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座敷わらし

「あらあら、寝相が悪いのねぇ」
 深夜の温泉旅館の一室で、突然寝ている所に声をかけられた。
 一瞬僕はそれを夢だと思ったが、ぼんやり目を開けると、かけ布団の上になにかが乗っかって、こちらを覗いていた。
「……あっ」
 僕はそれだけ言って、飛び起きることもできず、完全に固まってしまった。
 金縛りとかそういうことではなく、その存在が本当に現れたことに心底おどろいて動けなくなってしまったのだ。
 掛け布団のうえに乗っていたのは、一人のかわいらしい少女だった。
 仰向けの僕のうえに、うつぶせに乗っかって、僕を至近距離で見つめている。
 せいぜい小学校低学年くらいの年齢で、かわいらしい顔をしていた。なんだかものすごく楽しそうにニコニコしている。
「ふふっ、起きたぁ?」
「き、君はだれ?」
「ん?」
 少女は笑みを浮かべながら首をかしげた。
「やっぱり、その……もしかして、座敷わらし……なのかい」
「……あははっ、そうねぇ、まぁ、そうかもねぇ」
 妙に大人びた感じのもの言いだった。歯切れの悪い答えに妙な感じもしたが、それより僕は嬉しくなってしまった。
 なぜかといえば、僕は彼女に会うためにここに来たのだから。
 妖怪、怪奇現象の類が大好きで、大学でサークルまで作った僕は、座敷わらしが現れるという温泉旅館へと、初めての一人旅をしてきたのである。
 まさか、本当に現れるとは思わなかった。
 そこで僕は素朴な疑問を感じて聞いてみた。
「座敷わらしは、子供じゃないと見えないと思ってたんだけど」
「……うーん、本当は見えないわよ。でも、お兄さんとはどうも波長が合うみたいね」
「波長?」
「まっ、言うなれば、フィーリングみたいなものね」
 座敷わらしが、フィーリングだって?
 怪訝な僕の顔を見た座敷わらしは、突然立ち上がり、ぴょんと身軽に畳に飛び降りた。まったく音はしなかった。
 上半身を起こして、僕は暗闇に座敷わらしを見た。
 和服だと思っていたが、普通に洋服だった。よく見れば、髪もおかっぱではないし、なんとなく今風の姿をした幼女である。日本人形のようなかっこうを想像していただけにめちゃくちゃ違和感がある。
 それでも、あの大きさの体で僕の上に乗っかっていたのに、重さがほとんど無かったのだから、人間ではないのは確かなのだろう。
 なにか違う幽霊の類かもしれないが、座敷わらしではないという確信もない。
「ねぇ、ところでお兄さん。幸福って欲しくない?」
 そういえば、座敷わらしを見た者には、幸福が訪れるという話がある。 
「え。まぁね、人並みには欲しいけど……」
「いいよねー、幸福。しあわせって、素晴らしいことよねー」
「えっと……もしかして僕に、幸福をくれるの?」
「もちろん。でも、すでにお兄さんは幸福なのよー。ここであたしと出会えたことは、地球で一番幸福なのよね。まさに超ラッキーってやつよー」
 少女はなんだか一人で悦に入っている。やたらと陽気で嬉しそうなので、超ラッキーなどと言い出したことを、このとき僕は変だと感じなかった。
「まあね、たしかにラッキーだったよ。一度でいいから座敷わらしって見たかったんだ」
「そうでしょ、ラッキーでしょ。わかってるじゃないお兄さん。あ、そうだ! 永遠の若さとか、どう? 欲しくない?」 
「……どうっていきなり言われたって、そんなこと。若さっていっても十分若いし、そんな漫画やアニメみたいなことを聞かれても……そんなことできるの?」
「もちろん! それと、もうひとつ。お兄さんは、人のためになる仕事とかには興味ないかな?」
 この座敷わらしは何が言いたいのだろうか。言ってることに脈絡が無い。
「まぁ、そうだな。将来、そんなのできたらいいけどね」
「いーや。将来なんて言ってないで、いますぐしよう、そうしよう」
 座敷わらしは、かわいらしく笑って、きっぱりそう言った。今にもダンスをはじめるんじゃないのかと思うくらい、楽しそうである。
 僕は、さすがに、なにも答えられずに苦笑した。
 さっぱり意味がわからない。でも、悪いモノノケのたぐいではなさそうだった。やっぱり本当に座敷わらしなんだろうか。
「ありがとう。でもいいよ、座敷わらしに会えただけでも僕は満足だよ」
 そういったら急に座敷わらしは、不満気に口をへの字にして「駄目よ、そんなの」といった。
「駄目っていわれたって」
「座敷わらしに興味があるんでしょ!?」
「まぁ、あるけど」
 そう答えると座敷わらしは、手を僕に差し伸べてきた。
「来て」
 そう囁かれ、僕はその手を、つい握ってしまった。
 世界が暗転した。
 万華鏡の中に放り込まれたかのように目の前が回った。
 やがて気が付くと、なんと僕は子供になっていた。
 目の前には、あの座敷わらしが大人になったかのような女性がいた。
「それじゃ、交代ね。みんなを幸福にしてあげるのが仕事よ。がんばってね」
 そう言って、一目散に部屋を飛びだしていった。

 ――どうやら僕は、波長の合う大人と出会えるまで、ここにいなければならないようである。



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