1〜10

1.安達太良(アダタラ)山
福島県の安達太良山 1700メートルに登ったよ!
別名 遠くから見ると乳首に 似ている事から 乳首山ともいわれている。
天候にも恵まれ 頂上では 空と一体になった気分でした。
これが 本当の空だといふ 智恵子の気持ちかな   
                                    洋子

2.北海道の景色

摩周湖から見た斜里岳

小清水から見た斜里岳

摩周湖から見た屈斜路湖

富良野から旭岳方面

宇宙からの贈り物

オンネトーから見た雌阿寒岳と阿寒富士
                                                              田村

3、レールの無い地下鉄

一般に鉄道は読んで字の如しで、製のレールでが作られています。
ところが、この写真は違います。よく見ると両側にレールはありません。真ん中のは鉄製の「物(モノ)」・・・「モノ・レール」かな…?。……「ブー」です。
これは動力の取り出しで電車のガイドを兼ねています。そして車輪はゴムタイヤです。
原理としては「トロリーバス」にも似ていますネ。
札幌で走っています。札幌市営地下鉄です。現在の路線は「東西線」「南北線」「東豊線」の3本です。写真のものは南北線の車輌です。

                            藤田

4.Topology(どっちに見える)
「だまし絵」にはエッシャーの『滝』など、皆様もご存知なものがあるだろうが、私はポーニングの『貴婦人(レディー)と老婆』と云うのが好きである。
ロートレックの絵を思わせるようであり、またペチカの片隅の光景を目にするようで楽しい。多分画家が描いているうちに、偶然見付け、茶目っ気を出して制作したものだろう。
また、数学の世界でもトポロジー(位相幾何学)と云うのがある。有名なのが『メビウスの帯』である。1本のベルトを攀(ヨ)じりながら輪にしたものである。何処までが「表」で、何処からが「裏」なのだか、まさに表裏一体なのである。ある意味では哲学的であり、心理学的なところがある。
更に言えば、「風土史」も英語で同じトポロジーなのである。地域の地形や気象、過去の歴史や文化を知ることは、現在の人や社会を知ることである。「風土史」も裏(過去)があり、表(現在)があり、そこに一つの定理があるのかもしれない。
 ま〜あ、御託(ゴタク)は兎も角、『貴婦人と老婆』の絵を見てみて下さい。 『貴婦人』、それとも『老婆』、どっちかな?    (ichi)

5.私の作品
狸の陶芸品
1年前に中華屋に入った時に狸が沢山飾っていて、その中のひとつが可愛いく絶対に造ろうと思って造りました。
最初は自分のイメージで造り始めたのですが、顔がパンダになったり羊になったり何度も造り直し、やっと出来たが色付けで失敗し、またパンダだよ〜?
そこで土の原色を利用し茶、黒、赤、白の土で腹は白、背中は黒といろいろと使い分けて造り、色付けをしないで透明柚だけでツヤを出しました。
造り方は陶器の壺を造る要領で顔、胴をバランス良く造り目鼻を内側から押さえ凹凸を付けます。目は特に気分のいいときに?悩みやイライラしていると泣いたり怒ったり変な顔になるよ〜、
製作時間は1時間位かな〜と思ったが3〜4時間かかっています。
          岡崎

6.昔話し
遠い昔の事である。
お正月の朝、いつもより早く起きて枕元に用意されている服を着て居間に行く。
居間には薪ストーブが勢い良く燃えていて、外の厳しい寒さも感じない程に暖かかった。
祖父、両親に“おめでとう”を云い、祖父が飾った床の間の入百万の神に拍手し、祖先の祭壇
にお参りして家族揃っての朝食で、勿論お極りの雑煮餅を頂いての登校であった。

田舎のこととて深い新雪をかきわけて学校迄の坂を昇り、正門に飾り付けられた国旗を仰い
で校舎に入るが、廊下で見うける女の先生は和服に袴であり、男の先生の年配者はモーニン
グを着ていて何かしら新しい年を感じたものである。
生徒はと云えば、校内の上履きは草履が多く、教科書を持って来るにも風呂敷で、ランドセル
を使っている者は実に少なかった時代であった、従ってお正月でもツギの当てた服の者も多く
いて寒い体育館に鼻水をすすりながら整列して校長先生を迎い元旦の式が始まる。
国歌を唱和し校長先生の訓示を受けて各自教室に戻り担任の先生に挨拶して下校。

男の子はミカンと飴玉をポッケに入れ裏山にスキーに出かけ、日がな一日顔面滑走をして日
暮れて腹を空かし家に帰ったものだが、一方女の子は家の中でトランプ、カルタ、すごろくを
し、それも厭ると、和服で外へ出て羽子板つきをする。片手に墨を含ませた筆を持ち負けた相
手の顔に付けては大笑いして、さんざめいて居たのを記憶している。白銀の世界には寒い日
特有の粉雪が舞い、新年に相応しい装いをした無垢な子供達を寿ほぐ様に降りそそぐ、その
中での“のどか”な遊びであり、実に清々しく心暖まる情景がそこにはあったものである。

われわれの多くが貧しかった頃であったが、公徳心は厚かったと今更に思い出され懐かしい
のである。今は昔とは諸事変わり、節度が軽く頼なく見受けられて、これが自由、人権と言う世
なのかと良く判らないままに日を重ねている始末である。
これも老いの“くり言”か。
                          村田

7.吾輩はニャンコである。
我輩は「ニャンコ」である。仕事は畑の番人さん。 
生後数ヶ月 親もいない飼い主もいない、ただ一匹ぽっちでした。そこへあるおじさんが、空腹の私に与えてくれた食事が旨かった。それは昆虫のバッタであった。あまりの美味しさに、それ以来、主食として昆虫に夢中となってしまった。他に根きり虫、カブトムシの幼虫などはボリュームがあり歯ごたえがあって旨い。 コガネムシやその幼虫、そして、おんぶバッタ。また 鳥では 「チョトコイ」と鳴く小綬鶏(コジュケイ)、土ばと、すずめ、ヒヨドリも食べています。これ等を食べるとなぜかしら人間様から喜ばれ、いつの間にか「畑の番人じゃなかった番ネコ」と呼ばれるようになったのです。写真?写真映りは悪いですね。この通り。何しろ非文化的生活なもので…・  
                             宮田


8.有珠山と洞爺湖
今回有珠山防災関係者が今後の噴火に関しての勉強会ということで登ることが出来て山頂
(平成12年の大噴火の後の有珠山)からの映像です。
私も1977年噴火から27年ぶりの山頂ですが当時の面影はありませんでしたが低山ですが
展望の良い山で登山が解禁されればきっと人気の山となると思います
右は有珠山山頂から写した洞爺湖と羊蹄山(蝦夷富士)です。            


9.リヤカーです
リヤカーです。
壊れた自転車の処分として大型ゴミ処分代500円、もったいないので、その車輪を生かし、首
をひねりながら作ってみました。
昔からのリヤカーは大きくて牽く人と押す人2人でかなり多くの荷物を運べました。
写真は、一回り小さなリヤカーなので1人で運搬ができ押すだけで良いですね。
リヤカーならぬフロントカーと言う事か・・・。
イヤーー 非常に面倒くさかったですね。作品は500円以上はかかってしまったのでは・・・。し
かし、ホームセンターでこの程度のリヤカーをみてみたら価格が10万円となっていました。
ほとんどが溶接作業で、手数がかかりました。 
いつもの溶接は線や面での接合なのですが、これは鉄パイプ同士ですから常に点と点の接合
で肉盛り溶接の連続でした。
写真は荷台に軽量ブロックを入れたところです。13個で約80キロ。
道路運送車輌法によりますと、120キロまで積めるのですが・・・
試しに120キロにすると、タイヤ空気圧は自転車の倍近くにしなければなりませんでした。
出来ばえは、今一というところですね。
昔は、リヤカーひとつで引越しや夜逃げが可能でした。
もっとも、その頃は電化製品なんか無くほとんどが生活用品でした。
例えば布団一組と飯炊きの釜、なべ、飯台そして茶碗などの食器・・ですね
                                              邦&洋


10.冬の斜里岳。                                 實
霜に覆われた畑と斜里岳
冠雪した斜里岳
涛沸湖での白鳥と斜里岳
帽子岩と流氷と斜里岳


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