オリジナル小説サイト

謎の組織

 どこともわからない、閉ざされた薄暗き空間に、巨大な板が浮かんでいた。
 黒っぽい板は七枚ほどで、少し間隔を置いて、円卓を囲むかのようにしている。
 それは、モノリスと呼ばれる板であり、厚み、横幅、高さが、一、四、九の比率になっていた。
 それぞれ表面に、一から七まで数字の書かれたモノリスからは、別々の人間の咳払いや、息遣いが聞こえてくる。
 モノリスは、ここに現実に存在する物体ではなかった。
 スピーカーのような役割をする立体映像――ホログラムのようなもので、どうやら互いに顔をあわせないように会議をするシステムであるようだ。
「さて諸君。集まってもらったのは他でもない。やっと諸君に満足してもらえる準備が整ったのだ!」
 一つだけ孤立したモノリス(一)から、そう威厳のある声が聞こえた。
 それを聞いて、周囲のニから七番までのモノリスから感嘆の声がもれる。
「我々のやっていることは、なんら恥じるべきことではない。皆は議長である私の計画に賛同して集まった、勇気と好奇心にあふれた方々である。さあ、堂々と計画を進めようではないか」
 どうやら、一番のモノリスは議長であるようだ。
 モノリス(ニ)が、それに答えた。
「議長! 我々は世間一般には受け入れられぬ存在です。しっかりとこの会議の秘密保全は出来ているのでしょうか?」
 モノリス(四)が、さらにたたみかける。
「いや、秘密保持より、われわれが計画を本当に楽しめるかどうかが心配じゃ!」
 モノリス(五)は、舌なめずりする音をたてながら、それに答えた。
「クックック、それは楽しめるだろうて。我々は共通の嗜好を持っているわけだからな」
 モノリス(三)は「チッ、早く進めよう」と明らかに苛立った声をあげる。
 モノリス(七)が「まぁ、待て、楽しみはそんなに急いで味わうものではない」とモノリス(三)をなだめた。
 ばらばらに発言を繰り返すそれぞれに、黙っていたモノリス(六)が、低い声で言った。
「静かにしたまえ、しっかり皆が十分楽しめる質と量があるということだろう。機密保持も今まで完璧だった。そうですな、議長?」
 モノリス(一)の議長は、それに対して自信に満ちた返事をした。
「その通りだ。今回は空輸で運ばせた。すでに、ここに持ち込んである」
 他のモノリスからは、驚きの声が漏れた。
 モノリス(三)が、うへへと奇声を上げた「つ、ついに我らの願いが……」
 やがて、議長は重々しく宣言した。
「さあ、儀式を始めよう」
 
 モノリスに囲まれた中央の空間に、周囲から何かが運ばれてきた。
「今回、君らに味わってもらうのはこれだ!!」
「ほほぅ」
「これは、これは!」
「おお――。」
「なんと!」
「なるほどな……」
「やはり! 今回の珍味は、ジャパニーズ『納豆』でしたか……」

 議長が静粛にと、声を張り上げた。
「我ら、世界珍味愛好家会議は、秘密組織だ。公的に認められない愛好者の集まりだ。気の済むまで楽しもうではないか!」
 冷静なモノリス(六)が、誰が最初に味わうかねと言った。
 短気なモノリス(三)が、私だと叫んだ。
 知性的なモノリス(七)が、ここはくじ引きでと提案した。
 モノリス(四)が、まずは、みな姿を現そうではないかと言った。
 やがてそれぞれのモノリスを使っていた全員が、うす暗い閉ざされた空間へとどこからともなく入ってきた。
 モノリス(ニ)のイギリス系の男と、モノリス(五)のロシア系の男が、互いを見てニヤリと笑った。共通の嗜好をもつ相手はなんとなく気が通じるものらしい。
 ――そして、壮絶なじゃんけん勝負が始まった。
 五分の激闘の末、モノリス(三)が全勝で、一番手に決まった。
 皆、落胆の色を隠せない。
 ウィーン……ウィーン! 
 警報が突然鳴り響いた。
 やがて、中央の空間の地面が左右に開き、大きな白磁のバスタブが地下から出現した。
 さらに続けて、壁際から機械音とともに、凄まじい量の納豆が入った巨大な容器がベルトコンベアに乗って運ばれてきた。
 議長が、なにかの合図をすると、自動的に巨大容器から、大量の納豆がバスタブにモリモリと流し込まれていく――。
 モノリス(三)のフランス系の男が、歓喜に全身を震わせてから、いきなり全裸になって、そのバスタブに飛び込んだ。
「いやっほぅー!!」
 モノリス(三)のフランス系の男は、肩まで納豆に浸かって、ラ・マルセイエーズを鼻歌で歌いだす。
 全員が、モノリス(三)の、はじけっぷりに感嘆し、拍手をする。
 口々に、おめでとう。
 そう、“全身”で、心行くまで珍味を味わうのが、世界珍味愛好家会議の目的である。
 前回は、いなごの佃煮や、カラスミだった。
 その前は、亀のスープや、フカヒレだった。
 次回の計画は、イタリアのウジ入りチーズか、中国の食用蟻の団子などが候補にあげられている。
 議長は満足そうに微笑んだ。

「よい、すべてはこれで良い」



↑ PAGE TOP