chapter-110  人も歩けば電柱に当たる

[2017.10~]

■林立する電柱・・・・・


「犬も歩けば棒に当たる」の諺ではありませんが、日本は市街地のみならずどこに行っても「人も歩けば電柱に当たる」状態です。
都心部や目抜き通りでは無電柱化が進みつつありますが、電柱のある市街地のほうが圧倒的に多くあります。
一口に電柱と言いますが、大きくは電気が通る電力線を支える電力柱と、電話などの通信線を支える電信柱に大別されます。
歴史的に見ると電信柱のほうが古く、1869 (M2)年に東京横浜間で電話が開通し、日本で初めての電信柱が誕生しています。
一方日本で最初の電力柱は、東京電燈の送電開始に伴い1887(M20)年に生まれましたが、それまでは移動式の発電機を利用していたため、電力線や電力柱は必要なかったようです。



[川口市街(2017年):電柱にカラスの巣]


2016(H28)年時点で、全国に電柱が約2,393万本、電信柱が約1,185万本、合計で3,578万本の電柱が林立しています。
電信柱は減少した時期もありますが、電力柱は電信柱の減少分を上回る増加があり、年々電柱は増えています。
電柱の中でも道路に立っているものは、交通の障害になるほか景観、風景を壊す最大の要因です。
空を見上げれば蜘蛛の巣のように電線が張られ、街並みを眺めると電柱、電線、トランスなどで建物の輪郭すらわからない状況になっています。



[秩父の武甲山(2016年):電線が邪魔]


電線や電柱が景観や風景を壊しているのは市街地だけではありません。
郊外に行けば電柱の密度こそ減りますが、人工的な建物なども減るため電線や電柱が余計に目立ちます。
電気・電話のない生活が考えられない現代では、どこに行っても電線と電柱はついてきます。


■進まない無電柱化・・・・・


電柱や電線は、景観上の問題のほか道路の空間確保や地震時の防災の観点から、地中化など無電柱化が進められています。
東京23区内は国道の約8割、都道の約5割が無電柱化(電線の地中化のほか裏配線、軒先配線を含む)されていますが、区道を含めると含めると8%に止まっています。
さいたま市に至っては2%弱です。
ところがロンドン、パリ、ボン、香港は100%、ニューヨークでも8割以上の道路が無電柱となっています。



[ケアンズの歩道(2003年):地下に電力線がある]
FNQEB=Far North Queensland Electricity Board (Australia)


〇ロンドンでは街灯を設置する際に、先行していたガス灯の施設は地中化が義務とされていたので、ガス灯と後発の電灯との公平な競争をさせるため、電灯の電線にも地中化が義務づけられました。
ニューヨーク市は1884年に電線類の地中化条例が制定され、1888年のブリザード被害を受け一気に地中化が進展しました。
最近はハリケーンの被害を受け郊外部でも地中化が進んでいるそうで、天災が電線の地中化を後押しています。
無電柱化の状況は、都市の歴史的な背景が大きく影響すると思いますが、歴史の浅いオーストラリアは郊外には電柱がありますが、市街地にはほとんど電線や電柱はありません。
電線は地中に配置し道路に電柱を建てないのが世界の常識のようで、最近はアジアの都市でも無電柱化が進められています。



[ハノイ(2017年):ここでも無電柱化が進む]


昨今日本で進めれられている電線の地中化はコストが高く、地中化工事を行う国、都道府県、市町村の負担には限度があります。
また、変圧器などの機器を置くスペースの確保も大変だそうです。
地中に埋設することができなければ、建物の裏側に配線したり軒先に配線する方法もありますが、それも進みません。
木造家屋が多く雨が多い日本では、漏電や感電、それに伴う出火などへの対策として、電気事業法に基づく「電気設備に関する技術基準を定める省令」が諸外国に比べ厳しい基準となっているとも言われています。
電柱の林と電線の蜘蛛の巣はいつまでたっても減りません。
昭和の時代、道路に電柱がある写真と無電柱化した写真を並べ「この通り 電柱とると このとおり」とのコピーが記されたポスターがありました。
役所らしくない良いポスターでしたが、無電柱が進まないためか第二弾はありませんでした。



[先斗町の電線地中化前後(2018年 2022年)]


それでも、電線をなくせば美しい沿道と空を取り戻すことができます。
観光地として有名な京都の先斗町は、苦労して狭い道路で電線の地中化を行いました。
まさに「この通り 電柱とると このとおり」です。


■観光客が見る景観・・・・・



[浅草寺(2017年):インバウンドが記念撮影]


最近は国を挙げて訪日外国人旅行者を増やし、観光を産業の柱のひとつに育てようとしています。
訪日外国人旅行者は、日本らしいものを見て、日本らしいものを食べて、日本らしい体験ができることを期待して来るはずです。
寿司屋やラーメン屋で食べているとき、温泉に入ってくつろいでいるときは、電線や電柱は見えませんが、屋外に出て観光しようとすると3,500万本もの電柱が観光客を出迎えてくれます。
電線や電柱の写り込まない写真を撮るためには、撮影アングルをかなり考える必要があります。



[京都(2016年):大文字を邪魔する電線]


日本人が海外に行けば、著名な観光地に限らず日本とのちょっとした違いにもカメラを向けたくなります。
訪日外国人旅行者も同じような心境だと思います。
東京23区ですら8%の無電柱化率では、外人さんが本国との「ちょっとした違い」を撮ろうとすると、ほぼ確実に電線・電柱も写ってしまいます。
良い景観とは「見たいものが見やすいこと(見えること)」だという人もいます。
しかし日本国内は、どこで何を映しても電線や電柱が入り邪魔をしてしまいます。



[川越祭り(2015年):電線と電柱に負ける山車]


WiFiの整備や標識の複数言語化など、訪日外国人旅行者の増加にあわせて急いでやらなければならいことは沢山ありますが、外国人旅行者が「見たいものが見やすい」景観をつくるためにも、より一層の無電柱化は必要なはずです。
本国と日本との「ちょっとした違い」が電線と電柱の存在だ、と訪日外国人旅行者に言われるようでは恥ずかしいものがあります。
蔵造りの街並みで有名になった川越祭りの様子です。
蔵造りの建物が並ぶ区間は無電柱化されていますが、多くの道には電柱が立ち、山車よりも目立つ存在です。



[スカイツリー(2017年):電線の写真?]


■電線は地中化したけれど・・・・・


埼玉県内でも電線の地中化は行われています。
もともと電線地中化は、駅周辺のように建物の立地が進み、電力需要がある程度高くなり安定した地域で進められてきました。
もちろん再開発事業が進む地区では地中化も行われますが、このような事業が連担して行われるのはビル需要の高い中心部ぐらいです。
逆に考えると、空き地があるところや建て替えが進むところなど電力の需要がこれからも増えるところは、電線地中化の対象になりにくかったのです。



[川口駅東口(2005年):看板の波]


さて、電線が地中化された場所はどのように景観が変わったのでしょうか。
道路を覆っていた電線や、電柱と付属の機器や看板が無くなるで解放感が感じられるようになります。
しかし、 電線や電柱に代わって、赤・黄・青など原色を多用し派手で人目につく看板類がこれまで以上に飛び込んできます。
電線がなくなり見通しはきくようになりましたが、沿道の建物は看板に埋め尽くされ、外壁の色さえわからないこともあります。
たとえ看板が無くなったからといって、沿道の建物はバラバラな意匠で、構造で、色彩で、多種多様な素材で造られているので、美しい街並みが見られる期待値は低いかもしれません。



[大宮駅東口(2006年):電柱の代わりに自転車]


一方、道路上の空間はどうなったのでしょうか。
電柱が無くなって歩きやすくなると思いきや、相変わらずお店の呼び込み看板が置かれていたり、自転車がところかまわず放置されています。
環境面から自転車利用が奨励されることが多くなりましたが、都市の諸施設が自転車社会に対応していないことや、家(私的空間)の外(公的空間)に対して無関心な生活がこのような結果を招くのでしょうか。
街並みの改善や景観の向上は、電柱をなくしたり道路の見栄えを良くする工事だけではどうにもなりません。



[草加駅前(2011年):駅前広場が駐輪場]



■おまけ・・・・・


[トンカツの店 豚珍館]

東京西新宿にある人気のとんかつ屋さんです。
リーズナブルなお値段で食べられるので、昼時は行列ができますが待っている間に注文を取りに来るので、着席するとほどなく料理にありつくことができます。
ごはん・豚汁はお代わり自由なので、空腹を十分に満たしてくれること間違いなしです。
新宿のこの付近は当然のことながら電柱はありません。





<参考資料>