chapter-74 新交通システム『ニューシャトル』2
[2014.02]

■ バスのようなニューシャトル・・・・・
 

[ 大宮~加茂宮を走るニューシャトル(2013年):ドアは1両に1か所のみ ]
  新幹線建設と引き換えに造られた通勤新線は、『埼京線』という通称が付けられた鉄のレールの上を走る狭軌鉄道ですが、ニューシャトルはゴムタイヤが車体を支え、側方の案内軌条によって車体が誘導されコンクリート版の上を走ります。
鉄の車輪が鉄のレールの上を走るのではなく、ゴムタイヤでコンクリート版の上を走行するのですが、札幌の地下鉄同様に立派な『鉄道』です。
なお、ニューシャトルのゴムタイヤは、中空タイヤの中に鉄輪があるので、万一パンクしても走行できるそうです。


[  ニューシャトルの車輪(2013年):ゴムタイヤです ]
  ニューシャトルの車体は、普通の鉄道車両に比べ長さ、高さ、幅ともに小さく、幅は2.3m、1両の長さは8mと路線バスよりも小さい車両が6両1編成で走っています。
利用者は埼京線と比べ桁違いに少ないため小さな車両でも十分で、最少半径25mのきついカーブを曲がることができるのも、小さな車両のおかげです。
ゴムタイヤで走ることや車両の大きさ(小ささ?)のほかに、営業キロ12.7kmの間に13もの駅があるので平均駅間距離は約1kmとバス停なみに短く、鉄道と言うよりはバスと言った感じもします。
 

[ ニューシャトル路線図 : JRや東武に比べ駅間がとても短い ]
  ニューシャトルの駅乗降者数(2011年度)は、大宮駅を除けば鉄道博物館(大成)駅が最も多く一日7490人で、そのほかの駅は2000人~5000人程度です。
大宮駅の乗降者数が約4万人あるのに比べ、他の駅の乗降者数を合わせても約4.6万人なので、利用形態のほとんどは「大宮駅で降りる」または「大宮駅で乗る」もので、伊奈町や上尾市、大宮市郊外から大宮中心部へ人を吸い寄せるストローような鉄道です。


■ 各駅紹介(さいたま市内)・・・・・
開業から30年以上が経過しましたが、最近でもわずかですが利用者数は伸びており、この間に駅周辺が大きく変わったところもあまりす。
『新交通システム関連地域環境整序計画』で掲げていた各駅周辺の環境整序方針と現状を見比べつつ、各駅周辺を眺めてみましょう。

 
<大宮駅>

[ ニューシャトル大宮駅(2013年):列車が大宮駅を出発したところ ]
  ニューシャトルの大宮駅は、JRコンコースから離れているので乗換えに少々時間がかかりますが、屋外に出なくて済むのがせめてもの救いです。
JR線、東武野田線のホームは南北方向に配置されていますが、ニューシャトルのホームは新幹線駅の下に東西方向に配置されています。
さらに、改札を通りホームへ向かうアプローチには数段の階段があり形もいびつで、在来線と新幹線の駅舎の隙間を探し、苦心して造られた感じが漂う空間です。
 

[ 大宮大栄橋付近(2013年):ビルを廻るニューシャトルには小回りが必要 ]
  ニューシャトルの大部分は新幹線高架に併設されているため急カーブはないのですが、大宮駅ではUターンしなければならず、その際に大宮情報文化センター(通称・JACK大宮)ビルの周りを一回りするのですが、小型車両でなければ曲がれないきついカーブがあります。
ビルの周りをもたもたと動いている様子は、近くを走る新幹線と同じ鉄道とは思えず、遊園地の中を走る乗り物のような愛嬌さえ感じられます。
大宮駅から乗車する際は、ホーム側(進行方向左側)にいれば車窓からぐるぐる動く風景や、高架からの景色を眺めることができますが、反対側(進行方向右側)にいると、コンクリートの防音壁と時々すれ違う新幹線が見えるだけです。
 

[ 大宮駅西口付近(2013年):歩行者デッキで駅と周辺ビルが結ばれている]
  大宮駅西口では再開発事業や土地区画整理事業が行われ、道路の整備とともに商業ビルやオフィスビルの立地も進みつつあり、飲食店が並ぶ路地や小規模なビルが多い東口に比べると、最近になって整備された地区であることが一目で分かります。
環境整序計画の「埼玉県の商業・業務・文化の中心地区としての整備をはかる」方針は少しずつ実現しつつありますが、100万都市の中心地としては少々物足りない印象です。

<鉄道博物館(大成)駅>

[ 鉄道博物館駅(2013年):昔は大成駅 ]
  東京神田にあった交通博物館が移転してくる前は『大成駅』(おおなり・えき)だったのですが、JR東日本の関連会社が運営する鉄道博物館が開業した2007(H19)年10月14日に現在の駅名に変更されました。
「( )」のついた珍しい駅名になってしまったのですが、JR東日本はニューシャトルを運営する埼玉新都市交通(株)の株式を35%も所有し、鉄道博物館の開業により乗降者数も増えているので文句は言えません。
駅を降りると屋外に出ることなく鉄道博物館の入口に行けるようになり、あたかも鉄道博物館の専用駅のように改装されましたが、きれいな駅になったことは確かです。
 

[ 鉄道博物館(大成)駅前(2013年):道の向こう側は住宅地 ]

  ニューシャトルの開業前は駅周辺に工場等が点在しており、環境整序計画では「商業系、住居系への転換を図る」方針でしたが、特段の市街地整備が行われることなく住宅地に転換しました。
大宮の中心市街地が近すぎるためか、事務所や店舗、飲食店の立地はほとんどなく商業系土地利用は進まないようです。

<加茂宮駅>

[ 加茂宮駅(2013年):国道17号の横にある ]
  駅名を耳で聞いただけでは、東海道線の鴨宮駅と紛らわしいのですが、漢字で書くと違いは一目瞭然です。
このへんは、現在では『宮原』(加茂宮と吉野原の『宮』+『原』)という地名になっていますが、1889(M22)年までは加茂神社に由来する加茂宮村だったそうで、郵便局名に『加茂宮』が残っています。
加茂神社は、駅の北北西1.2kmの旧・中山道沿いに、こんもりとした木々に囲まれて現在もありますが、明治時代に消滅した『加茂宮村』と言う地名が、一世紀を経た昭和の終わり頃によくぞ駅名として復活したと感心します。
 

[ 加茂神社(2013年):駅名の由来となった神社 ]
   大宮駅と加茂宮駅の間には、ニューシャトル上り線がビルを避けて、いったん新幹線の高架下にもぐり込んで走っているところがあります。
ここは、急こう配+急カーブなので通過するときは、かなり速度を落としますが車両は大きく振れ、窓の正面に建物が大きく迫ってきます。
ニューシャトルを邪魔しているのは、新幹線建設時は旧・電電公社の国際電信電話受信所で、新幹線高架はギリギリ当たらないように通っていますが、新幹線のルートが決定した後に付け足しに造られたニューシャトルは、新幹線高架と建物の隙間を縫って通っています。
国際電信電話受信所だった建物は、現在は看板に「故障電話機の修理承ります」とあり、機器の修理部門が入っている建物のようなので、あえて鉄道が避けて通らなければならない施設ではなくなったようです。
 

[ 大宮~加茂宮(2013年):NTTの建物を避けて通るニューシャトル ]
<東宮原駅>

[ 東宮原駅(2013年):畑もある駅前 ]
   JR高崎線宮原駅前を東に進み国道17号を越え、新幹線高架と交差するところにあるのが東宮原駅です。 
東宮原駅周辺は、宮原2丁目土地区画整理事業(1962(S37)年完了)が行われたので、道路はほぼ直行するように配置され、矩形の公園も造られました。 
その一つである宮原南公園は新幹線が公園の上を斜めに通ったため、三角形の小さな公園と台形の公園に分断されたかたちになりました。 
それでも、高架下は自由に行き来できるので実質は一つの公園として使われています。
 

[ 宮原南公園(2013年):将棋の対局が行われている ]
  新幹線高架の下で、夕日を浴びてお年寄りが将棋に興じている姿を見ると、新幹線建設の際に激しい反対運動があったとはとても思えません。
高架の下はコンクリートの梁や柱があり子供たちが遊ぶには邪魔なのようで、遊ぶ子供は少なくこのような将棋にはもってこいの場所で、対局用の椅子や机が用意されいつでも使えるようになっています。
東宮原駅前もバカの一つ覚えのように「近隣商業地とする」方針でしたが、未だに農地が点在し宮原駅前からの通り沿いにスーパーや店舗がまばらに立地する程度で、商店街には程遠い状況です。

<今羽駅>

[ 今羽駅(2013年):駅と言うよりただの階段のようです ]
  産業道路から少し入った住宅地にぽつんとある駅で、『今羽駅』の表示がなければ屋根付の横断歩道橋くらいにしか見えません。
産業道路沿いは外食店や自動車屋などが並び都市郊外の沿道風景が見られます。 
駅の西側は土地区画整理によって格子状に道路が配置されていますが、東側は畑がそのまま住宅地として使われたので、細い道が迷路のように入り組んでいます。
環境整序計画に掲げられていた「東西方向の駅へのアクセス路の整備」は道半ばのようです。

<吉野原駅>

[ 国道16号と吉野原駅(2013年):16号の交通量は多い ]
  国道16号と交差するところにある吉野原駅の所在地は北区吉野町ですが、加茂宮駅と同様に明治時代の合併前にあった『吉野原村』から駅名が付けられています。
吉野原駅前は、駅への階段と16号を渡る歩道橋の階段が並んでいるため、どちらの階段を上るのか迷ってしまいます。 かも地上にある駅の施設らしきものは小さな看板だけなので、初めて来た人は駅の存在にさえ気づかないのではないでしょうか。
周辺には、大正製薬、信越ポリマーなど名の通った企業の工場が並んでいますが、やはり工業団地なので殺風景であることは否めません。


■ 各駅紹介(上尾市内)・・・・・
<原市駅> .

[ 原市駅前(2013年): 駅前広場はないがバス停よりはマシな駅前 ]
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  この駅から上尾市になります。
2010年頃から、お笑いで「ハライチ」という2人組がよくテレビに出ていますが、このコンビの出身は上尾市原市です。
 原市駅の東500mほどには旧・住宅公団が建てた総戸数1582戸の原市団地があるので、乗降者数は多いように思えますがそれほどではありません。原市団地からは東大宮駅行のバスが多くあり、都内へ向かう人は東大宮駅からJR東北線で大宮で乗り換えずに都内へ向かう方が便利なのかもしれません。
 

[ 原市(2013年):原市街道沿いの酒屋 ]
   合併前の原市町だった頃の中心だった通り沿いには古い建物がいくつか残っており、夏のお祭りには花火が打ち上げられます。
<沼南駅>

[ 沼南駅(2013年):駅前広場と戸建て住宅 ]
  駅名のとおり原市沼という沼の南にある駅です。 
原市沼のまわりは水田として耕作されてきたのですが、河川の氾濫を防ぐための原市沼調節池の計画があり、下流から調節池の整備が順次進められているので、いずれ原市沼も姿を消す運命にあるようです。
沼南駅の東側には駅前広場が造られましたが、駅前広場の先には市街化調整区域が広がり、駅前広場に面して戸建て住宅が建つ長閑な風景です。 
それでも、近くに県立高校があるため、登下校時には多くの生徒が利用しています。
 

[ 原市沼を渡る新幹線(2013年):東北新幹線と上越新幹線の分岐 ]
  ここまで来ると、新幹線の線路は東北方面と上越方面に分岐するために立体構造になっていることが良くわかります。
もともと高架構造の新幹線が、さらにその上で分岐するために立体構造になっているので相当な高さになりで、人工的な構造物が少ないこの辺りでは圧倒的な存在感があります。


■ 各駅紹介(伊奈町)・・・・・
<丸山駅>

[ 丸山駅(2013年):新幹線高架下にある駅 ]
  原市沼を境に伊奈町に入ります。
新幹線が東北方面と上越方面に分岐して最初の駅が丸山駅です。分岐した新幹線の間にニューシャトルの車両基地があるため、ニューシャトルの軌道が高架の高さから地上近くに下りて来るので、丸山駅は他の駅と異なり新幹線の高架下にホームがあります。
駅の横にある車両基地は、ニューシャトルの軌道やゴムタイヤの車両を間近に見ることがでる唯一の場所で、毎年11月14日の県民の日には一般公開が行われています。
 

[ 伊奈氏屋敷跡(2013年):跡地は畑になっているところが多い ]
  丸山駅の南東にある木々のこんもりとした高台が県指定史跡の伊奈氏屋敷跡で、今では畑になっている屋敷跡の中の道を南に向かうと原市沼の南端に出ます。
伊奈氏屋敷跡はまわりを木々に囲まれた閉ざされた空間であり、道を通る人も少なく、ニューシャトルが開通しても風景はあまり変わっていないようです。

<志久駅>

[ 志久駅(2013年):すぐ横には無線山の雑木林が迫っている ]
ニューシャトルの13ある駅の中で最も寂しいところ(あくまでも個人的感想です)にある駅です。 
駅の西側には無線山と呼ばれる雑木林が広がっていて、深夜に駅周辺を歩くときには場末の繁華街を歩くときとは違う怖さがあり、懐中電灯とともに度胸が必要です。
無線山のいわれは、1933(S8)年からKDDIの前身である国際電信電話(株)が、国際短波通信の小室受信所として、1987(S62)年まで運用していたためです。
その後は遊休地となっていましたが、2013(H25)年に無線山の一部約3.5ヘクタールが埼玉県と伊奈町に譲渡され、トラスト地として無線山の雑木林風景が残されるそうです。
 

[ 無線山(2006年):桜並木は花見の名所 ]
  環境整序計画では、「無線山の樹林地を都市森林として整備しレクリエーション施設の立地を検討する」としていましたが特段の事業は行われず、桜の季節になると桜並木付近が一般に開放される程度でした。
現在は、みどりのトラスト地の対象地に指定されたところは、1億2900万円をかけて保全されることになったのですが、その南側では県立がんセンターの建て替えのために雑木林は大きく伐採され緑の量が減少しました。
トラストの対象地だけ保全すればいいのでしょうか?

<伊奈中央駅>

[ 伊奈中央駅前(2013年):立派な駅前広場が造られた ]
  駅名のとおり伊奈町のほぼ中央部にあるのですが、ニューシャトルの13駅の中で最も乗降者数が少く、土地区画整理事業によって造られた東側の立派な駅前広場は、閑散とした状況です。
伊奈中央駅の前後にある丸山駅や志久駅は、近くに高校や大学があるため、学生・生徒が通学の足として使っていることが乗降者数に貢献しているようです。 
伊奈中央駅のまわりには高校や大学が造られる計画はありませんが、駅前広場の周辺では土地区画整理の保留地販売が行われており、乗降者数が伸びる可能性はまだあります。
 

[ 保留地販売中(2013年):伊奈中央駅から徒歩1分 ]
  環境整序計画では、「町の中心地区として商業、文化、行政施設等の中枢施設の機能を高める」方針でしたが、商業施設の立地はなく、文化施設は皆無、行政施設は伊奈町役場のみといった現状です。 
土地区画整理事業は伊奈町の手で行われましたが、上物を建てるのは民間企業なので採算がとれない限りこれらの施設が建つことはありません。 
残念ながら住宅、それも戸建て住宅主体の地域になりそうです。

<羽貫駅>

[ 県民活動総合センター(2013年):体育館、ホール、宿泊施設もある ]
  環境整序計画で配置するとしていた「総合選択制高校、県民活動総合センター等の教育文化施設」は実現しましたが、これらの施設を核とした街づくりはまだまだのようです。 
箱モノさえ造れば、それで街づくりが終わったのではなく、そのあとが本当の街づくりのスタートなのですが、特段の動きはないようです。
選択制の伊奈学園高校は、吹奏楽部が全国トップクラスの水準にあるだけでなく、生徒数は一般的な高校の3倍もあるため、普通の住宅地に賑やかさ?や騒がしさ?をもたらしています。 
これらの教育文化施設に関連した施設の立地が進めばよかったのですが、企業にとっては少々不便な地域のようで周辺にできたのは住宅がほとんどです。
 

[ ショッピングセンター(2013年):スーパー、薬局、書店、雑貨店など ]
  地域の住民が日常必要とする商品を扱う店舗は、駅のまわりではなく交通量の多い交差点の近くに建っています。 
県南部に比べれば格段に人口密度が低いため、集客数確保のためには徒歩圏を超える地域の住民にも来てもらわなければならず、広い駐車場は欠かせないのです。

<内宿駅>

[ 内宿駅(2013年):ニューシャトルの終点 ]
  ニューシャトルの終点である内宿駅は大宮駅から約25分で着きます。
13駅のなかで最も立派な駅前広場がありますが、駅前広場を取り囲んでいるのは住宅と畑で、お店は駅の売店のみです。
 それでも駅周辺は近隣商業地域が指定され商業地の形成を目指していますが、まだまだ空き地や農地が多く駅のそばには梨畑もあります。
駅前の道路は土地区画整理事業で造られた自転車通行帯もある立派なものですが、地区外からの交通が少なく静かな通りで、幅が広すぎるように思えます。
 

[ 区画整理された宅地が梨畑(2013年) ]
  環境整序計画で掲げていた『農住都市』は、土地区画整理事業が行われた区域内に畑と住宅が混在するのではなく、農地は農地として耕作され、区画整理された宅地には店舗や住宅が建ち、これらが近接して互いのメリットを享受できる状態が目的のはずです。
農業が儲かる商売にならないと農地は荒れて都市を囲む環境の劣化が進み、土地区画整理事業で創り上げた宅地の価値も下がってしまいます。
農地は農林水産省、宅地は国土交通省とタテ割りの所管が続いていますが、これで某総理大臣が唱えていた「美しい国づくり」ができるのでしょうか?



 



おまけ [ ファッションセンター しまむら本社 ]
JR宮原駅とニューシャトル東宮原駅のほぼ中間に「ファッションセンターしまむら」の本社があります。
埼玉ローカルな衣料品チェーン店でしたが、長引く不況下にあって多品種低廉価の品揃えで業績を伸ばし、今や日本はおろか海外にも進出している企業になりました。
相当儲かったようで、さいたま新都心近くにあった三菱マテリアル跡地に本社ビルを建て移転します。


<参考資料>
○新編埼玉県史 通史編 (埼玉県編 1988.3)
○伊奈町史 通史編 (伊奈町発行 2001.3.31)
○東北新幹線工事誌 (日本国有鉄道東京第三工事局 1984.3)
○新交通システム関連地域環境整序計画[基本計画] (埼玉県 1981.3)
○コンクリート工学 「上野~大宮間建設工事の概要」 (藤田昌宏 1985.4 コンクリート工学会)
○第13回建設関係県連絡会議概要 (埼玉県 昭和51年2月5~7日)