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URA*Soramimi Syojo
067.奇人の日常

 朝は七時に起きる。
 朝食はトーストにサニーサイドエッグ。サラダにコーヒー。
 だいたいニュースをつけてるわね。支度してても聞こえるもの。情報収集は必要よ。
 八時には家を出る。学校に着くのは十五分ってとこかしら。
 半から授業が始まる。

 八時十二分。定時通り校門に着く。この季節の日の出は早く、半袖でももう暑いくらい。
 明日からは日傘を用意しようと決意して、校門をくぐる。
 ちらほらと生徒の姿が見える中で、あり得ない姿があった。
 銀髪の青年。いつもの通り、薄ら笑いを貼り付けて。
「リーヴン」
「よ、ライラ。おはよう。今日も定時登校、ご苦労さん」
 遅刻、欠席の常習犯だった。いや、常習犯の一人と言うべきか。
 それがなぜ、こんな所に、こんな時間に。
 ……いや、考えちゃイケナイ。考える意味がない。
 こいつらの考えること何て私にはさっぱりわからないし、わかりたいとも思わない。
「おはよう。……さよなら」
 いつもとは違う行動をやめた。リーヴンの横を通って教室へ向かう。
「ライラ、冷たいなぁ」
 後ろで声がしたけど、足音はなかった。
 どこかほっとした気持ちで、大きく空いた出入り口をくぐる。
 校舎の中は、まだ朝のひんやり具合を残していた。少し暑くなった季節、この感じは嫌いじゃない。
 校舎の中にはいつもの通り人気はなく、教室の扉を開けても中には誰もいなかった。
 窓側の一番前。ちょっと暑いそこが、私の席。
 窓は南向きだから、これからちょっと辛いけど、勉強には替えられない。
 1時限目の外国語の教科書。予習がてらぱらぱらめくっていると、丁度時間になった。
 予鈴が鳴り、本鈴が鳴る。響き渡る。しんとした校舎の中に。
「おはよう」
 程なく、先生が入ってきた。私を見て、挨拶する。私も挨拶し返す。
「おはようございます。ブリューア先生」
「さて、授業を始めようか」
「はい。今日は47ページからでしたね」
 教室には私一人。先生と、私一人。四十人学級で、今生徒は私一人。

 二時間目になる頃には教室の中にもちらほら人が増え始めていた。
 五時限目を終える頃には、半分くらいが埋まっていた。
 今日から試験前。クラブ活動の停止期間。それでも、みんなの顔には笑顔が乗る。
 みんなのんびりしてる。のんびりしすぎている。
 教科書をそろえて、教室を出た。あがりきって下がる気配も見せない気温、湿度はちょっと辛い。
 校門を出て、右に折れる。学校の塀と喧しいと言いたくなるくらいの虫の合唱に挟まれて、土の道を歩く。
 出始めたばかりの麦の穂を渡る風に気持ちよさなんてない。遠くに揺れる麦わら帽子に溜息をつきたくなる。
 機械化は結局定着しなかった。費用対効果が良くないのだという。
 太陽光発電は全て生活に回され、車なんてものはエネルギーを喰うだけの高級品になりはてていた。デスプレイ目的ならともかく、実用品として使う人なんていない。トラクターも同じ。人の方が安いから、植えるのも、刈り取るのも、運ぶのも、全て人がやる。村の畑全てを、村の人間だけで管理する。
 特にこの国は、ほどほど温暖な地域にあるから。さほど苦労しなくても、それなりの実りとそれなりの収入を期待できたから……そしてそれは裏切られたことがないから、この国の経済は止まっているのだと、学者は言った。
 難しい話はわからない。けれど、のんびりしていると、思う。
「学校、終わったんだ?」
 ぬっと、麦畑から現れた麦わら帽子から、銀髪がはみ出ていた。ふぅん。今日はさぼったと言うより、手伝いだったんだ。
「終わったわよ。課題もたくさん出たわ、家に帰ってやらなくちゃ」
「ライラは真面目だね。卒業したら進学でも考えてるワケ?」
「……どうでもいいでしょ」
 差し出してくる芋をひったくって、私はまた、歩き始めた。
 授業の終了は十五時。家に着いて一息ついて、十五時半から課題をやる。日が落ちる前には終わるから、終わり次第夕飯を作る。夜は八時から仕事をする。父さんも母さんも居るけれど、うちは遠すぎて学校に通えない。だから、小遣いくらいは自分で稼ぐ。
 ひがな遊んで、ときおり家業を手伝って、忘れた頃に学校へ来るリーヴンとは、そもそも生活が違うのだ。見えている日常が、重ならないのだ。
 リーヴンが何を気にしていても、私が気にする事じゃない。……それが私の将来のことであっても。
「ねー、ライラ。祭行かない?」
「行かない」
 今度は朝とは違った。足音が着いてくる。風にあおられて、ぱりぱりと乾いた麦わらの立てる音も。
「いいじゃん、そんなに一生懸命やらなくても。」
 足を速めた。振り切りたかった。
「どうせ、進学は無理だろ?」
「……ほっといて」
 精一杯、早足になった。
 くやしい。リーヴンは着いてくる。走っても、振り切れない。
 進学は無理。そんなこと知っている。
 この村に、あの学校以上の教育施設なんかなかったし、そもそもこの国にも……世界を見回してすら、数えるほどしかない。
 進学先は、宇宙開発などの特殊な職業の予備校しかなくて、予備校に通うためには、そもそもこの学校……この国ではだめだった。もっと幼い頃から特別である必要があり、それは知識、努力で補えるものではなかった。
 普通に生まれたら、普通になるしかない。農家に生まれたら、農家でいるしかない。それでも、生活に困ることはない。気候はすっかり……良く言えば穏やかで、悪く言えば変化がない。そこそこ手入れさえすれば、麦もその他の作物も良く育つ。コツは親から受け継ぐ者で、学校で教わるものじゃ、ない。
 何年も、何十年も、『変わらない』暮らしが続いていた。そして、この先何年も、何十年も、きっと、何百年も……。
「なー、ライラ! もっとのんびりやろうよ!」
「さよなら」
「だからみんなに奇人変人って言われるんだよ!」
 言われたって、痛くも痒くもない。

 永遠のほうが、私には息苦しい。



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