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「なぜ作るの?」 そう問われて、どう答えればいいのか僕は言葉を捜した。作るという衝動は、僕が幼いころからともにあったもので、それに明確な理由をつけたことなど一度としてなかった。 答えが見つからないまま、ナイフを木肌に走らせた。角が切り落とされると、滑らかな肌があらわになる。瑞々しいその木目は、切り落とされて久しくすっかり乾燥も済んでいるというのに、今にも血が通いそうなほど生命にあふれて見えた。形になりたがっている。利己的な僕の直感だった。 しゅっ。またひとつ、角が消える。瑞々しい肌が形に近づく。 「……答えてもくれないのね」 かたんとペンを置いた。きれいな足がわずかに上がって、滑らかに組まれた。ため息が聞こえる。グロスの引かれた真っ赤な唇から、重く深く湿った吐息。伺った先に……見下ろす視線があった。 僕に、どうしてほしいのだろう。僕にだって、彼女が何をしているのかわかる。わかるということと、そこからどうすべきかを考えるのは別のことで、僕はあわてて、目を落とした。 しゅっ。またひとつ。僕にできるのは、作り出すこと、形にすることだけ。 「世間への批判、強い感情の表れ、伝えること、メッセージ。芸術と呼ばれるものには、何らかの衝動がついて回る。表現は伝える手段よ。…あなたの作品を一番多く見てきたと思っているわ。けれど、いまだに……わからない」 うん。頷くことで返した。彼女が一番長くそばにいてくれたことは事実だし、僕をあのくらい部屋から引っ張り出してくれたことも本当だ。けれど、ずっと一緒だったということと、僕を理解するということもまた、別のことだ。 もっとも、僕も僕が何を思っているのかわかりかねていたのだから、僕以外の人がわからなくても、無理はないのかもしれない。 僕が僕について知っていることは、生まれた理由と、生まれた場所と、僕という生物の運命についてということばかりで、ドクターはそれを、科学的な事実と呼んでいた。ドクターと別れた今も、それ以外のことを何一つ、知らない。 「期待はずれだったわ。……さよなら」 額に唇をそっと押し当てて、彼女は部屋を出て行った。そして二度と、入ってはこなかった。 週に三度、家政婦さんが通ってくる。そして、月に一度無表情の男が入ってきては、お金と材料を置いて、そして作品を持って、出て行く。彼女が何を考えていたかわからないけれど、だから、多分、僕はまだ死んではいない。そして、木肌を削り続ける。 いつもと違うことが起きたのは、何気ない"いつも"の隙間で、けれど決定的な瞬間だったのかもしれない。 「あんた、どっから入って来たの!?」 家政婦の威勢のいい野太い声だった。黒い虫を見つけたときのように。違うのは後に続く甲高い声だった。 「せ、先生はいらっしゃいますかっ!?」 「そんなこと、あんたに言う義理はないわね!」 「あの、ぜひ、先生にお会いしたくてっ」 「一昨日おいでっ!」 「え、一昨日ならお会いできたんですか?」 「……とにかく、出てお行きっ!」 「何で、今日はだめなんですか!?」 いくつ位の娘なんだろう。家政婦の怒髪をついた答えに、ほんの少し興味がわいた。だから……声をかけた。 「いいよ。入れて」 「だめですよ、こんな見ず知らずの小娘!」 「ほ、本当ですかっ!?」 「あ、ちょっとお待ちっ」 廊下を踏み抜かんばかりの勢いで、二組の足音が近づいてきた。重いほうは聞きなれたもの、そしてもうひとつは。彼女より、ずっと軽い。……子供? 「先生っ」 ばんと、扉が開いた。彼女が感情を高ぶらせたときのしぐさに、似ていた。けれど、飛び込んできたのは、彼女とは似ても似つかない要旨の子供だった。髪を振り乱し、ひらひらフリルのドレスを埃まみれにして……出会ったころの彼女のように僕をまっすぐに見つめていた。 抜けるような白い肌。きめの細かい、深く削った木肌のように。 「お会いしたかったんです。お会いして、お礼を言いたかったんです。お礼と、その……」 なんだろう? 見覚えがある気がした。少女が僕の手を取った。ナイフを握るしかできない、骨ばった手を。 「先生、あたしを作ってくれてありがとうございます。あたし、とても今、幸せです。そして、先生……先生……」 ばっと抱きついてきた。ふわりと広がるフリルの隙間から香るのは、清清しく真新しい、木の、香り。 この、少女は。 「先生は生きてます。こうして、今、ちゃんと生きているんですっ!」 最後のピースがはまったかのように、言葉が生まれた。 白い光の中で僕は生まれた。観察されるためだけに心臓は動き、脳は活動した。 やがて捨てられた僕を拾ったのが彼女だった。彼女は僕に木とナイフをくれた。言葉を教え、文字を教え、僕という存在を形作った。 彼女の作った形の中で、僕は、ただ、少女たちを生み出した。 ……僕にはほかに、生み出せるものがなかったから。彼女と契ることもできず、ほかに方法を持たなかったから。 『生きたかった』から。 直後に少女は家政婦によってつまみ出されてしまった。 また一人、暗い部屋に取り残された僕は、書けるものを探した。 |
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