行動の記録(07年2月)
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街頭行動 2/4(日)
 場所:千葉市
 この日の参加は6人で,140筆の署名数,約180枚のビラ配付という状況でした。

 顔ぶれが前回と4人変わっても6人の参加,一頃の1人〜3人の参加状態から較べいい感じになってきました。反応も悪くはない感じです。
 
 そんな中,70代と思われる男性が,「非国民だ。非国民は出て行け」と捨てぜりふを吐いて行ったり,80歳前後の男性が,「戦争体験がある。自衛の備えがなくて,攻められたらどうする」と言うので,「軍隊は人々を守らない。旧「満州」での関東軍が開拓民を残して真っ先に逃げてしまったり,沖縄では住民は軍隊の盾にされ犠牲にされたではないですか」と反論すると,信号が変わり行ってしまったりということがありました。
  (T)
 
 2月11日(日)、東京・水道橋の全水道会館で行われた「東アジアに平和を!『愛国心』強要を許さない・『建国記念の日』を考える2月11日集会(主催:フォーラム平和・人権・環境)に参加してきました。過去の侵略戦争の責任を認めない「愛国心」のもとでは「東アジアの平和」はありえないことを、天皇賛美の「紀元節」の日に改めて考えさせられる集会となりました。

 前半は凌星光さん(日中関係研究所所長)による、「東アジアの平和と共同体の展望」と題した講演です。
 東アジアの平和を阻害する要因は何よりもアメリカの単独行動主義にある。それに追随する日本がアメリカとの軍事的一体化を進めることが、中国の軍事力増強を招く悪循環になっていることを指摘しました。しかし、米単独行動主義の破綻が明らかになった今、米中日の「戦略的対話」で東アジアの平和を確かなものにしていく可能性が出てきており、そうなれば日米安保も存在根拠を失い、自然消滅の方向に向かう以外にない、と強調。一方で、日本の平和憲法に対する中国側の評価が不十分であることも指摘し、平和発展の土台を共有しながら核廃絶に向けて日中が共同歩調をとることに、大きな期待を寄せていました。

 後半は、愛敬浩二さん(名古屋大学教授・憲法)の講演「『愛国心』と改憲問題」に移ります。
 まず、今言われるところの「愛国心」は、「論理」からの「愛国心」ではなく、「情緒」のみで語られる「愛国心」。所与としての「民族」や「国柄」に軸足を置いた「情緒」としての「愛国心」は、異端な者を排除する息苦しい社会を招き寄せることを強調し、諸個人の観点から自由や人権が保障され、価値観の違いを認め合うことのできるような、「論理」的に「愛するに値する」国づくりが必要であることを訴えました。(筆者注:ドイツで提唱されている「憲法愛国主義」につながる考え方だと思います。マガジン9条/伊藤真のけんぽう手習い塾第25回 http://www.magazine9.jp/juku/025/index.html を参照)
 また、教基法の「愛国心」導入や防衛「省」設置など、現行制度で「過半数」でできるものは何でも押し通す「解釈改憲の極大化」を推し進め、9条をボロボロにした上で「現状追認のための改憲」を狙う「二段階戦略」の意図を解き明かし、これに真正面から立ち向かっていくことが私たちの課題であるということを、改めて認識させられました。
   (R)
 
 この間の署名行動は,2/11,18,25の日曜日に行いました。2/11の参加は4人で,114筆の署名数,180枚のビラ配付,18日の参加は3人で,44筆の署名数,約100枚のビラ配付,25日の参加は4人で,66筆の署名数,約100枚のビラ配付という状況でした。

 18日には,若い女性が署名をしてくれている側を通りかかった男性が,「中身もよく分からないで,署名をするものではない」といったちょっかいをしてきました。その人に私が話しかけると,男性は行ってしまい,女性は断固署名をしてくれました。
 相変わらず通り過ぎる人が多いのですが,署名をしてくれる人は,署名板を差し出すとサッとやってくれるという感じです。また,こちらの呼びかけに立ち止まり話を聞いてくれた人の多くが署名をしてくれるという状況です。
 憲法改悪をすることに対する危機感が人々の間に拡がっていることを感じます。  (T)
 
 2月25日(日)の千葉街宣に参加したあと、JR東京駅近くの八重洲富士屋ホテルで行われた「いっしょに東京をつくりましょう!浅野史郎さんのハートに火をつける会2・25」(主催:浅野史郎さんのハートに火をつける会)に参加してきました。

 4月の東京都知事選挙に前宮城県知事・浅野史郎さんの名前が取りざたされているのはご存知のとおりです。「出馬には消極的」という報道が繰り返され、半ばあきらめかけている向きもあるようだが、そうではない。浅野さんは政党(民主党)に推される形での出馬は断るが、市民からの熱烈なラブコールには必ずこたえてくれるはず。私たち市民1人ひとりの真剣な思いを浅野さんにぜひ伝えよう、と企画された集会。幸いなことに、浅野さん本人の出席が実現するということもあり、会場は参加者で埋まり、テレビ各局のカメラがズラリと取り囲む大変熱気あふれるものとなりました。

 まず、現都政に代わる新しい民主的な都政を求めて活動してきた立場から、法政大学教授の五十嵐敬喜さん、「東京。をプロデュース2007」のKさんによる経過報告を受けました。

 市民運動出身で、浅野知事時代には宮城県環境生活部次長として県政を支えた渡辺光子さんからは、浅野さんの真剣で思いやるのある人柄と、ゼネコン汚職の宮城県を情報公開ナンバー1に変えたこと、ノーマライゼーションの思想に基づいた「障害者」福祉政策を推進したこと、「100円カンパ」でしがらみのない市民選挙を実践してきたことなど、浅野さんの業績が紹介されました。

 それから、「わたしの一言マニフェスト&応援」と題して、会場から「こんな東京にしたい」というメッセージボードを掲げるというコーナーもありましたが、そこでは一参加者として会場にいたパロディ作家のマッド・アマノさんが面白いポスターを披露してくれました。東国原英夫(そのまんま東)・宮崎県
知事、北川正恭・前三重県知事、田中康夫・前長野県知事の肩に担がれて、「TOKYO」と書かれたTシャツを着て笑顔の浅野さん。「浅野史郎さんを都知事に!/このポスターは未公認」とあります。さっそく会場に貼り出されました。その他のメッセージも掲出されましたが、なかでも、「学校に自由をください」というメッセージには強く心を打たれました。胸の底から絞り出されるような声を聞いた思いで、抑圧された教育現場を何とか解放したいという願いを浅野さんに託そうという気持ちが、よく伝わってきました。

 そうこうしているうちに、待ちに待った浅野史郎さんの登場です! 浅野さんがファンだというエルヴィス・プレスリーの曲に乗って、やや困惑気味の表情を浮かべながら席に着きました。

 前出のメッセージボードを掲げた人の中から何人かが前に出て、直接浅野さんにアピールです。毎週土曜日に新宿西口地下で反戦スタンディングを続けるOさん、私たち百万人署名・千葉の集会に講師として来てくれた、「君が代」不起立被処分者のMさんらをはじめ、宮城からも菊池文博議員ら3名の県議も駆けつけ、思いのたけをこめて「浅野さん、出馬の決断を!」と訴えました。

 そろそろ一言・・・と司会から促された浅野さんは、重い口を開き、「先日数え年で還暦のお祝いが仙台であって、プレスリーの曲を歌った。今日もまた還暦のお祝いかと思った」と軽い前ふりで笑いを誘いつつ、「皆さんのお話も聞いてみたいと参加したが、こんな会だとは知らずびっくりしたし、感激もしました。今日は言葉がありません」とだけ述べ、会場をあとにしました。

 これを受け各マスコミは、「浅野氏、出馬に含み」と一斉に報道しました。
 そもそも全く出馬の意思がないなら、この集会に浅野さんが来るはずもありません。本人が出席し、「感激」という言葉が出たことに大きな意味があると思いました。2月27日現在、それ以上の新たな動きはまだないようですが、「戦争」と「差別」にまみれた現知事への有力な対抗馬として、浅野さんが出馬の決断をするか、大いに目が離せません。  (R)