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希少生物保護区

 世界は滅亡した。
 原因は不明である。
 それを特定する人間も、研究する人間も、いなくなってしまったのではどうにもならない。
 隕石の衝突。
 偶発的核戦争。
 いろいろと考えられたが、世界中に起きた大災害はどうにも説明できない。破滅的な異常気象に、大津波と大地震。それにつづく火山の噴火。今や、人類はいったいどれほど生き残っているのだろうか。それは、もはや誰にもわからないことだった。

 リカは、たった一人核シェルターで、ぼんやりと考え込んでいた。
 孤独で死にそうだった。
 すでに、あの日……。
 最後に見たテレビ映像では、ニューヨークからの生中継で、審判の日と連呼されていた。あれから、もう二ヶ月が経っていた。
 父親の会社がつくった、日本初の本格的核シェルターの販売記念式典に出席するため、ここに来たのがそもそも間違いだった。
 あの日、リカは、それまで一人暮らしを許可してくれない父と喧嘩して、友人の家を渡り歩いていたが、母親の説得で一週間ぶりに家に戻った。その日の昼の式典に社長の娘として顔を出すことになったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。
 先月の初め、ラジオから聞こえた最後の放送は、阿鼻叫喚のさまを、心底絶望するほど聞かせてくれた。
 本当は、それを思えば、いま生きているのだから、間違いというより、実に幸運だったのかもしれないのだが……。
 シェルターの内部は、空気清浄装置、発電機、燃料、食料、水、生活に必要なものは、すべてそろっている。
 一家族が、最低三ヶ月は生き延びられるように設計されていた。
 国際情勢がきわめて悪化して、冷戦以来、最高に核戦争の危機が高まっていたため、こんなものが日本でも製作されたのだ。
 あの日、外からリカを閉じ込めたのは父親だった。
 凄まじい轟音で、とてつもないことが起きたのはわかる。父親は、とっさにリカを、シェルターの中に突き飛ばしたのだ。
 いま、リカの直面した最大の問題は、内部から開けることができないことだった。非常に分厚い耐爆、耐核仕様の扉は、パスワード式のロックで、もちろんリカは知らない。
 父親や、会社の人間は知っているかもしれないが、外からはパスワードに加え、指紋認証の、二重のセキュリティが施されているらしい。
 リカは、息の詰まるような閉塞感と絶望感で、自殺も考えた。だが、翌日の朝に、一ヶ月以上もなにも受信しなかったラジオが、かすかに外国語を受信したのを聞いて、希望を捨てるにはまだ早いと思い直した。もしかしたら、外国の救援隊でも来たのかもしれない。まだ、食料はあった。
 それから三日たち、なにも起こる気配はなかった。ラジオの受信もそれっきりである。どこの国の言葉かわからなかったが、もう、どこの国の人でもいいから助けてほしかった。
「……ああ、大学の受験日、行けなかったな。一人暮らしで、ごねてたのが馬鹿みたい。ホント、わたしの人生ってなんだったのかしら……」
 独り言をいっても、話し相手は、圏外表示の役立たずの携帯電話にぶら下がった、猫のキャラクター人形しかいない。
 やがてリカは歩き出した。それほど広くない部屋を往復する。運動不足になったままだといざというとき困る。
 二十往復目、リカは突然扉にとび蹴りを食らわせた。
「ふざけんな! なんでよ、この!」
 わいてきた怒りにまかせ、扉の脇に設置してあるスコップを手に取ったとき、突然あたりに奇妙な音が鳴り響いた。
 地響きのような、重く低い音だ。
 次の瞬間、扉の中で何かがはずれるような音がした。リカは、はっとした。ロックが解除されたようだった。
 リカが、ゆっくりと扉の取っ手を下に引くと、重い扉が静かに開き始めた。
 やはり、ロックが解除されたのだ。
 ……しかし、いったい誰が。
 リカは喜びつつも、スコップをかまえた。
「――だれかいますか? 大丈夫ですか、救助に来ました」
 その声は、突然聞こえた。
「……だ、誰よ!」
「救助に来ました。もう大丈夫です。入っていきますよ」
 リカは答えないで、扉から離れて物陰に隠れた。
 静かに入ってきたのは若い男だった。
 それも、人気アイドル事務所にでも入れそうな美男子である。
「大丈夫ですか? どこにいますか?」
「はい!」
 リカは、警戒を忘れてスコップを置いた。
「よかった。まだ生き残ってるヒトがいたんですね。よかった……」
 若い男は笑った。
 本当に安堵したような笑顔である。虫歯一つない真っ白な歯が印象的だ。
「本当によかった、一人ですか?」
「はい……。外は、一体どうなったんですか」
「うん、それがですね……」
 リカのあたりまえの問いに、若い男は口ごもった。
「今、まだ生き残ってる人って言ったけど、誰か他にいないの?」
「それが、君は本当に奇跡的だったんですよ……、くそ、来たか!」
 若い男は、懐から小さな銃らしきものを取り出して、扉の外へ撃った。
 高周波のような音が響き、リカの耳を一瞬おかしくする。
「来てください!」
 若い男は、リカの手を取り、外へと連れ出した。
 外には、想像通りの廃墟が広がっていた。見知った街はなにもかも破壊されていた。
 そして、地面には、大きな昆虫のような死体が転がっていた。まるで、それは、特撮ヒーロー番組の怪人みたいだとリカは思った。
「これは、いったいなによ! なんなのよ!」
「これは、カノープス人です。我々の敵なのです」
「敵? 敵って、なによ。どうなったの、我々ってなんなの、ちゃんと説明してよ!」
「……うーん、やむえないですね。説明せずに連れ帰るのは無理か。そうだなぁ、まずは君には謝らなくてはならない」
 リカは怪訝な顔をした。
「我々は間違いを犯してしまった。本来、ここは戦場ではなく、保護区だったのだ。たった四十億しかいなかったヒトのね」
「……まったく意味がわかんないわ」
「本当にすまなかった。大丈夫ですよ。我々は優秀なクローン技術も、生物の繁殖のための、優れたノウハウも持っている。すぐに寂しくなくなりますよ、ヒトのオスの細胞も採取済みだからね」
「だから何を言ってるのよ、あなたも人間でしょ……」
 若い男は、やれやれと、顎に手をかけ、そのまま顔面の皮を剥ぎ取った。
 下から現れたのは、奇怪で、ひどく歪んだ蜥蜴の顔であった。
 巨大なその目に見られ、リカは腰が抜けてへたり込んでしまった。
「我々は、あの敵との宇宙戦争で、銀河の希少生物保護区である『地球』に、ものすっごいでかいのを誤爆してしまってね。もうしわけない、もう君が最後の人類なんだよ」



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