作:いくねえ様
「カンベエ様、そんな顔をなさらないで下さい。」
左右を確認し、そろりと襖を閉めると、シチロージは抑えた声で言った。
言われたカンベエは何も答えず、わずかに俯いたままだ。無表情にも見えるが…その奥に苦渋が潜んでいるのがシチロージには分かる。
「カンベエ様のせいではない。全て私のせいだと、私が悪いのだとそう思って下さればいい。」
ヘイハチ・リキチとともにカンナ村をあとにしたシチロージは、蛍屋で都に囚われた女達を解放し帰ってきたカンベエと再会した。サナエとホノカを救い出したことを考えれば、当初の目的は果たし首尾よくいったと喜ぶところだが、皆の顔は今ひとつ冴えない。サナエが天主に心を捕えられているということは、何ともいえぬ嫌なしこりを感じさせていた。
単身で都に乗り込み、天主を前にそのサナエの心情を知ったカンベエは、予期せぬ言葉に策を変えざるを得なかった。
結果としては女達の解放には繋がったが、新しい天主はなにやら腹に一物持っているようで油断はならない。更にはカンベエの叱責を受け頭に血の上ったカツシロウが出奔してしまったという。
どうであれ、約束事は果たしたのであるから"勝ち戦"としてよいだろうに、この後味の悪さでカンベエはまたこれを負け戦と思っているのだろう。
そしてサナエの状態がカンベエの心にどうにもわだかまりを作ってしまったのは間違いない。
すっきりとしないカンベエをシチロージは連れ出した。
新しい天主の下層での評判でも探ろうという口実である。上層階からは遠く、しかし癒しの里を出て一階層も上がれば蛍屋のシチロージも、処刑されかけた島田カンベエもその顔を知るものはいない。
茶屋で店の主人と雑談などしつつ、上からの情報が下層にはどのように流れてきているか聞き集めながら、実はシチロージはあるところに向かっていた。>
「シチロージ?」
ふい、と足を止めたシチロージの様子に、カンベエが訝しげに問う。
「カンベエ様…まだちょいと時間があります。寄っていきましょう。」
そのまま有無を言わさぬよう左手でカンベエの左腕を掴み、背中を抱えるように店の中に引っ張り込む。
「シチ!」
目立たぬように店の横にかかった看板の文字をちらりと見てカンベエが身を捩る。
「お静かに。声を上げると目立ちます。」
「だが、ここは。」
声こそ抑えてはいたが、まだカンベエの足は抵抗するように突っ張る。
そうする間にもどこからともなく目に白いもののかかった老婆が現れ、黙って手を出した。
その手にシチロージが幾許かの銭を持たせると、眇めるように確認し、また黙って木札を渡す。
さすがにその間こそ声は発しなかったが、老婆が姿を消すと、カンベエは潜めた声でシチロージを咎めた。
「このようなところに入ってどういうつもりだ?」
花街こそ癒しの里に集約されていたが、連れ込み宿というものはどの階層にもある。知った者同士が鉢合わせしないよう、または後ろめたい逢引がばれないよう、虹雅渓のあちこちにひっそりとある、そういうところの店先に今二人は立っているのだった。
「さあさあ、こんなとこに男二人で立っていては、いくら何でもありの下層でも目につく、てもんです。取り合えず奥にいきましょう。」
尚も抵抗しようとするカンベエを引き摺るようにし、シチロージはカンベエを連れ込んだ。
枕絵の描かれた襖の前でカンベエはもう一度強く身を捩り、何とか身を解いたが、しかしシチロージに握り止められた左手は外せなかった。
「シチロージ…お主はこのために儂を連れ出したのか?」
「…私は、恋ゆる人の思いを取り戻すのにゆっくりのんびり待つのは性に合わないんでげすよ。」
幇間口調で口元は柔らかく、だが笑まない眼でシチロージは言った。
カンベエは答えなかった。
しかし一見変わらぬ表情の下に苦しげな影が過ぎったのを、シチロージは見逃さなかった。
強く手を引き部屋の中に押入れ無理に座らせる。抵抗がないわけではなかったが、それは弱々しいものと変わっていた。
もう一度念のため部屋の周りの気配を探った後、襖を閉め、言ったのである。
私が悪いのだと思えばよい、と。
再会してから体の交わりがなかったわけではない。
しかしそれは虹雅渓から遠く離れたカンナ村でのことであった。
やはりシチロージが強引に抱いたものではあったが、カンベエも後ろめたさはさほど強くなかった。
癒しの里の女性を思うと心苦しさがないわけではなかったが、もとは二世を誓った情人であり、乞われれば愛しいと思う情も強くなった。また一度は引き裂かれたもの、侍であればいつでもあり得ることと覚悟はしていたもののいざ失ってみるとその喪失感は如何ばかりか、半身を失い生きながら幽鬼となったかのように思われた苦しみは時と共に痛みを和らげはしたが、期せずして再び歩を共にし戦うこととなり、今度こそ今生の別れとなるかもしれないと思うとその求めてくる腕を拒むことはできなかった。
やはり受け入れてはいけなかったのだ、とカンベエは思う。
いや、生きていたことがわかっただけで満足し、カンナ村へは同行させるべきではなかったのだ。
シチロージは根っからの侍、こちらから誘わずとも戦の話を聞けば自ずとついてくることはわかっていた。シチロージが涙するユキノを見てもうろたえることなく自分に従った時、ユキノに対する申し訳なさはもちろん強く感じたのだが、どこか安堵する自分があったことは否めない。その隙をシチロージに衝かれてしまった。シチロージに再び自分の中へ踏み込ませてしまったのだ。>
いかにも煽るような赤い布団の上で項垂れるカンベエの後ろからシチロージは抱き留めた。
「リキチもね、サナエを抱いちまえばいいんですよ。サナエはリキチを嫌って天主に心変わりしたんじゃない。不安な時に傍にいた優しげな言葉を掛けてくれる奴に心を預けただけなんですよ。だから、もう一度安心させてやりゃいいんだ。」
シチロージの脳裏に今は亡き、頼りとなった大男の陰が過る。
シチロージが再会した時、その男はカンベエの隣に座し、その信頼を強く受けていた。
男の目の中にもカンベエへの畏敬を感じ、そしてそれ以上の欲がその目の中に見え隠れしていた。
生きていれば、あの男はカンベエの心を捕えていたかもしれない。
だから必死だった。
カンベエと自分の関係は時を経ても変わらない。
一番カンベエのことを分かっているのは自分だと刷り込むように、カンベエの求むることに的確に答え、周りに見せ付け、そしてカンベエ自身にも思い知らせるようにわずかの時間に抱いた。
大男だけではない。
カンベエに惚れたと言わせた剣豪は、射るような視線でシチロージを見る。その禁欲さが仇になっているのだろう、己の気持ちがどういうものなのか本人には分からぬ風だが、悟った瞬間一歩間違えばそのままカンベエを襲いかねない。
そんなことはさせない。
カンベエの髪を掻き分け、現れた項をざら利と舐めると、その体がびくりと振える。
「シチロージ…お前はユキノ殿に操を立てねば。」
シチロージと再会した時のユキノの嬉しげな顔がカンベエの目には浮かぶ。と、シチロージがぐい、とカンベエを向き直らせ体を押し倒して布団に釘つけた。
「そんな事を言うお口はこれですか?」
噛みつかんばかりの勢いで口付けてくる。
喉をぐっと押され、は、と割れた唇の間に舌を捻じ込まれれば、もう抵抗のしようがなかった。
みっしりと重い体で押さえ込まれ、口腔を蹂躙されながら、その硬い左手の指先で胸元を弄ばれれば、あっという間に息が上がってくる。
「ユキノには確かに義理がある。よい女です。嫌いじゃない。でもね、私の心を持っていっているのは、カンベエ様、あなたです。忘れたふりはなしでげすよ。」
にやりと作られた笑顔の蒼く昏い瞳は、その裏に潜む、苦しさに軋んでいる彼の恋心を滲ませていた。
その眼を正面からみてしまっては、カンベエは抵抗できない。シチロージの体は上から圧し掛かっているが、その心はカンベエに縋り付いている。
他の者であれば、長く先の事を思い、今は深く傷つけても振り払うことが出来るかもしれない。
だが、シチロージは、違う。
シチロージは別なのだ。
今この者を、泣かせたくない。
自分こそがシチロージに心を囚われている。一度寄り添ってしまったら、再びシチロージを切り離すことに自分は耐えられない。
「手を緩めろ、シチロージ。」
瞬間笑顔の仮面が強張り、剥れかける。
「逃げはせぬ。お前が悪いとは思っていない。」
シチロージの動きを止めた腕をそっと払い、カンベエはその頬に掌を添えた。
「10年の時を経て、儂の心も枯れ果てたものと思っておったのに、お主だけはこの胸を波立たせる。乾いて、渇えて、儂がお主を呼んでしまったのか…再び会ってしまえば、お主を拒むことなど出来ぬというのに。」
「何を、何を仰いますか。このまま今生で再び巡り会うことが叶わなかったかもしれぬと、考えるだけでも心の臓を鷲掴みにされる気が致します。目が覚めてからの5年間カンベエ様を私に返して下さいと願わなかった日は一日とてありませんでした。だから、拒まないで下さい。…それがカンベエ様を苦しめるのだとしても。私がカンベエ様を求めて止まぬのです。私が悪い、責めて下さい。恨んでくれて構いません。でも、…拒まないで下さい。」
遂には偽りの笑顔を取り落とし、目を伏せてしまったシチロージのその肩に、カンベエはするりと腕を回した。そのままそっと抱き寄せる。
「だから…拒めぬと言っているではないか。ユキノ殿にこれほど世話になりながら、お主が手を伸ばしてくれば儂は握り返さずにはいられぬ。」
「カンベエ様から指し伸ばして下さることはないというのに。」
「今こうしている腕ではいかんのか?」
くい、と首を上げると副官はその顔に笑みを取り戻し言った。
「ええ、こんなものでは足りませぬ。お覚悟して下さい。」
あ、と思う間もなく胸に吸い付かれ、その機械の手が脇腹を撫で上げる。
気がつけば右手は既に下帯の中に潜り、鞘と袋を柔らかく揉みしだきだした。
「っ…う…」
ぞくり、ぞくりと腰から背中に走る心地よさに身が囚われ始める。カンベエの袴を剥ぎ取り、自分もさっと着物を脱ぎ捨てると再びその体を味わい始める。
所々に軽く歯を立てながら、シチロージの唇は徐々に下に下りていく。淡い茂みの中に鼻を埋め、頭を擡げてきたそれの根元からざらりと舐め上げる。
カンベエの体がくっと仰け反り、その滑らかな喉元が露となった。
顔を背け右手の人差し指を噛み、眉間の皺を深くして目を閉じている。
さっきまで弄られていた胸の飾りも赤く立ち上がったまま、呼吸は荒くなり、時々息を詰める。
その姿に、自分のものに強く血が流れ込むのを感じながらシチロージは、カンベエを銜え込んだ。
舌で鈴口を割り、強く吸い上げると、硬度を上げていくのが分かる。雁の部分に歯を当て甘噛みすると、シチロージの肩にかけた手に力が入り、体が捩れた。
「まだまだお若い。こんなに簡単にお元気になるとは。」
「たわ…け…。」>
意地の悪い睦言に、もはや言い返すことも出来ない。
シチロージは羽織の内から小さな壷を取り出し、中の香油を指で掬い取った。
しばらく自分の指の熱で暖めたあと、くぷりとカンベエの中に塗り込む。女との行為とは違う、その硬い肉の隙間に先ずは1本、人差し指を侵入させると抵抗するようにきゅっと力が入る。
だが何年離れようと勝手知ったるところ、ぐるりと壁に指を沿わせて膨らみを強く押せば、一際強く体が跳ね、ねぶっておいた前はぐっと力を増した。指を2本にし、更に3本にして抽挿すると腰が浮いてくる。ただ、今だ指を咥えたまま声を漏らそうとはしない。
「カンベエ様…気持ちよいのなら我慢しないで下さい。御声を頂戴したい。」
左手で右手をとるとそっとその口元から外す。カンベエはうっすら目を開け、シチロージを見た。上がって来た熱に潤んだその瞳と視線が合った時、シチロージは己の限界が近いと知った。
「も、カンベエ様、入れますよ!」
そのままぐいっと大腿を肩に乗せ、自分を捻じ込んだ。
「あ!あ…あ…」
十分に解し、香油で滑らかであるとはいえ狭隘な谷間であることに変わりはない。その窄み蠕動する筋肉に持っていかれそうになりながらシチロージは何とか耐えた。
カンベエの口からは最早押さえきれなくなった途切れ途切れに漏れる。
「もっと、もっと聞かせて…。」
もうじっとしていることは無理だった。引き抜かれそうに纏わりつくところをぎりぎりまで抜き、また一気に叩きつける。体中の血が其処に集まり、そして其処からえも言われぬ快感がつきあがって来る。
「カンベエ様…カンベエ様、いきます!」
「し、シチ!ぁぁ…!!」
言い切らず中で弾け、己が打ち込まれるのを感じた。同時に壁が更に収縮し、合わさった腹の間がカンベエの吐精で暖かく濡れた。
そのままシチロージは強くカンベエをその腕に抱きこんだ。
そしてカンベエの腕が背中に回され、力が込められるのを感じた。
どのような言い訳をしようと、どのような言葉でかわそうと、肌を合わせれば互いが失えない存在なのだと、何度でも再確認するのだ。