chapter-92 踏切がいっぱい  
[2016.06]

■ 踏切33,528ヶ所・・・・・・・・・・・・


[  山手線唯一の踏切(2016年):駒込駅と田端駅の間にある踏切 ]
  テレビのとあるクイズ番組で、「山手線に踏切はあるか?」という質問が出たことがあります。
正解は「ある」で、駒込駅と田端駅の間に踏切があるのです。
山手線のように短い間隔で電車が走っている踏切は、
遮断機が降りている時間が長いので横断が容易ではありません。
さらに踏切では遮断機が下りてなくても一時停止しなければならないので、列車の本数が少ない踏切でも渋滞の原因になります。
踏切での一時停止が義務づけられているのは世界的に少数派で、欧米諸国では一時停止するとオカマを掘られる恐れがあるそうです。
 

[ 秩父鉄道秩父駅(2006年):地方にも踏切は多い ]
市街地の電柱と同様に日本は踏切の数が多いことでも特異だそうです。
2015(H27)年3月末で東京23区には620ヶ所もの踏切がありますが、パリ市を中心とした23区とほぼ同面積の範囲には7カ所、ほぼ倍の面積があるニューヨークでも48ヶ所しかありません。
鉄道の高架化や地下化が進んでいる東京でさえ、諸外国と比べ桁違いの数の踏切があるのです。
日本中には33,528ヶ所の踏切あり、そのうちJR7社に20,582ヶ所、次に大手民鉄である近畿日本鉄道の1,361ヶ所、名古屋鉄道の1,062ヶ所、東武鉄道の980ヶ所が続きます。
この3社は営業距離が長い上位3社なので、踏切も多くなります(2015年3月末)。


[ 東急東横線(2013年):副都心線乗入れの地下化で踏切がなくなる ]
  関東大震災により東京の郊外化に拍車がかかるのにあわせ、私鉄による鉄道敷設も急速に進められた大正・昭和初期の東京周辺部は、農地が多く田畑のあぜ道のような道路と鉄道の交差にお金のかかる立体交差でなはなく踏切が造られました。
今では鉄道と道路が交差する場合は、やむを得ない場合を除き立体交差としなければならないので、これから踏切が増えることはまずありません。
さらに、道路や鉄道を高架化したり地下化する工事が各地で行われているので、踏切の数は少しずつですが減っています。
 

[ 西武池袋線と目白通り(2015年):高架の道路を平面にして鉄道を高架化 ]
  鉄道の高架化や地下化には多額の費用がかかるうえ、市街地では広い範囲にわたり土地を買収し建物を移転しなければならないので、全国にある3万ヶ所を超える踏切をなくすことはとても無理な相談です。
また、鉄道を連続して高架にする場合、過去に高架化されていた道路があると、それを取壊して平面化するなどの手間もかかります。
西武池袋線(練馬高野台駅~大泉学園駅間)の2.4kmを高架にして9か所の踏切をなくすために、509億円の費用と10年の歳月がかかったそうです。
 

[ 小さい踏切 江ノ電(2014年):人ひとりが渡れる踏切 ]
  こんな狭い道にも踏切があります。
江ノ電は住宅の間を縫うように走るローカル鉄道ですが、いまやたくさんの外国人も乗りに来る有名な鉄道になり、土日は観光客で混雑しています。
鎌倉市街は広い道がすくなく狭い路地にも踏切があります。
全国的に踏切の立体交差化が進められていますが、このような踏切は立体交差にならず廃止の方向です。
 

[ 都電×17号(2016年):これは踏切と言わない? ]

  都電荒川線と国道17号が交差するところです。
遮断機や警報器はなく、路面電車も国道を走る車も信号に従って走ったり止まったりするので、踏切ではなく交差点です。


■ 踏切の名残・・・・・・・・・・・・・・・
 

[ 栗橋宿西本陣跡(2016年):堤防工事に先立ち埋蔵文化財を調査 ]
  埼玉県の旧栗橋町は今では久喜市となりましたが、江戸時代の日光街道7番目の栗橋宿として栄え関所もおかれていました。
近くを流れる利根川は、戦後間もなく来襲したカスリン台風の豪雨で決壊し大きな被害を出したこともあり、現在でも堤防を大きく強くする工事が進められています。
本陣があった場所も大きくなる堤防の下敷きになるため、堤防工事に先立ち宿場町だった頃の埋蔵文化財調査が行われています。
旧栗橋町で踏切をなくすために造られた高架橋の脇に、踏切があったころの名残を見ることができます。
 

[ 呉服跨線橋から(2020年):昔は県道の踏切があった ]

  踏切の名残があるのは、呉服跨線橋と言われる県道がJR東北線を立体交差で跨ぐところにあります。
昔の踏切は現在の高架橋よりも50mほど北側にあり、そこは鉄道と並行して流れる川に小さな橋が架かっています。
小さな橋の先の線路は、今では踏切がないので柵が設けられて横断できませんが、線路と川の間に土地があるため小さな橋は壊されることなく残っています。


[ 昔は踏切につながる橋だった(2020年) ]
  田園風景が残るこのようなところでも、踏切ひとつなくすためにはこのように大きな高架橋が必要になります。
住宅が密集しているところでは高架にすると、日照阻害や騒音問題で地元に受け入れられないので地下化することが多いようですが、地下化は高架化よりもお金がかかります。
日本はどこまで行っても家が建っていて人が生活しています。
人がいれば道があり鉄道との交差もあるので踏切の数も多いのでしょうか。
 

[ 呉服跨線橋(2016年):あまり車は通っていない ]

■ 地下鉄の踏切・・・・・・・・・・・・・・
 

[ 東京メトロ銀座線踏切(2014年):ゲートの先は地下への斜路 ]
  地下鉄には踏切がないように思えますが、東京メトロ(東京地下鉄株式会社)には一つだけ踏切があります。
上野駅の北西にある銀座線の車両基地が地上にあるため、地下から上ってきた電車は道路を横断しなければ車両基地に入ることができず、踏切ができてしまったようです。
銀座線の浅草駅~上野駅間は1925(T14)年9月27日に着工し2年後の1927(S2)12月30日に開業しましたが、ほぼ同じ時期に上野駅周辺では震災復興の土地区画整理が行われ道路などが整備されました。
地下鉄も道路も新たに造るならば踏切を無くす工夫があってもよさそうですが、踏切ができてしまいました。
 

[ 銀座線踏切(2014年):右の建物の先に車両基地がある ]
  地下鉄が踏切を通る姿を期待してしばらく様子を見ていましたが、車両基地に入る電車は少ないようで、遮断機が降りることはありませんでした。


   
<参考資料>
○平成27年3月末現在 踏切道箇所数(事業者別)  (国土交通省)
○練馬高野台駅~大泉学園駅間 前線高架化による効果
 ー今回新たに3ヵ所の踏切がなくなり、交通渋滞が解消されましたー (西武鉄道ニュースリリース 2015.6.25)
○災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1923 関東大震災【第3編】
(内閣府 防災情報のページ http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923-kantoDAISHINSAI_3/index.html)

 


おまけ   [ 肉の大山 ]

上野駅の南側、立ち飲み屋の激戦区、上野6丁目にある肉屋のお店で、おいしい肉料理を安く提供することで有名なお店です。
立ち飲み激戦区にあるため、このお店も店頭でメンチカツを片手に立ち飲みができます。
200円の特製メンチカツは結構大振りなので、ひとつで2杯はいけます。