chapter-52 川越で暇つぶし 
[2012.01]

■ 観光地川越・・・・・


[  観光地川越(2015年):蔵造りの街並みを訪れる観光客 ]
   川越と言えば蔵造りの建物が残る一番街、駄菓子屋が集まる菓子屋横丁などの街並み、徳川家光生誕の間を江戸城から移築した喜多院の客殿などが有名になり、今では首都圏の身近な観光地に成長しました。土日ともなれば、電車やバスで多くの観光客が訪れ、中には海外からのお客さんも見られるようになりました。
 一番街は昔から多くのお店が軒を並べていましたが、30~40年前のお店とは様子が大きく変わり、地元の特産であるさつまいもを使った菓子屋、漬物などのお土産屋が増えました。
 

[ まちかん(2011年):一番街にある刃物屋 ]

    昔から全く変わっていないお店もあります。時の鐘の近くにある刃物店『まちかん(町勘)』は、蔵造りの店構えはもちろんのこと、ディスプレイも変わっていません(自分の記憶が確かならば)。また、仲町交差点にある『マツザキスポーツ』は、貼ってあるポスターが変わった程度でしょうか。
 一昔前の暗く重々しい雰囲気の一番街に比べれば、混雑しているものの活気ある現在の一番街の方が歩いていて楽しいのは確かです。
 

[ 大正浪漫夢通り(2011年):1995年にアーケードが撤去された  ]
   このほかにも、銀座商店街と呼ばれていた通りは、道路の上空を覆っていたアーケードが撤去され解放感のある街並みになり、通りの雰囲気が大いに変わりました。また、アーケードの撤去によって店の前面が見えるようになったので、大正浪漫夢通りという名のとおりの、大正時代の雰囲気を醸し出す建物に揃えられつつあります。
 このように観光地としての座を着々と固めつつある川越ですが、余程のもの好きな人でもない限り行かない場所、ほとんど立ち寄る人がいない所をご紹介します。賑やかな観光地に飽きた方、時間が有り余って困る方は暇つぶしにいかがでしょうか。


■ 西武鉄道 大宮線 川越久保町駅跡・・・・・


[ 川越久保町駅跡(2011年):今は東電と公民館がある ]
   現在は中央公民館と東京電力川越支社が建ってるところに、以前は西武鉄道(旧川越電気鉄道)大宮線の川越久保町駅がありました。
 西武鉄道大宮線は、久保町駅からほぼ旧16号のルートに沿って大宮駅までを結ぶ鉄道で、チンチン電車が12.9kmを約50分をかけて走っていました。軍事目的で建設が進められたJR川越線が1940(S15)年7月に開通すると、輸送力・所要時間ともに劣る西武大宮線は太刀打ちできず廃業に追い込まれました。


[ 東電前の案内板(2011年) ]
   川越久保町駅の北側(現在は東京電力川越支社)には、埼玉県内初の石炭火力発電所があり、電車を動かすための電気を造っていました。今では、住宅に取り囲まれているので、煙をもうもうと吐き出す発電所がこの地にあったとはとても想像できません。
 駅があった当時の建物は何一つなく、線路の跡地もほとんどが道路になってしまいましたが、一部の道路には電車が通っていたことが想像できる空間が残っています。
 

[ 西武大宮線の跡(2011年):中央公民館から大宮方面  ]
   川越久保町駅から市街地方面へ向かう道路、いわゆる駅前通りはその昔は『川越電車停車場線』と言う県道でした。今の通りの両側には、いろいろな時代の建物が混ざっていて、電車が走っていた頃の駅前通りの風景がどのようなものだったか全く想像できません。
 どういうわけか川越市内に唯一残る武家屋敷があり県内でも珍しいそうです。
 

[ 旧・川越電車停車場線(2011年):1960年9月1日に県道から市道になった ]
   沿道にはお店もほとんどなく、国道のような大きい道路に通じる道ではないので、いまは静かな通りになっています。駅前通りだった時期があったとは思えません。


■ 愛宕神社・・・・・
 

[ 仙波河岸史跡公園(2011年):河岸跡を生かした公園  ]
   国道16号の南側に、新河岸川で舟運が行われていた頃の河岸が、『仙波河岸史跡公園』と言う名前の緑の多い公園になっています。
 仙波河岸は、川越市街の問屋と河岸の距離を少しでも短くしようと1879(M12)年に造られた河岸で、新河岸川の最も上流にあります。公園の中には、河岸の船着き場を再現した水辺空間が造られ、木製のデッキで園内を巡れるようになっています。
 

[ 台地からの湧水(2011年):今は循環させているようです   ]

   ここは、台地が標高を下げ新河岸川沿いの低地に移り変わる部分なので、台地の裾からは豊かな湧き水があったそうです。
 愛宕神社は湧き水が出ている台地の上にあります。鳥居のそばには教育委員会の案内板があり、この愛宕神社は6世紀中葉の古墳の上に築かれた神社であることが書かれています。木が茂っているので、普通の人には古墳なのか自然の地形なのか判別し難く、古墳の上に神社があるとは思えません。
 案内板によると、古墳は高さ6m、東西30m、南北53mもあるかなり大きな円墳とのことです。


[ 愛宕神社(2011年):古墳の上に造られている ]
   愛宕神社はごく普通の地域密着型神社なのですが、社殿の裏にある祠の台座には「大正十二年九月一日大地震就本殿倒壊 同年十月再建起工同十三年七月落成」と彫られています。
 関東大震災では埼玉県内で343人が亡くなり、川口・春日部・幸手など県東部で被害が大きかったのですが、川越市でも8人の死者が出ました。思わぬところで関東大震災の被害の大きさを知ることができます。
 

[ 台座に彫られている文字(2011年):関東大震災で本殿が倒壊した  ]

■ 新河岸川・・・・・
 

[ 新河岸川 菓子屋横丁付近(2011年):川岸はブロック積み ]
   現在の新河岸川は川越の市街地を取り巻くように流れています。
 昔、舟運が行われていたのは仙波河岸より下流なので、それより上流の氷川神社付近では舟運は行われていませんでした。近頃再現されている舟は、あくまでも観光用です。市街地を流れる新河岸川のうち菓子屋横丁付近から氷川神社付近までは、川沿いを歩けるところ(車も通りますが)が多くあります。
 

[ 新河岸川 田谷堰の下流(2009年):川岸には桜が植えられている ]
   その中でも田谷堰から氷川神社付近までの間は、ブロックを積み上げた川岸ではなく土の斜面になっているため川幅が広くなっています。また川沿いには桜が植えられていて、花の咲く頃は散歩にもってこいの空間になっています。
 新河岸川の近くの氷川神社には、木製としては日本一の大きさの鳥居あり、神社の裏にある樹齢600年の御神木は、その周りを八の字に廻ると御利益があるそうです。七五三の時などには多くの人がお参りに訪れる神社です。
 

[ 御神木(2009年):樹齢600年の巨木]

■ 鈎曲り・七曲り・・・・・
 

[ 鈎曲り(2015年):右側が昔の道 ]
   川越は城下町だったので、攻め込む敵からの防御のため、ところどころで鈎曲がりの交差やT字の交差が意図的に造られていました。しかし自動車の通行が増えるにつれて十字路に改良され、主だった道路では鈎曲がりやT字交差点は少なくなりました。
 川越郵便局の近の鈎曲がりは、ショートカットする道が新しく造られて車は緩いS字カーブを走っていますが、昔からの道も幅を狭めて残されています。
 


[ 鈎曲り(2005年):直角を無理やり曲線に ]
   さらに南側にも同様の鈎曲がりがありますが、こちらはショートカットする道が造られていないため、鈎曲がりを車が強引に通っています。
 周りには有名なお店や観光スポットがないので、観光客を見かけることはありませんが、これこそが川越が城下町であった証拠です。この道路は都市計画が決められているので、鈎曲がりはいずれなくなってしまいます。
 川越の市街地は敵に攻め込まれないように工夫していたのに、今では自動車に攻め込まれています。
 

[ 七曲り(2011年):住宅地の狭い道 ]
   また、住宅地には七曲と言われる道が残っています。こちらは道幅がとても狭く、若葉マークの車が通るのには少々辛いものがある道路です。この道の周りは住宅が建て込んでいて将来的に広がる予定もないので、このままの姿が将来にわたり残りそうです。


■ 鰻屋・・・・・
   埼玉は川や沼地が多かったため川魚やうなぎを料理する店が多くあります。川越も新河岸川や入間川が近くうなぎも採れたので、市内を歩いているとうなぎ屋が目につきます。
 川越のうなぎ屋の中で最も有名なのは、松江町にある天保3年(1832年)創業の『いちのや』だと思いますが、ここは少々敷居が高い(値段も)お店です。気軽に入れる庶民的なお店もありますので、気が向いた時にはいかがでしょうか。
 

[ 小川菊(2011年):珍しい木造三階建て ]
   『小川菊』は大正浪漫夢通りにあるうなぎ屋で、休祝日はいつも混んでいます。店の外に人が並んでいないと思って入ると、必ず店内で待っている人がいます。待っている人はテーブルを囲むように並ぶので、落ち着いてゆっくり食べたい方には厳しいものがあります。
 このお店は二階建てのように見えますが、少し離れてみると立派な三階建ての珍しい建物で、大正末期の建築だそうです。
 

[ 小川藤(2011年):小川菊から暖簾分け ]
   『小川藤』は『小川菊』から暖簾分けしたお店だそうで、昔の川越電車停車場線の突き当りにあるうなぎ屋です。
 店内は4人掛けのテーブルが4つと、5,6人が座れる程度の座敷が1つしかない小振りなお店で、暖簾や鰻屋の幟が出ていないと通り過ごしてしまいそうな店構えです。こちらも最近はお客さんが多いようですが、多くの観光客で賑わう一番街から少々離れているので『小川菊』ほどではありません。
 

[ 東屋(2011年):料理屋の雰囲気 ]

   『東屋』は喜多院近くにあるうなぎ屋で、昭和8年に市役所付近から現在の場所に移転したそうです。個室があるお店ですので、一人で入るのには気が引けますが、落ち着いて食べたい方にはいいお店です。



 



おまけ   [ 居酒屋 大吉(2011年) ]
 土日は昼から営業している居酒屋です。クレアモールを北へ進み本川越駅からの通りを越えた左手にあります。斜向かいには小江戸蔵里(産業観光館)があります。揚げ物を串に刺して店頭で売っているので、小腹がすいた時は焼き団子と共にお勧めです。串カツ150円、揚シューマイ100円でした。
 
<参考資料>
○町割から都市計画へ (川越市立博物館 1997.3.22)