オリジナル小説サイト

理解されない

 地球連邦衛生局、特別査察官のカトーは、人類が初めてコンタクトした地球外生命体であり、唯一の人型知的生命体でもある、アルマリク人の星へと調査に向かっていた。
 アルマリク人の星は地球から遠く、現在の地球連邦、つまり人類の技術力をもってしても、往復に最低二ヶ月はかかってしまう。
 カトーの任務は、三年前の貿易協定で結ばれた、アルマリクからの輸入物における防疫調査なのだが、それは表向きで、実はアルマリク人の強制労働の実態を暴くことにあった。
 それは星間旅行者の匿名告発でわかったことだが、なぜ地球連邦衛生局が動かなければならなかったかといえば、その強制労働でつくらせているものというのが、今、地球で大ブームのお菓子、『ラマラマ』であるからだ。

 カトーは、夢うつつで、アルマリク星へ到着したという宇宙船のアナウンスを聞いた。
 長かった一ヶ月弱の旅から解放され、ほっとしたい所だが、これからろくでもない任務が待っていた。
 宇宙港へ降りて歩いていると、地球人の物売りから声をかけられた。
「ラマラマはいりませんか? お一つ、五百メレッサ。地球の一ガイア紙幣でもオッケーよ」
「いらん。どけ、そんな、クソみたいな菓子など食えるか!」
 カトーは、はき捨てるようにいって、宇宙港から出た。
 ガイアは、地球の統一通貨である。一ガイアとは、だいたいリンゴ一つほどの値段であった。つまり、あの『ラマラマ』は安いのだ。
 安く、ローカロリーで、うまい。それがうたい文句であるラマラマは、アルマリクの重要な輸出品である。
 見た目は、アイスクリームによく似ているが、ピンク色で、とけることはなく、甘い柑橘系の香りをもつ。いまや地球では人気が爆発しすぎて、最近では食べ過ぎで中毒になりかける人もいる。輸入を増やすよう要請がひっきりなしで、地球連邦通産局は、てんてこ舞いらしい。
 カトーも、やたら仕事が増え、異常なサービス残業をやらされ、挙句の果てに数百光年先まで行かされることになり、最近では神経質なほど、ラマラマ嫌いになっていた。
 アルマリク人は、地球の十九世紀ほどの文明をもち、非常に平和的種族である。だが、極めて秘密主義的なところがあり、ラマラマの生産現場も公開してないし、どうやって作っているのかいまだ謎である。
 地球での成分分析では、無害と判断されて輸入を許可されているが、衛生局では怪しいと睨んでいた。
 原料は果実だと思われていたが、どうもそれは違うらしく、その異常な生産効率の良さも不思議だった。
 ひどく小規模な設備でもつくることが出来るらしいが、生産力の規模からして、やはり強制労働の線はある。
 生産の秘密を暴き、実態が判明すれば、地球の熱病的なラマラマブームも少しはおちつくだろう。
「――まぶしいな」
 カトーはサングラスをかけた。アルマリクの太陽は強かった。地球で言えば赤道直下の国と同じ気温が年間続く星である。
「こんにちは、カトー査察官でしょうか」
 カトーが振り向くと、そこには地球風のスーツをうまく着こなした一人のアルマリク人がいた。
「そうです。どうも、はじめまして、ネロネロ巡刑士ですね。ご協力感謝します。さっそくですが、あれは本当なんでしょうか。ラマラマの生産拠点を公開するというのは」
「はい、先週、地球の外務局から要請があり、アルマリク星議会で昨日可決されたのです。アルマリクに現在来ている地球人の特別査察官はあなただけですから、あなた一人に代表して視察を許可いたします」
 到着の少し前に、公開を決定したという緊急連絡があったのだ。
 カトーは完全に拍子抜けしてしまった。
 いろいろ邪魔が入り、危険な任務が繰り広げられると思っていたからだ。どうやら、スパイ映画のような活躍とは無縁のようだった。
 ちなみに巡刑士とは、地球でいう特殊任務の警察、つまりカトーの母国でいう公安警察と似た性質のものらしい。
 カトーは表情を変えることなく、ネロネロ巡刑士と握手をしたが、内心は嫌悪感でいっぱいだった。
 アルマリク人の手は、七本指で、まるで短い触手のようになっている。なんとなくタコに見え、そこだけ独立した生物のようにも見える。皮膚の色は薄い緑色なので、なおさら気持ちが悪い。
 ネロネロ巡刑士は、それを察したのか一秒ほどで手を離し、ご案内しますと身をひるがえした。
 近くには、地球から輸入したらしい、トヨタの電磁浮遊車が停車しており、それで首都のメインストリートを南に向かった。
 三十分ほどで、その建物に着いた。
 明るい色に塗られ、清潔そうな食品工場である。
 案内されて、入ると数百人のアルマリク人が働いていた。
 流れ作業で白いグニャグニャしたものを加工している。
 壮観であるし、地球の大規模パン工場に似てるような気もするが、カトーは、なにか不自然なものを感じた。
 カトーは指をさして、あれがラマラマなのかと、ネロネロ巡刑士に聞いた。
「いえ、ここはアルマリク人の主食であるマレーヤを加工しているのです」
 マレーヤとは、アルマリクの星全体に繁殖する植物の、極めて栄養価の高い果実である。
 基本的にアルマリク人はこれだけを食べて生きている。
 彼らは皮膚下で、光合成ができることがわかっており、それで事足りるらしい。
 そのとき、背後でカチリと金属音がしたのを、カトーは聞いた。
 不審げにカトーは、ネロネロ巡刑士を見た。
 銃が向けられていた。
「アルマリク星議会は承認したが、われわれ巡刑士諜報課が調べたところ、地球人には理解されないと判断した。この世界には、知らないほうが幸せなこともあるのだ。アルマリクの大事な輸出産業を崩壊させるわけにはいかない。あなたには死んでもらう!」
「馬鹿な!」
 だが次の瞬間、カトーは銃を蹴りあげた。ネロネロ巡刑士の驚愕する顔を見つつ、その腹部に拳を叩き込んだ。ネロネロ巡刑士は一撃で倒れた。
「ふん、こんなことだろうと思ったぜ!」
 カトーは、いにしえの武術カラーテのブラックベルト所持者である。
 工場は偽者では無いと、カトーは判断していた。衛生局のスパイが以前調べたとき、この区域に生産拠点が数多く集中していることはわかっていたのだ。
 工場を出て中庭を横切ると、奇妙な建物があった。
 その建物の裏から、しかめっ面で、何かを運び出すアルマリク人がいる。
 しばらく観察していると、風で布がめくれ、そこには巨大なピンク色のものが見えた。
 カトーは確信して、建物に近寄り、銃を懐から取り出して構えながら入っていった。
 通路を抜けると、壁際に水場が作られていた。どうやらこれは手を洗う場所であるようだ。衛生管理は一応なされているらしい。
 やがて、広い空間に出た。
 壁際にいくつもの個室があるのが見えた。
 開け放たれた個室の床には穴が開いて、しっかり座れるように出来ていた。
「……」
 カトーはしばらくそこを凝視していた。やがて、とんでもないことに気が付き、愕然として、そこにへたり込んでしまった。
「ありえん……。そんな馬鹿なことがあるのか! まさか、ここは、ラマラマとは、そうなのか、そうだったのか!」
 興奮したカトーは、意識を取り戻したネロネロ巡刑士が、すでに背後に迫っていることに気がつくことはなかった。
 カトーは後頭部に銃口があてられて、目を見開いた。

「――そうだ。古い言葉で排泄、又は、いらないものという意味がある」 

 ネロネロ巡刑士は、そういって引き金を引いた。
 弾丸で頭を撃ちぬかれながら、カトーは思った。
「たしかに、理解されないな……」



↑ PAGE TOP