足を引き摺りながら坂を上った。
 一歩、踏み締めるたびに踝に鈍痛が走る。案の定、今頃ダメージが響いてきた。
 やはりそろそろ引退を考えなければならない時期かと、やや自暴自棄になりながらも歩くのは止めない。ああ、歩いているのも意地か。
 途中、麓で見つけた原チャリを拝借くれば良かった。動くかどうかも解らないエンジンをかけるのが面倒臭かった。道具もないし。つかスクータでこの坂は無理だろ。
 自分の荒い息が、まるで他人事のように聞こえる。口を半分開けているから喉が余計に渇く。水。水が欲しい。喘いでも血の味しかしない。
 計算外だった。
 最初から。
 仕事そのものは簡単だ。いつもの通り殺すだけ。現場は下見を重ねたし、標的もホンモノだった。
 依頼があった時に疑えば良かったんだ。後から悔やむから後悔なんであって、事前に解っていたら誰も嘆いたりしない。
 世代交代の時期なんだろう。今の俺にあるものっつったら過去の栄光のみで、これから先の需要は見込めないって事なんだろうから。
 つまり俺はその知名度を最大限に活用されて、囮に使われたってワケだ。ありがたくて涙が出るね。過去の俺に存分に感謝しろ。
 出し掛けた足を止める。痛みからじゃない。汗を拭うついでに振り返る。もう少しで追いつかれるか。勘が鈍っていない未来の俺にも多大なる感謝。
 左右のどちらへ逸れても無駄な気がする。手は回ってるだろう。となれば行き先はひとつだけ。登攀を続けるだけだ。
 奴はおそらく笑っているだろう。俺を蹴落としつつある事に、祝杯をあげているかもしれないな。くそったれ。俺が居なくなればトップに君臨する。代わりに賞金の額もアップして、首狩りや同業者に狙われる確率も格段に跳ね上がるだろうが、それすら勲章だと思っていそうだ。何処までも明るくポジティブに生きていくのだろう。存外、奴みたいな奴が生き残れる。
 俺も似たようなものか。
 どれだけ追い詰められようと必ず逃げ遂せる自信があるからこそ、俺は生き延びて来られた。その理由は誰も知らないだろう。まぁ企業秘密なんだから当たり前か。その為にこんな山道をわざわざ選んだ。
 突如として足元に暗闇が現れる。
 黒く広がるのは森。
 喘ぎながら登ってきた急坂は途切れ、地滑りを起こしたかのような角度の崖が足下に聳える。
 振り返る。
 繁みに隠れてまだライトの灯りさえ見えないが、先刻まで感じられなかった人の気配が多数、迫ってくる。
 ベルトに差し込んだハンドガンを確かめ、ジャケットのポケットの中のナイフを布ごと握り締める。どれだけ持ち主が草臥れようと、こいつらは大事な仕事道具だ。がっつり成功報酬を請求して、手入れしてやるからな。
 樹木が途切れ、枝葉も疎らな頭上には星空。むかつくくらい良い天気だ。観測日和ってやつだろうか。昔は星座なんかひとつも知らなかった。見上げて方角を確かめる。アンタレスの赤い星。
 俺は迷いなくダイブする。






 ――闇の空から白い羽が降ってきた。
 微かに羽撃く音。
 夜に飛ぶ鳥など何処にも居ない。


Written By "橘靖之", "『箱庭のそら』 "17002 count Memory.


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