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スナイパーVSスナイパー!

 寒風吹きつける真冬の早朝、男は雑木林の冬枯れした茂みから顔を出した。
 柔らかな巻き毛の金髪が、朝日にきらきらと輝き、青い瞳が隣接する公園を見つめている。
 それは実に眉目秀麗な青年だった。
 公園には、ランニングをこれからするらしい準備体操中の中年男性や、散歩の老人など、早朝にもかかわらず人があちこちに見える。
 青年は一切の身動きをせず、雑木林の中に身を潜めて、公園をうかがっていた。
 しっかり隠れているつもりなのだろうが、どう考えても金髪がちらちらと茂みから顔を出していて、たまに通りがかる通勤のOLが、驚いて避けていく。
 しかし、そんなことはおかまいなく、青年は真剣に公園を凝視し続けていた。
 しばらくして、その凛々しい眉がびくりと動いた。
 茶色の茂みから、木製のT字状の物体がゆっくりと突き出される。
 それは、小型のクロスボウであった。
 クロスボウとは、矢を板バネに張られた弦の力によって打ち出す装置で、引き金を引いて目標を射る武器である。西洋で狩猟や戦争に用いられたものだ。
 青年は肩と首を軽く回して緊張をほぐしてから、肩膝をついた状態で、クロスボウをしっかり構えた。
 しばし青空に目をやり、心を落ち着かせる。
 青年の仕事は、ターゲットを隠密に仕留めることだった。
 失敗の許されない仕事は、緊張を極限へと導く。
 青年は気合を入れなおし、クロスボウに取り付けられた光学標準機に目を戻した。ターゲットが見える。
 約五十メートル先のベンチに座っているのが、今回の獲物である高校二年生の山田冴子である。
 だが、青年はまだ撃たない。
 タイミングというものがあるのだ。
 距離も最大射程寸前なので、極めて調整が難しい。
 下調べでは、山田冴子が早朝の十分ほどをあのベンチで過ごすのがわかっている。今から一分後にここを部活動の朝練で走る、同級生の島崎信吾が来るのを待っているのだ。
 山田冴子の落ち着かない感じを見ていれば、彼女が恋をしているのは一目瞭然である。
 青年はニヤリと笑った。美貌が不気味に歪む。
 狙撃まで、あと三十秒……。
 ――お前は、自分の恋が叶わないと思っているだろうが、それは違う。
 狙撃まで、ニ十秒……。
 ――恋とは、気まぐれなものだ。いつどうなるか、わからないのだ。遠くで見ている恋もいいが、鮮烈なものもいいだろう。
 狙撃まで、十秒……。
 ――食らえ!
 男は引き金を引いた。
「see ya!!」
 バシューン!!
 そこに、走りこんできた島崎信吾が飛び出した。矢は彼の背中に命中し、そのまま矢の勢いは止まることなく彼の体を貫通。直線上の山田冴子の額に命中した。
 島崎信吾は、落雷に打たれたかのように体を硬直させ、その場に膝をついて、転んだ。
 山田冴子は、目を見開いたまま即死した……かに見えた、その瞬間、島崎信吾は飛び上がるようにして立ち上がり、山田冴子を見た。彼女もすぐ目に光が戻り、島崎信吾を見た。
 山田冴子は、真っ赤な顔で、大丈夫ですかと彼に走り寄った。
 彼は、恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
 二人は見詰め合った。そうして、ここに、ひとつの恋が成立した。
 青年は、クロスボウを引き下げて、言った。

「Mission completet(ミッションコンプリート)!」

 満足げな笑みを浮かべた青年は、Love is all(愛こそすべて)とつぶやいた。
 そう、青年は天界が地上に遣わした恋の天使、キューピッドだったのだ。
 彼の仕事は、恋を成立させることである。
 爽やかな朝日が、目に眩しい。
 だが、次の瞬間!
 異変が起きた。
 遠くから微かな銃声が聞こえたのだ。
 すると、公園を通りがかった、若いサラリーマンが急に膝を地面について、ひざまずいたのに気が付いた。
 さらに、もう一発の銃声!
 島崎信吾を介抱していた山田冴子が、がくりと震えた。彼女はなにかにハッとして、サラリーマンのほうを見た。
 山田の頬がほんのり桜色に染まった。
 サラリーマンの青年も、上気した顔で彼女を見ている。
 キューピッドは、狼狽した。そして、対角線上に屹立するマンションの屋上をキッと睨んだ。
「あそこか!?」
 キューピッドは、ボウガンのケースから、高精度の双眼鏡を取り出して覗いた。
 真っ黒なスーツにサングラス。大柄で金髪オールバックの美男子がそこにいた。スナイパー・ライフルをこちらに向けている。表情まではわからないが、ニヤリと笑った気がする。
「くそっ、オレの獲物だぞ! こっちの担当地域まで荒らしやがって!」
 前方に目を戻してみれば、なにやら三人が妙な牽制をしながら、三すくみ状態になっている。どうやら即席の三角関係が出来てしまったらしい。
 なんてこった、とキューピッドは怒りに震えた。
「任務失敗だぁぁぁ!」
 その勢いで、思わず茂みから飛び出してしまった。
 茂みの近くにいた女性が、大きな悲鳴をあげる。
 キューピッドは、全裸だったのだ。
 だが、もはやそんなことは気にしていられなかった。
 仕事を邪魔されたことで、頭に血がのぼっていた。
 何も身につけぬ清らかな姿と、矢を使った昔ながらの仕事を誇りにしていたのに、それを近代文明かぶれの輩に邪魔されては、憤懣やるかたなしである。
 キューピッドはそのまま前方に歩き出した。
 悲鳴に集まってきた大勢の人たちが、モーゼが海を割るかのごとく、道をあけていく。商店街のオッサンが、この寒いのに、変態だと呟いた。
「生れたままの姿の、なにが悪い!」
 キューピッドは、そう叫んで、クロスボウに矢をセットして弦を一気に引いた。すさまじい力だった。クロスボウは通常、足で引いたり、機械巻きをしなければならないほど、弦の力が強いのだ。
 オッサンがそれを見て、逃げようとして無様に転んだ。
 キューピッドは、クロスボウをマンションの屋上へ向け、引き金を引いた。
 矢は屋上のコンクリートを削って、空へと消えた。
 あわてて、黒衣の狙撃主が顔を引っ込めたのが見えた。
「ちっ、外したか」
 そう言って、マンションへ走り出すと、銃声とともに激しい金属音が響いて、公園のゴミ箱がひっくり返って転がった。ライフルで反撃してきたのだ。
「ああそうかい。徹底的にヤルっていうんだな!」
 キューピッドは、また矢をセットして、両腕を万歳した。
「エンジェェェル・ウイーング!」
 そう叫んだ瞬間、ものすっごい小さい天使の羽がキューピッドの背中に生えた。だが、それは見た目だけだった。強烈な羽ばたきが、とてつもない浮力を生み、その巨体を宙へと押し上げた。
「貴様~、新人だな! このシマを誰のものだと思ってるんだ!」
 キューピッドは、表現しにくいものをブラブラさせながら、マンションの屋上のコンクリートを踏みしめた。
「……誰がそれを決めた?」
 黒衣の青年は、無感情に呟いた。サングラスが朝日を反射して光る。
「俺だー。年功序列とか知らんのか。お前のせいで、三角関係が出来てしまったじゃないか」
「……それは、先輩どのの仕事が遅いせいですよ。だから、わたしが代わりに仕留めてあげようかと思った次第で」
「余計なことをしやがって、それにきさまは、キューピッドの風上にも置けねぇ。服をぬげ、服を。この近代文明かぶれが」
「時代錯誤も、はなはだしいですよ、先輩?」
 黒衣のキューピッドが、口の端だけ歪めて笑った。
 全裸のキューピッドは、完全にぶち切れて、クロスボウを撃った。
 黒衣のキューピッドは、それを軽くよけると、横っ飛びして、自分のライフルをつかみ、全裸のキューピッドに向けた。
 見事に7.62mmNATO弾が全裸の心臓に命中した。そして、至近距離で弾をうけた衝撃で後方に吹っ飛ぶ。さらに空中へと投げ出され、マンションの下へと落ちていった。
「勝った……」
 黒衣のキューピッドは、サングラスを外して乱れた髪をオールバックに撫で直し、勝利宣言をした。
 ここから落ちては、天使とて、ただでは済むまい。
「ふっふっふ、ここも今後は私のシマだな……」
 そう言った瞬間、黒衣の動きが止まった。
 強烈な衝撃に息を飲む。
 右のわき腹を見ると、矢が突き刺さっていた。
 黒衣がキッと右方向を見ると、全裸のキューピッドが飛びながらクロスボウを向けていた。
「き、きさま……」
「ふっ、これで、あいこだな……」
 両者は傷口を押えながら、悪鬼のまなざしで対峙して睨みあった。
 次の一撃で勝負が決まる。と、二人は思った。
 強烈な殺気が空間を支配し、バチバチと電光が発生している幻が見えそうだ。
 風が二人の間を通り抜ける。
 その時、ふと二人は思った。
 なにか、大事なことを忘れている気がする。
 二人は、なにかよくわからない感情が、自分の中に目覚めるのに気が付いた。
 これは……やばい!
 黒衣がスーツを脱ぎだした。
 しまった、と思った時には遅かった。

 ……中略……(作者には良くわからぬボーイズでラブな世界)

 どこからともなく薔薇の花が、風に花びらを散らせて、不思議なことにコンクリートの床に文字を描き出した。

 ――Love is all(愛こそすべて)



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