生まれたてのドクロは美しい。白くもろく透き通るような無垢は、生まれ出でる形を間違えたことに嘆き苦しみ、そこには世俗への思いなど一片もなくどこまでも純粋で。 思いを壊さぬよう大事に内側に金を貼り、杯としたその中へ注ぐのは乙女の生き血。花咲く直前のあふれんばかりの力を持った巫女のものこそふさわしい。 杯は手に入れた。忠実な部下の働きで、ほんの数日前に手に入れることが出来た。私の両の手の中で鈍色の光りを放ちながら、出番を今か今かと待ちわびている。 手配はした。後は部下の報告を……運命の乙女を待つばかり。 「主様」 不意と背後に気配が現れた。ゆらゆら不安定な気配は、唯一部屋への侵入を許した部下のもの。 「戻ったか」 「はい。例の乙女を無事手に入れました」 「うむ」 「聖堂へ運びました。乙女は眠っております」 「良かろう。下がってよい」 「は」 ふいと気配は消えた。忠実な部下は無駄口を叩くこともなく、私の意を介し、行動する。 くくくと思わず笑みが漏れた。今夜は満月。杯と乙女、どちらも今は我が手の中。我が野望、ついに果たされる時がきた。 聖堂の天窓からは青く冷ややかに地上を見下ろす聖月が見え始めていた。聖月が真上にかかるときが、ドクロの祭りが始まるときだ。あと一刻もなかった。 乙女は運ばれた時のまま、祭壇の上ですやすやと寝息を立てていた。引き締まった面立ちに気の強そうなきりりとした眉。柔らかく頬を彩る髪は蝋燭の頼りない光りをあびて真珠色に輝き、まだ肉付きの少ない細い腕までかかっていた。術のために血の気のない頬はそれ故に透き通るほども白く、若い草でも傷つき血にまみれてしまいそうだ。神官を示すゆったりとしたローブは所々ですそを上げられ、成長途中を思わせる。まさに、つぼみ。これから大輪をさかせんとする極上の華。……これ以上魔王の花嫁にふさわしいものがあろうか。 その印象を左右する、二つの宝石はさて、何色か。 「よく眠っているようだな」 「は。抵抗もせず、術に落ちました」 「うむ。そろそろ頃合いだ。術を解け」 「御意」 影のような部下の手がすいと上がる。それに連れて、乙女のまぶたがが細かくふるえ、うっとりと夢見るようなまなざしで開かれた。どこまでも高い空を思わせるような、蒼。 「うむ。よくやった。……下がるがよい」 「は」 部下の気配が消える……声に気付いたのか、乙女の瞳が急速に焦点を結ぶと、がしゃん、手足で音がした。 「無駄だ。その戒めは取れまい?」 「なんだよ、これ!」 「威勢が良いな。しかし……それでこそ魔王の花嫁にふさわしい」 「魔王の……!?」 乙女はふいに天井を見上げた。月が正面から乙女を照らす。蒼く冷たく燃ゆる夜の支配者が地上に降り立つ。 「聖職につきし者なら耳にしたことぐらいはあろう。聖なるドクロの祭りを」 ドクロの杯を祭壇の横に置く。乙女からも見えるように。水晶の剣を取り出す。乙女を汚すことなく送り出すことの出来る剣を。さぁ、恐怖しろ。泣き叫ぶが良い。さもなくば嘆くがいい。昼の神の力無きことを! 「……く……くく……祭、か」 「!?」 なんだ、この娘は。動くこともかなわぬ祭壇の上で、自らの胸に突き刺さるだろう剣を目にし、さもおかしそうに……笑う。 「何の野望を抱いてるんだかしらねーけど、バカだな、あんた」 「何を言うか!」 「杯を生き血で満たして月夜の魔王にささげる秘術。材料は胎児の頭蓋骨と、生きの良い巫女」 「よく知っておるな。……魔王にあの世でほめてもらうがよい」 さぁ刻限だ。せめて一息にその胸をついてやろうではないか! 「だからバカだってんだよ! ……オレは男だ!」 「!?」 剣の刃は硬い岩に砕かれた。手に伝わるのは肉を割くずぶりとした柔らかいものではない。……乙女は消えていた。いや。 「女顔で悪かったなぁ!」 目の前に、骨張った足の甲があった。 * 「あんた、わざとだろ?」 「……」 け。だんまりかよ。確かにおれぁこんななりさせられてっけど、時々バカな坊ちゃんに花束なんかもらったりすっけど、手合わせしてまで女だと思うヤツぁいねぇや。 「確かにオレぁ、あんたに負けたけどさ。『乙女』はわんさかいたんじゃねーのか?」 修道院は女の園だ。オレぁ用心棒みたいなこともしてた。オレを黙らせりゃ、『本物』なんて浚い放題だったろーに。 「……あの杯」 「あ?」 おーいてぇ。バカ力でどうにか引きちぎったけど、オレの手だって無事じゃぁねぇ。青あざ必至。心臓刺されるよりゃマシだけど。 「あの杯で、術を完成させたくはなかった」 ちょいと腕に滲んだ傷をなめた。ま、すぐに治るな。 杯は流産しちまった子供の頭蓋骨だっけ? 乙女の血と杯を元に、魔王が生まれるとかっていったか? 「ふん? あれ用意したのもあんたか?」 「……早々に立ち去るがよい。主が目覚めぬうちに」 ま、いいか。オレには関係ねーし。 「そうすっか。……さんきゅな?」 「例を言われる覚えはない」 オレは肩をすくめて、とっとと部屋を抜け出した。 |