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朝は七時に起きる。 朝食はトーストにサニーサイドエッグ。サラダにコーヒー。 だいたいニュースをつけてるわね。支度してても聞こえるもの。情報収集は必要よ。 八時には家を出る。学校に着くのは十五分ってとこかしら。 半から授業が始まる。 八時十二分。定時通り校門に着く。この季節の日の出は早く、半袖でももう暑いくらい。 明日からは日傘を用意しようと決意して、校門をくぐる。 ちらほらと生徒の姿が見える中で、あり得ない姿があった。 銀髪の青年。いつもの通り、薄ら笑いを貼り付けて。 「リーヴン」 「よ、ライラ。おはよう。今日も定時登校、ご苦労さん」 遅刻、欠席の常習犯だった。いや、常習犯の一人と言うべきか。 それがなぜ、こんな所に、こんな時間に。 ……いや、考えちゃイケナイ。考える意味がない。 こいつらの考えること何て私にはさっぱりわからないし、わかりたいとも思わない。 「おはよう。……さよなら」 いつもとは違う行動をやめた。リーヴンの横を通って教室へ向かう。 「ライラ、冷たいなぁ」 後ろで声がしたけど、足音はなかった。 どこかほっとした気持ちで、大きく空いた出入り口をくぐる。 校舎の中は、まだ朝のひんやり具合を残していた。少し暑くなった季節、この感じは嫌いじゃない。 校舎の中にはいつもの通り人気はなく、教室の扉を開けても中には誰もいなかった。 窓側の一番前。ちょっと暑いそこが、私の席。 窓は南向きだから、これからちょっと辛いけど、勉強には替えられない。 1時限目の外国語の教科書。予習がてらぱらぱらめくっていると、丁度時間になった。 予鈴が鳴り、本鈴が鳴る。響き渡る。しんとした校舎の中に。 「おはよう」 程なく、先生が入ってきた。私を見て、挨拶する。私も挨拶し返す。 「おはようございます。ブリューア先生」 「さて、授業を始めようか」 「はい。今日は47ページからでしたね」 教室には私一人。先生と、私一人。四十人学級で、今生徒は私一人。 二時間目になる頃には教室の中にもちらほら人が増え始めていた。 五時限目を終える頃には、半分くらいが埋まっていた。 今日から試験前。クラブ活動の停止期間。それでも、みんなの顔には笑顔が乗る。 みんなのんびりしてる。のんびりしすぎている。 教科書をそろえて、教室を出た。あがりきって下がる気配も見せない気温、湿度はちょっと辛い。 校門を出て、右に折れる。学校の塀と喧しいと言いたくなるくらいの虫の合唱に挟まれて、土の道を歩く。 出始めたばかりの麦の穂を渡る風に気持ちよさなんてない。遠くに揺れる麦わら帽子に溜息をつきたくなる。 機械化は結局定着しなかった。費用対効果が良くないのだという。 太陽光発電は全て生活に回され、車なんてものはエネルギーを喰うだけの高級品になりはてていた。デスプレイ目的ならともかく、実用品として使う人なんていない。トラクターも同じ。人の方が安いから、植えるのも、刈り取るのも、運ぶのも、全て人がやる。村の畑全てを、村の人間だけで管理する。 特にこの国は、ほどほど温暖な地域にあるから。さほど苦労しなくても、それなりの実りとそれなりの収入を期待できたから……そしてそれは裏切られたことがないから、この国の経済は止まっているのだと、学者は言った。 難しい話はわからない。けれど、のんびりしていると、思う。 「学校、終わったんだ?」 ぬっと、麦畑から現れた麦わら帽子から、銀髪がはみ出ていた。ふぅん。今日はさぼったと言うより、手伝いだったんだ。 「終わったわよ。課題もたくさん出たわ、家に帰ってやらなくちゃ」 「ライラは真面目だね。卒業したら進学でも考えてるワケ?」 「……どうでもいいでしょ」 差し出してくる芋をひったくって、私はまた、歩き始めた。 授業の終了は十五時。家に着いて一息ついて、十五時半から課題をやる。日が落ちる前には終わるから、終わり次第夕飯を作る。夜は八時から仕事をする。父さんも母さんも居るけれど、うちは遠すぎて学校に通えない。だから、小遣いくらいは自分で稼ぐ。 ひがな遊んで、ときおり家業を手伝って、忘れた頃に学校へ来るリーヴンとは、そもそも生活が違うのだ。見えている日常が、重ならないのだ。 リーヴンが何を気にしていても、私が気にする事じゃない。……それが私の将来のことであっても。 「ねー、ライラ。祭行かない?」 「行かない」 今度は朝とは違った。足音が着いてくる。風にあおられて、ぱりぱりと乾いた麦わらの立てる音も。 「いいじゃん、そんなに一生懸命やらなくても。」 足を速めた。振り切りたかった。 「どうせ、進学は無理だろ?」 「……ほっといて」 精一杯、早足になった。 くやしい。リーヴンは着いてくる。走っても、振り切れない。 進学は無理。そんなこと知っている。 この村に、あの学校以上の教育施設なんかなかったし、そもそもこの国にも……世界を見回してすら、数えるほどしかない。 進学先は、宇宙開発などの特殊な職業の予備校しかなくて、予備校に通うためには、そもそもこの学校……この国ではだめだった。もっと幼い頃から特別である必要があり、それは知識、努力で補えるものではなかった。 普通に生まれたら、普通になるしかない。農家に生まれたら、農家でいるしかない。それでも、生活に困ることはない。気候はすっかり……良く言えば穏やかで、悪く言えば変化がない。そこそこ手入れさえすれば、麦もその他の作物も良く育つ。コツは親から受け継ぐ者で、学校で教わるものじゃ、ない。 何年も、何十年も、『変わらない』暮らしが続いていた。そして、この先何年も、何十年も、きっと、何百年も……。 「なー、ライラ! もっとのんびりやろうよ!」 「さよなら」 「だからみんなに奇人変人って言われるんだよ!」 言われたって、痛くも痒くもない。 永遠のほうが、私には息苦しい。 |
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