サムライ7 島田カンベエ、 ドリフターズ 信長・豊久・与一 ファンサイト

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黄昏の国

作:のりお様

 

キュウゾウは薄く雲のかかる白い空を眺めた。

茅葺きや板葺きの小さな家屋の落とす薄い影の位置が変わり、村にも夕暮れがそろそろ訪れようとしているのが分かる。

昼から続けて弓の練習をしていた村人達にも疲れの色が見え始め、一時休憩を取らせると共に、村の周囲の哨戒に当たる。

橋を渡り翼岩の辺まで足を伸ばすと、そこここに野伏りの侵入した跡を見て取れた。偵察に入って来たのだろうが、今は既に去ったとみえて気配は無い。

薄曇りの空を見上げながら、確認の為に何度も気配を探るがやはり何も無く、取り敢えず空腹も感じ始め、村に足を戻した。

ヘイハチが言う程旨いのかどうかは分らないが、アヤマロの所では贅をこらした食事でも残しがちだったのに、ここでは村びとに心付くしの飯のお代わりを勧められると思わず手が出てしまうのは、やはりここの米は特別に旨いのかも知れないと思う。

 

離れ小島のようになった村の外周を歩みながら哨戒を続け、滝の近くまで行くと、思わぬ人物に出会った。

防護柵として組み上げられた木を椅子代わりに、カンベエが一人座って絵図面と睨めっこをしている。

この男が独りでいることなど珍しい。いつも周囲には他のサムライや村人がいるのだが、今はただ一人で思案を凝らしている。

別に何を遠慮する事も無いし、何を考えているのかも気になるので、このまま歩みを進めても一向に構わないのだろうが、それでもその真摯な横顔に邪魔をするのもどうかと憚られる。

とにかく早くこの仕事を終わらせて自分との約束を果たしてもらわねばならないのだ。

回れ右して元の道を戻ろうと決めたとたん、

「キュウゾウ。」

と、名を呼ばれた。

こうなると後退のしようも無く、そのまま無言で男の傍らに寄る。カンベエは側に立つキュウゾウを見上げた。

「橋の向こうまで行ったのか。」

キュウゾウはこくり、と頷く。

「変わった事は?」

「特には無い。偵察に入り込んだ形跡はあるが、今の所は退いている。」

「そうか…。御苦労だった。」

カンベエはそれだけ言うと、また絵図面に視線を戻す。

用は済んだのでもう立ち去っても良いのだが、何となく立ち去り難く、そのままカンベエが絵図面にいろいろとかき込む手許を眺めていた。

この男が立てる策がどのような物かも気になるし、御苦労と言われた時にわずかに和らいだ表情が印象的だったからでもある。

しかし、正面切って露骨に覗き込むのも思索の邪魔になりそうでなんとなく憚られ、結局傍らに立ったまま周りを見張っているような顔をしつつ、横目でちらり、ちらりと絵図面に目を落とす。

 

「ところでキュウゾウ。」

再び顔を上げたカンベエとちょうど覗き込んだ視線が合い、顔には現さないが少々焦る。

「お主だったらこの砦、どこから攻める?」

キュウゾウは以前、少しだが野伏りと接触があった。(主な折衝は自身が斬った盟友がやっており、キュウゾウはその場に居ただけの時がほとんどだったのだが)他のサムライ達よりは連中の行動を良く知っていると思ったのだろう。

少し考え、絵図面の自分達が今居る場所から程近い、滝の辺を指差す。

「ここだ。」

「ほう……」

「滝の音で駆動音が聞き取りにくいうえに、水流の裏を伝って隠れて登ってここまで来れる。」

「成る程な。」

カンベエが独自の記号を書き加えた。

「それから…ここ。」

「鎮守の森か。」

「大きいのは無理だが小さい連中に入り込まれると、厄介だ。」

つい昨日の夜もマンゾウが野伏りと接触を計っていたことが発覚したのも、この森だった。

「見張りの数を増やすか……。」

思案気に顎髭を撫でながら再度考え事に耽るカンベエの横顔を、キュウゾウは黙って見詰めた。 

この男と二人だけでいることなど初めてだった。この際、他にも何か話すべきことがあるような気もしたが、それが何なのか分らない。

向こうから何か問われれば答えられるが、自分から何か話そうとすると口から出るのは立合いの約束の確認ばかりで、それ以外は思いつく事も無い。

約束については既にカンベエも良く承知している事であり、今ここで口にするのもどうかと思う。

この歯痒さを何と表現するのかも分らず、無表情に困惑しながら、結局何も言わずにただただ横目で思案気な横顔を眺めていた。

 

夕暮れの風が吹き始め、雲が吹き払われると思った時、急に眺めていた横顔が明るい橙光に照らし出された。

「?」

眩しさに目を細めながら顔を上げると、空を覆っていた雲が切れ、太陽が今日最後の光を地上に投げかけていた。

赤味を帯びた太陽が雲を金色に照らし、空気中に漂う水の粒子が光を反射して世界を暖かな炎の色に染め上げる。

眼前の棚田の稲穂が風に揺れてまるで金の波の様で、貧相な家も深く暗い森も全てが眩しく豪華に輝く。キュウゾウは初めて見る光景に言葉を失って見入っていた。

空にいたころ、成層圏で見る夕日は無慈悲なまでの荘厳さと厳しさに満ちていたが、それは自分にとっては時間を計る為の光景に過ぎず、虹雅峡に居た頃はそもそも夕日など臨んだことも無かった。

ただの夕暮れにすぎないのに、目が離せない。この心の動きをなんと表現するのだろう、と思案すると、隣でやはり光景を見詰めていたカンベエが

「……美しいな。」

と、呟いた。

声に惹かれるようにカンベエを見ると、いつもの草臥れた白い衣も暖かい色に染め上げられ、濃色の蓬髪も金色の輝きを加え、鋭角的な横顔の目もとや口元の皺も眩しい光に影を隠し、厳しい鉄色の瞳も不思議な輝きに満ちてる。何時もとは趣の違う貌に、思わず光景以上に見蕩れる。

自分はこの男のほんの一面しか知らない。

知る必要等無いのだろうが、それでも知りたいという欲求は確かに時分の心に生まれ始め、それを何と例えたら良いのだろうか。

世の中は分らないことだらけで、それを知りたいと考えることも生きる事の一つなのかも知れない。

余りに長く見詰めていたためか、カンベエがこちらを振り向き、少し、笑った。

「………」

いきなりの無防備なそれに不意を突かれ、真正面から視線が合う。予想外の出来事にキュウゾウは一瞬固まったようにその顔に見入ったが、慌てて目を反らした。

顔が妙に熱いのは、凝視がばれた気恥ずかしさ故か、夕日に暖められたせいなのか、それとももっと別の理由があるのか、キュウゾウには良く分らない。ただ立合いという理由でも無ければ真直ぐとこの男の顔が見る事ができない自分が、不思議でならなかった。

 

長く感じたが実は短い時間が経過した後、黄金の光の中に徐々に夕闇の蒼い色が加わり始める。いつしか雲は晴れていたが、同時に日も地の果てに姿を隠し始めた。

光の饗宴は終わり、カンベエはゆっくりと腰を上げた。

「そろそろ戻るか、キュウゾウ。」

そう声をかけると、村の中心部に向かう道を歩き出す。その最後の残照に照らされた白い背を追って、キュウゾウも歩く。二人だけだった時間も終わりを告げ、また今までと同じ様に戦の前の喧噪の中に戻るのだ。

こんな事が二度とあるかどうか分らないと思うと、何故か少し歩みが遅くなる。

カンベエが振り向くと、声をかけて来た。

「腹は減っていないか?」

「…減った。」

「キクチヨが大きな猪を仕留めたと自慢しておった。カンナ村の米を喰っていた猪だから味は良い筈だとヘイハチも言っていたな…。上手くいけば今夜は猪鍋だが、お主、食えるか?」

「……多分。」

「多分、か。」

苦笑混じりに呟いたカンベエの歩む早さが自分に合わせたものだと気付き、彼もこの期を惜しいと思っているのだと知る。

そう思うとほんの僅かだが口元が緩むのを押さえられ無かった。

 

死を目前にした時、過去の出来事が走馬灯のように甦ると聞いたことがある。

それにしても、この男と出会ってからだけでも様々なことがあったのに、他にも思い出しそうな事は沢山ある筈なのに、何故こんなにたわいの無い出来事を思い出してしまったのか。

自分では苦笑したと思ったのだが、自分を抱きかかえる男からはどう見えただろう。

自分を見つめる灰色の瞳からは涙など一滴も流れていなかったが、それでもこの男は泣いている、と気付いた。

水分りの巫女に自分は涸れている等と言っていたが、その実、砂漠の下にも地下水が流れるように、涸れているのは表面だけなのだと言ってやりたかった。

この男に言いたいことは沢山ある。

 

再び立合うことが出来なかったことが心残りだ。

最後までこの戦いを見届けられなかったのが残念だ。

この無情な世界に独り残して行くのが辛い、と。

冷えてゆく身体に最後に感じるのがお前の暖かさで、

最後にこの目に写すのが、聞く声が、お前の物で嬉しい。

お前の中に確かに自分の生きた証を残せて嬉しい。

そして、お前が生きていてくれて嬉しい、と。 

実際に言葉として聞かせる事ができたのは相変わらずの約束の確認だけだった。

それでも構わない。

いつか自分の待つ場所に、この男もやって来る。

この男が全ての仕事を終えるのはまだずっと先なのだと何故か分かっていたが、それでも必ずその時は来る。

いつか思いの丈を語ることも、約束を果たすことも出来るのだろう。 

だからその時が来るのをゆっくりと待とう。

二人だけが知る、黄金に輝く、あの黄昏の村で。

 

 

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