chapter-113 高坂ニュータウン

[2018.03]

■高坂ニュータウンの緑・・・・・



[案内図(2018年):東松山市が新しく造った案内図]


高坂ニュータウンは、1977(S52)年3月に旧・日本住宅公団(1981.10.1住宅・都市整備公団に改組)が土地区画整理事業によって開発に着手し、1987(S62)年7月に完了した面積97.2ヘクタールに及ぶ大規模な住宅地です。
もともとは民間企業が所有していた196ヘクタールの土地を公団が住宅地開発のため取得したのですが、関越自動車道に19.1ヘクタール、県立こども動物自然公園などに79.5ヘクタールを譲渡したため、残る97.2ヘクタールで開発することとなりました。
高坂ニュータウンは公団が開発した地区の中でも、ゆとりある宅地開発が行われています。
97.2ヘクタールのうち40%が道路や公園・緑地などの公共用地に充てられ、そのうち公園・緑地は25%、24.3ヘクタールもあります。
丘陵地なので公園・緑地といっても起伏のある樹林地のようなところもありますが、高い比率で確保されています。
さらに、隣接して県立こども動物自然公園(入園料を払わないと入れませんが)もあり、公園・緑地に囲まれた環境にあります。



[松風台公園(2018年):鴨も飛んでくる公園]


同じく公団の大規模開発で、調節池が特徴的な越谷レイクタウンでさえ、公園・緑地3.1%に調節池17.2%を合わせても20.5%にとどまっています。
高坂ニュータウンが開発される前は山林原野が広がり、アカマツ・コナラ・クヌギなどの植生が豊かで、標高は20~80m、数条の沢が入り込み、近くには見晴しのよい名勝 物見山もある景観の優れた丘陵地でした。
公団は、埼玉県から景観の保全及び修復に充分配慮を払うよう強く求められたため、自然緑地の保全・活用に努め居住地内の緑の復元を図ることを目標のひとつに掲げていました。



[地価公示 東松山市]


さらに、土地区画整理事業の計画では、施行前は13,000円/㎡の土地が施行後は40,000円/㎡と3倍以上になると見込めるうえ、ほとんどの土地を公団が所有していたので、減歩率を高くし広い公園・緑地を確保することが可能だったようです。
東松山市内の地価公示を見ると、区画整理事業が始まった1977(S52)年の調整区域内宅地は11,200円/㎡、住宅地は36,000円/㎡でしたが、事業が終了した1987(S62)年の住宅地は96,100円/㎡まで上昇しています。
ちょうどバブル景気に突入するころで地価は大きく上昇しはじめていたので、公団所有地や保留地の売却価格は40,000円/㎡を大きく上回っていたはずです。
この上昇分をあらかじめ見込むことができれば、さらに広い公園・緑地が確保できたかもしれません。



[周辺の3地区:赤色=高坂NT 黄色=鳩山NT 青色=坂戸入西]
(地理院地図(電子国土Web)陰影起伏図+宅地利用動向調査 首都圏 2005年)


地理院地図で高坂ニュータウン付近の起伏と土地利用を重ねて見ると、他の地区との違いが分かります。
西側の日本新都市開発(株)が行った鳩山ニュータウンは、山を削り谷を埋め地区内をほぼ平らに造成して住宅が立ち並んでいます。
南側の住宅・都市整備公団による坂戸入西地区は、水田を埋め立てて宅地を造り出しているので、地区全体が変化のない平坦な地形です。
高坂ニュータウンは、山は削られて宅地になっていますが、残された谷地が公園・緑地に整備されて宅地に入り込み、緑の多い街づくりに一役買っています。



[高坂丘陵2号緑地(2018年):住宅地の中の樹林]


高坂ニュータウンの中央には「ひきのみち」という幅の広い遊歩道があり、この遊歩道からほとんどの公園・緑地が歩行者専用道でつながっています。
しかも車が通る道とは立体交差しているので、小さな子供でも遠くの公園まで安全に遊びに行けます。
また地区内の主な道路には歩道があり、住宅地内にも歩行者専用道や緑道が配置されるなど、地区全体を覆う歩行者用の道路ネットワークが整えられています。
鳩山ニュータウンや坂戸入西地区にも緑道や歩行者専用道はありますが、高坂ニュータウンの広がりにはとても及びません。



[ひきのみち(2018年):樹木の多い遊歩道]


「ひきのみち」は幅18mもあり、低木と高木がバランスよく植えられて、冬は落葉し日が差し込み夏は葉で緑のトンネルになりそうです。
この遊歩道が千年谷公園を超えるところは、わざわざ80mの斜張橋が架けられ一跨ぎにしています。
橋の上からの眺めは丘陵地ならではのものがあります。
・歩行者専用道:
  幅18m-延長794m、幅12m-延長115m、幅6m-延長627m、幅4m-延長1,980m、幅2m-延長1,347m
  (土地区画整理事業で造られるもののみ)
・公園:10ヶ所-面積87,968平方メートル
・緑地:4ヶ所-面積155,214平方メートル
(昭和61年10月15日 第3回事業計画変更後)


■高坂ニュータウンの住宅地・・・・・


都市計画決定時の住宅地は、中高層の集合住宅を1,500戸、低層の集合住宅を1,000戸、宅地分譲を500戸とし人口12,000人、人口密度120人/ヘクタールを想定していました。
土地利用計画図を見ると、宅地分譲を予定していたブロックは細街路がありますが、集合住宅を計画していた地区は大ブロックのままです。
また、南北に貫く関越自動車道は、騒音対策として日本道路公団が道路の両側に25mの遮音緑地帯を造ることになっていました。
丘陵地を造成する際は、山を削り取った土で低い谷などを盛土し、土の過不足が生じない計画にするのが一般的です。
高坂丘陵は景観の保全のため盛土が少ないため、地区内の造成では90万立方メートルもの残土が生じる予定でしたが、幸いにも関越道の盛土に使われたそうです。



[1976(S51)年都市計画決定時の土地利用計画]


都市計画決定時は中高層住宅が1,500戸と計画戸数の半分を占めていましたが、実際の街づくりは東松山市の意向に配慮して戸建て住宅主体に変更されました。
公団の事業計画書から”中高層”という文字は消えて、集合住宅(140㎡/戸)と独立住宅(230㎡/戸)の2種類になりましたが、戸数は集合住宅が2,300戸と全体の7割を占め、戸建て住宅主体の計画にはなっていません。
計画人口12,000人を変えずに約45ヘクタールの住宅地に収容するためには、集合住宅を計画せざるを得ません。
住宅地すべてが戸建て住宅(230㎡/戸)となると、450,000㎡÷230㎡/戸=約1,950戸の住宅しか確保できません。
想定していた4.2人/戸を乗じると地区人口は約8,200人で計画人口の2/3どまりです。



[四季の丘とエステ・スクエア松風台(2018年)]


集合住宅として残ったのは、全体の面積から見ればわずかの1.5ヘクタールのみで、戸建て住宅の日当たりや景観を阻害しないように北側に配置されています。
これらは公団から民間デベロッパーに土地が卸されましたが、戸建て住宅との調和がとれた建築計画となっていて、採算性だけを重視したマンション建設とは大きな違いがあります。
市民活動センターの西に建つ「四季の丘」の3棟は、興和物産(株)が事業主として開発し1989~1990年に竣工、総戸数132戸、間取り3LDK~4LDK、専有面積は89~123㎡と子育て世帯にも十分な広さです。
また、日本新都市開発(株)が事業主となった「エステ・スクエア松風台」は1989年11月竣工。
総戸数68戸、間取り2LDK~4LDK、専有面積は72~165㎡でこちらも広い住戸で構成されています。
双方とも戸数分の駐車場が確保されています。



[エステ・スクエア松風台(2018年):北側はスーパー]


集合住宅はこの2ヶ所、総戸数は200戸で、都市計画決定時に想定していた中高層住宅の1割強でした。
バブル景気の真っただ中に竣工しているので、販売価格は相当に高かったことと思います。
このほかの大きな建物は、学校、スーパー、市民活動センターだけで、あとは戸建て住宅が静かに建っています。



[松風台(2018年):地区内幹線]


戸建て住宅地も比較的ゆとりのある計画です。
用途地域は第1種中高層住居専用地域のままですが、地区計画によって戸建て主体の住宅地として守られるように配慮されています。
  ・建てることができるのは「戸建て専用住宅」
  ・最低敷地面積は「165㎡(約50坪)」
  ・住宅の壁は「隣地境界から1.5m以上後退」
  ・建物の高さは「地盤面から9m以下」
  ・道路に面する敷地境界は「生垣」
とされています。
最低でも50坪の広さがあるので、2階建ての家を建てて駐車スペースも楽に確保できます。
地区計画の最低敷地面積は165㎡ですが、実際は200~250㎡のお宅が多いようです。
また、丘陵地の地形をうまく使いコンクリートボックスの駐車場を建物の下に設けているところもあります。
なかには車を2台置ける大きさのものもあります。


■高坂ニュータウンのクルドサック・・・・・



[案内板(2018年):三井不動産と興和物産のクルドサック]


戸建て住宅地の特徴は、住宅地の中を車が通り抜けないようにするため、クルドサック(仏語:袋小路)が数多く設けられていることです。
袋路状道路(行き止りの道)は防災安全上の問題があるため原則禁止されていますが、通過交通が入ってこないという利点もあるので「避難上支障がない」かつ「通行上支障がない」場合は緩和規定が設けられています。
高坂ニュータウンのクルドサックは、場所によって形が違い終端に接続する歩行者専用道もシンプルなものから緑豊かなものまで多彩です。



[三井不動産のクルドサック(2018年):終端は円形]


「四季の丘」の西側にあるクルドサックは三井不動産(株)によるもので、最もクルドサックらしい形をしています。
路面は通り抜けられる道との違いを示すためブロックが敷かれ、終端は転回場のように円形になっていて乗用車であればUターンできる大きさです。
円形部分には他のクルドサックに通じる歩行者専用道が接続していますが、高低差があるところは階段になっています。
歩行者専用道は緑道とまではいきませんが両側に植栽が設けられてます。
終端の円形部は子供が安全に遊べるスペースにもなっています。



[興和物産のクルドサック(2018年):T字型]


「四季の丘」の南側は興和物産(株)によって造られた一帯です。
クルドサックが普通の道に交差する部分は白いブロックで縁取られ、運転者に注意を促すようになっています。
クルドサックは釘のようなT字型で、終端はレンガ色のブロックが敷かれています。
終端から延びる歩行者専用道の両側は植栽があり、地区中央を南北に貫く緑道につながっています。



[興和物産開発地区の緑道(2018年)]


緑道は狭いところでも4m位の幅があり、いろいろな樹種の低木と中木を組み合わせて植栽され、緩やかに蛇行させて歩く人を飽きさせないようになっています。
宅地面は緑道に比べて高いので、緑道を散歩する人から家の中を覗かれる感じはありません。
少し広くなっているところにはベンチが置かれ井戸端会議もできます。
クルドサックの先にこんな緑道があるとは驚きです。



[旗立台のクルドサック(2018年)]


千年谷公園・高坂丘陵2号緑地の南側、旗立台にあるクルドサックは、終端の形状は釘ようなT字型、路面は普通のアスファルト舗装、クルドサック同士を結ぶ歩行者専用道に植栽はなくコンクリートの舗装だけ、と前述の2箇所に比べるとクルドサック自体はシンプルです。
クルドサックに降った雨は路面の中央に集めて集水桝に落とす構造になっていて、排水用に設けられたブロックがセンターラインのように見えます。



[旗立台(2018年):植栽が両脇に点在]


特徴的なのはクルドサックがつながる道にあります。
地区に3本ある東西方向の道のうち中央の最も広い道は歩道がありこってりと植栽もあります。
車道は車の速度が出過ぎないように蛇行させ、クルドサックと交差する手前にはレンガ色のブロックが帯状に敷かれ注意を促しています。
そのほかの2本の道は歩道こそありませんが、道の両側に互い違いに低木と中木の植栽を配置し、車を蛇行させ速度低下を図ってます。
この植栽はクルドサックの入口に入り込むように植えられて、緑の面を拡げています。



[旗立台(2018年):植栽がクルドサックに回り込む]


■行き止まり道路とクルドサック・・・・・


県南部の市街化区域内では、耕地整理によって整形にされた農地が宅地化される際に、俗に『一反開発(いったん・かいはつ)』と言われる開発があちこちで行われました。
昔の耕地整理では、30間×10間(≒約50m×約20m)の形状で面積1反(≒1,000㎡弱)の短冊状の水田が多く造られました。
この一区画一反ごとに行き止まり道路を設け8戸前後の住宅を建築する開発が、俗に『一反開発』と言われたのです。



[埼玉県東部地域の一反開発:青点線の範囲が1反]
(国土地理院地図から一部抜粋)


もちろん、公園や緑地はまったく造られず、行き止まり道路と住宅があるのみです。
宅地化が進むと農業用水路にコンクリートの蓋がかけられ狭いながらも歩道になり、行き止まり道路がつなげられることもありますが、ごくわずかです。
『一反開発』で造られた行き止まり道と、計画的に造られた高坂丘陵ニュータウンのクルドサックとは全くの別物です。



[常盤台(2011年):円形の転回場は大きい]


クルドサックが有名なのは、東武東上線ときわ台駅の北側に広がる常盤台です。
戦前に東武鉄道により開発された住宅地で、曲線の街路を配置しところどころにクルドサックが取り入れらています。
転回場は直径20mほどあり中央には円形の植栽がありますが、ゴミの集積場になっているようでカッコいいものではありません。


■高坂ニュータウンの人口・・・・・



[高坂ニュータウンの人口と世帯数]


2005(H17)年~2018(H30)年の高坂丘陵地区の人口は減少が続いていますが、世帯数は2,000世帯前後で大きな変動はありません。
世帯あたり人口は2005年は3.0人でしたが2018年は2.3人にまで落ち込んでいます。
子供が転出し親だけが残る人口移動が続いているようで、子供が巣立っていくと高齢夫婦世帯、さらに時間がたつと高齢単身世帯が増えていきます。
すでに高坂丘陵地区でも数軒ですが「管理されていない空家」が発生しているそうです。
この傾向は高坂ニュータウンがある東松山市も同じです。



[新宿(2018年):「職・遊・学」が集中]


高坂ニュータウンは、生活に欠かせない「職・住・遊・学」のうち「住」は高い質を誇っていますが、「職・遊・学」は地区外に依存しなければなりません。
しかし残念なことに最大規模の「職・遊・学」がある東京から少々離れすぎているので、地価が下がり「住」の選択肢が増えると、敬遠されてしまいます。
多くの都市が「職・住・遊・学」を備えることができれば、通勤・通学時間は短くなり大都市周辺のスプロール現象も少なく都市経営上も安定します。
しかし、一極集中が進む巨大都市東京の近郊の市町村で「職・住・遊・学」を備えた街づくりを実現することは、机上の空論と言って差し支えありません。



[復興記念館(2014年):震災と戦災からの復興の記念に]


東京は1923年に起きた関東大震災を忘れ、太平洋戦争の大空襲も忘れ去り、様々な都市機能の集積が進んでいます。
現在の建築物は昔に比べれば格段に耐震性が高まっていますが、被災時に人命が損なわれないことが最大の目標であって、地震の揺れを受けた建物がそのまま使える保証はありません。
東京で起こり得る災害への備えとしても、高坂駅から20分ほどの川越市あたりが「職・遊・学」の充実度を高めることができれば、高坂ニュータウンの「住」も生き残れるかもしれません。



[高坂駅への道(2018年):人、自転車、車が分離されている]


高坂ニュータウンは住宅・都市整備公団が200億円以上をかけて造り上げた住宅地ですが、地区外の道路や高坂駅前広場、上下水道などは、公団が分担金を払ってますが東松山市も負担して整備し現在も維持管理を行っています。
高坂ニュータウン地区はもちろんのこと、これまでに造り上げたニュータウン周辺のインフラを無駄にせず、ストックとして大切に使い続けることが人口減少の世の中で必要ではないでしょうか。


■おまけ・・・・・




[やきとりと煮込み(2014年)]

東松山で「やきとり」と言えば豚のカシラ肉を使った「やきとん」のことを言います。
辛みのある「みそだれ」をたっぷりつけて食べるのですが、「みそだれ」はお店によって味が違います。
この「みそだれ」を使った煮込みを市内の箭弓神社で食べたのですが、想像以上においしかったです。





<参考資料>