chapter-61 鉱山村と中津川三峰口停車場線 
[2012.10]

■ 停車場線・・・・・
 

[ 御幸通り(2011年):東京駅から皇居方面を望む ]
   都道府県道の名称の中には『○×停車場線』や『○×停車場□△線』といった路線を見かけることがあります。駅前の道路につけられているので、『○×駅線』や『△□駅前線』が本来あるべき名称ではないかと思うのですが、どういうわけか停車場が使われています。
 停車場が使われている路線の一つ、東京駅と皇居を結ぶ通称『御幸通り』は東京都道404号でその名称は『皇居前東京停車場線』です。大正時代の建築当時の姿に復元された東京駅は威風堂々とした建物で、停車場という少々古めかしい言葉がよく似合います。


[  川口停車場線(2013年):川口駅と122号を結ぶ道 ]
   このほかにも伊勢丹や丸井が並ぶ『新宿通り』も正式には都道430号『新宿停車場線』です。
 埼玉県内にも『川口停車場線』、『大宮停車場線』、『本川越停車場線』など停車場がつく多くの路線があります。駅という言葉が使われずに停車場が使われているのは、道路法第7条(都道府県道の意義及びその路線の認定)の条文で、都道府県道が結ぶべき施設として「駅」ではなく「停車場」が掲げられているためです。旧道路法でも鉄道停車場が掲げられていました。
 

[ 尾久操車場(2012年):人の乗降や貨物の積卸しはない ]
   ところが、鉄道営業法に基づき定められた『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』の第二条によると、駅は停車場に包含される施設であり、同じものではないことが分かります。
 『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』では
  ・駅 旅客の乗降又は貨物の積卸しを行うために使用される場所をいう
  ・信号所 専ら列車の行き違い又は待ち合わせを行うために使用される場所をいう
  ・操車場 専ら車両の入換え又は列車の組成を行うために使用される場所をいう
  ・停車場 駅、信号所及び操車場をいう。
と定義されています。
 

[ 小川町停車場線(2001年):東武東上線小川町駅前 ]
   信号所や操車場では人の乗降や荷物の積卸しは行われないので、都道府県道が結ぶ施設は駅だけでいいはずです。
 数十年前に『夜明けの停車場』という歌謡曲がヒットしましたが、普段の会話で「○×停車場から電車に乗る」などと使われることはまずありません。現在まで道路法で停車場が使われているのは何か深い理由があるのでしょうか?、『○×駅線』よりも『○×停車場線』のほうが言いやすいのは確かですが。
 

[ 小鹿野影森停車場線(2002年):蕨平交差点 ]
   埼玉県内の県道で停車場が付くのは88路線もあります。ほとんどが短い駅前通りですが、なかには『白岡停車場南新宿線』(JR白岡駅~蓮田市南新宿)、『毛呂停車場鎌北湖線』(JR毛呂駅~鎌北湖)、『小鹿野影森停車場線』(小鹿野町~秩父鉄道影森駅)のように駅と主要な地点を結ぶ路線もあります。
 そんな路線の一つに『中津川三峰口停車場線』という県道があります。この県道は秩父市大滝の中津川から秩父鉄道の三峰口駅を結び、停車場線としては長い路線です。
 奥秩父を旅行をする気分で沿道を見学してみましょう。


■ 鉱山村・・・・・

 
[ ニッチツの寮(2012年):鉱山村の最北部 ]
   中津川三峰口停車場線の起点である中津川は、秩父市大滝(旧・大滝村)の中でも群馬県境に最も近い地域で、現在『ニッチツ(旧・日窒鉱業)』という会社が結晶質石灰石と珪砂を採掘・生産しています。
 中津川を含む奥秩父の鉱山開発は、甲斐の武田氏による金の採掘が最初といわれています。昭和に入り日窒鉱業により開発が進められ、鉛、亜鉛、磁鉄鉱などが採掘され、最盛期の昭和40年代には月に4万トンもの総出鉱量がありました。


[ 赤岩と供給所(2012年):赤岩の地下にも鉱床がある ]
   鉱山が最盛期だった昭和38~43年には従業員は500人を超え、家族を加えると二千数百人が住み、社宅380戸、寮164室があり、生活用品を販売する供給所、集会所、郵便局、駐在所も置かれていました。学校は小倉沢小学校が1930(S10)年、小倉沢中学校が1947(S22)年に開校し、児童・生徒数は400人を超える時期もありました。
 その後、亜鉛残鉱量の減少や磁鉄鉱の選鉱コストの上昇などにより事業の合理化に迫られ、1978(S53)年には金属部門の生産を全て中止し、昭和40年代から開発が進められてきた結晶質石灰石と珪砂の非金属鉱物に重点が移されました。
 従業員数も1973(S48)年以降、激減し、小学校、中学校は1985(S60)年にそれぞれ大滝小学校、大滝中学校に統合され、誰もいない校舎は荒廃する一方です。鉱山村も住む人はいなくなり、多くの建物が廃墟となってしまいました。
 折角、こんな山奥まで来たのですから、廃墟となった鉱山村を少し散策してみましょう。 
 

[ 供給所(2012年):鉱山村のスーパーマーケット的存在だった ]
   鉱山村のスーパーマーケット的な存在であった供給所の建物は、わずかに窓に残るコーラやファンタの宣伝によって辛うじて売店だったことがわかる程度です。屋根のトタンは全面が赤茶色に錆び、板壁は所々が壊れ穴が開いています。
 ここからは鉱山村を取り囲む赤岩峠や八丁峠など1500mを超える山々が見渡せます。標高はほぼ900mで軽井沢と同じなので、夏の最も暑い頃でも平均気温は30度を下回りますが、高原のような涼しげな地形ではないので避暑地といった雰囲気はありません。
 

[ ニッチツの社宅(2012年):夏なのに雪? ]
   供給所の南側に、山にへばりつくように社宅らしい建物が放置されていますが、その前には鉱山で採れた細かく白い石粒が山積みにされています。
 鉱山村周囲にある山々の圧倒的な緑の中で、白くキラキラと輝く石粒で造られた小山は目を引くものがあります。
 雪が積もっているようにも見えます。
 

[ 雪の正体(2012年):靴の裏についていた石粒 ]
   石粒は手に取って見ると2,3ミリの白い半透明で、ガラスの破片ほどではありませんが角張った感じのする石粒です。素人には石灰岩なのか珪砂なのか全く区別がつきません。
 屋外に野積みにされているので、鉱山の製品ではないと思いますが、製造過程で出たゴミというにはもったいない感じです。この石粒を使って一帯が整地されていれば、山奥に突如現れた白い砂浜として、ちょっとした夏の名所になるのでは、と勝手に想像をめぐらしてしまいます。
 

[ 共同浴場(2012年):入口の注意書きが面白い ]
   廃墟には共同浴場だった建物もあります。従業員用の浴場なので銭湯にあるような番台はありません。壊れた扉の奥は脱衣所があり、その先に5、6人が入れそうなタイル張りの浴槽を見ることができます。
 共同浴場の入口に写真のような注意書きを掲げるからには、勝手にひと風呂浴びる不埒な部外者が多かったのでしょう。 
 

[ ニッチツの工場(2011年):山にへばりつくように建っている ]
   さらに山を下ると鉱山の設備が山裾にへばりつくように建っていて、現在も稼働している工場から時折、音が聞こえます。道路わきには積荷の重さを計る台貫もあります。
 ここまで来ると、廃墟から脱出した感じになるので、物が動いたり音がしてもビックリすることもなく安心して見物できます。
 

[ ニッチツ事務所(2012年):掲示板も現役 ]
   ニッチツの事務所は、板壁の渋い建物で年季が入ったいい感じがします。
 同じころに建てられた建物でも、人が使っている建物と使っていない建物では、老朽化の度合いに大きな差が出ています。
 事務所の中は外から容易に見えるのですが、近代的とは言えないところが周りの雰囲気とよく似合っていて、日頃あくせくと働かされている近代的なオフィスにはない温もりを感じます。
 最近、関心が高まっている昭和レトロそのものです。
 

[ 秩父鉱山簡易郵便局(2012年):現役です ]
   ニッチツ事務所の横には現役の『秩父鉱山簡易郵便局』があります。郵便局は戦前に開局し、簡易郵便局に格下げになったものの現在でも営業を続けている唯一の公共的施設です。
 平日の9時~16時までしか営業していないので、ここまで来て郵便局を利用される場合は注意が必要です。
 郵便局が鉱山村のほぼ南端になります。


■ 中津川三峰口停車場線(鉱山村~出合)・・・・・
 

[ 雁掛トンネル(2012年):このトンネルは県道ではなく林道 ]
   鉱山村のある小倉沢と南側にある広河原沢を結ぶ雁掛トンネルは、長さ399mもありますが幅が狭いうえに内空は素掘りのままで岩が露出しています。このトンネルは県道ではなく林道なのですが、ダンプトラックも通ることがあるので、出会ったときは運が悪かったと諦めて延々とバックするしかありません。
 真っ直ぐなトンネルなので照明がなくても出口が明るく見えて安心できますが、夜の通行は少々不気味です。鉱山が最盛期の頃は、索道(ロープウエイ)が連絡していて、鉱石の出荷に使われるほか、生活用品も運んでいました。索道で運びきれない場合は、トラックがこのトンネルを通って運び出していました。
 

[ トンネルから流れ出る滝(2012年):小倉沢がトンネルに付替えられている ]

   では、県道中津川三峰口停車場線はどこを通るのかというと、鉱山村から雁掛トンネルに入る直前を左に曲がる道が県道で、先には小さなトンネルが2つあります。
 トンネルは乗用車がやっと通れる程の大きさしかなく、素掘りのままで坑口の処理もしていません。2つのトンネルの先を少し行くと道はなくなり、小倉沢まで下る道があり人は何とか歩けますが、沢筋は岩肌が剥き出しになっていて、歩ける道はありません。
 小倉沢は人の手によって付け替えられトンネルを流れる部分があり、流れ出る水が滝になって落下し、林の中で大きな音を立てています。雁掛トンネルから県道に向かう分岐には柵があり通行止めになっているので、くれぐれもご注意を。


[ ニッチツ資源開発本部(2012年):時々ダンプが通る ]
   雁掛トンネルを出た南側にもニッチツの鉱山設備が建っていますが、何のための施設なのかよくわかりません。ここは鉱山設備のみで、鉱山村のような生活感は感じられません。
 この辺は大黒鉱床といわれ採掘がおこなわれていた時は、鉛、亜鉛、磁鉄鉱の産出量が多い重要な鉱脈の一つでした。
 

[ 中津川三峰口停車場線(2012年):岩が怖い ]
   ニッチツの鉱山設備を後にして三峰口方面へ進むと、しばらくは切り立った岩壁が道路の横にそそり立ち、ひどいところは道路の上空にまで岩が覆いかぶさっています。
 岩壁のほとんどはロックネットといわれる金網が張られているため、山間の道を走っているというより金網の中を走っているような感じになります。このネットは落石の発生を抑えるのではなく、小さな落石が道路に飛び出すのを防ぐ効果しかないため、ネットの下から岩石がはみ出していることあるので走行時は要注意です。
 

[ 道路脇の巨岩(2012年):直径7,8mはありそうな岩塊 ]
   岩壁の反対側は神流川が流れていますが、道路と川の間に直径7,8mはありそうな巨大な岩塊が引っ掛かっているところがあります。岩の上に木が生えているので、この場所に数十年は鎮座していると思われますが、いつ転がってもおかしくない不安定さです。
 このクラスの岩が落ちてきたら、どんな構造物を造っても防ぐことはできないので、この道を走る時は運を天に任せるしかありません。しかも、道幅が狭いので、対向車が来たときはすれ違える場所までバックしなければならないので、対向車が来ないように祈りながら走りましょう。


 
■ 中津川三峰口停車場線(出合~秩父もみじ湖)・・・・・
 

[ 出合交差点(2012年):三国峠方面への林道との分岐点 ]
   鉱山村から来る中津川三峰口停車場線と長野県から三国峠を経て来る林道との合流点は、通称『出合』と呼ばれています。
 秘密基地の入口のようなコンクリートの構造物は、県道中津川三峰口停車場線の出合トンネル入口で、三国峠方面へ真っ直ぐ進んでいる道は林道です。『出合』から三峰口駅方面への道は、少しはマシな道になり、更に進み湖面が見えてくるとダム建設で付け替えられた立派な道になります。
 

[ 「落石の恐れあり 駐車はご遠慮ください」(2012年)]
   道幅は広くなったのですが、それでも落石が多いことを警告する看板があちこちに出ています。この看板がある場所は落石が多発している地帯なので、駐車しているよりも早々に走り抜けた方が岩に直撃される確率が低いのは確かなようです。
 道路だけを見ていると、どこにでもありそうな山道ですが、中津川三峰口停車場線は油断大敵です。


■ 中津川三峰口停車場線(秩父もみじ湖付近)・・・・・
 

[ 秩父もみじ湖(2012年):水没した道が見える ]
   中津川三峰口停車場線は、滝沢ダムが堰き止めて誕生したダム湖(秩父もみじ湖)によって水没する区間があったので、ダムの建設にあわせて付け替え道路が整備されました。
 水没する道路は取り壊されなかったので、ダムが完成した後も渇水などで湖面が低下すると昔の姿を見ることができます。遠くには付け替え後のトンネルが見え、昔の道路よりかなり高い位置に造られていることが分かります。
 

[ 国道140号と交差点(2012年):国道も県道もダム建設で付替えられた ]
   国道140号とのT字交差点は、信号機もなく交差点の名前を示す標識もありません。
 ダムの建設で付け替えられた新しい道路は、二車線の対面通行ができる快適な道路ですが、トンネルが多く景色を眺めるというよりは、目的地に到達するためだけの道路になっているのが残念です。
 三峰口駅へは、この交差点からダム左岸の国道140号を東へ進みます。滝沢ダムの下流にあるループ橋を渡り、旧大滝村役場前を通りさらに140号を走ると三峰口駅を示す標識があります。140号を右折し荒川を渡ると秩父鉄道の終点三峰口駅に着きます。
 中津川三峰口停車場線がある中津川渓谷は、紅葉の時期は観光客も訪れますが、それ以外の季節は鉱山関係者か地元の人が走る程度でひっそりとしています。
 こんな停車場線ですが、冒険気分を味わうつもりで見に行くのも一興です。
 

[ 滝沢ダムとループ橋(2010年):ループ橋で120mの高低差を稼ぐ ]


 


 おまけ [ 大滝の『弥平まんじゅう』 ]
 秩父市大滝の大滝駐在所の近くで作られていたまんじゅうで、皮がしっとりとやわらかく、もちっとしている人気の高いまんじゅうでした。しかし、最近では作る人がいなくなっってしまったのか、店が閉じたままで幻のまんじゅうとなってしまいました。『弥平まんじゅう』は秘伝のレシピが残っているという噂があり、復活を待っている人も多いようです。
 
<参考資料>
○大滝村誌 上巻 (秩父市発行 秩父市大滝村誌編纂委員会 2011.3.31)
○ニッチツ ホームページ (http://www.nitchitsu.co.jp/business/rdd/)