愛されない子どもはどうなるの?

−トラウマ(心理的外傷)ってあるの?−
ヒューマンスキル研究センター 代表取締役  細川 政宏

 最近、保育園や幼稚園で様々な子育て支援のためのプログラムが提案されています。子育てに対する親の不安が社会に広がっているということのあらわれなのでしょうか。親の漠然とした不安の一つに、子育ての影響があります。最近多発している青少年犯罪の原因は乳幼児期の子育てにあるのではないかという考え方です。「自分の子どもだけは、そうした犯罪に走って欲しくない。そのためには、どう育てたらいいのだろう?」 こうした親の素朴な願いです。
 
 パーソナリティについて論じた理論の一つに交流分析があります。交流分析(Transactional Analysis)では、人間の本能的な欲求としてストローク欲求というものを仮定しています。ストロークという言葉は、もともと「なでる、さする」という意味をもっていますが、「存在を認めて欲しい欲求」と定義されます。広い意味では愛情欲求と同義とみなすことができます。そして、この欲求(愛情)が満たされない状態が続くと問題行動を引き起こす(心理的ゲームと言う)とも主張しています。しかも、この飢餓体験は、一時的な問題行動の原因にとどまらず、パーソナリティそのものを歪め、人生にも影響を与える(人生脚本と言う)と考えているのです。トラウマと同様の発想に立っているといえます。従って、交流分析の立場では、特に乳幼児期に積極的に愛情を与えることを強調します。
 ところで、交流分析は、1950年代から1960年代にかけてまとめられてきたパーソナリティ理論です。当時の時代背景を考えてみますと、何故ストローク欲求が重視されたのかがわかります。

 アメリカで活躍した精神分析学者のスピッツ(1946)は、孤児院などの施設の乳幼児を調査し、乳幼児期に母親の世話と愛情がうけられないこと(マターナル・ディプリベーションと言う)で、子どもに、IQ、社会性の発達の遅れや落ち着きのなさ、優しさの欠如といった性格的な問題が起こることを指摘しました。
 また,イギリスの精神医学者ボウルビィ(1951)は、スピッツの主張に加えて、2歳半以降までこの状態が続くと性格的な問題は回復不能、1歳までであっても回復は困難と主張しました。

 この二人の著名な学者の指摘は、世界中に大きな反響を与えました。特に乳幼児期の母児関係の重要性を認識させるきっかけとなったボウルビィの主張は、「愛着理論(attachment)」としてまとめられ多くの支持を受けています。乳児(生後6〜7か月)は、泣いたり微笑んだときにタイミングよく適切に対応してくれる大人に愛着を形成し、この愛着の対象である特定の大人(多くは母親)を安全基地として探索活動を行い、経験の幅を積極的に広げ、自らの社会適応能力を開発していくと考えられているのです。
 交流分析のストローク理論には、このような
ボウルビィの本能的傾向を重視した考え方も反映されています。しかしその後、多くの反論が起こり、ボウルビィ(1969)も自説を修正し、愛着の形成失敗によって起こる性格異常は極めて少数であり、人間の発達の多様性・可能性を肯定しました。多くの反論のなかでも特徴的なものを二つ示しておきましょう。

 イギリスの児童精神医学者ラター(1972)は、ボウルビィらの研究を検討し、方法上の問題を指摘し消極的に反論した。
 ワーナー(1989)は、慢性的な貧困、親の教育水準の低さ、不和、離婚、親の精神病といった原因で母親の世話と愛情がうけられなかった子どもを30年間追跡調査した。その結果、10歳代で精神的問題や非行などの問題を示していた子どもも、20歳代か30歳代前半で多くの者が立ち直ることから回復は可能と主張した。


 人間はそれほどヤワな存在ではないということでしょうか。
 これらの論争は、たしかに、人間は柔軟に環境に適応していく存在であることを明らかにしてきました。しかし一方で、愛情飢餓には一時的であれ様々な問題行動を引き起こす可能性が潜んでいるということも示しています。
 それにしても、学童期以降の子ども達の間に今起こっている様々な現象、学級崩壊、いじめ、自殺、無気力、犯罪・・・などの原因はどこにあるのでしょうか? 子育てのどこに問題があるのでしょうか? もう一度考え直してみるちょうどいい機会だと思います。

                    
参考文献 「発達心理学ハンドブック」東 洋他編 福村出版
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