病院における革命
ヒューマンスキル研究センター 代表取締役  細川 政宏
T.これからの病院に何が起こるのか
 アメリカ経済は不死鳥のごとくよみがえった。さすがである。戦後世代の筆者は、'50年代のアメリカンホームドラマに強い衝撃を受けた第一次TVエイジである。子どもの頃見たTV画面には、大きな電気冷蔵庫が光輝いていた。家には、氷で冷やす小さな木製の冷蔵庫(親戚からもらった)しかなかったことを想い出す。
 絶好調のアメリカ経済も、'80年代には凋落した。実力を付けてきた日本など競争相手に負けたのだ。そこでアメリカは、日本的経営の研究を通して変革に取り組んできた。'90年代に入り、その成果が現れ始めた。変革に取り組んだ企業が劇的に業績を上げるようになってきたのだ。アメリカ企業が再び競争力をつけてきた。
 日本的経営の研究成果の一つに、マイケル・ハマーとジェイムズ・チャンピー(1993)の提唱する「リエンジニアリング」がある。その骨子は、古い組織を壊し、顧客の視点に立って、仕事を見直せというものだ。理由は簡単である。図-1の様に、競争が激しくなると、企業は顧客の求める多様なサービスや製品を提供せざるを得なくなる。顧客は独特でユニークな存在だからだ。顧客にきめ細かく対応するためには、製品やサービスを大量に作って売る分業システムはかえって効率が悪い。多様な製品やサービスを少量作って売るシステムにする必要がある。1)
 '90年代に入って、日本は不況が続いている。そこで、リエンジニアリングを使えということになる。だが実は、リエンジニアリングのお手本は日本なのだ。その一つのモデルは、後述するQC活動(品質管理)だ。現場からの改善運動だ。しかし、リエンジニアリングの重要な投げかけは、カビの生えた古くさい組織の破壊にある。つまり組織変革である。これは参考になる。
 病院は確実に変わりつつある。この変化は、病院がサービス業の自覚を明確にもって、競争しながら顧客に対応していけということを意味している。今までは、競争のない世界で一人勝ちしていた。以前のアメリカと似ている。アメリカは、世界市場を独占していたので競争原理が働かなかった。顧客はサービスに不満があっても、ユニークで独特なニーズがあっても、売ってくれるところがなければ諦めるしかない。競争が起これば、必ずどこかの病院がそうしたニーズを掘り起こすようになる。
 病院の今後の課題は「気紛れとも思える顧客のニーズにきめ細かく対応していくこと」である。ではどうしたらよいのか?

 
U.ボトムアップによる業務改善とは
 「ボトムアップ」という言葉は「トップダウン」という言葉と対比的な意味で使われる。「アメリカは、トップダウンでものごとを決めるが、日本はボトムアップで決めることが多い」と。これは、図-2の様に、アメリカでは、トップの経営層が決めて現場のスタッフ(ボトム層)に指示していくのに対し、日本では、現場のスタッフの意思や判断を上に上げて最終決定していくことを意味している。「ボトムアップ」の方が、「トップダウン」に比べ、現場を尊重し現場の意見を反映するという特徴がある。一方、時間がかかり、能力の高い優秀なスタッフが必要となる。
 病院が、顧客にきめ細かく対応するには、経営トップ層が広い視野で新しいニーズを探ることも重要だ。しかし、ボトムアップでサービスを洗練させていくことも重要となる。顧客やサービスを最も熟知しているのは現場の人間だからだ。現場のスタッフが、日々の仕事を絶えず見直し改善を行っていく必要がある。正確には、改善だけではダメだ。改善は今までのやり方(分業システム)を良しとし、手直しをすることである。全く違うやり方を産み出す必要もある。これを改革という。
 しかし、最初から力む必要はない。「(チェッ、と内心舌打ちし)どうしてこうなってしまうんだろう?」日頃、フラストレーションを感じていることに目を向けていくことから改善・改革は始まる。


V.ボトムアップ実現の条件と手順
 そもそも人間は仕事に対してどのような欲求をもっているものなのだろうか?
 マズロー(1943)は、人間には、生理的欲求、安全の欲求の他に「関心を向けて欲しい(love)」「良い評価が欲しい(esteem)」「変化向上したい(self-actualization)」の3つの欲求があると主張した。アルダファ(1969)は、マズローの欲求を、生存(existence)、関係(relatedness)、成長(growth)の3つの欲求に整理し、欲求の階層性と併存性を明らかにした。図-3を参照されたい。
 人間は、仕事の改善・改革に対して基本的な欲求をもっているのだ。もっと速く、もっと巧みに、もっと正確に、もっと快適に、もっと的確に仕事をしたいというように。しかし、周囲の人間からの肯定的な関心、例えば、注目、暖かい目、賞賛、尊敬、敬意、感謝、慰労・・・も不可欠だ。
 ハックマン(1980)は、仕事の意欲を直接高める5つの条件を明らかにした。
 (1)多様性 仕事に必要とされる知識・技術が多様である
 (2)完結性 仕事がひとつのまとまりをもっている、部分的な仕事ではない
 (3)重要性 社会的に有意義な仕事と思える
 (4)自律性 自分の裁量で仕事を行える、自己判断の要素が多い
 (5)フィードバック 仕事の結果がわかる
 人間は歯車やロボットになることを嫌うのだ。この5つの条件が整えば、仕事に対して強い意欲をもち、改善・改革の欲求も強くなる。仕事のやり方を変える必要がある。これがボトムアップを実現する条件となる。2)
 マイケル・ハマーらは「リエンジニアリング」でどのように組織を変えていったのだろうか? 病院組織に置き換えて肉付けしてみよう。重要な点はこうである。
 (1)部門別の仕事からチームでの仕事へ
   看護部門、診療部門、事務部門といった発想から医療チームという発想へ
 (2)単純な仕事から幅広い複雑な仕事へ
   医療チーム全体の仕事の基本知識を持って複数の仕事をできるようにする
 (3)管理から権限委譲へ
   婦長の指示やルールに基づいて仕事をするのではなく、自ら判断しルールをつくって仕事をする
 (4)トレーニングから教育へ
   特定の仕事のやり方を覚えるのではなく、看護にとって何が必要か幅広く考え自ら学習する
 (5)ピラミッド型組織からフラットな組織へ
   管理者の数を減らし、結果としてフラットな効率の良い病院組織へ
 (6)監督からコーチへ
   婦長の役割は部下の管理から問題解決や能力アップの良きアドバイザーへ
 (7)上司のために仕事をするのではなく患者のために仕事をする
   顧客本位の病院理念、看護理念の徹底へ
 (8)報酬は活動重視から結果重視へ
   報酬決定は働いた時間ではなくて、患者の満足度で  
 どこから手を着けてもよいが、一気に劇的にやることが重要だと説く。3)


W.企業におけるボトムアップの例
 企業におけるボトムアップの典型例はQC活動である。QC活動( Quality Control)とは、職場の人間が小グループをつくり、仕事の改善・改革に当ることである。管理者と相談しながら行われるが、活動そのものはあくまでもグループの自主性に任されている。グループは4〜8人のメンバーから成り、徹底的に仕事について話し合っていく。改善点を分析し、改善方法を模索し、改善策を実施し、その効果を確かめていく。事前に、統計学(記述統計学、推測統計学)の手法について研修会がもたれ、科学的にすすめるよう奨励される。QC活動のテーマには次のようなものがある。
パソコン導入による新事務システムの効果は? IC製品の歩留まりを大幅に高めるには? 顧客の待たせ時間に対する不満解消策は? 顧客に対する商品情報満足度を向上させるには?・・・
 長嶋監督は言語化が弱いと言われる。そのため、「チーム」ということを強調するわりには、長嶋の経験的知恵をチーム全体で共有できない。例えば、松井のバッティング・フォームを変えるのに「お前のバットの振り方はワァーという音だ。ピッ、ピッという音にならないとダメだ。ピッ、ピッという音にどうしたらなるかはわからない」とコーチした。松井は独りで振りまくった。最後にピッ、ピッという音になった。それから当たり始めた。長嶋のやり方で、チーム力を高めるのは難しい。野村監督ならどうコーチするだろうか?
 QC活動では話し合うことが強調される。現場のやり方を分析し、明確な言葉にして、仲間の共有財産にするためである。そこで、グループ内での議論が活発に行われ、成果の発表にも力が入れられる。そうして会社全体の力が高まる。

X.病院におけるボトムアップの例
 表-1の様に、企業のQC活動に非常によく似た病院の展開例として院内看護研究がある。院内研究も小グループの自主的な活動が中心となる。科学的な研究手法について事前の研修会が行われ、婦長や主任と相談しながら進められる。研究成果はどんどん現場に取り入れられる。研究発表の場が設けられ、成果は印刷物として配布され仲間で共有することもできる。研究テーマは、ある病棟に固有の問題もあれば、院内に共通の問題もある。筆者の指導した院内研究のテーマには次のようなものがある。
マザークラスは母性意識を高める効果があるのか? 新開発の氷枕マットは効果があるのか? 術後の片付けを分担制にする時間短縮効果は? 術前オリエンテーションは患者の不安を下げることができるのか? レモン水による口腔内清拭の効果はあるのか? 現在の起床時間に患者は満足しているのか? 看護方式の違いは看護婦にどのような変化をもたらすか? 職場の燃えつきとストレスの実態はどうなっているのか? 患者の待ち時間とイライラ度の関係は?・・・
 これからの病院経営を担っていく大変魅力的なシステムだ。院内研究をあらためて見直して欲しい。看護部門だけの研究でいいのか? 十分に科学的な内容になっているのか? 研究テーマに病院の方針が反映されているのか? そもそも楽しみながら意欲的に取り組んでいるのか?


Z.まとめ
 病院はこれから競争の時代に入る。従って、顧客の視点に立ったサービスの充実が必要となる。そのためには現場のスタッフからアイディアが提供される必要がある。
 スタッフの側からすると、これはワクワクする状況である。日頃のフラストレーションを解消すべく、多いに仕事を見直そうではないか。しかるに、病院ではすでに様々な見直しが院内研究という形で行われている。この制度を新たな視点でリフォームしよう。そして、病院という組織も発展し、働くスタッフも顧客も満足する充実した人生を送ろうではないか。
[.参考文献
1)マイケル・ハマー,ジェイムズ・チャンピー(野中郁次郎監訳):リエンジニアリング革命,p.21〜54 ,日本経済新聞社,1993.
2)齋藤勇,藤森立男編著:経営産業心理学パースペクティブ,p.12〜23,誠信書房,1994.
3)前掲1)p.103〜127
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