chapter-89 レインボーブリッジとお台場 
[2016.02]

■ 『踊る再捜査線』の舞台・・・・・
   最近、フジテレビの視聴率が低迷しているようですが、丹下健三氏が設計した社屋はお台場のシンボル的建物として今でもキラキラと輝いています。建物は、球体を梁と柱を支える不可解な形状を持ち、遠くから見てもはっきりとわかるシルエットで大いに視線を集めています。


[ フジテレビ(2016年):奇抜なデザインは人目を惹く  ]
   フジテレビ社屋の移転とほぼ同じタイミングで、架空の警察署である湾岸署を舞台にした『踊る大捜査線』がテレビドラマで放映され、その後、『踊る大捜査線THE MOVIE』『踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』と映画化され、大ヒットとなりました。
 映画では、織田祐二演じる湾岸署の青島巡査部長が「事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ!」、「レインポーブリッジ封鎖できませ~ん!」と叫ぶフレーズがはやり言葉になりました。
 

[ 芝浦側アンカレイジ(2016年):車と比べ巨大さが分かる ]
   レインボーブリッジは、商業施設が集まるお台場とともに旅行情報誌に取り上げられ、多くの観光客が訪れています。お台場は羽田空港から近いこともあり、最近はアジアからの海外旅行客が増え賑わっています。
 橋は二層構造になっていて、首都高11号台場線が上層階を走り、下層階は臨港道路海岸青海線と臨海新交通システム『ゆりかもめ』が走る吊り橋です。このほかに下層階には幅1.5~2.5mの歩道があり、歩いて海を渡ることもできます。
 臨港道路とは港湾法に定めらている道路で、国道や県道と違い港湾部局が管理する道路で、恐竜の形で有名なゲートブリッジも臨港道路です。農道や林道と同じ類のようです。
 

[ レインボーブリッジ(2016年):遠くに東京タワーが見える ]
   首都高のホームページによれば、レインボーブリッジといわれるのは吊り橋の部分だけで、その前後は含まないようです。橋の長さは798m、主塔間(中央径間)は570mもありどんな船でも通れる幅はあります。
 ところが、最近の客船は大型化が著しく2013年4月に寄港した「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」は、背が高く橋の下を通れないため晴海客船ターミナルまでたどり着けず、手前の大井埠頭に接岸しました。
 東京都はオリンピックまでに、レインボーブリッジの手前に大型客船用の岸壁を造るそうです。


■ レインボーブリッジに上る・・・・・
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[ 歩道の入口(2016年):ここで台車を付ける ]
   さてレインボーブリッジを自転車で渡ることはできるのでしょうか。首都高はもちろん通行できませんが下層階の臨港道路も車道は、荷車・自転車・原付の通行が禁止されているので、歩道を通るしかありません。
 しかし、「警察署の指導により自転車に乗って通行することはできません」、「但し、”台車”を付けて手で押して歩いて通行することはできます」が、きまりです。
 普通の人が自転車で歩道を通行できるのは、「自転車通行可の指定がある場合」、または「車道または交通の状況に照らして、安全を確保するため歩道を通行することがやむを得ない場合」です。レインボーブリッジの歩道は、自転車通行可の指定はなく、また車道とは頑丈な柵で区切られているので、走っている車から「安全を確保する」必要もありません。自転車が歩道を通行できる要件に該当する状況がないのです。
 

[ 台車(2016年):手作り感漂う台車 ]
   芝浦側から橋を渡る場合は、まず受付で後輪に台車を取り付け、吊り橋のケーブルの重しとなっているアンカレイジにあるエレベーターに乗り、橋の南側にあるサウスルートの歩道面まで50mほど上がります。芝浦側の入り口はわかりにくいところにあるので、事前に調べておくことをお勧めします。
 お台場側から芝浦側に自転車で渡る場合は、北側のノースルートを通る一方通行になっています。歩道は狭くすれ違うのは一苦労なので、くれぐれも逆行することのないように。


■ レインボーブリッジを歩く・・・・・
 

[ 芝浦側(2016年):臨港道路と『ゆりかもめ』はループで高さを稼ぐ ]
   首都高で渡るときにも周囲の景色を眺めることができますが、渋滞でもしていない限り止まって見ることはできません。『ゆりかもめ』からも景色を楽しめそうですが、両側に車道がありトラスの鋼材や金網が邪魔になるので、あまりよく見えません。
 歩道からは好きな時に立ち止まって写真を撮ることもできます。景色を楽しむのならば車や『ゆりかもめ』に乗らず歩道を通るのがベストです。


[ 『ゆりかもめ』(2016年):檻の中を走る ]
   『ゆりかもめ』は、外から見るとまさに金網で囲まれた檻の中を走っているようです。『ゆりかもめ』は全線が高架の上を走り、加えてホームドアがあるので線路に人が立ち入ることは考えられませんが、レインボーブリッジは一般道路と線路が同じ高さにあり、唯一の人が立ち入りるおそれのある区間です。無人走行では、人が立ち入った場合などの突発的な事態が起きないようにするため、ここまで万全の体制が必要なようです。
 (株)ゆりかもめという会社が経営していますが、この会社は東京都が85%の株式を所有する(株)東京臨海ホールディングスの子会社なので、実質的には都営です。
 

[ タイル張りの歩道(2016年):決して広くない ]
   歩道に立つと、確かに幅は狭く自転車と歩行者がすれ違うのが精一杯で、しかも直線の坂道になっているのでスピードも出そうです。歩道の海側は、トラスの鋼材のほかに転落を防止するための金網が張ってあり見晴しを妨げていますが、海面からの高さが50mもあることを考えれば止むをえません。車道側は防護柵があるだけです。
 路面は、タイルが張ってあるので台車をつけた自転車を押していると「コトコト……」とずっと音がしますが、車が通る音の方が大きいのでそんなに気になりません。タイルやブロック張りの歩道は見た目はきれいなのですが、スーツケースやキャリーバッグを転がすときは困りものです。
 

[ 橋上ランナー(2016年):徒党を組んで走ってくることも ]
   自転車を押しながらでは幅をとってしまうので、歩行者とすれ違うときは遠慮しがちになります。こちらは遠慮しているのにジョギングしている人はスピードを落とすこともなく、時には集団で、時には歩行者を押しのけるように走っています。
 レインボーブリッジのように狭くて排気ガスのあるところをわざわざ走らずとも、お台場の海沿いでも走った方が空気もきれいで気持ちいいと思うのですが、いかがでしょうか。
 

[ 主塔(2016年):海面から126mの高さがある ] 
   歩道は車道のすぐ横にあるのですが、太い主塔にぶつかるところでは歩道が海側に張り出すので、左右180度を見渡すことができる展望台のようです。橋の側面や主塔を近くから見ることができ、ベンチもついているので一休みするのに良い場所です。
 景色の案内板もあり、ゆっくりしたいところですが海の上なので風が強い日は、帽子など飛ばされないよう、要注意です。また、通行できる時間帯が決まっているので、いつまでも夜景を眺めているわけにもいきません。
 

[ 案内板(2016年):現在位置を確認できる ]
   橋脚のあるところには橋から見える景色を解説する案内板があります。また、海面からの高さものほかに、芝浦側、お台場側からの距離も書いてあるので、初めての人でも安心です。


■ レインボーブリッジから見る・・・・・
   レインボーブリッジの上からは台場がよく見えます。地上から見ても台場の形はよくわかりませんが、上から見ると正方形に近い形であることが分かります。しかも中央部が凹んでいるのは、横から見ただけではわかりません。
 

[ 第六台場(2016年):カラスのねぐら ]
   現在まで残っているのは第三と第六台場のみです。黒船の来襲から江戸を防衛するため12基の台場が計画され、第一、二、三、五、六の5基は1854年までに完成しましたが、財政難のため第四と第七は途中で工事が中断され、その他は着工すらされませんでした。 
 台場の築造に使われた石材は、相模、伊豆、安房から運ばれ、土砂は品川御殿山や高輪泉岳寺の山から削り出されました。機械のない時代の工事はさぞ大変だったことでしょう。
 戦後になり第一、第五台場は埋立てられ品川埠頭になり、第二台場は航路の支障となるため撤去されました。第六台場は人が近寄ることができないので、たくさんのカラスが我が物顔で飛びかう、カラスのねぐらと化していました。
 

[ 第三台場(2016年):きれいに手入れされている ]
   第三台場はお台場から陸続きになっているので、歩いていくことができます。1928(S3)年に当時の東京市によって整備され台場公園になっています。黒松は適度に剪定され芝なども刈り揃えられているので、第六台場と比べると格段にきれいに保たれています。
 お店がたくさん集まっている台場1丁目からは少々距離があり、訪れるれる人も少なく静かな公園なので、海を眺めながらのんびりするにはいいところです。
 中央のくぼんだ所には陣屋跡や弾薬庫跡を見ることができます。第三台場は公園になる前の1925(T15)年に品川台場として史跡の指定を受けた歴史的な遺産です。
 

[ 北側の風景(2016年):高層ビルが林立 ]

 ノースルートからは東京湾岸に並ぶ高層ビルがよく見えます。東京タワーとスカイツリーはどっちの方向を見ているのか確かめるのに丁度いい目印になります。豊洲方面を望むと築地から移転予定の新市場も見えます。
 レインボーブリッジを往復すれば、北側と南側の両方の風景を楽しめますが、さすがに自転車を押して往復する気にはなれませんでした。
 芝浦側から渡るときは、最初にエレベーターに乗り50mほど上るので下り坂が多いのですが、お台場側から渡る場合は、ほぼ地上の高さからレーンボーブリッジの最高部まで上り坂が続きます。楽をしたいのならば芝浦側スタートがお勧めです。


■ お台場に下りる・・・・・


[ お台場側(2016年):緩やかなスロープ ]
   お台場側は緩やかなスロープになっていて歩道の幅も広くなります。首都高のランプがあり、臨港道路や『ゆりかもめ』も首都高から離れるので、レインボーブリッジからたくさんの枝が分かれていきます。SF映画の一場面のような光景に出会えます。
 歩道は台場公園の付け根のようなところで陸地に降り立ちます。この辺りは高層マンションが建つ住宅エリアなので小学校や中学校もあり、フジテレビがある付近とは大いに雰囲気が異なります。
 

[ お台場海浜公園(2016年):いい感じの砂浜が続くリゾート地? ]
   お台場の海岸は、人工の砂浜が第三台場を取り囲むように造られています。遠くから見ると、ワイキキビーチとまではいきませんが、どこかのリゾート地のようにも見えます。夏は水遊びや日光浴を楽しむ人の姿を見ることもできますが、残念ながら遊泳禁止の立て看板もあり海水浴はできません。
 お台場は、水質のほか定期船の航路があることや砂浜からすぐに深くなることもあり、海水浴場とするためには課題が多いようです。それでも、毎年、海水浴体験のイベントが行われています。


■ 埋立地 お台場・・・・・・


[ 1963(S38)年空中写真:お台場貯木場 ]
国土地理院ホームページ(http://mapps.gsi.go.jp)
空中写真MT636 C12-22から一部切取り
   東京港は戦後しばらくGHQに接収されていましたが、1955(S30)年に主な岸壁が返還されたものの、経済発展が進み荷物の取扱い量が増大すると接岸待ちの船舶が恒常化しました。これを解消するため新たな港湾法に基づく『東京港港湾計画』が策定され、大井埠頭の埋立てやお台場に貯木場の整備が行われました。この計画でお台場は、なんと材木が海面に浮かぶ貯木場だったのです。
 1963(S38)年の空中写真を見ると、有明地区はすでに陸地ができあがっていますが、お台場・青海の埋立てはまだ始まっておらず、材木が浮かんでいる様子が写っています。また、品川埠頭の埋立てが進み第一、第五台場が姿を消しつつあります。
 

[ 海の森公園(2013年):ガスを集めるパイプ ]
   その後、お台場・青海地区となる13号地の埋立てが進められます。台場の築造には陸地を削った土砂が運ばれましたが、13号地の埋立て材料には航路の浚渫で発生した土砂が使われました。埋立地の中には廃棄物で埋立てられたところもあります。
 2020年東京オリンピックの会場にもなる『海の森公園』がある中央防波堤内側の埋立地は、1230万トンの廃棄物と建設工事で発生した土砂で造られています。今では高さは30m、多くの木も植えられゴミの山だったとは思えません。よく見ると廃棄物から発生するガスを抜く管があり、今でもこのガスを使って発電しており、昔はゴミの山だったことが伺えます。


■ 13号地からお台場へ・・・・・


[ テレコムセンター(2016年):臨海開発の象徴的建物 ]

   お台場が大きく変貌を遂げるのは、1987(S62)年に『臨海副都心開発基本構想』が打ち上げられてからです。このころ、東京港には約850ヘクタールの埋立地が未開発のまま残されていたのです。国際化、情報化に対応した世界都市東京の都市機能の充実・世界に開かられたマイタウン東京の実現、を目指し、面積448ヘクタール、居住人口44,000人、就業人口115,000人のビッグプロジェクトが動き始めたのです。
 この構想の中で、13号地の土地利用として東京テレポートが掲げられています。東京テレポートとは、通信基地としての地上局、情報処理・加工拠点としてのテレコムセンター、インテリジェントビル群から構成される、いわば情報の港です。
 東京テレポートを象徴するのが、1995(H7)年10月に完成したテレコムセンターです。門型のビルで中央には巨大なパラボラアンテナを思わせる施設があります。
 

[ お台場の未利用地(2013):未処分地のほかに暫定利用もある ]

   残念なことに、構想はバブル景気の時期に立ち上げられたのですが、実現する頃にはすでにバブルが崩壊していたのです。さらに1995(H7)年には当時の青島幸男都知事によって、臨海副都心で開催予定だった世界都市博覧会の中止が決定されました。博覧会は中止になりましたが、臨海副都心開発は引き続き継続されたのです。お金持ちの東京都でなければ、このように大きな構想を継続させることはできません。
 当初の構想どおり進んでいれば、2000(H12)年までに主な施設はすべて完成し、その後は都市の成熟が図られているはずでした。構想のつまづきは第三セクターにもおよび、テレコムセンターをもつ(株)東京テレポートセンターも、2006(H18)年に民事再生法の手続きを経て復活した会社です。


■ お台場から臨海副都心へ・・・・・
 

[ ヴィーナスフォート(2016年):男はあまり行かない ]
   パレットタウンのテナントであるヴィーナスフォートは、女性のためのテーマパーク型ショッピングモールとして、2010(H22)年までの事業用借地権による暫定利用でオープンしました。幸いにも2008年に底地は売却できましたが、経済状況により建築計画が延期されたので、しばらくはこの形態で営業が続くそうです。
 お台場を含む臨海副都心エリアには、借地もされずに広がっている土地があります。東京都が多額の費用をかけて造成した土地なので、早く売却して借金を返さなければなりません。しかし、景気は安定せず短期間で変動するなかで、高額の土地は簡単には売却できません。
 

[ お台場(2013年):東京タワーから見る ]
   現在の『臨海副都心まちづくり推進計画』では、平成27年度までに「域内の都市基盤整備が完了するとともに、環状2号線などの広域的交通基盤の整備がほぼ完了する。青海地区及び有明北地区について、まちが概成する。」 とされています。
 完成するまで計画の見直しが繰り返されるようですが、埼玉にはあり得ない臨海開発がうらやましくもあります。



 



おまけ   [ ダイバーシティー東京のガンダム ]
 お台場の一画にある商業施設とオフィスビルの複合施設です。ここには実物大のガンダムが常駐し、多くの観光客が訪れるほかビジネスマンがいるのも面白い光景です。
 ガンダムが活躍する時代はスペースコロニーに人間が居住できるので、埋立ては行われていないのでしょうか?
 ※残念ながらこのガンダムは2017年3月に撤去されてしまいました。

 
<参考資料>
○事業概要 平成27年度版 東京都港湾局 (東京都港湾局総務部企画計理課 2015.8)
○技術ノート(No37)特集:東京湾 ((社)東京都資地質調査業協会 2004.11)
○土と基礎vol.41No.5 「東京臨海副都心(東京テレポートタウン)計画」 (社団法人地盤工学会 1993.5)
○(一社)日本埋立浚渫協会ホームページ(http://www.umeshunkyo.or.jp/)
○首都高ドライバーズサイト(http://www.shutoko.jp/fun/lightup/rainbowbridge/)