「祐巳、時計を回してちょうだい」

と祥子さまはセカセカと言い、私は時計を回し始める。

今が12時20分だから、まわす時間も加味して、私は針をぐるりと回して12時21分にした。

「ありがとう、祐巳」

「いえいえ、妹ですから」

言ってから、えへへ、と笑う。今日も完璧なえへへだ。ちょっと間違うとすぐにでへへとか、いひひとかになるから気をつけないといけない、妹も大変なんだ。

「今日はお昼は黄薔薇も白薔薇も来ないみたいね」

「それならちょっとだけめそめそしときましょうか」

「そうね、たまにはね」

そういう風に決まったのでお昼は2人でめそめそしていた。

楽しかった。

 

『姉妹のこと』

 

「それでね、令ちゃんったら粉ふき芋をふかしすぎちゃって、大変だったのよ」

と薔薇の館に行く途中で、由乃さんはプリプリしながら言った。

彼女の言うところによると、令さまと由乃さんはよく2人で…といっても主に令さまがするのだが、姉妹料理をするそうなのだ。

ところが令さまと由乃さんはいつものように些細な喧嘩をして、そのせいで粉ふき芋は際限なく粉を噴出し、家は粉だらけになってしまったんだそうな。

「それでね、お父さんとお母さんは見るなり粉をぺろって舐めて、なんて言ったと思う?」

私は考えるけど、黄薔薇の姉妹と紅薔薇の姉妹は違うなあ、ということばかりに頭がいって、上手く考えられない。

「わかんない」

「じゃあ教えてあげる。お父さんは舐めてからこう言ったの、…甘い、って」

それからお父さんとお母さんは粉を全部舐め取ってしまったそうな。

私は、祥子さまと私で姉妹料理して、家がチョコレートだらけになる様を想像した。

由乃さんの家はそのせいで、今でもところどころ甘いんだそうな。

由乃さんのうなじからも甘い匂いがした。

 

ビスケット扉を開くと白薔薇姉妹が既に来ていて、エゾシカを見ていた。

私は以前に、エゾシカと眼を合わせてはいけないとお姉さまに言われていたので眼を逸らす。

それなのにエゾシカは私に近づいてきて会釈した。

「お目にかかれたらこのたび気にいられます」

「いえ、結構です」

と私は苦し紛れに言うのだけど、エゾシカはふんふんと鼻息を荒くしながら前足をパカパカ踏み鳴らした。

「かられましたらお気になさるが重畳」

「由乃さん、なんとかして」

しょうがないなあ、とため息をつきながら由乃さんはエゾシカの背中をなでて、それからえいっと尻を叩いた。

エゾシカは「稀なことです、稀なことです」と言いながら駆け去ってしまった。少しだけ惜しいことをしたと思った。

「私の座敷に生えてきたエゾシカだったの、祐巳さん、迷惑かけてごめんなさいね」

「いいけど、びっくりしたよ」

「どうしても来るって聞かなくて、でも、もう戻ってこないでしょうね」

そう言った志摩子さんは少し寂しそうで、乃梨子ちゃんも寂しそうな顔をしていた。

2人は、こういうときに見るとよく似ている。

 

 

瞳子ちゃんは私と口を聞いてくれない。

なんだかそれは寂しくて、寂しいから余計に瞳子ちゃんのことを考えて、さらにさびしくなる。

校舎の角を曲がる縦ロールを見て、あっ、と思って追いかけていくと、私がその角を曲がる頃には、縦ロールは次の角を曲がっている。

私はだから更に慌てて追いかけるんだけど、曲がり角に消える縦ロールを見るばかりで埒が明かない。

気付いたら四回曲がって最初の角に戻っていた。瞳子ちゃんの姿はない。

寂しい気持ちになった私に、遠くでエゾシカがひんひん鳴くのが聞こえた。

哀しい声だった。

 

 

「祐巳、時計を回してちょうだい」

翌日の薔薇の館で、祥子さまは毅然と言った。

私は時計を回しはじめて、あ、と呟く。

間違った、と思った時には遅かった。

私は思わず時計を一回転半させていた。12時40分だったのに、これでは6時27分だ。

「もう、なにしてるの祐巳、駄目じゃない」

私はしょんぼりとうなだれた。

「ごめんなさい、お姉さま」

「やってしまったことはしょうがないわ、こんなに遅くなってしまったんですもの、帰りましょう」

お姉さまは私と手を繋いで薔薇の館から出た、外はまだ全然明るかった。

私はもう二年生なのに、お姉さまもじきに卒業してしまうのに、外の明るさは私を余計にしょんぼりさせた。

「もう、祐巳、いつまで気にしているの。一年生の頃にもあったでしょう、これぐらい」

そうだ、確かにあった。

そしてその時お姉さまは持っていた鰯で私の両肩をぺちぺち叩いてくれたのだった。

私はそれが嬉しくて、いつまでも叩いて欲しく思った。

「お姉さまは叩いてくれました」

「今はもう、鰯はないわ。でも梅茶があるから飲みましょう」

2人で座れるところを探して梅茶を飲んだ。すっぱくて美味しかった。

「あなた、瞳子ちゃんのこと好きなのね」

「はい」

「妹にしたいのね」

「はい」

「それなら頑張りなさい」

そう言って微笑む祥子さまはかっこよかった。

大好きだった。

家に帰ったら晩御飯は鰯だった。

 

 

夜、部屋で寝転ぶと色んなことを思う。

思っていると煙が出てきて困る。ほっておくとどんどん煙が出て煙たくなるので窓を開けた。

窓からは夜のご近所さんが見えて、祐麒が瞳子ちゃんを連れてきたとき、あの時、このご近所さんはこんなにも暗くて、そこを瞳子ちゃんは歩いてここまで来たんだ、と思った。

気付いたら煙が出なくなっているので窓を閉めた。

妹にしたいのね。というお姉さまの声を思い出す。

私とお姉さまが姉妹になったのは凄い偶然で、そしていま、私は瞳子ちゃんを妹にしたい。

それって、凄い。何だか凄い。

いてもたってもいられなくて、もう一度窓を開けると、夜のご近所さんが私に言う。

「あの子、きっとあなたの妹になりませう」

夜のご近所さんはそれだけ言うとすっと黙って、普通の町並みのふりに戻った。

瞳子ちゃん、私の妹になるんだ。

やっぱり、なるんだ。

瞳子ちゃんは時計を回すのやってくれるかな。

一緒にめそめそしてくれるかな。

梅茶は好きかな。

 

そんな細々とした姉妹のことを想って、私はふと、姉妹って不思議なものだな、と思った。

 

                                                     了

 

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