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ストレンジャー

 その部屋は、巨大な研究施設の中につくられたものであり、四角形の十二畳ほどの大きさで、四方を分厚い強化ガラスで囲まれている。
 強化ガラスは大口径ライフルでも打ち抜けないもので、おそらく対戦車ロケット弾の一撃にも耐えうるだろう。
 天井も厚いコンクリートで固められており、内側表面にはケプラーより強い新型の衝撃吸収素材が使われている。
 その天井には部屋のすべてを照らせる、高輝度の照明が使われており、その部屋にいる、一人の男を完全に監視するためには必要である。
 部屋の空気は完璧な循環システムで管理され、外部と遮断されている。もしもの時は、このシステムから六種類の毒ガスが噴出させることができ、地球上のあらゆる生物を瞬時に殺せるはずだった。
 部屋の男は、既製品のブリーフ一枚だけという姿で、部屋に設置された椅子に不愉快そうな表情で座っている。
 男の腕と、首には白い輪が付けられていた。腕の輪には男のあらゆる生体活動をモニターする装置がコンパクトに収まっていて、首の輪には男の首を一瞬にして吹き飛ばす量の高性能爆薬が入っている。
 部屋の外には何人もの、白衣を着た技術者や医師が、逐一モニターされたデータを表示するコンピュータを見守っていた。
 完全装備の軍人の姿も見え、この施設が国家レベルで運営されているものだということがわかる。
 やがて、一人の老科学者が施設に入ってきた。
 彼は技術者たちに、一通り挨拶を済ませてから、おもむろにマイクに呼びかけた。それは部屋の内部のスピーカーにつながるものだった。
「やあ、体調はどうかね。ミスター…… なんと呼べばよいかな」
「呼び方など、どうでも良い」
 部屋の男の声は威厳があるものだった。
「では、コードネームで失礼する。ミスター1225?」
「体調など別に変わらん」
「なるほど。それでは食欲はどうですかな」
「良い。今日の昼食に出た、君らの国の、なんだったか、タコヤキか、あれは美味かった」
「それは良かった。まあ、世間話はこれくらいで本題に移りたい。ミスター1225」
「さっさとしろ」
「そう怒らないでもらおう。我々も好きであなたを拘束しているわけではない。これには、理解が必要なだけなのだ」
「ふん、理解か……」
 男は鼻で笑った。少しだけ科学者の片眉が上がる。
「素直に質問に答えれば、そこから出してやることができるかもしれん」
「ははっ、出すつもりも無いくせに」
 男は椅子から立ち上がって、強化ガラスに触れた。筋骨たくましい男の迫力に、技術者たちに緊張が走った。それを科学者は、手で落ち着けと制する。
「まずは、質問だ。あの力はどんな原理になっているんだね」
「あの力? 原理など、知るか。あれは、わしの能力だからな」
「能力とは?」
「君らが走ったり食べたりするのと同じことだ」
「……あくまでとぼけるつもりか。わが国のF2戦闘機の機載カメラにうつされた映像だと、ミスター1225、あなたが確実に物理法則を無視しているのが確認されている」
「ふむ、それがこの不当な行為の理由か? 馬鹿なことだ。領空侵犯したことは謝罪してもよいがな」
「そんなことは些細なことにすぎない」
「些細だと? 落下した場所によっては、危なかった。こちらが謝罪がほしいくらいだ」
「話せばいくらでも謝罪してやる。あれはどうやって飛行していたのだ」
「それを聞いてどうするつもりだ? 軍事技術にでも応用するつもりかね」
 科学者は厳しい目でガラスの部屋の男を睨んだ。男は不敵な笑みを浮かべてそれを軽く受け止める。
「……では、ミスター1225、質問を変えよう。あなたは、どんな目的で飛んでいたのか」
「子供たちに夢を届けに」
「貴様、馬鹿にしてるのか。死にたくはあるまいに」
「それが本性か。ガスでわしを殺すか? 爆薬で吹き飛ばすか? はて、そんなものが本当に効くと思うのかな」
「……」
 科学者は苦虫を潰したような表情で、コンピュータをモニターしていた技術者に小声で言った。
 ――自白剤の投与だ。レベル3まで許可する。
 技術者が青ざめた。
 グリズリーが悶死するほどの強さである。
 科学者がニヤリと笑うと、男も同時に笑った。
「そろそろ時間だ」
「なんだって?」
 次の瞬間、研究施設の、天井の一部が吹き飛び、照明が砕け散った。
 技術者や医師たちが逃げ惑う。
 伏せていた科学者が顔をあげると、ガラス張りの部屋が跡形もなく粉砕されていた。
 凄まじい破壊力だった。
 テロかと科学者は思ったが、それはちがった。
 コンクリートの粉砕された大量の埃がおさまると、男の前に、大きなソリとそれに繋がれた何匹ものトナカイがいた。
「そんな馬鹿な! サイドワインダー空対空ミサイルを食らって無傷とは」
 科学者は茫然とソリを見た。
 男は埃をはらって、ソリの中から、予備の自分の服を取り出すと、すばやく着た。
 科学者が我にかえって、爆破だ、と叫ぶと、男は一瞬で首輪を引きちぎって、施設の中心に投擲した。
 爆裂して炎が上がる。
 男は、炎の照り返しを受けながら自慢の白い髭を撫ぜて、先頭の赤い鼻のトナカイに礼を言った。
「ご苦労、ルドルフ。さあ、行こうか」
 破壊された施設の天井からは月が見えた。
「貴様、逃げるのか。クソっ、いつか貴様の化けの皮をはがしてやるぞ!」
 科学者の物言いに、男は口の端だけ上げて笑った。

「――メリークリスマス」



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