大聖堂に、遠くからの争いの音が響いてくる。その微かな床の振動を足に感じながら、祐巳はヒノカグツチを構えた。

目の前に立ちふさがるのは共に苦楽を乗り越えてきた親友と、その妹……。

乃梨子ちゃんは迷いのない目で剣を構え、空いた手に召還機を握っている。その背後に控える神の選んだ偽りの救世主は、強力な魔力の渦を練り上げ、必殺の魔法を放とうと構えていた。

道は分かたれ、もう戻れない。

乃梨子と祐巳は、同時に叫んだ。

「「ペルソナ!!」」

乃梨子と祐巳の内なる神と悪魔が呼び出され、ここに互いの命を賭けた死の舞踏が始まる。

 

 ………

 

乃梨子と祐巳の剣がぶつかり合い火花を散らし、まるで二人は踊るように大聖堂で切り結び、剣戟の音が大聖堂をこだまする。

乃梨子の気合と覚悟が剣に込められ、その生命、自身の存在そのものを賭けた一撃一撃が火花に変わる。剣の威力において遥かに上回る筈の祐巳の一撃を、乃梨子は歯をくいしばって耐えしのぎ、志摩子の詠唱の時間を稼ぎ出す。

「祐巳さん・・・・!私と乃梨子のために退いて!」

志摩子の叫びと共に放たれたメギドラオンの閃光が祐巳を吹き飛ばし、大聖堂の壁に祐巳はたたき付けられた。回避もできず焼かれる体に激痛が走り、そこへ乃梨子が必殺の意思を持って剣を繰り出す。

一撃必殺、木っ端微塵切り。

切り裂かれた祐巳の返り血が乃梨子を赤く染め、しかし乃梨子はためらうことなく弐の太刀を繰り出す。

人殺しの罪を志摩子ではなく、己が被るために。

だが乃梨子の一瞬の躊躇を突くように、祐巳が噴出す血も省みず凄まじい速度で動いた。乃梨子の繰り出した剣を弾くと、すぐさま横一閃に乃梨子を切り裂き、血を流し怯む乃梨子に、祐巳の必殺剣が襲い掛かる。空間を埋める無数の斬撃、秘技・秘剣乱舞が乃梨子を切り裂く。

「うううううっっ!」

「乃梨子っ!」

血に制服を赤く染めた祐巳は血のりを払うように剣を一閃し、冷酷なほど落ち着いた様子で再び剣を構えた。血みどろの乃梨子もまた、何事もなかったように剣を構えなおし、飢えた獣のような目で祐巳を睨みあげている。

「やりますね、祐巳さま」

「まあ、先輩だからね。一方的にやられる訳にはいかないよ」

「大丈夫なの!?乃梨子!」

「大丈夫だよ!任せて志摩子さん。志摩子さんは、祐巳さまを倒す魔法に集中すればいいから」

祐巳が召還機の引き金を引いた。たち現われるザ・ヒーロー。

スクカジャ、第二段階。

「できるかな、乃梨子ちゃんに、私はまだまだ、早くなるよ」

「させない!」

志摩子が強化魔法を打ち消す魔術、デカジャを唱え、祐巳の速度上昇を止める。それが合図になったように二人が前へ飛び出し、互いに剣を繰り出した。

ザ・ヒーローが宿る祐巳の剣技は、悪魔が跋扈する世界を生き抜いた魔人の剣技だ、あらゆる角度のあらゆる斬撃を弾き返し、突き返し、変幻自在に切りかかる。右から切りかかるかと思えば左、左から切りかかるかと思えば右、その神や悪魔さえ葬る魔人の剣に、乃梨子が遅れを取った。

「しまった!」

隙を逃さずヒノカグツチが袈裟切りに乃梨子を切り裂き、流れる血が大聖堂を赤く染める。

祐巳は躊躇わず、カオスの王さえ切り裂いた必殺の絶技、一閃四撃・刹那五月雨撃で乃梨子に切りかかった。

死の訪れる刹那。

祐巳は乃梨子の目を見る。

一瞬の交錯。

(さよなら、乃梨子ちゃん)

振り下ろされた剣に、血の花が咲いた。

「志摩子さん!!」

乃梨子をかばった志摩子が、バッサリと切られて白い法衣を赤く染めている。

「乃梨子は、殺させない……!」

志摩子の体が、ふわりと宙へ浮き上がり、同時にメギドラオンの閃光が祐巳を襲った。転がりながら回避する祐巳に、更に強大な魔術が襲いかかる。

「ペルソナ!!」

志摩子から浮かび上がるロウヒーローの姿が、ペルソナの使える究極の魔術、明けの明星の閃光を放った。

巻き起こる球状の爆発が祐巳を包み、大聖堂を白く染め上げる。

吹き飛ばされた祐巳が大聖堂に倒れ伏した。

だが祐巳にはそのとき、志摩子の心の声が聞こえ始めていた。

「はっ、世界が怖くて、孤独が怖くて、神を裏切るのが怖くて、怖いものが多くて大変だね志摩子さん」

「祐巳さん、貴方には分からない。孤独を知らない貴方には・・・・!」

生まれたとき、既に両親はいなかった。

リリアンに入学したとき、いつでもこの場所を去れるようにと思っていた。

実家が寺だから、という理由。

だかそれは表面上の理由に過ぎない。

本質的に自分はこの世界と関係がない、そんな気が、ずっとしていた。

いつか去らねばならない仮初の場所がこの世界で、本当の自分の居場所は天国にあるのだと思っていた。

両親は、天国で待っている。

でもお姉さまが、祐巳さんが、山百合会のみんなが、そして乃梨子が私を変えてしまった。

私はこの世界と関係がないんじゃない、上手くこの世界と関われない、ただのさびしい女の子に過ぎなかったんだ。

「志摩子さん、私は孤独を知らない訳じゃない」

「いいえ、あなたは、私とは違う・・・!」

祐巳さん、貴方は、いつだって他人を引き寄せて、愛されて、孤独と無関係にそこにいる。

「志摩子さんは、孤独なんかじゃないよ!」

不意に、まるで心を読むような目をして祐巳が叫び、傷だらけの体で立ち上がった。

「最初から志摩子さんは孤独なんかじゃなかった。志摩子さんのお爺さんもお兄さんも、みんなみんな、ただ志摩子さんを愛していた」

「祐巳さん、貴方には分からない。祐巳さんの周囲には、放っておいても皆が集るわ。貴方の人徳に惹かれて……お姉さまも、祥子さまも、蓉子さまも、由乃さんも、私だって……でも私には信仰しかなかった!祐巳さん、貴方には分からない・・・!」

再び放たれる明けの明星の爆発をかいくぐり、祐巳が叫ぶ。

「志摩子さん、そんなの嘘だよ!貴方には、乃梨子ちゃんがいるじゃない!」

「そう、乃梨子が、乃梨子だけが、私の傍にいてくれる、私には、乃梨子しかいない・・・・!」

「志摩子さん、貴方の戦う理由はもう、信仰じゃない。いや、貴方に最初から、信仰なんてなかった!」

「志摩子さんを侮辱するのは、許さない!」

切りかかってくる乃梨子の剣技をかるく弾き、祐巳は大聖堂を縦横無尽に駆け巡る。

「乃梨子ちゃん、由乃さんや天使との戦いで傷ついた貴方じゃ、私に勝てないよ」

「それは、祐巳さまだって・・・え!?」

乃梨子は驚愕に目を見張る、切った筈の祐巳の傷がふさがっている。それは仙人や神の飲み物であるソーマの起こした奇跡だった。

「乃梨子ちゃんの剣は、人を殺すには綺麗すぎるよ」

追いすがる乃梨子を一蹴すると、祐巳は志摩子に切りかかる、志摩子は法衣の裾から破魔の霊扇を取り出すと、剣の一撃を受け止めた。

つばぜり合いをする二人の視線が交錯する。

「志摩子さん、貴方は卑怯だ。何一つ、手離す事が出来ない。信仰も、仲間も、乃梨子ちゃんも」

祐巳は志摩子の心に触れる。

志摩子は信仰者として、神を裏切る事が出来ない。

だが肉親や親友を殺したくない。

そして乃梨子を手放す事も出来ないのだ。

だから無意識のうちに泣き落としのように乃梨子を自分の側に引き込んだ。

「そうよ、私は弱くて、卑怯よ、だから、だから」

志摩子の言葉は、奇妙なほど大聖堂に響き渡った。

 

「私には乃梨子が必要なの……!」

 

祐巳は邪悪な笑みを浮かべ肯定する。

「そうだ、私の勝ちだ、志摩子さん。あなたはこのギリギリの場所で、ついに本当に必要なものを神ではなく乃梨子ちゃんだと認めた。この場所に乃梨子ちゃんを連れてきた事で、私の勝ちが決定したのだ」

志摩子が言葉を発するより早く、祐巳の剣が志摩子を切り裂いた。遠くでメギドアークの魔力の充填を意味する大きな振動が生まれ大聖堂を包む。

時間がない。

「志摩子さん、貴方の真の望みを私が叶えよう」

鮮血に染まる大聖堂で、祐巳は躊躇わず剣を構えた。

「神を裏切れない貴方は私達の側に回る事が出来ない。肉親や親友を殺せないあなたは神の僕に徹しきれない。ならどうする、志摩子さんの真の望みはただ一つだ」

私に倒されること。

それだけが全ての矛盾を解決する方法だ。

そうすれば志摩子は神を裏切らず、一方で祐巳は親友や肉親を救うだろう。

志摩子にとって全てが丸く解決する方法は、もう己が死ぬことしかなかったのだ。

「志摩子さん、乃梨子ちゃんを解放してあげて、あなたが死ねば、乃梨子ちゃんがロウの側につく理由はない」

祐巳は自分が志摩子の心の内奥まで見抜いているのを確信している。これが虚無である自分の能力の結果だと。

乃梨子ちゃんも、世界が滅ぶのを望んではいない。ロウにつくことは、菫子さんの死を意味し、彼女はそれを望むには綺麗すぎる。

だが、志摩子さんを殺す事で、全ての矛盾は解決する……!

「祐巳さん……」

魔術の力で祐巳を遥かに上回る筈の志摩子の動きが鈍った。全力で抵抗すれば祐巳をも倒しきれるかも知れない力、しかし、それを志摩子が出し切るには、彼女は弱く、優しすぎた。

「乃梨子、あなたは私を気にせず自由に生きて、私は」

その言葉を口にした瞬間、不意にエンジェルリングが強く輝き、神を裏切るものへの制裁のように暴走しはじめた。制裁の神の炎が大聖堂を焼き尽くし、祐巳を吹き飛ばす。

大聖堂に飾られた貼り付けの男にたたきつけられた祐巳は、その茨の冠を頂いた男の代わりのように十字架に貼り付けになった。

遠く唸るメギドアークの音。

崩壊しはじめる志摩子の肉体。

志摩子は不意に吹き出すように、いつもの遠く微かな声で言った。

「これが神の思し召しなのね。私は神に選ばれず、ここで生贄として死ぬ……」

「生贄として志摩子さんは死なない。私が志摩子さんを殺す、ここで、人間として」

祐巳は裏拳の一撃で十字架に掲げられた男の像を粉々にすると志摩子へと駆け出した。暴走するエンジェルリングの光を、壁や天井まで床のように利用して回避し駆け抜け、志摩子に迫る。

「最後の最後で、あなたは信仰よりも、乃梨子ちゃんへの愛と、人々への愛を選んだ。だから……ここで死ぬ!」

その結果、貴方は神を裏切らず、乃梨子ちゃんを手放さず、家族も死なせず。そ して希望を私に託して死ぬのだ。

エンジェルリングの容赦ない神の炎が祐巳を焼くが、祐巳はなりふり構わず壁を蹴り跳躍した。大聖堂中央に浮遊する志摩子さんめがけて、剣を大上段に構えて振り下ろす!

志摩子はその命が奪われる極限の時に、微笑んで見せた。

「祐巳さん……ありがとう」

祐巳は勝利を確信していた。自分はこの場に居る全ての人間の心を把握している。

志摩子さんは世界の破滅を望まず、乃梨子ちゃんもまた、世界の消滅を望んでいない。

勝った。

そう思った瞬間だった。

 

祐巳の剣が、乃梨子を切り裂いていたのは。

 

全てがスローモーションのように遅くなり、流れる血しぶきが小さな玉のようになっているのまでもが、はっきりと見えた。

「馬鹿な……」

斬られた乃梨子は、殆ど満足そうなほどの、笑顔を浮かべていた。

「乃梨子……!」

「志摩子さんを、一人では、逝かせられないよ……」

どさり、と乃梨子が床に落ち、同時に志摩子もまた、大聖堂の床にへたり込んでいる。

祐巳は自分の過信と傲慢を知り、目の前が真っ暗になるような衝撃の中、震える手でなんとか剣を構えていた。

「乃梨子!」

「志摩子さんは寂しがりやだから、一人じゃ、駄目、だよ……」

祐巳はそこで、志摩子の真の願いを知ることになったのだ。

『乃梨子と』ここで死ぬこと。

その馬鹿げたほど身勝手で幼稚な、心中願望のようなものこそ、志摩子の本当の願いだったのだ。

虚無の心を持つ祐巳でさえ気づかなかった本心を、乃梨子はその妹としての直感で分かっていたのだ。

『乃梨子、あなたは私を気にせず自由に生きて』

あれは、嘘だったのだ。

自分は人間の心を、把握などしていなかった……!

そして乃梨子ちゃんはその余りにも身勝手な願いを、志摩子さんが口にすることさえ憚ったその願いを、自ずと察して自ら凶刃の前に飛び出した……。

「乃梨子ちゃん……あなたは、志摩子さんのためなら、全く無意味に、死んでもいいとさえ……」

志摩子さんが神を裏切れないなら神の側につき。

家族や世界まで裏切り。

遂に、命さえ志摩子さんに捧げてしまった。

「なんて、なんて愚かな……」

だが愚かだからこそ、もう祐巳は二人の間に入る事は出来なかった。

志摩子さんの肉体の崩壊は始まっている。もう祐巳が手を下す必要さえも、ない。

祐巳は何も言わず、エンジェルリングの暴走で崩壊しはじめる大聖堂をあとにする。

そこに残されたのは、誰よりも愛し合う二人の姉妹だけだった。

「なんで、なんでこんな馬鹿なことを、乃梨子……」

えへへ、と甘えるように乃梨子は微笑み、志摩子の膝枕の上でその頬に手を伸ばした。

「だって私、志摩子さんの妹だもん、いつだって……志摩子さんの……傍に……」

出血で乃梨子の意識が遠のいていく。驚くほど穏やかなその微笑は、志摩子にもう戻れないあの学園を思い出させた。

「乃梨子……ごめんなさい、乃梨子、私のせいで……」

「ううん、いいんだよ、志摩子さん……私は、幸せだから……」

乃梨子の最後の声と共に大聖堂が崩壊し、全てがエンジェルリングの光に飲みこまれて消えていく。

その光の中で、泣きながらも、遂に志摩子は乃梨子のために笑顔を見せ、白い閃光の中に二人の少女の笑顔が咲いて、消えていく。

 

乃梨子の最後の言葉と共に。

 

──ずっと、ずっと一緒だからね、志摩子さん……私、志摩子さんのそばにくっついてはなれないから……

 

 

 

  ………

 

 

背後で大聖堂が崩れ落ちる轟音が轟いた。

祐巳は階段を上る足を一瞬止め、もう戻ることのない日々に祈るような気持ちを抱き、しかし。

(私は……)

祐巳は首を振り……。

振り返ることなく歩き出した。

 

 

 

 

 

To be continued

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 back