深夜の十二時を回ると、世界が変る。

全ての時計が止まる、誰も入り込むことの出来ない秘密の時間。

その秘密の時間の中で、私達のリリアン女学園は変貌する。

時間と空間をねじまげる『シャドウ』、その巣穴・『タルタロス』

私達の戦場、運命の決戦場。

いつもの校門が聖さまの手でゆっくりと開けられる。

その向こうに聳え立つ異形の塔に、私達は一歩づつ近づいていった。

巨大な月を背負った、邪悪の塔。

玄関の巨大な扉が開かれ、私達は中に入る。

 

 

11月2日(木)

 

タルタロス、一階。

そこは広いロビーのようになっており、その中心には巨大な階段がそびえていた。

見回してみると、円形のロビーの隅には、よくわからない機械や、直立したドアや、柱時計なんかが置いてある。

「なんですか?あの機械?」

「ああ、あれ」

私の質問に、聖さまが機械に近づく。私達も続いた。

機械の構造は、緑色の円形の物体が地面に接しており、そこからアーチのように金色の金属棒が伸びているというものだった。

「これはたぶん、脱出装置だよ。タルタロス内でこれに似た機械を見つけたら、使えばここに戻ってくるから」

と聖さまの説明。

「タルタロスに来るのは、実は三度目なんだけど、このロビー以外は毎回構造が変わる。今回はちょっと、ロビーの様子も違うみたいだけど」

そう言って聖さまはドアを指差す。

「前は、あんなドアは無かった」

「へえ……不思議な話ですね」

興味を惹かれて私はドアに近づいた。

ドアの後ろには何もない。つまり普通なら、このドアを開けても行ける場所はない、筈だが?

私はドアを開けた。

瞬間、光に包まれるようにして場所が変わる。真っ青な色が視界へと飛び込んでくる。そして歌、オペラのような女性の声、流麗なピアノの調べ、そして響く男の声。

「ようこそ、ベルベットルームへ」

私は呆然とその青い部屋を見る。声をかけてきた男は異様に鼻の長い小男で、甲高い声で私に喋りかけた。

「実に久しぶりのお客人です。ここは夢と現実、精神と物質の狭間に存在する場所。きっとあなたのお役にたつことでしょう」

「なに、これ?」

私は思わず男の方へ一歩踏み出す。部屋には四人の人間が居た。歌を歌っている女、目に布を巻いたピアニスト、ニット帽にサングラスをかけた男、そして鼻の長い小男。

不意に、背後から由乃さんや聖さまの驚く声が聞こえた。

「なにここ!?」

「え!?なになに!?」

どやどやと、私の仲間達もここに入ってきたのだ。みな、突然の風景の変化に驚いているようだ。

小男はなにやら頷いて、うやうやしく一礼した。

「私はイゴール、人の心の奥底からペルソナを呼び出すマインドマンサー、わが主はあなたに……」

イゴールはそう言って私を指差す。

「協力するよう言っておりました。この部屋は他の方には無用の場所ですが、貴方にとっては意味がある」

「どういう意味?」

「シャドウと闘い、あなたが無数のペルソナカードを手に入れたら、再びここを訪れると良いでしょう」

不意に、ドアを閉じる音が聞こえた。

そして気付けば、私達が立っていたのはタルタロスのロビーだった。

振り向けば、背後にはちゃんと扉がある。

「なんだったんだろう……」

「もっかい入る?」

由乃さんがワクワクした目で言ってくる。

「やめとく、正直、なんか怖いし」

得体が知れなさ過ぎる。

志摩子さんなんか青ざめてるじゃないか。

しかし何だったのだろう。

敵意は全く感じなかった。むしろ自分があそこに入るのが自然であるように、場合によっては、自分の居場所であるようにさえ、あの青い部屋を思った。

しかし今は……タルタロスを探る方が先決に思えた。

イゴールという奴も言っていた。何かを手に入れてから来い、と。

それに従うべきだ。

イゴールの言う何かは、シャドウと戦えば手に入るに違いない、気がする。

何故だろう、私の知らない私が、全て知っている気がした。

「行こう」

皆を促がし、私達は階段を昇る。その上にはドアが見えた。私、聖さま、由乃さんが前へ出て、その後ろに志摩子さんが続く。

「志摩子は無理しなくていいから。戦闘向きじゃないんだし」

「すいません……お姉さま」

謝ることはない。志摩子さんの能力は、私の予想では最も重要な力だ。

私がドアに手をかける。

「開けます」

ドアが、開く。

その向こうに広がる風景。

舗装されたアスファルト、黄色い照明、そこは、そう、高速道路のトンネルの中だった。

「え?これは?」

振り返れば、ドアは消えている。

長く続く道、白い中央分離帯、全てをセピア色にする照明、間違いない。お父さんに車に乗せてもらった時に見た、よくあるトンネルの中だ。

「あー、今回はトンネルかー、前回はデパートだったよ。タルタロスの中は、ランダムで構造の変わる無作為の集合だから。それじゃ、とりあえず行こうか、慣れる必要があるし」

聖さまを先頭に、私達は歩き出す。自分の脳裏に地図が浮かび、それが埋められていくのを感じる。

「これは……」

「あ、ごめんなさい、私の力なの」

志摩子さんが説明するところによると、志摩子さんのペルソナが周囲の地形や状況を把握し、地図として私達の意識に送ってくれているらしい。オートマッピング機能、とでも言える力だ。

その脳内地図に、赤い点が産まれた。

「なにこれ?」

「それは……」

志摩子さんが指をさす。そこで地図ではない『現実』の方で赤い点の位置を見ると、そこには黒い塊が蠢いていた。

まだこちらには気付いていない。

「シャドウだ」

「そうみたいですね」

………

沈黙。

みな、なんとなく黙った。

奇妙な間。

聖さまが笑いだす。

「いや、あれと闘いに来たんでしょ?私達」

高速道路のトンネルのど真ん中に居る黒いそれ。なんとなく、どうしていいか分からない気分で見つめてしまった。

こっちから仕掛けるのが、初めてのせいかもしれない。

「じゃあ、お手本といくかな」

聖さまはじっとシャドウの動きを見ている。何かを見極めるように。

「シャドウは目があんまり良くない。いま、私達にはシャドウが見えてるのに、向こうに私達が見えてないみたいにね」

その黒い塊が背を向けるのを見た瞬間、聖さまが駆け出した。

「行くよ!」

走りながら取り出される召還機、こめかみに当てられ、シャドウに辿り着く寸前で引き金が引かれる。

「ペルソナ!」

聖さまから出現した瞬間、既にクー・フーリンはその槍をシャドウの背中に突き刺している。瞬間、差された闇の塊/シャドウが『展開』した。

闇が分裂して四つにわかれ、その闇の塊が見る間に形を持ち、怪物の集団へと変貌する。

蛸のような触手を持って怪物が二匹宙に浮いている、その頭部は一冊の書物が保管された円形の籠になっている。残りの二匹は赤い仮面を被った、黒い水溜りに手が生えたようなシャドウだった。

「さあ、初戦闘といこうか。志摩子、分析を。赤い仮面の方をお願い」

何故、書物の怪物ではなく……と聞く間もなかった。

聖さまのペルソナの放つ電撃が、四匹のシャドウを襲う。一瞬にして、書物の怪物が大きく体勢を崩し消滅する。

「あれは偽りの聖典ってシャドウらしい。前に来た時にも会ってる。電撃が弱点だから私からすれば楽勝」

後ろから攻撃をしかけたせいか、シャドウ達はまだ態勢を整えていない。

「聖さまばっかに活躍させませんって!」

由乃さんは今の聖さまの活躍を見てスイッチが入ったらしく、自分のこめかみに召還機をあてた。

「ファイアブレス!」

由乃さんのペルソナが黒い水溜りのような怪物に火炎を吐きかけた。次の瞬間。

燃え盛る炎に包まれたのは由乃さんのペルソナだった。悲鳴をあげる由乃さん。

「火炎反射のようだ。祐巳ちゃん!気をつけて!」

「こんなのあり!?熱い!熱い!」

由乃さんには可哀想だが、お陰で私は迂闊な攻撃をせずに済む。ペルソナが焼かれても、感覚を共有してるらしく、熱いものは熱いようだ。でも本人が焼かれるよりマシだよな。主に服が困る。

しかし・・・私は二匹の黒い水溜りを見て固まる。

打撃は大丈夫なのか、それとも駄目なのか。由乃さんの哀れに熱がる姿を見ると、おいそれと攻撃できない気分になった。私は召還機をこめかみにあてる。

「ディア!」

癒しの光が由乃さんの火傷を治していく。妥当な判断だろう。ここでようやく、志摩子さんから分析結果が出た。

「氷に弱いシャドウのようです」

アルカナ・恋愛 名前・裏切りのマーヤ 火・反 氷・弱 技能・プリンパ/ディア/リパトラ/混乱ブースタ

志摩子さんが脳裏に送ってくるデータ。いまいち意味の分からない部分もあるが。戦闘中なのでいちいち質問する気にもなれない。

「来るぞ!」

先制による混乱がおさまったらしいシャドウが、由乃さんめがけて手を翳した。敵によって執行された技能、志摩子さんがそれを、プリンパと呼ばれる技能だと私達に知らせる。

「なによ!ぜんぜんへっちゃら。あれ?」

由乃さんは言いながら意味もなくグルグル回っている。意味不明の行動。

「どうやら、こちらを混乱させる技能のようです。由乃さん!しっかりして!」

もはや由乃さんにこちらの声は届かないようで、滑るように接近していったシャドウの打撃が由乃さんを打ち据えた。よろめきながらも、踏みとどまって倒れない由乃さんはしかし、視線がぼんやりしている。

「早く片付けないとまずいな」

聖さまのペルソナの二度目の電撃、敵二体が瞬時に消滅して、戦闘は終了。倒したのは全部聖さま。由乃さんはいいようにやられただけ、という少しあれな結果の初戦闘だった。

怪我した由乃さんは、ぶうぶう文句を言いながら私のディアを受けた。

「くやしーーー!!なんか、私、いいようにやられただけじゃない!」

「まあまあ、相性が悪いこともあるって」

足でアスファルトをばしばし踏み付ける由乃さん。

聖さまがそれを見て微笑んでいる。

「最初は私も苦労したって。慣れよ慣れ。なんだかんだ言って、生き物?を殺す訳だし、最初は戸惑うよ」

生き物なんだろうか、あれは。

害虫駆除くらいのノリだ。私にとって。

「でも聖さま、敵の攻撃を食らうことは危険ですね。今思ったんですけど、あのプリンパとかいう技能にしたって、全員が食らってしまうと……つまり危険ですし、我々には弱点もあります」

死、という言葉をあえて避けた。ここは実際、かなり洒落にならない場所だ。

「弱点をついて、一方的に戦闘を終わらせられたらいいんだけど、氷とかつかえる人間いないしね」

私達が小休憩して、トンネルの中を歩いていくと、行き止まりにドアが見えた。

トンネルの果てはコンクリートの壁になっており、その灰色の壁に、ドアがぽつんとついている。

「私先頭ね」

と聖さまが軽い調子で言う。

その後ろには私、由乃さん、志摩子さんの順で並ぶ。

「ドアの向こうにシャドウの反応があります」

と志摩子さん。

また戦闘か、かすかな恐怖。

「今度こそ活躍する!」

と由乃さん。怖いのを隠しているのか、本当にそう思ってるのか判別がつかない。

聖さまがドアを開く。

するとそこはコンビニだった。

棚の中に商品こそないが、トンネルの奥のドアは、丁度コンビニの従業員用扉みたいなところに繋がっていて、私達はその店内に出た。

店内に居るシャドウがまっすぐこちらめがけて迫ってくる。

「クー・フーリン!」

槍の一閃、シャドウが『展開』する。

それは鎖で鉄球と繋がれた三匹の獅子となってコンビニに出現。棚と棚の間に三匹の獅子、従業員扉付近に固まる私達。

戦闘開始だ。

獅子の突進が聖さまを吹き飛ばした、吹き飛ばされながらも空中で引き金を引く聖さま、降り注ぐ電撃。衝撃で棚が倒れて獅子に覆い被さると、獅子の鉄球が棚を粉々に粉砕した。倒すにはまだダメージが足りない。

「志摩子!分析!」

「やってます!」

「ペルソナ!」

由乃さんが召還機の引き金を引く。そして炎は懲りたのか、斬撃の雨がコンビニに降り注ぐ、只でさえ粉々だった棚がさらに酷いことになっていく。金属製の棚は塵と化したが、まだ敵を倒すにはいたらない。私は召還機を握る。

「アギ」

オルフェウスの持つ火炎の技能、獅子が炎に包まれた瞬間。

感覚が加速した。

「弱点にヒット!」

という志摩子さんの声さえ、スローに聞こえる。

まるで、時間が止まったみたいだ。

体勢を崩した獅子を無視して、私は他の獅子に次々と炎を放つ。面白いように彼らは私の前で地に伏せた。全て、スローモーションだ。これが弱点を突くということ、感覚の、時間の加速。志摩子さんが叫ぶ。

「総攻撃チャンスです!」

断わる理由もない。一斉に行われる総攻撃、瞬時に獅子は闇に帰り消滅した。

そして私が勝利の喜びを感じた瞬間、脳裏にいくつかのカードが浮かんだ。

四枚のカードが浮かんでいる。はっきりとそれが見える。

「なにこれ……」

志摩子さんを見るが、私にその能力で干渉している様子はない。

金貨のカードや、草のカード、杯のカードなどがあり、その中でも気になったのは絵柄のあるカードだ。

カード達は私に選択されるのを待っている。それが私にはハッキリと分かった。理屈ではなく理解できる。

絵柄のカードは、なにか、三味線のようなものを持った、高貴そうな女の人のカードだ。

私は思わずそれを『選んだ』。意識の中での選択。

次の瞬間、自分の中に新たな何かが芽生えた気がした。私はそれを自由に使う事が出来る。確信がある、これは次の闘いで試す価値が、確実に存在する。

「祐巳さん?」

「ごめん、なんでもない」

周囲から見れば、私はぼうっとしていたように見えたようだ。

「むー、祐巳さんがとどめかー」

と言いつつも、斬撃でダメージを与えたので、由乃さんはそこそこ満足そうだ。時代劇好きだから、斬撃技能がすきなのかもしれない。

「みんな、まだ大丈夫だよね?疲れてないね?」

と聖さまの質問。みな口々に大丈夫と答える。

「それじゃ行こうか・・・」

聖さまが先頭をたって歩き、ふと遊び心を起こしたのか、レジの機械を、ちん、とかいう音と共にあけてみせ、そして固まった。

「あれ、これ……」

レジの中には千円の紙幣が三枚入っている。

タルタロス内に、お金?

「もらっちゃいましょうよ!」

と由乃さんは凄い速さで断言、「落し物を取るのはいけないわ」と少しずれた反論をする志摩子さん。

私は少し迷って

「どうします?」

と最年長者の聖さまに尋ねると、聖さまも迷っているらしく、少しの沈黙があった。

「とりあえず貰っていこう」

かなり迷った末、聖さまはそう言う。

「やった!明日、これでなんか食べましょう!」

由乃さんの喜び。

「お姉さま……」

志摩子さんの非難に満ちた目。

聖さまは弁解するように言う。

「違うんだ。志摩子、これは三千円だから、とりあえず貰う。そしてどんな影響があるか見ておくんだ。もしも今後、百万円とか見つけてみなよ。もしも影響がないなら……それは貰いたいものだし、もし影響があるなら、それは取ってはいけないものだ。一体どうしてタルタロスにお金があるのかわからないけど……今後、迷わないためにも貰っておこう。これで明日、誰かが三千円をなくしてたら……出来るなら返してあげよう」

何だか聖さまの歯切れが悪い。

私も、なんとなく分かる。

嫌な予感がするのだ。つまり、三千円を毎日タルタロスで見つければ、一ヶ月で十五万になる。だからこのような事が今後も起こる場合、お金、という具体的なものがメンバーを引き裂く可能性があった。

聖さまがやや後ろめたそうに三千円をポケットに入れ、私達はコンビニを出た。

コンビニの外は屋根のついたショッピングモールだ。

立ち並ぶ様々な店、大きな道、そしてうろうろしているシャドウ達。

「蹴散らすぞ!」

聖さまが駆け出す、私達も続く。

ショッピングモールのど真ん中に展開するシャドウ。さっきの赤い仮面の敵、裏切りのマーヤ。

確か、氷結が弱点だった。

「こいつか!厄介だな!」

「さっきの恨み!」

聖さまや由乃さんがひるむ中、私は静かに召還機を当てる。

出来る、私の、『二つ目』のペルソナ。

引き金を引いて、その名を呼ぶ。

「サラスヴァティ!!」

私の中からたち現れる『それ』

オルフェウスではない。カードの絵柄と同じ、楽器を持った女性の姿。

「な!?」

「どうして!?」

「祐巳さん!?」

皆の驚愕する気配が伝わってくる。そう、そうなんだ。

私は精神を持たない。

無数の仮面を使い分ける。

それはつまり、こういうことだった。

「マハブフ!」

敵全員に氷結による攻撃を行うサラスヴァティの技能、瞬時に敵が体勢を崩した。

「え、あ、総攻撃チャンスです!」

皆がうろたえている、その光景さえ、加速する感覚の中で止まって見えた。

総攻撃による一蹴、再びのカード、絵柄のあるものを選ぶ。三つ目のペルソナ。

そこからはとんとん拍子だった。

志摩子さんが弱点を分析し、私が弱点を攻撃できるペルソナを『選び』、敵全員の体勢を崩し総攻撃。

全てこのパターンだ。

そして倒せば倒すほど、私が使うことの出きるペルソナが増えていくのだった。

やがてモール内のペルソナが一蹴された時、私の手持ちペルソナは11人になっていた。

「ちょっと、祐巳さん、どうなってんのよ」

もはや完全に総攻撃要員と化している由乃さんが言う。

「一人だけそんなたくさんペルソナが使えるなんて、反則じゃないの?!」

「自分でも分からないけど、シャドウを倒すと、ペルソナが増えていくの」

イゴールが言っていた。ペルソナカードを集めれば、また来いと。

彼はこれを予見していた。

「凄いね、祐巳ちゃん。祐巳ちゃんがいれば、タルタロスの頂上まで行ける気がするよ」

聖さまに褒められる。悪い気はしない。

しかしイゴールは、何故、集めてから来いといったのだろう。

行ったら何があるのだろうか。

「まあ、祐巳さんがいれば楽勝じゃない。とにかくどんどん昇っちゃいましょうよ!」

SPの問題はあるものの、まだ余裕はある。昇れる。

私達はモールの奥に階段を見つけ、それを昇った。

とにかく昇ることを主眼に、病院内やら廃屋内やら企業窓口やら、無作為の連結を繰り返すタルタロス内部を登った。

私に分かったことは、私の持てるペルソナカードは一度に12枚で、それ以上入手するなら一枚消さなければならない。

シャドウを倒しながら、どれを残し、どれを消すのか迷いながらも、そしてたまに、絵柄以外のカードを選ぶ。

金貨のカードを選ぶと、消え去ったシャドウの跡にお金が残った。これは私をますます不安にさせた。あとあと、問題になる気がしてならない。

青い杯のカードは回復、緑の草はよくわからなかった。

やがて、階段を昇ると広間のようなところに出て、志摩子さんが叫んだ。

「中央に強い反応があります!今までのシャドウとは違います!」

私が複数のペルソナを使えるようになり、由乃さんの煽りもあり、少し勢いづきすぎている面があったので、私はちょっと冷静になるべく周囲を見回した。

すると、部屋の隅に緑の機械があるのが見える。

「これは……ロビーにあったやつと同じ」

触ってみる。するとそれは緑色の光を放ち、何階へ行くのかホログラムで表示して尋ねてきた。ここは14階で、表示には1階と14階しかない。

一階を選ぶと、全員の体が瞬時にしてロビーへ転送された。

「うわ、すごい」

由乃さんが感嘆の声をあげる。エレベーターなんかより余程便利だ。

少し気が遠くなる感覚はあるけれども。

再び一階の機械に触れると、やはりホログラムが表示される。

14階を選ぶ。

私達は瞬時に戻ってきた。

「「「「おおー」」」」

全員でなんとなく感嘆の叫び。

だって、凄いじゃんか、ねえ。

「これ、凄い便利だよね」

「この技術があったら、なんか凄い革命的なのにね」

「一家に一台欲しいかも」

「令さまの家と由乃さんの家を繋ぐの?」

なんだか、関係のない雑談をしてしまう。

みなひとしきり感想を述べてから、頭を切り替えるように聖さまが言った。

「さて、とりあえず行こうか、その『強い反応』とやらに」

「気をつけてください」

心配そうな志摩子さん。

「だいじょうぶだって!祐巳さんがいるんだし!」

自信満々に他力本願な由乃さん。

私達が広い四角い部屋から、まっすぐな通路を通り、円形の巨大な部屋に出ると、その中心には鋼鉄で出来たような体の巨人と、黒い水溜りを巨大にしたようなシャドウが待ち構えていた。

まるでレスラーみたいな巨人、いつも出てくる水溜りみたいな奴の大型版。二体のシャドウ。

彼らが襲い掛かってくる。

私達全員が一斉に召還機を構え、引き金を引いた。

「「「「ペルソナ!!」」」」

戦闘開始。

まっさきに突撃してくる仮面を被った不定形のシャドウ、由乃さんがそれに放つ斬撃。上がる悲鳴。切り裂かれた由乃さんのペルソナ=斬撃反射。走ってくる鋼鉄の巨人、立ちふさがる聖さまが放つ電撃、だが敵は二体ともそれをものともせず=電撃吸収・無効、シャドウのラリアットが聖さまを吹き飛ばした。

「くっ!」

どのペルソナを使うべきか、まだ分からない。

ためらっている間に、シャドウ達が聖さまと由乃さんを襲う。迂闊に反撃できずに、2人は防戦一方だ。

巨人に強く殴られた聖さまが体勢を崩した。巨人が加速する。

分析は、まだ終わらないのか。

「志摩子さん!」

「分析、終了しました!」

黒い水溜りに手が二本ついたようなシャドウのデータが、『アルカナ・剛毅 名前・本性のマーヤ 斬・反 打・反 火・弱 電・吸 技能・突撃/二連撃/スラッシュ/火炎見切り』として表示される。

一方、鋼鉄の巨人の方は『アルカナ・剛毅 不滅のギガス 火・反 雷・無 風・弱 技能・疾風斬/デッドエンド/疾風見切り 』として表示された。

弱点が分かれば、勝ったも同然だ。

「サティ!!」

私から出現する、仮面を被った女性のペルソナ。それが手を振りかざすと、巨大な火柱が上がる。オルフェウスが使うアギよりも遥かに強力な火炎の力・アギラオの技能だ。しかし。

「回避した!?」

滑るように本性のマーヤが動いて火柱を回避した。出現位置を予測したかのように。

志摩子さんが叫ぶ。

「敵の特殊技能です!敵は、火炎属性による攻撃を……きゃっ!」

後ろに控えていた志摩子さんに巨人が一撃を加え、志摩子さんが吹き飛ばされた。私は夢中で召還機を握る。

「パワー!!」

私の中から羽の生えた天使が現れる。鎧を着て武装した天使、彼が手を翳した瞬間、激しい風が周囲に巻き起こる。疾風による攻撃を広範囲に行う、マハガルの技能、しかし風が弱点であるはずの巨人・不滅のギガスはそれを回避し、本性のマーヤだけがその風に切り裂かれる。

「祐巳さん!敵は、火炎や疾風を回避するための技能を持っているわ!」

苦しげに志摩子さんが言う。やはり戦闘に向いていないのだ。強力な攻撃をくらってふらついている。

言われて私はさっき志摩子さんが分析した敵のデータにある、火炎見切りや疾風見切りという文字の存在に気付く。そういうことか。

弱点を狙えば回避され、聖さま得意の電撃は効かず、由乃さんの斬撃は反射される。

危険な状況。

迫ってくる巨人の一撃、回避、疾風のような一撃が床を抉る、さらには本性のマーヤまでが私めがけて腕を振るう、回避、したと思ったところへ更なる一撃、見事な二連撃に私はたたらを踏んだ。

「祐巳ちゃん!」

不滅のギガスの腕が生み出す強力な斬撃、直撃を受けた私の体から血が噴き出した。踊るように私は下がり距離を取る。恐怖を殺せ、血の流れぬ闘いがあるものか。

血みどろの制服をまとった私に迫る、本性のマーヤの二連撃をステップを踏んでかわし、私は召還機を自分のこめかみめがけて連射した。

「サティ!」

相手に回避能力があるというなら、当たるまで撃つ。部屋中に火柱が上がり、それを避けきれなかった本性のマーヤが炎に包まれ体勢を崩す。すぐさまパワーを呼び出し風で巨人を攻撃、しかしそれを巨人は回避し、悪いことに風の攻撃を受けた本性のマーヤが体勢を立て直した。敵にダメージはあるものの、まだまだ健在。どうする?

「このおっ!」

由乃さんが本性のマーヤにめがけてファイアブレス、当然敵は回避、二匹は由乃さんを標的に。

聖さまと私が駆けつけるより早く、敵の集中攻撃が由乃さんを倒れさせた。出現していた由乃さんのペルソナが消え去る。ばっ、と飛び散る赤い血液。

「由乃さん!」

聖さまが風のように動いて由乃さんを抱え、敵二体の攻撃を潜り抜けながら言う。

「大丈夫、気絶してるだけだ!」

しかし駄目だ。

このままでは、死ぬ。

どうする・・・いや。

「聖さま!志摩子さん!こっちへ!」

私は円形のスペースから、直線の廊下へ逃げるよう皆を誘導する。火炎と疾風を乱発し、相手に回避行動を取らせて時間を稼ぐ。

「逃げましょう!あの機械まで辿り着けば!」

「了解!」

みなで一目散に逃げる。細い廊下は一旦逃げ込めば、巨体のシャドウを一列に並ばせ、動きにくくさせるだろう。

火炎や疾風を乱発、相手の反射的な回避行動。それがこちらの行動を自由にする、由乃さんを抱えた聖さまが、そして志摩子さんが私の脇を通り抜け、殿として私は攻撃を連発しながら直線の廊下を走り出した。

それでも諦めない敵がこっちへめがけて走ってくる。

「聖さま!来ます!」

「分かってる!」

四角い、機械のある部屋に飛び込んだ聖さまは、大急ぎで機械を作動させる。階数表示ももどかしく、聖さまはそれを操作した。

「祐巳ちゃん!早く!」

志摩子さんも聖さまも、もう機械の上に乗っている。背後から迫り来る足音。私は飛び込むように機械へ乗った。そして二体の怪物が振り上げる豪腕の音と共に……全てがフェードアウトした。

 

       ………

 

私達はロビーで由乃さんが目覚めるのを待っている。

嫌な気持ちになる。

もしも目覚めなかったら、とか、そういう想像が、私達を不安にさせた。

「参ったね、しかし」

敵の持つ見切りの技能。弱点を補う手段……。

決して当たらない訳ではないが、回避されれば、こちらはSPを消費し、隙がうまれ、相手は自由に行動できる。

敵は弱点に対応する回避技能を持っていた。それなら……。

「あれ、私……」

由乃さんが目を覚まし、私達は一様に安堵する。

良かった、本当に良かった。

「心配したよ、由乃さん」

「いたた……こんな痛いの久しぶり。手術以来」

そう言って笑顔を見せる由乃さん。

聖さまは思案気になっている。

「やっぱり、まだ無茶だったかな、タルタロス」

「そんなことありません!」

由乃さんが噛み付くように言った。

「私のせいで探索を辞めるなんて、絶対駄目!そりゃ、ちょっと危なかったけど、危なくない探索なんてないじゃないですか!」

聖さまは由乃さんの剣幕に困った顔をしている。

「でもたぶん、あの敵を倒さないと先には……どうしたの?祐巳ちゃん?」

「いえ……少し」

カードは集めた。

私には分かる、今ならあの場所の本当の利用法が可能な筈だ。

私は、無言でベルベットルームのドアを開ける。

視界に広がる青。

響き渡る歌。

そして聞こえるイゴールの声。

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

To be continued

 

 

あとがき

 

 

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