不安でして、安定するんだか、どうなるんだか、今年後半どうなるのでしょうか」
 タロットは一つにまとめられ、手品師のように手際よくシャッフルされた。
 占い師は、何かをつぶやき、集中に入る。
 ちょっと演技臭いなと思った若い男だが、いちおう真剣な顔で見守った。
「ここから一枚引いてください」
 若い男が少し迷って、一枚引くと「運命の輪」のカード。
 さらに十枚引いて、カードはテーブルにピラミッド型に置かれた。
「……ほう、これは不思議な」
「不思議?」
「これは早いうちに、ものすごい幸運が訪れるかもしれませんね」
「えっ、本当ですか」
「……ですが、それは自分が試されるということでもあります。この大きな波に乗れるか乗れないかは、あなたの勇気にかかっています」
「試されるってなんですか」
「それは、わかりません。でも、これはとてつもない幸運のチャンスが来ますね……」
 次の瞬間、若い男は何かに驚いて、椅子から落ちそうになった。その場で固まって、占い師の背後に指をさした。
「それ……」
 占い師は、はっとして、背後を見た。しかし、すぐにタロットを見て、そうか、なるほど、と呟いた。
「その人、だっ、誰ですか」
 若い男は、今にも恐慌状態になりそうだった。
「見えたんですね? ……まあ、いわゆる彼は、私の守護神ですよ」
「しゅ、ごしん?」
「そう。福の神です」
 占い師はそう言って、ちょっと、ため息っぽく息を吐いた。
 背後には、まるでホームレスのような姿の老人がいた。
 若い男は、顔を上げた瞬間、誰もいなかったその場所に突然老人が現れたので、驚愕したのだ。
 老人は古びた木の棒を杖にして、ぼろきれをつなぎ合わしたような服をきている。なんの臭いもしないが、見てるだけで臭ってきそうだ。
 ふいに老人が、無言で若い男に向かって握手をするように、手を差し出した。
 完全に無表情であり、その目には白内障のような兆候が見える。
 占い師は、それを見て、口を真一文字に結んで、難しい顔をした。
「……握ってあげなさい」
「えっ…… なんで?」
「彼は、お前を幸福にしたいと言っている」
 若い男は、老人の干からびたような筋張った手を見た。爪は伸び放題で、ひどく汚れて黄ばんでいる。
「意味がわからないのですが……」
「握ってやりなよ。もう、私のところは長いから、そろそろだとは思っていたんだ」
「わけがわからないですけど」
「わかるだろう。君は選ばれたんだよ。福の神にさ。たぶん、これがさっきの凄い幸運だと思うよ」
「まさか、ほんとうに福の神なんですか」
「本当さ。出ていかれる私は本当に不幸なんだから。さぁ、握ってみなさい、君に憑いてくれるから」
「……」
「彼は、君を幸運にしてくれるぞ。幸運とは渡り歩くものだ。そうは思わないかね?」
「……嘘だ」
 若い男は拒み続けた。老人は、どうみても貧乏神か厄病神にしか見えなかったのだ。そんなものを押し付けられて、とり憑かれてはたまらない。
 やがて占い師は、そうかと言って、背後を見た。
 老人はひどく残念そうに肩をすくませ、ふいに消えた。
 若い男は、財布から適当に金をだし、テーブルに投げ捨てるように置いて、ほうほうの態で扉を開けて逃げ去った。
 占い師は、その多めに置かれた代金を回収してから、テーブルの運命の輪のカードと、愚者のカードを手に取ってつぶやいた。
 
「身を削って人を幸せにしてくれる福の神が、みずからが豪華絢爛な姿してるわけないじゃないか」



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