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偏見

「お、久し振り~ 洋輔じゃん、元気にしてたか」
 仕事が終わって、大通りに面する、真新しいラーメン屋に入ると、懐かしい顔を見つけて僕は声をかけた。
 同時に、いらっしゃいませー、という店員の元気な声が、広めの店内に響いた。
 大学時代の友人である洋輔は、タオルを首からかけ、白いTシャツとだぶだぶのジャージといういでたちで、カウンター席にて、ラーメンとギョーザを食べていた。すでに生ビールが中ジョッキで二杯ほど飲み終わっている。
「まっちん? おおー! 六年ぶりくらいじゃね。元気だよー、今日も元気でビールが旨い!」
 僕は、なんとなくむず痒い感じがして、少し笑った。松田だから、まっちんと昔は呼ばれていたが、久しくそう呼ばれていなかったからだ。
「なんだ、あいかわらず、よく飲むなぁ」
 僕は洋介のとなりに座った。水が素早く出された。
「バーカ、何言ってんだよ、このために仕事してるんだぜ」
「まっ、それもそうか」
「まっちんは、なに、仕事帰りか?」
「そう、営業は大変だよ」
「車関係だっけか? ずっとやってんだ。まっちんは、本当に真面目だからなぁ」
 感慨深く、真面目だなんて言われると調子が狂う。手抜きのできない仕事だから、そうならざるえない。でも真面目にやってきたからこそ、同期では最も昇進が早かった。給料もわりと良いほうだ。
「洋輔も、帰りか?」
「ああ、たくさん汗かくと、これが最高だ」
「そればっかりだな」
 洋輔がどんな仕事をしているか知らないが、そのいでたちで、なんとなくわかる。
「ははは、ここ、味噌がうまいぜ」
「そうか、はじめて来るんだが、新しい店なんで来てみたんだ。よく来るのか?」
「うん、楽でいいからな。すぐ帰っても、つくってくれる彼女もいないしな」
「それはご愁傷様。だが、僕も同じだよ」
 二人で笑った。僕は味噌コーンラーメンとギョウザを一枚頼んだ。
「ビールは?」
「いや、車だし、そもそもあんまり酒は飲まないんだ」
「それは、人生の楽しみの半分も逃がしてるぜ、どーせタバコも吸わないんだろ」
「そんな大げさな。酒はともかくタバコは体によくないぞ。いや、おまえは昔から飲みすぎだから、むしろ酒が問題かな」
「バカ言え、健康より酒だろ」
 洋輔はそう断言して、へらへら笑う。こいつの鷹揚なところは好きだが、適当な感じはいただけない。まったく、そこそこの大学を出てながら、まだ、のらりくらりしているのだろうか。
「まっちん。今日はおれのおごりだ、再会祝いで」
「いいよ、月末は大変だろ」
「大丈夫、大丈夫」
「いいってば。お、来た」
 ラーメンとギョウザが運ばれてきた。濃密なスープがかぐわしい。まずは、ギョーザを食べると、外はパリッと中はしっとりで非常にうまい。
「まっ、でも月末が大変なのは、事実だなぁ、ホント金勘定は嫌だよ。もっと楽に、軽く生きたいわな」
「酒やめたら、楽になるんじゃね? だいたい月、いくら使うんだよ」
 洋輔は信じられない額を言った。
「……すげぇなぁ。六年前からのんでたもんな。タバコとあわせたら、今頃、いい車くらい買えたんじゃないのか」
「まったく、うるさいなぁ、じゃあ、おまえは、いい車買えたのかよぉ」
「いや、そんなことはないが……」
 僕は窓の外に見える最近買った新車を指差して、にやりと笑った。
 洋輔は大笑いして、僕の首に腕をかけて締める振りをしてふざけた。
「まっちんも頑張ってんなぁ。おれも、もっと頑張んなきゃなー」
「ま、いいこともあるって、真面目に頑張ればだな……」
「――あ、でも、いいこと、この前あったんだよ」
「えっ、なにが?」
「車はなんだけど、新しくだな……」
 そのとき、店の店員が、洋輔に挨拶をした。
「社長。おつかれさまです」
「……」
 ――ラーメン松嶋屋…… この県で、今、大爆発の売り上げを誇り、8店舗展開中。こいつの名は、松嶋洋輔。
「……生中ひとつ」
「あ、飲むのか?」
「やっぱ、おごれよ」
「おう、今日は飲むか」



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