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色褪せた森の奥にその地はある。
かつて森の民が聖地と呼んだ場所、
古の都。
主が滅び、廃墟となった都の奥にとある言葉が残されている。
「闇を見つめる滅びの像。
手にする者に災いをもたらす…」
古の地よりもたらされた像によって、国は滅びに瀕していた。
「像をあるべき場所へ戻さねばならない」
空を暗雲が覆う中、剣の長は部下を率い、かの地へ向かった。
厄災の地は彼らを呑み込み、その後、静けさだけが残された…
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- 2 -
何処までも続く螺旋。
何処までも続く深淵。
何処までも続く闇、また闇…
時に埋れたその存在は、何を今に伝えようというのか…
大きく口を開けたその先、
待ち受けるのは、もの言わなくなり久しい骸の群れ…
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- 3 -
溢れ来る闇の者を止める事はもはや誰にも出来ませんでした。
王が消え、戦士も敗れた後、闇の専横は留まるところを知らず。
美しかった私たちの聖都は次々と汚され、傷つけられていったのです。
命に満ちていた緑の覆いも色を無くし、森は枯れようとしています。
いつの日にか森の営みは蘇るのでしょうか…
巫女は語る。
一族の末を。留まりし定めを。
それは朽ちてなお、在りし日に思いを寄せる憧憬か。
それとも残されし者の諦観か…
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- 4 -
古の都の外れに、絶えず風の吹く断崖がある。
森の民は滅多に寄り付かぬこの場所を、男は自分の居場所とした。
男は憂いていた。森の庇護の下にしか生きることの出来ない一族の定めを。
男は失望していた。癒し手としての力の及ばなさに。
あらゆる秘術を探求し、あらゆる秘薬を作り出し、行き着いた末は生命の創造であった。
男は一族から離れ、都の外れに構えた館に篭り、独り研究に没頭していった。
長い時が過ぎ、ようやく彼の研究は実を結ぶ。生み出された生命はゲネアと名付けられた。
折しも闇の者との争いが始まった頃であり、ゲネア達は都の守人として駆り出された。
やがて、ゲネアは闇の影響を受けて混乱を起す。
狂ったゲネア達は、近づく者全てを襲うようになった。
無限の再生を与えられていたゲネア達は、守人から一変し脅威の魔物として恐れられた。
然して、男は生きることを止めた・・・
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- 5 -
類い稀なる鍛冶の才を以って、闇に抗う一族がいた。
細工師としての名声を欲しいままにしていた森の子に請われ、この地を訪れた彼らは、
精巧に作られた石の庵にて、その腕を惜しみなく振るい、闇の者と争う森の子達を助けた。
彼らは常に火と土と共に在り。生み出される数々の武具は全てが秀逸であり、
そのひとつひとつが、救われた森の子達の命の数になったと言う。
悠久に続くと思われた、熱く、賑やかな時は一つの悲劇を持って幕が下ろされる。
彼らをこの地へ招いた森の子が、長きの探求の成果を携え戦場へと向かってから後、
一族を率いていた長が突如として錯乱し、民を襲った。
手に持つ鎚は斧に変わり、鉱洞のそれぞれが砦に変わったという…
いつしか、庵の源である灼熱の流れは途絶え、その働きを止めた。
長き時を超え、再び溢れる灼熱の流れ。
歓喜とともに迎え入れる者たち。
炉の熱気と鎚打つ音が響き渡るかつての光景を、
彼らが知ることは無い…
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- 6 -
モルビデリの秀峰の果てに広がる海。
その先にある多くの国にも、古の都の名は響き渡っている。
ある土地では闇の眠る魔都として、またある土地では理想の黄金郷として。
森の民について書かれた古き書を元にした長き航海の旅は、
そこに記されている「灯さずの灯台」の発見により終わりを告げる筈であった。
リグリウス兵達の誤算は、都には魔物が巣食っているという事と、
その魔物達が徒党を組んで襲って来るという事を、知らなかった事である。
斥候の兵達は異形の戦士による弓矢の洗礼を受け、歓喜に満ちる筈であった上陸は果されなかった。
夜ごと襲いに来る異形の戦士のため野営も叶わず、海岸には砦が築かれた。
かつて故郷では無敵を誇ったリグリウス兵達は、じきに探索を再開できるものと考えていた。
その思惑とは裏腹に異形の戦士たちとの争いは長きに渡る。
救いの手も望めない異国の地では無敵を誇れるはずも無く、リグリウス兵達は疲弊していった。
それでも彼らが戦い続けたのは、この探索が帰る場所の無い定住の地を求めるものであった為であろう。
彼らを率いていた弓将が討たれると、耐え抜いてきた緊張は一気に崩れ、リグリウス兵は全滅した。
砦には周辺の魔物が住み着くようになり、やがて今に至る…
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- 7 -
古の都―――
多くの者がそれぞれのモノを求めて訪れる地、今も昔も。
力、名声、富…
求める物は違えども、その行く末はみな同じくして、
陽の光を生きて再び目にする者は皆無であった。
今より僅かばかり前の時代、西方に一人の盗賊がいた。
身は軽くして羽のよう、走ればその速きこと風のよう。
仲間からも一目置かれていたその者の特筆すべきは、
錠開けの技の巧みさと鍵そのものを作る神の如き指先であった。
彼の前に立ちふさがる錠は巧みに開かれ、
また一度覚えた鍵は瞬く間に複製を作り上げてしまう。
故に人は彼をこう呼んだ。千の鍵を持つ者、「千の鍵ツワイク」と…
盗賊達の間で伝説になっている宝物がある。
森の至宝―――
古の都の最奥にあり、今は亡き森の民が残した秘宝の中で最も価値のあるもの。
かつての大盗賊たちは幾人もその宝を求め、挑み、そして戻らなかった。
開けられる錠は開け尽くし、生きながらにして半ば伝説扱いされていたツワイクは、自分の技力がいにしえ人達の知恵に何処まで通じるか試すべく、己が腕を懸けて古の都へと向った。
その後、彼の姿を見る者は無かった。
ツワイクの不帰は、古の都と森の至宝の悪名を一層高めることになったと言う。
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- 8 -
誰しもがその帰還を疑うことなく、見送ったに違いない。
部隊を率いるは、かの剣の長であったが故に。
クローゼ・イヒトは一介の下級兵士であったという。
しかし彼は幾度となく不可能と言われた戦から生還してきた。
例えば長きに渡る小競り合いを終わらせた大戦の時、
例えば蛮族を平定し失われた領土を取り戻した戦の際、
例えば厄災の地の採掘場にて魔物が溢れた折、
「運命」――――
死線を乗り越えて来たその武運は、王や国にとって神がかり的なものであった。
いつしか彼は辺境一と謳われ、剣を頼りに生きる多くの者が彼を称えた。
「剣の長」の位は、彼を呼ぶもう一つの名となった。
遠征隊は夜の闇へと消え、そして戻らなかった。
人々の希望は悲観と変わり、国を覆う闇は、より深まったかのようであった。
さらなる災いを恐れた側近達は、救いの者を送る事は無く、
そして、厄災の地は閉ざされた…
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- 9 -
闇は光を呑み込み、
そして全てを覆い隠す。
一縷の望みを託されし青年は、
未だ定めを知る由も無く、
夜の淵にて只、師の道先を憂うのみ。
静寂の先に待つ旅立ちまで、
あと僅か…
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