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ExtraVer.結合定数の変動

 司会者の朗々たる声が会場中に響く。

「新婦、紀子さんは、考古学部としては先輩に当たり、出会った時には『怖い先輩だ』という印象を持ったそうです。」

 会場にわずかな笑いが起こった。紀子はちょっとだけ怒ったような顔をして、すぐに悪戯っぽく笑った。俺は紀子に笑みを返した。…そんな頃もあった。
 司会者の声は続く。

「しばらくお二人は、考古学部の先輩、後輩として過ごされます。これが愛へと発展したのは…」

 俺は僅かにうつむいた。会場を見ながら平然と聞くなんて、俺には出来そうになかった。
 そっと手袋に包まれた手が触れた。紀子は優しく微笑んでいた。大丈夫だと言いたいのだろうと思った。でも、紀子自身、少しだけ寂しそうだった。
 俺たちは置いていかれた子供同士だった。


 宴は滞りなく進んだ。披露宴はその名の如く披露するための宴であり、俺たちは半ば義務的なスケジュールを、出席者のためにこなしていった。それでも俺たちは幸せだった。皿だけが置かれる、その席分の空白を除いて。
 会場の明かりが点され、俺たちがつけて回ったキャンドルが光の中にまぎれた。時計を気にしながら、司会がマイクを握った。

「それではこのへんで、お祝いの言葉を頂きたいと思います。まずは、新郎の大学の先輩に当たられます、足立君春様。」

 友人席で椅子が引かれた。眼鏡で細い体躯の男が立ち上がった。足立先輩は同じゼミの一年上級で、お世話になったのは嘘じゃなかった。けれど残念ながら、言葉を欲しい人ではなかった。
 足立先輩は誇らしげにマイクへ向かった。唯一のハプニングはそのときに起きた。

「わりぃ!」

 ざわめきが一瞬で引いた。重い入り口の扉が全開していた。扉を支えて立っているのは、無精ひげ伸び放題によれよれの式服で、既に二次会どころか三次会までこなしていそうな男だった。男は会場をぐるっと見回し、迷わずマイクを目指した。

「おまえ…!?」

 会場はすっかり静まり返っていたから、足立先輩の驚いた声は俺の耳にまで届いた。
 男は、足立先輩などいないかのようにマイクを引き寄せた。再びざわつき始めた会場に目もくれずにスイッチを入れた。

「間に合ってよかった。二言だけ言いたかった。心からおめでとう。そして、幸せになれ。」

 関先輩は言うとそのまま会場を出て行った。


 閉宴後、ぶち壊しになったと口々に言われたけれど、俺たちは一点の隙間もなく、幸せだった。

Requested By "橘靖之" H16.08.11, 200 count Memory



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