chapter-106 七重川の砂防堰堤  
[2017.10]

■ 温暖化と豪雨・・・・・・・・・・・・・


[  カンボジアのスコール(2017年):猛烈だが降っているのは10分程度 ]
   2017年7月の九州北部豪雨は多くの死者・行方不明者を出す大惨事となりました。大惨事となった原因は複数あるようですが、まずは観測史上最大の雨が降ったことです。福岡県朝倉市では、1時間に129.5㎜、24時間で545.5㎜もの雨が降りました。これは観測機器がある場所の数値ですが、レーダー解析によると24時間で約1000㎜もの雨が降ったところもあるようです。
 このほかに、山の斜面が崩落し大量の流木が洪水とともに押し寄せ、家屋や橋などの被害を拡大しました。国土交通省の推定によると流木は約17万トン(約21万立方メートル)に達するそうです。大量の流木の発生は、花崗岩(御影石とも言われる)が風化した真砂土といわれる、大量の水を含むと崩れやすい土壌が広がっていたことも一因と言われています。
 

[ 長瀞町の宝登山神社付近:左1960年はハゲ山 右2006年は緑が再生 ]
国土地理院空中写真から一部切り抜き
KT60AWZ-CB4-1-3348 CKT20061X-C6-19
 山崩れは地面が剥き出しになった保水力のない斜面で起きると思いがちですが、現在の日本はこれまでの植林によってハゲ山は少なくなり、立派な森林が広がる山が増えています。
 昔は、燃料の主体は薪・木炭、家を建てるときは国内産の材木を使っていたので、はげ山が多くありました。江戸時代後期の浮世絵「東海道五十三次」などで、木のない山が描かれているのは、燃料や材木として森林が伐採されたためだそうです。
 山を再生するために植林が行われましたが、主な燃料は薪・木炭から石炭、さらに石油になり、材木も輸入材が増えたため、日本の山々は伐採が進まず人工林の森林蓄積は増える一方です。2017(H29)年7月の九州北部豪雨のように、土砂とともに流れ出した流木が被害を大きくすることもあります。人工林からの流木が映像に多く出ましたが、流木の発生は天然林でも人工林でも変らないそうです。

[ 森林資源の現況(林野庁):50年ほどで2.6倍に増加 ]

■ 七重川の砂防堰堤・・・・・・・・・・・・
  内務省告示第八十八号
 明治三十年法律第二十九号砂防法第二条に依り砂防設備を要する土地左の通指定す
           大正四年十二月二十四日 内務大臣 法学博士一木喜徳郎
 埼玉懸
郡名 町村名 大字名 字名 地番
秩父 大椚村 大野 成澤 境神
七重 上ノ谷戸續
(省略)
三田川村 飯田 正傳 栗尾澤
天神前 牛房澤
所釜
              [ 砂防指定地の告示 ]
                  ・
   埼玉県は土砂災害がなくて幸いと思いますが、まったく無いわけではありません。土砂災害が発生する山地の面積が少ないので、河川の氾濫に比べれば被害は少ないのですが、1910(M43)年の水害では破堤などにより県内の1/4が浸水したほか、山崩れも3329箇所で発生するなど甚大な被害がありました。
 土砂災害の被害が特に大きかった比企郡ときがわ町(旧・大椚村)の七重川と秩父郡小鹿野町(旧・三田川村)の栗尾沢は、1915(T4)年12月24日に砂防法(現在でもカタカナの法律)による砂防指定地の指定を受けました。翌年には大椚砂防工営所と倉尾砂防工営所が設けられ、廃止される1982(S58)年3月まで砂防工事を行っていました。
 七重川と栗尾沢は県内で最初の砂防指定地であったため、埼玉の砂防発祥地として記念碑も建っています。
 

[ 七重川砂防堰堤(2016年):小さな堰堤が連続する ]
   七重川の砂防工事は、堰堤(土石流を防ぐ小さなダム)を主体に始められ、昭和に入ると護岸工や河床を固定する床固工が増えてきました。
 七重川には終戦までに17の堰堤が造られていますが、大正期に造られた堰堤はすべて石積みで造られています。石積みは築城の際の技術が応用され、岐阜県安八町や墨俣町の石積み職人を呼び指導を受け、工事が行われました。材料となる石は地元の石を使い、大きな石はダイナマイトで割り小さいものは鋼製の棒を入れて割り、現場に合うサイズに加工していたようです。
 すでに100年を経過した石積みの堰堤は、所々に補修のあとも見受けられますが、現在でも川の流れを緩やかにし土砂災害から下流の地域を守っています。
 

[ 七重川砂防堰堤(2016年):高さは1mほど ]
   七重川の石積み堰堤は高くても2~3m程度しかなく、小さな堰堤を段々に連ねて造ることで水の流れを和らげています。昨今のコンクリート造の大きな堰堤に比べれば、簡単によじ登れる程度の高さしかないヒューマンスケール的な大きさで、威圧感は全くありません。
 使われている石材は、苔に覆われたものもあり年季が感じられます。周囲の景観に溶け込み人工構造物であることを思わせない様相で、小さな堰堤が階段状につらなる姿は「百段の滝」とも言わています。
 

[ 七重川砂防堰堤(2016年):一部補修しているが石積みは今も健在 ]
   堰堤の間隔は狭いところでは10mもありません。堰堤を大きなものにして間隔を大きくしたならば、このようなやさしい景観にはなっていなかったでしょう。当時はコンクリートで堰堤が造られることはなく石積みが一般的でしたが、急峻な渓流で人力のみで石を高く積むことは難しかったと思われます。
 七重川の砂防堰堤と同時期に工事が始められた小鹿野町(旧・三田川村)の栗尾沢には、6mを越える高さの石積みの堰堤がありますが、高く積めるように直方体に整形された切石を使う切石積みで造られています。栗尾沢で切石が使われているのは1916(T5)年に造られたこの堰堤だけで、その後1933年から1935年にかけて造られた堰堤は、石材をコンクリートで接合させる練石積みで造られています。
 現在のようにコンクリートのみで堰堤が造られたのは、山梨県南アルプス市の御勅使川(みだい・がわ)にある芦安堰堤が日本初で、1918(T7)年の竣工時は11.5mの高さがある堰堤でした。
 

[ 栗尾沢砂防堰堤(2017年):切石が使われた堰堤 ]

   高度経済成長期に、多くの構造物が急いで造られたのは良いのですが、現在では維持・修繕にお金がかかるうえ、現在の基準に合わないため造り変えなければならない施設も多くあり、その対応に国も地方自治体も四苦八苦しています。
 そんな中で七重川の砂防堰堤群は、大した手入れをすることもなく100年を経ても立派に機能し、今ではありがたみを感じてくれる人も少なくなった地味な施設ですが、非常にコストパフォーマンスに優れた真の土木施設です。
 

[ 首都高2号線(2016年):造ったのは良いが ]


 

 
おまけ   [ やすらぎの家 もりうどん ]
 ときがわ町が古民家を移築して営業しているお店です。メニューは地元の代表的な味覚であるうどん中心ですが、季節限定のメニューも登場するようです。車で来る人のほか自転車でツーリングを楽しんでいるお客さんも結構いました。

 
<参考資料>
〇国土地理院 空中写真 CKT20061X-C6-19 KT60AWZ-CB4-1-3348
〇山梨県ホームページ 登録文化財 芦安堰堤
   (http://www.pref.yamanashi.jp/sabo/114_004.html)
〇都幾川村史 通史編 (平成13年3月30日 都幾川村)
〇都幾川村史 地理編 (平成11年3月31日 都幾川村)
〇森林資源の現況 (平成24年3月31日現在 林野庁)
   (http://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/genkyou/h24/pdf/joukyou1_1_h24.pdf)
〇官報 第1020号 大正4年12月24日
〇森林飽和 国土の変貌を考える (太田猛彦 NHK出版 2012年7月30日)