茨城県サイクリング協会

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遊於芸

水戸に育った人ならば、大概学校で教わっていると思う。

このサイトのトップページ下部にある、縞馬の模様にも見えそうな画像が、その言葉だ。
「藝於游」と書いてある。そう言われれば何となく読めるだろう。"藝"は、"芸"の旧字、"游"は、"遊"と同じだ。今の字に置き換えれば、「芸於遊」になる。

旧字で書かれている位だから、新しい言葉ではない。だから横書きは、右から読む。現代の横書き文書の中では、「遊於芸」と綴ることになる。そして「げいにあそぶ」と読む。漢文を読み下せば、また、右と左が逆転する。

元を辿れば二千五百年程前の中国に遡る。孔子が言った言葉として、論語の中に書かれている。
述而第七の「子曰、志於道、據於徳、依於仁、游於藝」だ。

弘道館の門

ここで言うのはそれではない。今から百数十年前に徳川斉昭公が使った言葉としてだ。
もちろん斉昭公も論語からこの言葉を取ったのだが、新たに自分の心を加えている。

斉昭公は、この言葉を好んで、よく書にしたそうであった。
トップページの画像も、斉昭公の書を写真に撮って加工したものだ。右の写真の弘道館に、今も本物が掲げてある。藩校の学生たちに対して示した書であった。

文武一致の教育は、現代の受験勉強とは全く異なる。その精神が「遊於芸」で示されている。

判りやすい言葉を探せば、「よく学び、よく遊べ」が、これに近い。ただし「剛毅木訥仁に近し」の近さなのでご注意いただきたい。実の意味は、これより広い。


サイクリングという遊びにこの言葉を持ち出すのは、もったいないとも言える。
だが、この精神は大事にしたい。


参考

弘道館は、斉昭公が設立した学校です。文武両道の他に、医学、薬学、天文学、算術、畜産なども含めたユニバーシティーでした。その敷地は、今の三の丸小学校、県立図書館、旧県本庁舎に及び、日本の中では別格と言ってもいい程大きなものでした。

2008.1.3

弘道館の梅の花



徳川斉昭公は、水戸では烈公さんとも呼ばれる。

諡であるから、本来烈公様と言うべきなのだろうが、親しみを込めた言い回しだろう。

これに対し、水戸黄門の徳川光圀公は義公さんで、この二人の殿様は水戸で最も有名だ。

烈公というおくり名で察しが付くだろうが、気性は激しかったと言われている。