chapter-81 ふっかちゃんの深谷 
[2014.12]

■ 深谷の有名人・・・・・


[  ふっかちゃん石像になる(2014年):現在の深谷の有名人 ]
   深谷市のイメージキャラクターである『ふっかちゃん』は、最近のゆるキャラブームにのってテレビCMにちらりと登場するなど、有名な存在になっています。さらに愛知県で行われた『ゆるキャラグランプリ2014』では、前年の4位から2位に躍進し、全国的にもウケています。
 ふっかちゃんは、ウサギのような愛らしい顔に深谷名産のネギが角のように生えているキャラクターです。今では深谷の名をとどろかせる筆頭はふっかちゃんですが、その前はなんといっても『深谷ネギ』が名を馳せていました。深谷ネギという特定の品種があるわけではなく深谷地方で採れるネギの総称だそうですが、鍋料理などでいただくと甘みがありやわらかくとてもおいしいネギです。
 

[ 誠之堂(2011年):世田谷から深谷に移築された ]
   さらに、深谷で有名なのは、500余りの企業創立に携わり日本産業経済の礎を築いた渋沢栄一氏です。渋沢栄一氏の旧邸があった東京都北区の飛鳥山には渋沢資料館があり、ほかにもお誕生日にプレゼントされた『晩香廬』(喜寿のお祝い)、『青淵文庫』(80歳のお祝い)の二つの建物も見ることができます。深谷市内にも氏の生地である『中の家(なかんち)』、『渋沢栄一記念館』、喜寿を記念して建設された『誠之堂』などがあり、観光コースになっています。
 ただし、渋沢栄一氏が生まれた深谷市血洗島(ちあらいじま)は、現在は深谷市ですが1973(S48)年に吸収合併される前は豊里村でした。血洗島という恐ろしげな地名の由来は、上杉氏と北条氏との戦いで多くの血が流れた、利根川が毎年氾濫し地荒れ(ちあれ)した、などの説があるそうです。


■ 深谷の煉瓦・・・・・


[ 碓井第三橋梁(2013年):橋の上は遊歩道になっている ]
   渋沢栄一氏がかかわった企業の一つに日本煉瓦製造株式会社があります。江戸時代末期に締結された不平等条約改正のため、明治政府は欧化政策の推進を急いでいました。その一つである西洋建築による官庁集中計画を実現させるためには、機械による大量の煉瓦製造が必要でした。計画を推進する臨時建築局井上馨総裁の相談に応じ、渋沢栄一氏らは1885(M20)年に会社設立認可を得て翌1886年には第1号窯の火入れが行われました。
 日本煉瓦製造(株)の煉瓦は、旧・信越線碓氷峠付近の碓氷第三橋梁(1892(M25)年完成)、旧・司法省庁舎(1895(M28)年完成)、中央線万世橋高架橋(1912(M45)年完成)、横浜赤レンガ倉庫2号館(1913(T2)年完成)など、日本の近代化を担った多くの建造物に使われています。辰野金吾が設計した東京駅(1914(T3)年完成)にも、深谷で作られた煉瓦が大量に使われています。
 

[ 東京駅(2013年):容積率を転売したお金で建設当時に復元 ]
   日本煉瓦製造(株)が深谷に工場を置いたのは、煉瓦の材料となる良質な粘土が採れ、製品の輸送に舟運が使えたからです。しかし舟運は天候、水量の増減などの自然現象に逆らえず、また工場からは小舟で積み出すものの下流に行くに従い大型船に積替える不便もあり、鉄道輸送に切替えられました。
 1895(M28)年に煉瓦工場から深谷駅に至る専用鉄道が敷かれ、日本初の民間専用線として運行が始まりましたが、その鉄道輸送も1972(S47)年に休止となり、トラックによる輸送に切替えられました。
 明治に生まれた日本煉瓦製造(株)ですが、煉瓦需要の減少と外国産煉瓦の圧力に押され2006(H18)年に会社が清算され、深谷での煉瓦製造は幕を下ろすことになりました。日本煉瓦製造(株)120年の長い歴史には、舟運→鉄道→トラックと変遷した近代日本の輸送手段の移り変わりも、刻み込まれています。
 

[ 鉄道跡の遊歩道(2014年):自転車と歩行者が分離されている ]
   深谷駅から煉瓦工場までの約4㎞の鉄道跡地は、現在は自転車道と歩道に分離された遊歩道に生まれ変わり、植栽の緑も多く快適なお散歩が楽しめます。残念なのは、遊歩道が煉瓦輸送専用の鉄道跡地だったことを示すものが少ないのです。
 横浜では、1911(M44)年に造られた臨港線の跡地が、桜木町駅前から海を渡り赤レンガ倉庫に至る遊歩道になっていますが、路面にはレールが敷かれ一目見れば鉄道跡地と分かります。名称も有名な「馬車道」をもじった「汽車道」と名付けられ、多くの観光客でにぎわっています。
 深谷の線路跡は、日本初の民間専用線でもあり日本の近代化に貢献した煉瓦輸送線だったので、もっと自慢しても良い遺構です。
 

[ 汽車道(2014年):レールが鉄道跡だったことを示している ]

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■ 煉瓦の建造物・・・・・
 

[ JR深谷駅(2014年):東京駅に似せたデザイン ]
   日本煉瓦製造(株)に関連する建物の一つに1996(H8)年7月に完成したJR深谷駅があります。1934(S9)年に建設された駅舎が老朽化したため建替えの話が持ち上がり、当時流行っていた地方分権の流れに沿って深谷にふさわしい駅舎、ということで検討が進められました。その結果、東京駅が日本煉瓦製造(株)の煉瓦で造られていることにちなみ、東京駅を模したデザインの深谷駅舎が誕生したのです。総工費約35億円をかけた深谷駅は、鉄筋コンクリート造で外装に約50万個のレンガタイルを張った建物です。確かに深谷は東京駅と所縁はあるのですが、わざわざ東京駅に似せずに異なったデザインとした方が良かったのではないでしょうか。
 
      
  [ 滝澤酒造 ]   [ 田中藤左衛門商店 ]  [ 藤橋藤三郎商店 ]

   深谷市街は深谷駅のほかにも煉瓦で造られた建造物が目につきます。駅周辺は区画整理されたので古い建物は少ないのですが、駅北側の中山道周辺には古い建物が多くあります。その中で遠くからでも見えるのが煉瓦で造られた煙突です。いずれも酒造場の煙突で、西側から、滝澤酒造(現役の煙突です)、田中藤左衛門商店(2004(H16)年廃業)、藤橋藤三郎商店(工場は新築)の煙突を中山道から見ることができます。
 滝澤酒造の煙突は円形でその他の2本は四角形の細長い煙突ですが、いずれも耐震性強化のためか鉄のバンドで補強されています。煉瓦は使い込まれて年季の入ったいい色合いで、酒蔵の長い歴史を物語っています。煙突と言えばコンクリート製や鋼鉄製が多いのですが、深谷では中山道を600m歩くだけで煉瓦製煙突を3本も見ることができるのです。
 煙突のほかにも敷地内には煉瓦造りの倉庫などがあり、見学できるところもあります。


[ 中山道沿いの建物(2014年):側壁とうだつが煉瓦 ]
   面白い煉瓦の使われ方としては、側壁とうだつに煉瓦が使われている建物が中山道沿いにあります。中山道沿いはシャッターを閉じる店舗が増え寂しい状況ですが、その中で往時の繁栄を偲ばせる建物です。煉瓦・木材・瓦の三種類の建築資材が、長い時間を経て重厚な雰囲気を醸し出しています。
 このような建物で中山道沿いが統一されていれば、特徴のある街並みとして高い評価が得られていたかもしれません。白い外壁の街並みで有名な地中海沿いの町は、保存・保全のための規制があるそうで、美しい街並みを作り出すためにはそれなりの苦労があるそうです。
 

[ 煉瓦の塀(2014年): お寺の塀が煉瓦 ]
   中山道の裏通りには、大圓寺というお寺の墓地と通りの間に煉瓦の塀が残っています。高さは1.5m程度で長さは50m程しかありませんが、ブロック塀やアルミフェンスに慣れてしまった目には、少々汚れた赤茶色でも新鮮に映ります。
 煉瓦造りであっても、外側に薄く切った石材を張付け石造り風に仕上げる場合もあるので、煉瓦造りの建造物はもっとたくさんあるのかもしれません。


■ 駅前の上唐沢川・・・・・
 

[ 深谷駅南側(2014年):上唐沢川に架かる橋だが銘板は「唐沢川」とある ]
   深谷駅は高崎線を跨ぐ橋上に改札口があり、北側に行けば区画整理された駅前、南側に行けばすぐに唐沢川の支流である上唐沢川があります。
 上唐沢川は高崎線と並行して西から東へ流れ、しばらくすると下唐沢川と合流し北向きに流れを変え最後は利根川に流れ込みます。県南部の河川は荒川や中川に合流し東京湾に注ぐため南に向かって流れているので、北に向かって流れる河川を見るととても不思議な感じがします。
 駅の南にある上唐沢川は改修により付替えられた河川で、昔は鉄道と並行することなく福川と下唐沢川の合流部を目指して流れていました。しかし、合流部付近は多くの川が集まる洪水の常襲地帯であり、これらを解消するために福川の拡幅、上唐沢川の付け替え、下唐沢川の拡幅と放水路の新設などが行われたのです。
 

[ 深谷の河川改修:福川と唐沢川は立体交差 ]
   改修の内容は、上唐沢川は高崎線と交差する手前から線路と並行に新川を開削して下唐沢川に合流させ、下唐沢川は幅を拡げるとともに直線化し、福川には合流させずに北側に向けて放水路を新設し、小山川に流下させる大々的な改修が行われたのです。
 最初の改修計画は、合流点より下流側の福川を拡幅するのみの計画でしたが、合流点より上流の地域は改修の恩恵がないため計画を変更し、最終的に落ち着いたのが現在の形状でした。ところが、この計画変更が地域の対立から政争の火種となり、1922(T11)年の計画変更から1927(S3)年の着工まで8年間も対立・紛争が続き、ようやく1932(S7)年4月に竣工式を迎えることができたのです。


[ たぶんマス(2014年):つばき橋付近 体長50cm以上ある ]
   今では上唐沢川と下唐沢川の合流点下流が単に唐沢川と呼ばれているようですが、上唐沢川に架かる橋にも「唐沢川」と書かれた銘板があります。
 改修から一世紀近くが経ち、深谷駅付近を流れる上唐沢川の両岸には桜の木が並び花の名所にも数えられ、対岸には木々に包まれた瀧宮神社などもあり自然豊かな地域になっています。駅前から300mほど下流の上唐沢川と下唐沢川の合流点付近では、マスが遡上している姿を見ることができます。
 

[ 上唐沢川上部に造られた市営駐車場(2014年):折角の桜の名所が台無し ]
   ところが南口駅前広場付近の上唐沢川は、わずがか40台の車を止めるためコンクリートで暗渠化され市営駐車場になっているのです。駅前に自動車が走っているのは当たり前ですが、比較的きれいな川が流れているのは非常に珍しい光景です。
 残念ながらその特徴を深谷市自らが潰しているようです。幹線道路沿道への大型ショッピングモール誘致も市民要望の高い重要なまちづくりかもしれませんが、昔から市民が住んでいる駅周辺も大切に扱って欲しいものです。少なくとも深谷市の特徴を壊すことだけは避けて欲しいものです。
 

[ 上唐沢川(2014年):桜の大木が両岸を覆い花の時期は素晴らしい ]


 



おまけ [ 信州屋の豚ロースみそ漬 ]
深谷市街の中山道からちょっと入ったところに信州屋という肉屋さんがあります。なぜ信州屋というのは理由は不明です。ここでは、精肉のほかに豚肉の味噌漬けを売っています。巷のスーパーなどに比べれば少々お高いのですが、肉厚で柔らかく味が良いのでお勧めです。
 
<参考資料>
○深谷市史  (深谷市 1969)
○深谷市中心市街地活性化に関する現況調査報告書 (深谷市 2012.3)
○国重要文化財 日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設 パンフレット (深谷市)