「最近増えたよね……」 澪は虚空を睨んでぽつりと呟いた。 澪の目線を追って見たけれど、僕には何も見えなかった。 「何が?」 銜えたスプーンをアイスへ戻して、横目で澪を見た。 澪はまだ『何か』を追っていて、僕の方まで目をやった後なんでもないと首をふった。 澪も視線を落とす。ちらりと覗いたカップの中のアイスは溶けてどろりと底に溜まり始めていた。 僕も底に溜まって冷えたミルクとなり果てたアイスをカップを持ち上げてすすった。空は高く蒼い。陽射しはじりじりと焼くようで、冬物のローブの下では薄く汗までかいていた。 まだチェリーの花が散ったばかりだというのに、今年も暑い。 「尋(ひろ)は……」 「ん?」 澪の視線はまだ、カップに落ちたままだった。すっかり塊の無くなった底をスプーンで名残惜しげにつつき回す。 「尋は『環境』は取らないの?」 「興味ないなぁ」 くしゃっとカップを潰して、ゴミ箱へ投げた。こんとフチに当たって落ちたカップを……指をはじいてずるをした。 独り出に浮き上がると、今度はちゃんとゴミ箱の中へ消えていった。 「動体とか、合成の方が面白いもの」 「そう、だよね……」 澪は皮肉気に口の端で笑むとまた、何かに気付いたように何もない場所を睨んでいた。 遠くでチャイムが聞こえた。 午後の授業は専攻科目で、僕は合成学。澪は環境学だった。 澪は自然科学専攻だった。環境学はその柱となる講義のひとつだと聞いていた。精霊同士のつながりを学び、僕らの力で……魔術師の力で調和させる術を学ぶというモノらしい。 僕は興味なかった。精霊たち(やつら)は勝手にやっているし、人の手が入る事をを喜ばない。環境を整えても、非魔術師(ふつうのひと)たちは感謝のひとつもしやしないし、だったら、もっと直接生み出せる方が楽しい。 合成学は色々な物質の成り立ちを学び、合成の方法を学ぶ。一貫として、古代錬金術も学ぶ……『金』は元素だから合成できないし、命の合成もできない……精神と肉体合成して、疑似生命を作る事はできるけれど。 今日の講義はまさにそれ。材料は、精神の離れてしまった死体が一番良いけれど、土人形でも可。土人形を用いる場合は、それをカバーするだけの精神力が必要。死体の場合は、低俗霊でも動かす事ができるから扱いは要注意−−。 逆も学ぶ。当然。合成は分解とあわせて初めてひとつの技術だ。低俗霊の入り込んだ物質から、切りはなすすべも学ぶ。呪いの人形や悪霊払いなんて、僕らにとっては期末課題程度のモノだった。 そう。期末課題。7末の卒業考査を控えて、僕だって考えないワケじゃない。 何か、良いアイディアはないものか。 過去に考えたどれとも違う、それ以上のアイディアは。 講堂の裏は静かで、放課後をのんびり過ごすにはこの上もない場所だった。 僕らは皆、寮住まいだった。街へ行くにはこの格好(ローブ姿)は目立ちすぎる。寮に帰って着替えて何てしていたら、それだけで自由時間が減っていく。静かに過ごせる場所は限られていた。 「考査どうする?」 「んー。考えてる」 「どうしようかなぁ」 澪の講義でも考査の話が出たのだろう。 考査で合格しない限り、僕らはまた同じ一年を過ごさなくてはならない。僕らがこの学校の学生である限り、それは絶対の決まり事だ。 ……はやまったかなと思わなくも、ない。これ以上の作品を作るなんて、そうそうできる事じゃない。 「生きのいい精神(ネタ)でもないかなぁ」 「……あんたってば、そればっかりね」 また澪は笑んだ。皮肉気に僕を見ながら。長い黒髪が風にあおられて舞い上がった。少し太い強情そうな髪が。二本人形そっくりの冴えた白い顔を覆うように。 「良いだろ、好きなんだから」 ふいと、澪は視線をずらした。また、虚空を見つめる。 澪には僕に見えないモノが見えているようだった。……多分、見えているのだろう。澪は僕とは『違う』から。 「ネタ、あるわ。とびきりのが。……尋にその気があれば」 「え、本当!?」 澪は虚空を睨んだまま、呟くように続けた。 「けれど、コレは契約よ」 澪は心底−−黒い腹を透かすように−−楽しげに微笑んだ。 期末考査を控えた連休、そして僕らは実家に帰る事になった。 澪の主張に従って、大事な人形を取りに。 『合成』はどこでもできるから、場所は問題ではなかったけれど。うらぶれた茅葺き屋根の民家は今にも崩れそうで、気をめいらせた。 「尋。はい、やって」 にこにこと澪が床に足跡を残して取ってきたのは、思った通り、澪によく似た日本人形だった。羽織った絹の着物は黄ばんで所々がムシに食われていた。 僕は溜息と共に、髪をなおして、頬の埃を拭った。地面に描いた方陣の中へそっと置くと少し離れた。 「……澪」 「えぇ」 僕に代わり、澪が方陣の正面に立つ。どこを見てるとも知れぬ目が、空を泳いで人形へたどり着いた。 『万物にやどりし精神よ。今人形に降り立ち、新たなる息吹をあたえん』 澪に寄り添い肩に手を置く。澪1人では、支えられない。 風が巻く。方陣を覆い隠す。目を射るような光の本流に、僕は懐かしさを覚える……。 −−尋ちゃん、ありがとうね。幼い日の澪の声を聞いた気がして、現実的な音が続いた。 「そなた、尋というのかえ?」 光が収まり、風が途絶えたその中に、人形に成り代わり澪そっくりの女性が立っていた。 「我はオオクワノテの精霊なり。……感謝するぞ。我に言葉を与えた事を」 そういうことかと、僕はようやく得心した。 そして、僕の将来も……。 「最近増えてるのよ。より場をなくしてさまよう精霊が」 似たようなモノだから、きっと澪は気になって仕方がないんだろう。 |