人間はもともと意欲的な存在なのだろうか。
「報酬も無いのに無駄なことはしない。やれというならやるけど、できるだけやりたくない。要するに、人間は基本的に受動的で、報酬を得るか罰を回避する必要があるときにだけ反応するものだ」と、意欲に対して否定的な見方をする人がいる。 一方で、人間はもともと意欲的な存在だと信じる人がいる。「誰にも好奇心がある。例えば,好奇心を満たそうと、時間が経つのも忘れて学習に没頭する。やり遂げたときには、得も言われぬ満足感を感じて自信が湧いてくる。さらにもっとがんばろうと思う。人間は、環境に積極的に働きかける能動的で挑戦的な存在だ」と、彼らは言う。
さてあなたはどちらの結論を支持するだろうか。生まれつき人間は受動的な存在なのだろうか、それとも能動的な存在なのだろうか。怠け者なのだろうか、勤勉なのだろうか。刺激を避けるのだろうか、刺激を求めるのだろうか。・・・
学習意欲が人類を進化させた!!
意欲をどうとらえるか,心理学では、これまで混乱が続いてきた。しかし、最近、その混乱にも終止符が打たれた。ニューヨークにあるロチェスター大学大学院のエドワード・デシ教授たちの研究成果だ。2000年に「自己決定理論」を発表し、意欲と自律性の関係を明確にした。その後も、家庭、職場、病院、スポーツ、教育などの領域で、研究が続けられ、2002年に「自己決定理論研究ハンドブック」としてまとめられた。デシたちの結論は後者だ。人間は誰でも意欲的な存在として誕生してくる。これは、ハルの「動因低減説」とマズローの「欲求階層説」の対立で1943年に始まった60年あまりの議論の結論でもある。
4・5歳の子どもは好奇心のかたまりだ。何か新しいものはないかと、いつも精力的にうろつき回っている。また、絶えず大人に質問し知識の吸収にも余念がない。そして、自分の知識と異なる体験をすると、一瞬たじろぐが、すぐに謎の解明に奔走する。また、大人の仲間入りをしようと、テーブルマナーなどの社会ルールの習熟に躍起となる。・・・だが、多くの人間は、しだいに学習意欲を失ってしまう。なぜなのだろうか。
ここでデシの登場となる。1971年、このときデシ、若干29歳。「報酬は意欲を下げる」という常識をゆさぶる研究結果を発表した。「報酬は意欲を高める」というのが、それまでの常識であった。デシの実験の概略はこうである。
実験の参加者は大学生。それを2つのグループに分けた。学生には、当時、流行していたソマというパズルを課題として与えた。休憩の8分間をはさんで、30分間の課題を2回遂行した。
ソマと言っても知る人はいないだろう。大きめのレゴブロックをイメージして欲しい。7種類のブロックを組み合わせて、飛行機、犬などの図示された立体モデルを作る。これがソマパズルだ。学生には、5種類のモデルが用意された。
1回目はウォーミングアップだ。学生の熱中ぶりを確かめた。2回目が本番だ。1つのグループには、正解に対して金銭的報酬が支払われた。もう1つのグループには、報酬は支払われなかった。
さて、肝心の意欲は次のように測られた。ここにデシの天才が見える。
課題終了後、教室の外に移動したデシは、学生が引き続きソマパズルに従事する時間をワンウェイミラー越しに計った。2回目の課題終了後も、もっともらしい口実をもうけて測定した。実験室には雑誌が用意されていた。「タイム」や「ニューヨーカー」などの他「プレイボーイ」も用意されていたとか。学生にとっては、いずれの8分間も自由な時間だ。雑誌を眺めていても、ぼーっとしていてもよかった。そんなときに、引き続き課題を必死に解くことは、その活動に対する意欲が高いことを意味する。例えば、休憩時間に、授業の復習をしている学生がいたら「意欲的だな」と感心するだろう。デシもそう考えたのだ。
結果はこうだ。報酬のないグループに変化はなかった。しかし、報酬が支払われたグループでは、パズル解きに費やす時間が減ってしまった。「報酬は意欲を下げる」というデシの仮説は証明されたのだ。
その後、そんなはずはないと、膨大な実験が繰り返された。対象を変え、課題を変え、報酬の中身を変え・・・。それらの結果の多くはデシの主張を支持していた。さらに、報酬以外にも意欲を下げるものが次々に見つかった。次のようなものが見つかっている。括弧の数字は発表された年代だ。
外的報酬(1971) 罰による脅迫(1972) 監視・監督(1975) 期限の設定(1976) 課題の割り当て(1978) 目標の押しつけ(1980) 評価の予告(1982) 否定的フィードバック(1984) 指示命令(1993) 競争(1996)
実験計画法を使って丹念に調べられた! 30年もかかった!!
さてさて,報酬は本当に意欲を下げてしまうのだろうか?その後も研究は続いた。自己決定理論の概要については次の機会に紹介することにしよう。
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