[ 川島町上空から(2004年)]
旅行では徒歩、自転車、車、バス、鉄道、船、飛行機など様々な交通手段を使いますが、海外旅行や国内でも離島への旅行には飛行機が欠かせない手段です。飛行機を使う旅行は、空港に着いた時からお土産店や免税店が旅行気分を大いに盛り上がります(個人の感想です)。
運よく窓際の席に座ることができれば、小さな窓から見える広く大きな風景に心が躍り、地図そっくりの地形に思わずシャッターを押してしまいます。
そんな写真の一枚が、丸く連なった集落を写した埼玉県川島町の上空からの写真です。
現在ではgoogle mapなどネットで簡単に航空写真を見ることができますが、この写真を撮影した当時2004(H16)年はgoogle mapが公開される前だったので、興奮の度合いも大きかったのです。
[ 国土地理院 治水地形分類図の一部 ]
川島町は埼玉県のほぼ中央に位置する町です。東側を荒川、南側を入間川、西側を越辺川(おっぺ・がわ)に囲まれ、北側も半分は市野川が流れているので、陸続きで接しているのは東松山市だけです。
町の名前のとおりほぼ「島」といっても差し支えない地勢です。標高10m前後の平坦な地形で、最も標高が高いところは人間の手によって造られた川の堤防です。
町内には、蛇行していた昔の荒川が運んできた土砂の堆積によってつくられた自然堤防(微高地)が各所にあります。
集落はほとんどが自然堤防の上にあり、飛行機から見えた丸く連なった集落も自然堤防の上にできた集落です。
[ 喫茶店もある(2025年) ]
丸く連なった集落は、新しく建て替わった民家があるものの、20年前に見た時と大きくは変わってないようです。
自然堤防の微高地は宅地として使われているほか、畑として耕作されているところ、太陽光パネルが設置されているところもあります。
農業に従事していない分家住宅もえているようで、中には喫茶店を営業しているお宅もあります。
集落に囲まれた内側は水田として使われ、青々とした稲の絨毯が広がっていました。
人の行き来が少ないためか白鷺が群れを成して飛んでいる姿が見られました。
多くの水田は稲が植えられているのですが、減反なのでしょうか耕作されていない区画もありました。
[ 白鷺の群れ(2025年) ]
丸く連なった集落は「上狢」「下狢」という地名があります。
江戸時代初期は「三保谷狸村」「伊豆丸狸村」と呼ばれていたそうですが、その後「上狢村」「下狢村」「新堀村」に分かれました。
「むじな」は「むじ・る(方向を変える)」という語からきたもので、旧流路の曲流地点にあたるため「むじな」が付けられたそうです。
一方でこの地がタヌキの狩猟場だったとの説もあります。
きれいな輪を描く集落と「上狢」「下狢」という面白い地名があるこの付近一帯は、お米が主たる農産物です。
川島町のお米の生産は「令和5年市町村別農業産出額(推計)詳細品目別データ」によると、全国1719市町村のうち462位、埼玉県内63市町村では11位という順位です。
面積41.6平方キロという埼玉県面積の1%しかない川島町ですが、この順位から米作りが盛んと言って差し支えないと思います。
[ 広がる水田(2025年):古墳だそうです ]
[ 左:1998(H10)年 右:2021(R3)年 ]
川島町は鉄道が通っておらず、東京方面へ通勤するなら川越へ出るのが便利ですが、民家の多い上井草バス停から川越駅まで25分ほどかかります。
桶川駅や坂戸駅へのバス路線もありますが、同じくらいかそれ以上の時間がかかります。
おかげで住宅によるスプロールに荒らされることなく、まとまった農地が保たれてきましたが、最近は変化が生じつつあります。
川島町を南北に走る国道254号バイパスと圏央道が交差する地点に、2008(H20)年3月に川島インターチェンジが開設され、2015(H27)年10月には圏央道によって東名高速~中央道~関越道~東北道が結ばれました。
国道254号バイパスは1986(S61)年に開通した当時は田んぼの中を通る道路でしたが、川島インターチェンジができたことにより沿道にスーパーやホームセンターが立地し、その後、物流施設や食品製造工場などが建つ産業団地が造成されました。
[ 国道254号バイパス ]
鉄道のない川島町にとってインターチェンジの開設は、農業以外の産業を振興するにあたり千載一遇のチャンスでした。
インターチェンジの三方が開発され唯一南東側に残された農地では、254号バイパス沿い約69ヘクタールの地区で地権者協議会が立ち上げられ、そのうち約30ヘクタールが工業系の開発に向けて、2025年8月現在都市計画変更の手続きが行われています。
残る約40ヘクタールもいずれ農地から工業系への開発が行われます。
都市計画変更の公聴会では「巨大で高さのある物流倉庫を建設しないこと、周辺環境と調和する良好な産業団地の形成を望む」と意見が出されていますが、圏央道インターチェンジに隣接した土地は物流施設の最適地なので、物流倉庫の建設抑制は難しそうです。
[ 物流倉庫(2025年) ]
[ 川島町管内図 ]
市町村が作成する都市計画図は、通常は都市計画法に基づく区域区分、用途地域、都市計画施設などが記載された地図です。
ところが川島町は「川島町都市計画用途地域図」と「川島町農業振興地域農用地利用区分図」が一体となった「川島町管内図」に都市計画法と農業振興地域の整備に関する法律(農振法)に関する指定が記載されています。
町には森林法の林地がないので、都市計画法と農振法によって町全域の土地利用規制が考えられているようです。
この地図を見ると水田の緑の絨毯は、農用地区域(田)の指定を受けて守られていることが分かります。
農用地区域以外にある集落や西側の用途地域が指定されている旧・国道254号沿いの市街地は、治水地形分類図の自然堤防(微高地)とほぼ同じ形状をしています。
インターチェンジ周辺開発は地元要望に応えたものですが、隣接する農地がいたずらな開発で侵食されないように願います。
[ 想定浸水深(2025年):役場付近で5.5m ]
川島町は大きな河川で囲まれているため、ひとたび堤防が決壊すると大きな被害が想定されています。
2019(R1)年東日本台風では越辺川の右岸(川越市側)が越水により破堤し、住宅や老人福祉施設など広範囲が浸水しましたが、同じリスクは左岸側の川島町にもあります。
川島町役場には、荒川が氾濫した際の想定浸水深5.5mが表示され、建物の2階に及ぶ深さがあります。川島インターチェンジ周辺もほぼ同じような浸水が想定されているので、開発を進め資本の集積を進めると被害はより大きくなってしまいます。
浸水想定深を越える高さで建物を築造できれば話は別ですが、5mを越える高さまで盛土をしたり高床構造にするのは現実的ではありません。
農地を転じて都市的な土地利用を行うためには、それなりの備えと覚悟が必要なようです。
[ 越辺川の堤防(2025年):お墓の後が堤防 ]
2025年はコメの価格が高騰し政府は備蓄米を放出する羽目になりました。
コメ不足の原因は流通の滞りと言われていましたが、インバウンドによる消費増もあり生産量がそもそも少なかったとも言われています。 長期的には地球温暖化の影響による夏の高温化のため農作物の不良・不作が懸念されています。
全世界の人口が増大し異常気象が多発する状況では、いつ食料の奪い合いが起こらないとも限りません。
経済競争力が低下している日本は、食糧調達でも先行きは暗いものがあります。
せめてコメだけでも国内で自給できるように農地・農家を守る政策を進めていただきたいものです。
[ 2025(R7)年の稲穂 ]
<参考資料>