「私ね、祐巳ちゃんみたいになりたかったよ」
卒業の時、教室で。
忘れえぬ日々。
いつからだろう、私にとって祐巳ちゃんがかけがえのない存在になったのは。
(佐藤聖がずるいのだって、全部許しちゃいますよ)
花のような笑顔。
(相変わらず、脆くて可愛い人ですね)
口付け。
(私は、聖さまを守りたいんです)
(聖さまが苦しむの、私は見てられません。あの雨の日でも、聖さまは私を守ってくれました。今は、私が貴方を守りたい)
抱きついてくる、柔らかい体。
(いいんです。無理しないでも、聖さまが景さんを愛しているのなら。それは、仕方ないことです。でも私は……)
切なげな表情。
(忘れて下さい)
ああ、私が祐巳ちゃんを愛したのは、祐巳ちゃんが私を愛してくれたからなんだ。
祐巳ちゃんの愛が、どうしようもなく私を祐巳ちゃんに深入りさせ、そして、私は景よりも祐巳ちゃんを愛さざるを得なかった。
だから私は、祐巳ちゃんのために、どんな悪魔にでもなろう。
迫ってくるインドラジットの剣。
私の覚悟。
「ペルソナぁぁぁぁっ!!」
11月12日(日)
インドラジットの剣が宙を滑っていく。
弾かれたそれはくるくると回転して、部屋の壁に突き刺さった。
驚愕の表情。
膝をついた聖。
召還機さえ持たないその体から、それが立ち現れている。
インドラジットの神速の剣を弾き飛ばした、輝ける姿。
真っ赤な炎のような色をした、光輝を背負う太陽神。
聖は、自分の中に目覚めた新たな存在の名を呼んだ。
「アポロ……」
まるで変身ヒーローのような、鋭角のヒト型。
ギリシャの太陽神は、輝くばかりに美しい男神だと言われている。現れたペルソナは確かに美しいと言って差し支えないシャープなシルエットをしていた。
「こしゃくな!」
インドラジットの放つ電撃/回避、聖はまだアポロンの力が十全には分からないが、これが途方もない力を持つペルソナであるのは分かる。
「アギダイン!」
アポロの放つ火炎。
瞬時に床が溶けてインドラジットが階下へ落下した、コンクリートが気化する超高熱、聖の追撃/穴へ飛び込む、待ち受けていたインドラジットの剣戟をアポロが腕で受け止めた。
響き渡る金属音。
しかし聖の体に走る衝撃は小さい、想像以上の防御能力。
「ギガンフィスト!!」
アポロの拳の一撃、剣で受けようとするインドラジット/剣がへし折れる。
「なに!?」
剣をへし折った拳がそのままインドラジットに叩き込まれた。天魔は四十七階の壁を破壊しながら外まで吹き飛ぶ。聖は追った、恐ろしいほどの速度/新たなペルソナの力、吹き飛んでいくインドラジットに追いつき、その腕を掴むことさえ可能にした。
「馬鹿な、人間如きが」「祐巳ちゃんの敵なら、容赦はしない」
ギガンフィスト。
更なる一撃で、床を突き破ってインドラジットが落下していく。轟音が響き、三十二階さえ突き破り、水しぶきを上げて下層へ消えた。
「これが……新たな力?」
自分でも、恐ろしいほどの力。
しかしアポロは、その先があるという。
もしも、相手を掴むことが出来たら、神でも一撃で焼き殺す技能。
「人間があああああああっっ!」
迫ってくるインドラジット、聖は焦らず、ただ待った。瞬時に詰めれる距離まで、インドラジットが近づいてくるのを。
間合いを計る。
5,4,3、2,1
床を蹴る。
聖の姿が消えた。
「なっ!」
驚くインドラジットの背後に、既に聖は回っている。
アポロは、その哀れな神の頭を掴んだ。
「終わりだ」
ノヴァサイザー。
アポロ究極の技、太陽そのものの熱と神力で相手を焼き尽くす超技能。
核融合の超高温が周囲の空気さえ光に変え、同時にアポロの持つ魔力を叩き込み相手を完全に消滅させる。火炎に耐性さえなければ、メギドラオンさえ上回る威力を持つ。
インドラジットが耐えられる理由もなかった。
「む、むねん……」
マグネタイトの体を失い、インドラジットが消えた。
聖は、自分が確かに意志ある存在を殺したのを感じる。
だがもう後悔はしない。
道は開かれた。
聖は上層階へ向けて歩き出した。
結局、私は皆にひたすらディアラマをかけ、応急措置をして都庁を出た。
聖さまが驚くほど力を増し、その理由はよくわからなかったけど、もはや敵と戦うことに聖さまは一切ためらいがないようだった。
「くそ、油断した。こんな無様をさらす羽目になるとは」
浅井さんはなんだか悔しそうだ。背中が痛いらしい。
私は笛を吹き、蛸が来るのを待っている。
どこまでも続く水平線をぼうっと見る。皆、とりあえず蛸が来るまで、思い思いに休んでいる。
「桂さんは、どうやってここまで来たの?」
「ん、カオスの街で亀を助けてね。載せてもらってきたの。でも帰りは蛸に乗らせてもらうわ。あ、でも、勘違いしないでよ。人数多い方が安全だからってだけよ」
「何と勘違いしないでよ、なのかな?」
「え、それは、その……」
「私と一緒に帰りたい訳じゃないってこと?」
「そうそう!それと勘違いしないでってこと!」
「桂さんは、私と帰りたくないんだ……」
嘘泣き。面白いくらいに桂さんはうろたえて「そういう意味でもなくて、あの、それは」とか言って楽しかった。ひねくれるから突っ込まれるのだ。
「祐巳ちゃん、桂ちゃんと仲良いね」
と普通な調子で聖さまが言うのだが、なんとなく不機嫌に見えた。
もうどう考えても、仮面のやり方のせいであって、私は内心ひやひやした。
だから、「今回は世話になったな」と浅井さんが話しかけてくれたのは非常に助かった。
救いの神と言えよう。
「浅井さん、これからも協力してよ」
これは本心からの言葉だ。これほど心強い助っ人はいない。
「いやだね。今回はたまたま、利害が一致しただけだ。ロウもカオスもぶっ倒すって点でな。今後のことはわからない。私は、何も約束はしない主義だ」
「けち」
「そうだな、でも紅薔薇の蕾が、体を張るなら考えないでもない」
「何?できるかぎりのことはするよ?」
「そうだな、何をすればいいのかは、ベッドの中で教えてやる」
「何だと!?」
聖さまや桂さんもヒートアップして「何を言い出す!?」とか「そういう趣味が!?」とか混沌とした状況に……実に爆弾発言と言える。
「私は別に隠す気はないから言うが、男は嫌いだ。まあ、この見てくれに惹かれる男も女も居ないだろうがな」
みんな繊細で口にしない微妙な事をはっきり言ってしまった。
桂さんなんか実際私と一線を越えてしまっているので、実に難しい感じだ。でも桂さんはたぶん、女の子じゃなきゃ駄目、という訳ではないと思う。
聖さまも、栞さんとの事はあるけど、よくわからない。
なんか微妙な空気になってしまった。
「不細工で、レズなんて気持ち悪いか?良い子諸君」
とまた、逆撫でするような事を浅井さんは言うものだから……この性格はなんとかならないものか。
「別にそんな事ないさ。たとえ相手が女性でも、好きになることはあるよ」
とは聖さま。いばらの森を抜けてきた貫禄はさすがだ。
「白薔薇さま、噂はかねがね」
とだけ答える浅井さん。
「なんか、嫌な噂のなりかただなあ」
と聖さまは苦笑した。
これでこの話は打ち切り。だって、あんまり良くない方向になりそうだもの。聖さまが丸く治めてくれた感じがする。年上って頼りになるよ、ほんと。
丁度よく、蛸が海中から現れた。
「お、なんか行きより増えてんな」
「ごめん、乗せられる?」
「当たり前よ。あんたらみたいな若い女の子なんて、俺から見りゃ紙切れみたいに軽いもんよ」
という蛸のお言葉に甘えて、乗せてもらうことにした。
「あーあ、この混成パーティって、これで終わりなのかなあ。私達、もっと協力しあえないものかな?」
全員、蛸の上に乗る。
「さあな、利害は一致すれば、また一緒になるだろうよ」
浅井さんは寂しがる様子もない。
「うん……ボスが許してくれれば、きっとまた一緒になれるよ」
という桂さんは、割と寂しがっている。
聖さまは何も言わずに座っている。
「あ、そういえば」
一つ聞いてなかったことがあった。
「浅井さんは、どうやって都庁に来たの?」
「ズルワーンで飛んできた」
そういえば、ヴィシュヌ神戦で空中で静止してたのを確かに見た。
「あれ?じゃあ、なんで蛸に?」
「なんでもいいだろ」
と言う浅井さんの顔は、わずかに赤かった。
やれやれ、ひねくれ者たちは大変だ。
そんな風に私達を乗せて、蛸は海上を滑り出して行った。
カテドラルへ着くと、トラウマが蘇るのか蛸は速攻で帰って行った。
もうあまり海へ出る用事もなさそうなので、これでお別れかも、と思うと少し寂しい。
「良い蛸でしたね」
「変な言葉だけど、良い蛸だったよ」
と聖さまと言い合う。なんかおかしかった。
でも面白かったのはそこまでで、まず桂さんがスプーキーズに呼び出された。その顔はどこか青ざめている。
「え、ボス、それは……」
一瞬絶句し、その後、桂さんは「ごめん」と一言残して、止める間もなくカテドラル内へ走り去っていった。
何か、不穏な予感がした。
次に、当然といえば当然だが、浅井さんはタルタロスから帰還すると言い出した。もう間違いなくSP切れだと思うのだが、気付かない振りをするのが礼儀だろう。
「またね」
と私が言うと。
「さあね」
と浅井さんは答えた。やれやれ。
そんな風に、聖さまと2人きりになった私は、カテドラル内へ戻り、由乃さんや志摩子さんと合流しようと大広間へ向かったのだが、そこには誰もいなかった。
口論してた2人の声は、そこにはもうない。
中心部の大聖堂は足音が反響し、リリアンの全生徒が入れそうなくらい広いのに、伽藍としている。
右からの声はもう聞こえない。
左からの声はもう聞こえない。
そのまま前へ進む。
今まで閉ざされていた奥の扉。
カテドラル大聖堂中心部。
私は扉を開ける。
その瞬間。
何者かが聖さまを後方へ引き摺りこみ、私を前へ突き飛ばして扉を閉めた。振り返ろうとするのを、恐るべき殺気が留まらせた。背中でドアが閉まる。
「始めまして、と言ったところか」
常人ではない、異様な雰囲気。
「祐巳さん!聞こえる!?気をつけて!嵌められたわ!」
「志摩子さん!?」
通信から聞こえる悲鳴に近い声。
「スプーキーズは、私達SEESを皆殺しにするつもり……」
ぶつん。
ノイズが混じって、志摩子さんの声が聞こえなくなる。
目の前に立つ男。
白いカッターシャツ、肩から下がる二つのガンホルダー。
「お前は……」
「私がスプーキーズのリーダー……そうだな、フィネガン、とでも名乗っておこう」
サングラスをかけた、30代後半、いや、40代くらいの男。
「君達には、やはり死んでもらうことにした」
「何?」
「SEESのメンバーは、ロウやカオスの勢力についた」
志摩子さんや、由乃さんのことか?
「私は世界を水没させる訳にはいかないし、また、神も悪魔も私の敵だ。既に我々の世界に入り込んだ天使は排除したが、もともと我々の世界の住人である君達が奴らに協力するとなると、色々と面倒だ。矢張り、死んでもらうのが一番だろうな」
「ハニエルを殺したのは、貴方か」
「そう。そして、今ごろ君の仲間も死へと向かっているところだろう」
油断した。
大広間の扉が開いて、カオスの悪魔を引き連れてカテドラルへなだれ込んだ時、考えていたのはただ、ロウよりも早く一階を制圧することだけだった。だが頼りの悪魔が、あの男に瞬殺されて、話が変わった。
『立浪、後は任せた』とだけ言って男は消え、立浪の放つブフーラが私を打ちのめした。
氷結弱点である私は、見事に連続攻撃をうけ、ふらふらになって逃げている。
悪魔の軍勢を任され、強くなった気でいた。
でも違った。
私自身はまだ、全然強くなんてなってなかった。
やがて、辿り着く行き止まり。
振り返ると立っている立浪。
「あのさあ、黄薔薇の蕾、私って相性的に黄薔薇の蕾には滅茶苦茶強いんだって。分かる?私の攻撃は貴方の弱点で、貴方の攻撃は私の耐性ってこと。そういう風にボスが対戦カードを組んで、誘導してるわけ」
テンジクトクベエの秘剣乱舞/へカーテの回避。
「話最後まで聞こうよ。つまり、あなたは」
立浪が邪悪な笑みを浮かべた。虫の羽を千切る子供の笑顔。
「絶対私には勝てないって訳」
志摩子は、フィネガンの分析結果に驚いている場合ではなくなっていた。
ザンダインの衝撃で、天使が木っ端微塵に消し飛ぶ。
「桂さん……」
志摩子を守る天使はもういない。
いや、最初から、あの男が殆どの天使を瞬殺していた。
圧倒的な力。
桂は、後から来ただけだ。
「志摩子さん、あなたはいかなる弱点も持たない。だから正攻法で……私が潰すわ」
「敵になるというの」
「天使の世界なんて、冗談じゃないもの。水の底に世界を沈める気?」
「違うわ!神は」
ザンダインが志摩子の体を打ち据えた。吹き飛ばされて壁にたたきつけられる。肺から空気が搾り出されて息も出来ない。激痛が全身を支配する。
「能書きとか要らない。志摩子さんや由乃さんが死んでくれれば、SEESがロウやカオスに着く可能性は消える。ボスもそれで納得してくれるわ。つまり、祐巳さんだけは助かる。分かった?分かったら早く死んで?」
「ぐ、は……」
バエルが全ての手を志摩子に向け、衝撃波を放った。
「祐巳ちゃん!」
扉を閉めた江利子が笑っている。邪悪な、邪悪な笑み。
「そこをどけ江利子ぉぉぉぉっ!!」
召還機をこめかみに当てて引き金を引く/現れるアポロ、そしてアギダイン。
「あらあら、せっかちねえ」
そう言う江利子の頭上には恐るべき蝿の魔王が現れ、アポロの放った火炎を反射する/マカラカーンの技能、アポロが跳ね返された火炎を無効化した。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりもこういうつもりも、だって、うちのボスがSEESを皆殺しにするって言うんだもん。しょうがないじゃない?」
「祐巳ちゃんを殺すというのか!!」
地面を蹴る、江利子と激突/瞬時に拳を交わす、アポロが与えてくれる強大な力、しかし、江利子の力はそれを更に上回る。膝をついた私の胸に拳型の痣。
「うーん、聖も強くなったけど、まだまだ届かないわねえ」
「……これほどの力があるというのに、ボスとかいう奴の言いなりになって、祐巳ちゃんを見殺しにするのか」
「だあって、SEESを皆殺しだなんて」
江利子が笑う。
「とっても面白そうじゃない?」
殺す。
問答無用のアポロの火炎/マカラカーン、予想通りだ。火炎の中へと自ら突進する。炎に包まれた私の姿は、江利子から一瞬見えなくなる。不意打ちのチャンス。
「どうするの?魔法は効かない……」
「ギガンフィスト!!」
インドラジットの剣さえへし折ったアポロの拳、背徳を極めた蝿の王がそれを受ける。
「きゃっ、聖、やるじゃない。じゃあ私も」
江利子のこめかみを打ち抜く召還機。
「死蠅の葬列」
見たこともない凄まじい技能が、私を飲みこんだ。
「さて、君たちの仲間には、それぞれ相応しい者を送った。氷結弱点ならば氷結、暗黒弱点なら暗黒、弱点がないなら無いなりに、と言ったところだ」
無造作に喋っていて、全く隙がない。
こいつに呑まれているのか?私は?
「ところが君は、自在に属性を変え、ペルソナを付け替えるという。それならば、どのような存在が君に最適かというと……」
志摩子さんから男の分析結果が送られてくる。
氷結無効/電撃弱点。ためらわず私は召還機でこめかみを打ち抜いた。
「トート!!」
放たれるジオンガの技能/男が何かを飲みこむ。
「そんな!?まさか?!」
志摩子さんの声。
迸る稲光。
それは、あっという間に霧消した。
「この反応、人間……いや、悪魔?どういうこと?この人は、人間じゃ、ない。でも、悪魔にしては……」
分析結果が、電撃無効/氷結弱点に変化している。
馬鹿な。
こいつはペルソナさえ、呼びだしていなかった。
「さて、そろそろ、本気で相手をさせてもらおう」
男の肌に紋様が浮かび上がり、それがカッターシャツの下からでも見えるくらい発光している。薄い緑色の光。
フィネガンは、手に持った小さな物体を口から飲みこんだ。
それは、日本の神話にも出てくる、ある物体にそっくりで……
「……マガタマ」
To be continued