さいたま市中央区【与野ハウス】

chapter-026 2007.11 2024.12

■耐震偽装・・・・・



[ 香港(2007年):地震のない国は耐震偽装もない ]


2005(H17)年の暮れに発覚したマンションなどの耐震強度計算書が偽装されていた問題は、おおいに世の中を混乱させました。
専門家でないと理解できない建物の構造計算書が作り替えられ、完成後には見ることができない鉄筋の量を少なくしていたのです。外観を見ただけではどの建物が危険なのか全くわからないので、マンションなどを購入する普通の人々にとってはたまったものではありません。計算書を偽装した理由は「建築コストを下げるため」が圧倒的に多い理由のようでした。安くて良いものを買いたいと思うのが心情ですが、残念ながら安い物件にはそれなりの理由があるようです。
このような事件があったため、ある程度の規模の建築物を建てる時には、建築確認に加え構造計算適合性判定を受けなければなりません。



[ エルザタワー55、32(2020年):鋳物工場が残る ]


■このごろ流行のタワー型超高層・・・・・


建物の大きさは建築基準法や都市計画法などにより様々な制限がありますが、建物の床面積は容積率、建築面積は建ぺい率の制限を受けます。ただ、容積率・建ぺい率の制限が同じであっても建物の形は同じにはなりません。
タワー型の建物は床を横に拡げずに上に積み重ねて造ったものです。地震のない国では、上からの「重さ」に耐えられれば高層化は容易ですが、地震の多い日本では「揺れ」にも耐えなければなりません。
建物を造るうえで地震のない国との大きな違いです。



[ 同じ容積率:上に重ねると空地が増える ]


敷地が狭い場合は階数を増やすと1階分の床面積が小さくなり、使い勝手が悪くなってしまいますが、ある程度の広さの敷地があれば、そのようなことは問題にならず数十階建てのマンションも可能となります。
タワー型の建物の魅力はなんと言っても眺望でしょう。高い位置からの眺望は、世の中の上層(上流)に位置するような優越感に浸れ、この上ない至福のひとときが過ごせます(高所恐怖症でなければですが)。マンションの宣伝にも眺望の良さが売り文句となって広告紙上を飾っていますが、まわりに住んでいる人にとっては常に覗かれる環境になり迷惑この上ないことです。



[ 渋谷スカイ(2022年):神様の気分?]


また、タワー型は、建物の建築面積が小さくなるため地上に空地を広く確保することが可能で、圧迫感の少ない空間を創り出すことができるといわれています。
タワー型高層マンションは良いことずくめのようですが、建築費や維持修繕費用が高くなる傾向があるそうです。それでも、居住以外に投資目的で購入されることも多いようで、海外投資家の引合いの様子がマスコミで取り上げられています。どのような人が住むのか見当がつきませんが、バッグや時計などのブランド品と同様に、社会的なステータスとしても人気が高いようです。


■超高層マンション第一号・・・・・



[ 与野ハウス(2024年):北与野駅から ]


タワー型超高層マンションの第一号が埼玉県内にあることは余り知られていません。
タワー型や超高層建築の法的な定義はありませんが、建築基準法では高さ60mを超える建築物には、特別な技術的基準が設けられているので、超高層と言われるようです。さいたま市中央区(旧与野市)にある「与野ハウス」は、高さが66mありタワー型超高層マンションの第一号と言われています。
与野ハウスが完成したのは1976(S51)年で、当時まわりにある建物は戸建てや数階建てのアパートがほとんどで、近くにはさいたま新都心に変身する前の旧国鉄大宮操車場がありました。現在は与野ハウスを超える高さの建物が増えてきたため、超高層という感じはありません。



[ 与野ハウス 右(2024年):高いビルが増えた ]


与野ハウスは21階建ての高層棟が目立ちますが、このほかにもいくつかの建物一体となって一つのマンションが構成されています。
国道17号に面する側の1階は店舗で、その奥はピロティ式の駐車場になっており、各棟は人工地盤により2階部分で連絡しています。駐車場は周囲からは目立たないように配慮され、外観はすっきりした感じになっています。
今ではありふれた構造・配置ですが昭和50年代の建物としては斬新なものでした。



[ 4棟の建物が巧みに配置されている ]


人工地盤で造られた中庭は結構広く、外側から見ているとこんなに広い中庭があるようには思えません。樹木が植えられベンチも置かれており、ちょっとしたお祭りならできそうな広さです。幼児向けの小さな自転車が置いてあるので、自転車乗りの練習に使っているのかもしれません。
建設時に地球温暖化が懸念されていれば、煉瓦色の人工地盤は緑化された広場になっていたかもしれません。



[ 与野ハウス中庭(2024年):修繕工事中 ]


■総合設計制度による空地・・・・・



[ 与野ハウスの公開空地(2024年) ]


敷地の北与野駅側には、樹木がこんもりと茂り、池と散策路がある公園のような場所があります。この場所の国道17号側には「公開空地 日本庭園ご利用方法について」と題する看板があり、この広場が総合設計制度の適用により生み出された空地であることがわかります(「空地:「あきち」ではなく「くうち」と読みます)。
総合設計制度は1970(S45)年に創設され、建築基準法第59条の2(敷地内に広い空地を有する建築物の容積率の特例)で定められている制度で、空地を提供することで容積率などの緩和措置が受けられるものです。
国土交通省のホームページでは次のように説明されています。

「 500㎡以上の敷地で敷地内に一定割合以上の空地を有する建築物について、計画を総合的に判断して、敷地内に歩行者が日常自由に通行又は利用できる空地(公開空地)を設けるなどにより、市街地の環境の整備改善に資すると認められる場合に、特定行政庁の許可により、容積率制限や斜線制限、絶対高さ制限を緩和。」



[ 建物の海(2019年):江戸川区 ]


総合設計制度を活用することにより、最大で基準容積率の1.5倍または基準容積率に200%を加算した値の小さい方を限度として容積率の緩和を受けることができるのです。建築審査会の同意が必要となるため、手続きにかかる時間は少々長くなりますが、土地の価格が高いところではまさに打ち出の小槌のような制度です。
総合設計制度が創られた頃に比べ建築技術が格段に進歩し、高層の建物も容易に造ることができるようになり、これまで以上に総合設計制度が利用されることでしょう。



[ 都内の事例(2023年) ]


東京は地表が建物に覆い尽くされ小さな空地さえも貴重な存在となっているため、行政側としても総合設計制度を広く活用してもらいたいようです。東京都のホームページに総合設計制度を適用した建築事例が、「東京都総合設計制度許可実績一覧表」に紹介されています。昭和51年度の物件から掲載があり、バブル期にクリスマス予約が困難を極めたことで名を馳せた「赤坂プリンスホテル新館」(すでに解体)もこの制度を使っていました。
公的事業だけでは公園・緑地などの空間の確保が難しい東京では、容積率のボーナスで公開空地を少しでも拡げようとしているようです。


■永続する空地・・・・・


総合設計制度で生み出される一つ一つの空地は小さなものですが、建物の外周部に生み出された空地が隣接すれば、連続した大きな空間を創り出すことも可能です。
この他に、羨ましいことに都心部には江戸・明治・大正からの遺産として大規模な公園・緑地などもあります。明治神宮(70ヘクタール)、新宿御苑(58ヘクタール)、上野恩賜公園(53ヘクタール)、浜離宮(25ヘクタール)、芝公園(12ヘクタール)などは観光地としてもよく耳にする場所です。さらに一般の人は立ち入りできませんが皇居115ヘクタール、赤坂御用地51ヘクタールなどの皇室関係の土地は、自然環境も残された貴重な空間でもあります。
都心部をはじめタワー型の超高層建築物が林立する東京ですが、意外と緑が多いと感じるのは小さな緑地と大きな緑地の組合せの効果かもしれません。



[ 明治神宮と新宿(2022年)  ]


東京都は人口当たりの公園面積は確かに少ないのですが、行政面積の割合で見ると、東京23区の都市公園面積は4.6%もありさいたま市の3.1%を上回っています。
都市公園等の面積比較なので、皇居、新宿御苑、明治神宮など都市公園以外の公園的な土地を含めればその差は更に大きくなります。
(23区:2,883ha/62,753ha=4.6%  さいたま市:673ha/21,743ha=3.1%)
[都市公園データベース 国土交通省(令和5年3月)]



[ 皇居(2019年):大嘗祭 平成から令和へ ]


総合設計制度で生み出される空地が存続するのは、その制度を適用して建てられた建築物が存在する期間だけで、未来永劫に続くものではありません。欧米のように建物が長期にわたり存続するのであれば良いのですが、日本の建物は短いサイクルで建て替えられてきました。
現在あるタワー型の高層建築がいつまで存在できるのか誰にもわかりません。丹下健三氏設計による「赤坂プリンスホテル新館」は、1982年の竣工から2011年の解体まで約30年の短命に終わっています。
土地取得や建物の移転にかかる費用が高く、公園を造るために膨大なお金と時間が必要となる地域の自治体にとって、総合設計制度は低廉なコストで空地が確保できる手法の一つかもしれませんが、確実に後の世代に残せる公園・緑地にはなりえません。





<参考資料>