chapter-67 高尾宮岡の谷津 
[2013.05]

■ 街道と鉄道・・・・・


[  中山道(2011年):鴻巣宿の本陣跡 ]
   江戸時代に埼玉県内を通っていた日光街道と中山道は、それぞれ国道4号、国道17号となりましたが、明治以降の道路整備によって旧街道から少々離れた場所に造られたバイパスが現在ではメインの通りとなっています。
 また、1883(M16)年に中山道と並行して上野から熊谷まで日本鉄道(現JR高崎線)が敷かれ、1899(M33)年には日光街道と並行に北千住から杉戸(現・東武動物公園駅)まで東武鉄道が開通しました。
 
  
[ 国勢調査:1970年と2010年の人口集中地区 ]
   中山道と日光街道の宿場町は、その後、旧街道と並行に造られた鉄道駅を中心に町が発展し、市街地が広がりました。宿場と駅周辺から広がった市街地は、鉄道を串にした串団子のような形になっていましたが、人口の増加とともに市街地が広がり、今では団子がくっついて棒状になっています。


■ 『北本』の誕生・・・・・


[ 北本駅東口(2013年):中山道との交差点 ]
   埼玉県内の中山道には蕨、浦和、大宮、上尾、桶川、鴻巣、熊谷、深谷、本庄の9つの宿場がありました。このうち蕨は地元住民の反対により、線路が宿場から離れた場所に造られたため、高崎線に駅が設けられませんでした。そのほかの8つの宿場は近くに駅が設けられたので、「高崎線の駅=中山道の宿場」と思いがちです。
 しかし、北本駅は宿場があった所に設けられた駅ではありませんが、1959(S34)年までは『北本宿駅』と言う名前だったので、誰もが北本には宿場が置かれていたと思ってしまいます。
 『北本』と言う名称の成立はとても意外なのです。
 

[ 昭和35年埼玉県管内図:『北本』ではなく『北本宿』 ]
   北本市のホームページによると、江戸幕府による宿駅整備によって宿場が北本から鴻巣に移転し、その名残で「本宿」が『本宿村』と言う地名で明治時代まで存在していましたが、郡内に同じ名前の村があり、紛らわしかったため『北本宿村』に名前を変えたそうです。その後、1928(S3)年に高崎線に新しく造られた駅も『北本宿駅』と言う名称になりました。
 ところが、1959(S34)年の町村合併の際に、『北本宿町』ではごろが悪く呼びにくいので「宿」を取り除いて『北本町』になり、駅名も1961(S36)年に『北本駅』に変更されたのです。本来の地名であった「本宿」は解体され「本」だけが残り、紛らわしさを解消するためにつけられた「北」と合体してできた「北本」が新たな地名になったのです。
 最近は合併後の自治体名称で意見が対立すると、合併そのものが滞ることもあるのですが、当時はおおらかな時代だったようです。



■ 高尾宮岡の谷津・・・・・
 

[ 北本中央緑地(2013年):JR高崎線沿いに残る雑木林 ]
   奇妙な変遷を持つ北本市ですが、市街地は大宮台地と呼ばれる標高20~30mの平坦地にあり、ところどころに武蔵野の雑木林が残っています。その中でも、市街地の中央にあるのが「北本中央緑地」で、JR高崎線に沿って手入れの行き届いた500m以上の雑木林が残されています。
 しかし、平坦な市街地部分と荒川が流れている西側では地形の様相が大きく変わります。
 

[ 国土地理院・土地条件図:荒川から入り込んだ谷津がわかる ]

   台地から荒川に流れ込む水が平坦な台地を浸食したため、台地の荒川に沿った部分は低地が根を生やしたように台地部に入り込んでいます。一般的には谷津(やつ)とか谷戸(やと)とよばれる地形で、台地の縁辺部などでよく見られます。
 北本市内には谷津が自然な状態(全く人の手が入っていないのではなく、人と共生している状態)で残っているところがあり、県の自然観察公園やトラストの対象地として買収・保全されているところもあります。


[ 高尾宮岡の谷津(2013年):斜面林が広がっている  ]
   北本市高尾宮岡の谷津は、里山の風景を残す景観地として、緑のトラスト活動により土地の買収が行われ、これからも将来にわたり保全されていきます。
 谷津の斜面には雑木林が残り、谷部分には湧水からの流れもあり、周りには厳島神社、氷川神社、須賀神社が置かれ、谷津と併せて散策できるコースも紹介されています。高崎線沿いの市街地では見られない、日本昔話のアニメに出てきそうな風景です。
 谷津が荒川につながるあたりは、平成10年に北本市の野外活動センターがオープンしたので、残念ながら低地部は埋め立てられほぼ平坦な公園になっています。
 

[ 高尾宮岡の谷津(2013年):遊水もある ]
   トラスト地のほかに、台地から荒川沿いの低地に遷移するところに『高尾さくら公園』があり、そこから幅の広い荒川と対岸を見渡すことができます。『高尾さくら公園』は高尾宮岡の谷津の近くにあるので、あわせて散策することもできます。
 北本市は都心から45kmと少々離れているうえ、これといった産業もないので都市の発展という面では今ひとつですが、農業と共生する自然が豊富に残っているので、勤め人の疲れた心身をリフレッシュするには良いところです。
 

[ 高尾さくら公園(2013年):荒川対岸を見渡ることができる ]

■防波堤・・・・・
 

[ ごみ(2003年):お宝は埋まっていない ]
   北本市より都心寄りにも谷津と呼ばれる地形はあるのですが、宅地などの造成により尾根部分を削り低地部が埋め立てられたり、ひな壇状に姿を変えています。ひどいところでは、都市部で排出される残土や廃棄物が投棄され、表面にだけ土を被せたようなところもあります。
 市街地から離れたところは、人目につくことも少ないので何が埋められているのか分かったものではありません。北本は都心部から45kmという距離が防波堤となり自然の状態を今日まで残すことができたのでしょう。



 



おまけ   [ 田舎っぺ 北本店 ]
 鴻巣市境に近くの国道17号沿いにあるうどん屋で、コシの強い武蔵野うどんで有名なお店です。中でも大きなシイタケがタップリ入ったきの子汁は、多くの常連から絶賛の声が上がっていますが、シイタケ嫌いには肉ねぎ汁がおすすめ。うどんの量は1Kg、2Kg、3Kgもお品書きにあるので、腹に自信のある方は、是非チャレンジを。北本店のほかに、熊谷、上尾の17号沿いにも店があります。
 
<参考資料>
○北本市ホームページ (http://www.city.kitamoto.saitama.jp/shisei/gaiyo/1418099004800.html)
○埼玉県管内図 (埼玉県 1957)
○土地条件図 (国土地理院)