死を欲しているなら探してごらん。インターネットで。新聞の隅で。ローカル情報誌の脇で待っている。 『死神』の名が。 アクセスは簡単。電話一本。それでエージョントが向かいます。 お代はほんの……気持ち程度。 「スウシン、お仕事よっ」 ミヨリの甲高い声が割り込んで来た。ち。はずした。ゲームオーバー。 「あんだよ、いいとこだったのに」 「遊んでないで、お仕事だってば」 あぁもう、ヘッドセットむしり取るなよ! グラスディスプレイの低輝度に慣れた目には、昼間の明かりはまぶしすぎる。窓を背にしたミヨリは逆光の中に沈んでいた。 「証券会社の部長さんよ。依頼人は部下の女の人。セクハラで……いろいろ酷い目に遭ったみたい」 ミヨリの書類をひったくる。依頼人の事情とか、相手の人間性とか、そんなのボクはどうでも良くて、ミヨリが調べてあげてくるんだから、まぁ、間違いは無いとはずで。ボクが見るのはもっと違うところだった。 「ペースメーカー? 若いのに。……ふぅん」 「3年前に入れたみたいね」 「800M帯で出力を上げれば効くかな?」 「あら。携帯電話で心臓麻痺は難しいんじゃないかしら」 「それはミヨリの仕事だろう?」 にんまりと僕が笑うと、面倒くさくてイヤだわとミヨリの目は言い出した。 ボクの副業はあまり人に言えたモノではなかった。とはいえ、直接の証拠なんか残しはしないし、まだ当面お縄を頂戴するつもりもない。見えない殺人者。人とも思えぬ所行。だから、死神。 言い出したのはボクじゃない。どこの誰かが言い出して、そのまま定着した。 ネットや口コミ、時にはなんでだか新聞広告なんかで広まった。どこからか依頼があれば、ミヨリがかぎつけ請け負ってくる。ボクはそれを遂行するだけ。死神は生死を司るけど、事情を斟酌するのは神様の仕事で。ボクの代理人だとあくまでも言い切るミヨリが、『判断する』神様ってのは気持ち悪かったけど、別にいいかとも、思っていた。 ……早い話が、ボクはこの副業を結構気に入っていた。 ――遅い。 時計は0時を回った。 マシンの画面では夜中にもかかわらず雑多な情報が飛び交っていて、その中を泳ぎながら、ミヨリからの連絡を待っていた。 今回の仕事は簡単に行きそうだった。弱点を持つヤツは、弱点をつくのが早道で一番自然。ターゲットの行動をミヨリとボクとで洗い出して、ミヨリに機材を持たせて終わり。後は時を待つばかりだった。 風呂に入ったターゲットに、高出力の電磁波をお見舞いする。短時間でも心臓にダイレクトに衝撃を喰らえば、心臓発作のできあがり。気を失ってお湯に沈めば、発見も遅れるだろう。時間がたてば立つほど、助かる率は少なくなる。 念のため、鉄道会社のネットワークに侵入して、ミヨリの定期を使ったように見せかける。そもそもボクは動かないから、アリバイも何もありはしない。 23時には連絡が来るはずだった。機材を設置し、ターゲットの帰宅を待って連絡をよこすはずだった。 ターゲットの足取りは、予定通りのはずだった。22時過ぎに最寄り駅を通過した記録は取れている。機材の設置は難しいモノじゃない。窓を割ったり、鍵を開けたり何て面倒な事も必要ない。一瞬ですむはずだった。 ――何やってるんだ。 ……ミヨリ自身の居場所も、携帯電話の位置情報をハッキングすればわざわざ確認するまでもない。ターゲット宅付近から動いた形跡はなかった。 郊外の一戸建て。ミヨリの報告と、衛星写真から見る限りでは、周りを生け垣に囲まれた結構立派な一戸建てだ。 犬を一匹飼っているらしいが、箱入り息子で夜は家の中だとか。ちょいと侵入して機材をつけて、帰宅を確認すれば終わりだろうに。 ――なんかミスったか? 考えられない事じゃない。ミヨリはかなり抜けている……ボクにまで心配されるほど。 トゥルルル。 待っていた音に1コールで出た。言われる前に口が出た。 「遅い!」 「ごめんなさいっ。ちょっとしくじってしまって」 ミヨリの声は弾んでいた。興奮しているわけじゃなく、文字通り。……走っている? 「どうしたんだよ。……移動中か?」 「う、うん。ちょっと急いで離れようかと……」 「……なにした? スイッチ入れて良いの?」 「えーと。そうしたら、この電話切れてしまうんじゃないかしら」 遠くで消防車のサイレンが聞こえる……電話の中から。 「ミヨリ……」 電話が切れてしまうという事は、機材は今、ミヨリの手の中にあるという事。遠くから聞こえるサイレンは、多分。 「見られたの?」 「……あ、でも、ほら、目的は、ね。達したワケだし?」 「……」 ミヨリはエージェントを名乗る。あくまでもボクが死神のはずなんだけど……。 「ほ、報告は明日ね? いつもの時間に行くからっ」 「……うん。おやすみ」 溜息ついて電話を切って、情報の渦を遮断した。 あーあ。1時を過ぎちゃった。明日は算数の授業があるのに。起きていられるかな。しかも、20時には家庭教師の先生が来る。 寝不足で荒れた肌に厚塗りファンデーションを乗っけた、不良大学生のボクの代理人が。 参考:http://www.kozupon.com/musen/kikishogai.html 参考:http://www.soumu.go.jp/s-news/2003/pdf/030620_1_04.pdf |