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なにもない数字の名を

 私がここに来たのはいつのことだったろうか。
 この遠い異国まで来たのは、戦うためだった。
 今も、それだけは忘れてはいない。

 このジャングルも、最近はだいぶ様子が変わった。
 昔はたくさんの動物で溢れていたのだが、めっきり少なくなってきたのだ。
 動物観察は、私の唯一の慰めだったので、実に悲しいことだった。
 近くで大規模な狩りでもしているのだろうか、それともジャングルそのものの環境が、壊れてきているのだろうか、ここからどこへも行けない私にはわからない。
 そんなときは、昔の思い出に浸る。
 たくさんの仲間たち、戦友との活躍。懐かしい顔。手ごわい敵。断片的な記憶。
 私は田舎生まれで、たくさんの兄弟に囲まれて育ち、親に期待されて成長した。
 だが、時代が戦いを求めた。
 兄も弟も戦場で散った。
 戦況の悪化は、私にも苛烈な戦いをしいた。しかし、それはもう過去のことである。

 なぜ、私がここにいるかはわかっている。
 それは、思い出すたびにつらい。そうだ、私は敵機に撃墜されて、このジャングルに落ちたのだ。
 それから、ここが私の居場所である。
 必死に戦った結果だからしかたがない。しかたがないとはいいたくないが、しかたがないのだ。
 私も敵を何機も撃墜したのだから、自分の運命だけを怨むわけにはいかない。
 
 ある日、子供を抱いた一匹の小猿が、珍しく近くで活動するようになった。
 餌が少ないのだろうか、少し痩せている。
 しばらく生活していた親子だが、餌の少なくなったこのあたりを住処にするのはやめて、ジャングルの奥へと向かうことに決めたようだ。
 すると突然、銃声が響きわたった。
 小猿は撃たれて倒れた。
 子供が泣き叫んで、母猿を必死に揺り動かしたが、すでに死んでいた。
 もう一発の銃声が響いた。
 ハンターだった。
 小猿の親子を哀れに思うと同時に、私はやっと人に発見されたことを自覚した。
 もうわかっているだろう。
 木々の間から姿をあらわしたハンターが、見て驚いた大きな遺骸が、私である。
 そろそろ、この私の思念も消え去るところであった。
 完全に朽ちてしまう前に見つかって良かった。
 安心したせいか、意識が薄くなってきたようだ。

 ――墜落する前に、私から脱出した戦友は、まだ生きているのであろうか。
 ――母国に帰って生涯をまっとうできたのであろうか。
 ――私を駆って毅然として戦った、その勇気と気概を持ち帰れたのであろうか。

 ジャングルが衰え、動物が死にゆくために、私は戦ったのではないとは思う。
 朽ちたジュラルミンの私の翼は、空をゆくあの鳥たちのようにはもう飛べはしないが、心は母国へと飛んで帰れることを願っている。
 ――忘れないでほしい。

 数字で何も無い状態が、私の……名前である。



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