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戯言

2-14

 つまんでは口へ運ぶ。黙るのは放り込むその一瞬だけ。あっという間に山が無くなる。
「だからさ、バレンタインデーってのは、聖人バレンチノの日でさぁ……」
 飲み込む一瞬もさすがに黙るか。食べるか話すかどっちかにすればいいのに。
 あーあ、うるさくって気が散って、こいつの口とは正反対でアタシの手は止まったまま、 手元のノートは白いまま。鉛筆を置いて、一かけつまむ。ほんわり洋酒の香る心地よい苦みが心地良い。……これって飲酒に入るのかな?
 ビターに仕上げたクリームを挟んだクッキー、それが今日のおやつ。ここのところ、月曜日はおせんべい、火曜日はクッキー、水曜日はチョコレート、木曜日はアメ、金曜日はケーキってサイクルで、今日は火曜日だから、クッキー。相方には紅茶を入れた。
 授業がようやく終わった三時、文芸部の部室はにわか茶室に早変わり。もうそろそろ後輩達も来るかな。クッキー、足しておかないとな。こいつにあらかた食われちゃったし。
「恋を愛を語ることを禁じられた中世世界で、唯一この日だけは許された! つまり、今日という日は恋人達の祝日なんだ!」
 カバンからもう一つ包みを出す。こっちのクッキーは、カスタードクリームサンド。甘いぞ。コーヒーに変えようかな。
「……だのに、なんだってこの国ではチョコレート、チョコレート騒ぐんだ、嫌がらせか!? 俺に対する、俺の才能に対するコレは嫌がらせなのか!?」
「はいはい」
 ほんと、言い出すと止まらない。いつも結局こっち行くんだもん。第一志望やばそうなこととか出す文学賞ことごとく2次落ちだとかが、世間の悪意が俺を邪魔した結果なんだとか、いつもちょっと電波入ってそうだと思う。まぁそうじゃなくても、チョコレート嫌いにとっては、女の子の愛があふれる今日という日がイヤミ以外のナニモノでもないって事ぐらい、アタシにだってわかるけど。
 卒業しても、進学しても、キッと多分社会人になっても、ちょっと変人なままで、チョコレートに文句を言い続けるんだろう、な。
「コレはすなわち、俺への嫌がらせが昭和30年代から計画されていたに相違なく、すべからく製菓企業の陰謀に他ならない!」
 もう、何言ってんのか、日本語すら怪しいよ。
 ぱたぱたぱた。ちょっと浮かれた空気のままに、まだまだ軽い足音が響く。
 あぁ、また、少しだけ騒がしい、残り少ない学校生活(にちじょう)がやってくる。
「だから、美由紀、チョコはないのか!?」
 ガラ。立て付けの悪いドアが力任せに引かれた。
「せんぱい、おはようございまーす」
 もう夕方にかかる時間に、おはようも何もないのだけど。
「はい、おはよう」
 挨拶してから、最後に残ったビターチョコクリームサンドを、つまんで口に放り込んだ。
「チョコなんて、もう、ないよ」
 カスタードサンドを並べると、授業から解放されたばかりの後輩達のために、熱いコーヒーをいれに立ち上がった。

参考:http://www.family.gr.jp/valentine/valentine.htm


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