chapter-120 チャイナタウン 
[2018.06]

■ 横浜中華街・・・・・
 

[ 朝陽門(2014年):山下公園側からの入口  ]
   最近は、江戸時代は鎖国ではなかった、という見解もあるようですが、日本人の圧倒的多数は海外の情勢を全く知らない”井の中の蛙”だったのです(これを鎖国と言わずして何というのでしょうか)。そんな日本がアメリカの圧力に屈し開国すると、欧米商人とともに多くの中国人が日本にやって来ました。
 日本に来た中国人は各地に中華街を造り、今では横浜中華街、長崎新地中華街、神戸南京町が三大中華街と言われ、その中でも横浜は明治初期に、すでに千人が横浜に在住していたそうです。


[ 横浜中華街周辺:赤丸は門の位置 青は横浜新田だったところ  ]
(国土地理院 電子国土Web 一部切り抜き )
   横浜中華街の入り口には、鳥居に瓦屋根を載せ派手な装飾をした門が立ち、この先は日本ではないぞ、と言わんばかりに異国情緒を漂わせています。門をくぐり中華街に入ると、多くの中華料理店や食材店などが建ち並び、昼夜を問わず観光客で賑わっています。
 中華街には10の門がありますが、横浜中華街の範囲を示すものではなく、どこまでが中華街なのはっきりした境があるわけでもありません。中華街は道路の向きが周辺と異なる台形型の区域を中心に発展してきました。道路の配置が周辺と異なっているのは、中国人が風水に基づいて造ったから、という風説がありますが、幕末の居留地造成の際に元々あった横浜新田の区割りがそのまま残った、という説が有力です。横浜の中心部である関内駅周辺は、江戸時代に新田開発のために入り江が埋め立てられたところで、横浜新田は1800年頃に埋立てられて水田になっています。
 

[ 関帝廟通り(2014年):夜も満員 ]
   この台形型の区域の面積は13ヘクタール程度で、横浜スタジアムがある横浜公園(約6.4ha)の二つ分ほどの広さに中華料理店が密集し、現在はこの区域の外にもたくさんのお店があります。横浜中華街発展会協同組合のホームページには、2018年5月時点で中華料理店をはじめ約350店が紹介されています。このページによると、中華料理店の中でも広東料理が圧倒的に多く、次に多いのが上海料理と四川料理となっています。ここで働いている中国人の出身地に比例しているのでしょうか。
 

[ 中華街大通り(2014年):昼も満員 ]

   昼夜を問わず賑わいを見せる中華街ですが、なかには修学旅行で来たと思える制服姿の学生・生徒もいるので、治安・安全面では学校関係者のお墨付きもあり、不安はないようです。
 それでもお店に入り注文すると、店員から厨房への伝言は中国語だと思いますがさっぱり分からないので、ちゃんと注文が通っているのか心配になります。また、お店の中でも路上でも中国人同士(たぶん)の会話が多く、喧嘩しているように聞こえることもあるので、時と場所によっては不安になることもあります。


■ 異国の文化・・・・・
 

[ 旧正月(2014年1月31日)の獅子舞 ]
   中華街のお祭りとしては、長崎のペーロンや獅子舞が季節の風物詩としてよくテレビで取り上げられていますが、横浜の中華街でも中国の風習に基づくお祭りが続いています。
 旧正月にお店を周る獅子舞は、獅子の顔や体の形、色、飾りつけは日本の獅子とはまったく違い、赤色や金色が目立つキラキラの獅子です。動きにあわせて銅鑼や鐘、さらに爆竹が派手に鳴らされて煙がもうもうと立ち上がる様子は日本国内とは思えません。肉まんでも食べながら見ていると、日本の獅子舞との違いを五感を通じて実感することができます。
 

[ 爆竹入れ(2014年):この箱の中で爆竹が鳴らされる ]
   中華街の中ほどにある関帝廟は、日本でもお馴染みの三国志に登場する関羽を祭った廟です。日本で関羽と言えば、劉備に仕える猛将のイメージが強い(ゲームのせい?)のですが、中国では商売の神様として華僑の居住地で祭られていることが多いそうです。中華街では日本人が思っている関羽とは違う一面を見ることができます。
 同じ神様でも、ところ変わればご利益も大きく変わるようです。
 
[ 関帝廟(2013年):関羽は商売の神様 ]


■ 川口芝園町地区・・・・・


[ 西川口駅前(2018年):日本人は中国語カラオケに行かない ]
   最近、日本に住む外国人が増えています。平成27年国勢調査によると175 万2368 人の外国人が日本に住んでいます。総人口の1.4%を占め、100人集まればそのうち1人は外国人なのです。日本人は2010(H22)年から2015(H27)年の5年間に107万人以上減少しましたが、同じ期間に外国人は10万人以上増えました。
 大使館や外国企業が多い都心部では、様々な国からの外国人が街中を歩き廻る姿は当たり前でしたが、今ではちょっとした繁華街であれば外国人がいないことはありません。 コンビニや居酒屋の店員をはじめ、立ち食いそばや回転寿司のように、日本を感じることができるはずの店にも外国人が働いています。


[ UR川口芝園団地(2018年):中華料理、アジア食材の店がある ]
    埼玉県でも近年、外国人が急激に増えた地区があります。東京と荒川を挟み対岸にある川口市の一部、芝園町地区はすでに住民の半数が外国人になっています。
 芝園町地区は京浜東北線蕨駅の北側にあり、大部分をUR都市機構が賃貸している大規模な高層アパートUR川口芝園団地が占める地区で、多くの外国人が住んでいます。団地ができる前は日本車両製造(株)の工場があり、地下鉄や私鉄のほか0系と言われる新幹線の車両も製造していました。工場が移転した後、住宅公団が1978(S43)年12月に15階建て、1LDK~3DK、総戸数2454戸の大規模な住宅棟と、併せてミニ商店街なるような一画も造られました。
 

[ 芝園町地区の人口推移(各年1月1日) ]
   川口市の芝園町地区は、UR川口芝園団地と隣接するマンションを含む面積14.3ヘクタールの地区で、横浜中華街の中心である台形型の区域とほぼ同じ面積です。
 2018(H30)年1月1日時点の人口は4,878人ですが、半数以上の2,561人が外国人です。川口市全体の外国人割合が5.5%なので、芝園町地区の外国人割合は異常に高い数値です。20年前は外国人が313人、地区全体の6%程度だったので、まさに直近の20年間で外国人が急増しています。
 

[ 団地内の幼保園(2018年):中国語学校がある ]
   団地内にある幼保園では「中国語教室」を宣伝文句として掲げています。普通ならば在日外国人に日本語を教える「日本語学校」が宣伝になると思いますが、ここは人口が逆転し日本が中国になってしまったようです。このまま増加が続くと、チャイナタウンどころか完全に中国になってしまいます。



■ 困ること・・・・・
 

[ 芝園団地内の資源回収ボックス(2018年) ]
   芝園団地内にあるスーパーの資源ごみ回収ボックスは、中国人によるゴミ捨てが多いようで中国語で「資源回収箱に付き、その他は捨てるな」と思われる注意書きが貼られていました。回収ボックスの形だけ見ればごみ箱に見えるうえ、日本語と英語の利用案内しかないので工夫が必要かもしれません。
 住宅棟一階の出入り口には、早朝の音響機器の使用禁止など、普通では考えられないような注意書きが貼られています。朝から音楽を流して太極拳でもする人がいるのでしょうか。
 UR川口芝園団地は蕨駅まで10分弱、蕨駅から赤羽駅までも10分弱と交通の便は良好です。さらにUR賃貸物件は、保証人不要で家賃をぼったくることもないので、外国人でも安心して借りられるようです。
 

[ 芝園団地の入口(2018年) ]

   川口市には中国人のほかにも様々な国の人が住んでいるので、市役所は相当苦労しているようです。ごみが捨てられる場所には、日本語を含め10の言語で「ごみは捨てないでください」と書いた横断幕が掲げられていますが、あまり効果はないようです。
 JR西川口の駅前は違法な風俗店が一掃され、借り手がいなくなった安い物件に今では中華料理店や中国語案内しかないネットカフェ、アジア食材を売る店などが構えています。さらに、外国人スタッフを抱え外国人をターゲットにした不動産屋もあります。外国人にとって衣・食・住が揃う住みやすい環境が整えられつつあります。


[ ルールを守って!(2018年):10か国語で書いてある ]
   四方を海に囲まれた島国という地勢と江戸時代という長い鎖国のため、異民族との付き合いが下手と言われる日本でさえも「When in Rome, do as the Romans do」と同義の「郷に入っては郷に従え」という諺があります。自国・出生国の文化・伝統を大切にすることは構いませんが、現在住んでいる国とその地域のルールに従うのは当たり前のことです。
 ルールを守らない日本人が増えているのに、外国人への対応も行わなければならない自治体の苦悩は絶えることがありません。
 

[ 西川口駅前(2018年):中華料理の看板が増える ]
 


 



おまけ   [ 梅蘭酒家 焼きそば]
 横浜中華街にある梅蘭の焼きそば。焼いた麺の中にあんがあることで評判になった焼きそばです。いまでは全国に店舗を展開しているので、横浜まで来なくても食べることができます。ピザを切り分けるようにカットすれば食べやすいかもしれませんが、それでは焼きそばでなくなってしまいそうです。


<参考資料>
〇「中華街の今昔」 地図情報Vol.29 No.1通巻109号 (小林一彦 地図情報センター 平成21年5月29日)
〇「横浜の埋立」 土と基礎.39-1 (田中常義 土質工学会 1991-01-25)