不安
「うるせぇなぁ……」
くそ! 一体、隣は何をやってんだ。
ハァーアーアー、イーウァー……
呟いたそばから、またあの奇怪な歌声が聞こえる。
日曜の朝から実に迷惑だ。
今年、この新興住宅地に建売を買って引っ越してきたが、以前住んでいた場所と違って、ここは近所付き合いがないので隣人が何をしているのかわからない。
かなりの決心でローンを組んで家を買ったのに、ずっと休日はこの調子だった。
家族との新しい生活も、団欒も完全にぶち壊しである。
先月の終わりにも、妻に町内会の回覧板を回すついでに、隣にそれとなく注意しておくようにいったが、翌週止んだだけで、すぐに再開している。
先週などは、夜遅くになってから賛美歌に似た曲に合わせて、女性の泣き声が聞こえ、実に不気味だった。
五歳になる娘が怖いと不安を漏らした。
おそらく、ろくでもない新興宗教なのだろう。
おまえらの神さまは、隣人に迷惑をかけて良いとでも教えてるのかといいたくなる。
怒鳴りこもうかとも考えたが、先を思えば隣家とあまりいざこざは起こしたくない。
借家なら引っ越すという手もあるが、そんなわけにもいかないからだ。
近年、それ絡みの恐ろしい事件も多い。ましてや変な宗教は怖い。もし、刺されでもしたらと思うと背筋が寒くなる。
本当に不安な時代になったものだ。
テレビを見れば、マスコミは派手で過剰な人生を扇動する。
そんな劇的に生きられるものかと思う。
普通を忘れ、みなが簡単に自己に絶望し、安易に神や仏に頼るような下地は、マスコミがつくっている気がする。
なにを信じたってかまわないが、なにをどう救われたいのかわかってない奴が多すぎる。他を押しのけ、不快にしてまで過剰に救われたいと思うから、変な宗教にはまるんだ。
平凡に生きることの大切さを、最近は強く思う。
……さてと、今日は日曜大工が途中だが、もうこれでよしとしよう。
本当に気分が悪い。
キッチンでは妻が、となりの歌声に苛立たしげに包丁を動かしていた。
いつのまにか、娘が足元にいて、赤いローソクを持って遊んでいる。
「こら、ダメだぞ。それはこの上に置いておくんだ」
娘は素直に、日曜大工でつくった祭壇の上にローソクを置いた。
目配せすると、妻はキッチンから、首が切断されたニワトリを祭壇にもってきた。
そして、ローソクに火をつける。
――そろそろ始めようか。
妻がハッシシを含んだお香を焚きはじめて、興奮が高まった。
魔王ベルベルゼブルさまへ捧げるニワトリから、黒い血がしたたり落ちて、わたしたちは高らかに歓喜の絶叫を上げはじめた。
了