to Eve.
この手紙が、無事に君のもとへ届くことを祈っている。
俺は今、国立の研究所にいる。君たちが保護されるはずだった研究所だ。 手紙を書き終わったら、俺も月へ行こうと思う。 けれど、君たちの側までいけるかどうかはわからず、 今後お互い無事で会うことが出来るかどうかもわからない。 だから、俺が知っている君たちの事を文書に残しておこうと思う。
君たちは、二十三番染色体(*1)以外が全く同じという、一卵性の双子だ。 記録によれば、君たちは宇宙線に対する抵抗を調べるための被験体として作られた。 そのことはイブ、君も重々承知していると思う。
君たちの間の感応力については、全くの計算外だったようだ。子供の頃の記録には全く記されていない。 事実として認識されたのは、君たちが十五歳くらいの頃だ。
本来の実験は、わかっている通り失敗した。それでも実験自体が続行していたのは、君たちの『力』を調べるためだった。 俺の専門は精神科学。俺はその為に研究に参加した。
君たちに必要以上に近づいたのは、研究のためだった。けれど、信じて欲しい。俺は本当に君たちのこと好きだった。
研究の結果のことも書いておこうと思う。詳しいリポートは同封したものを読んで欲しい。
俺は何度となく脳波を測定したが、君たちの脳波は測定する限り同じ数値を示した。 『力』を直接測定することはできなかったけど、十分に興味深い結果だったと思う。
遺伝子と変異遺伝子についての研究もあった。残念ながら俺には詳しいことはわからないが、 かなりの広範囲で遺伝子の変異が認められた。
君たちが幼い頃から投与されていた薬は、宇宙線への抵抗を経口薬、注射薬で高めるという臨床試験のためのもので、 中身は遺伝子治療用のベクター(*2)だったから、これの影響と思う。
ここからは俺の推測になる。
昔から、双子には感応力があると言われて来た。全く同じ設計図から作られているわけだから、当然脳波も似通っている。 人の脳波は物事に影響を与えるほど強くはないが、脳外でも感知することは可能だ。 双子の感応力は、片方の脳波をもう片方が捉え、自らの脳波と区別をつけることが出来なかった結果なのではないかと俺は考えている。
君たちはもともとの特殊な遺伝子を持っていた。そこでさらに薬による変異が起こり、『力』の発現に結びついたのではないだろうか。 だとすれば、同じ遺伝子を持ち、同じ環境で育った君たちは同じ力を持っていると考えられる。
もう一つ、考えていることがある。哲学的な妄想めいた内容だから、書きにくいけれど。 一卵性の双子は、往々にして、細胞分裂時の偶然で発生する。初期分裂の段階で、受精卵が複数に分かれた結果だ。 君たちの場合もおそらく人工的にだが、同じことが行われたはずだ。
つまり双子は、発生の段階から『欠けたもの』なのではないだろうか。 (もちろん、発生初期のものだから普通は何の影響もない。) 生物は、欠けたものに対して、それを補完するように力を発達させる傾向がある。 双子の感応力は、補完の結果と考えることも出来る。
俺の推測通りなら、もう一人のアダムを抑えられるのは、イブ、君しかいない。 アダムの力を押さえ込む必要はない。力は波。なら、無効にすることはできると思う。
アダムは、『月裏のクリス』の下にいると言っていた。
月裏のクリスといえば、予言者の異名を持つ情報のスペシャリストだ。 月・地球のみならず、ありとあらゆるネットワークに通じた天才的なハッカー。 そして、白人至上主義で、コーカソイド(*3)ばかりを集めたコミュニティを主催していると聞く。
もう一人のアダムとクリスが通じたら、正直、俺にはどうなるか想像もつかない。
この手紙は、クリスの目に留まることを避けるために、人の手に託すつもりだ。 無事にイブの手に届き、俺の想像の全てが杞憂に終わることを願っている。
そして、イブ。離れていても、気持ちは変わらない。いつか必ず迎えに行く。それまで、待っていて欲しい。
君がいつも笑っていられる世界であることを祈っている。
愛している。
From Juda.