全ての人間の魂へ奏でられるピアノと歌声。

青一色で彩られた世界。

ベルベットルームの主は、私を見て両手を広げた。

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

11月2日(木)

 

 

私が何か言うより早く、イゴールは椅子に座り、私に向けて語りだした。

「ここに貴方が来るのは『必然』、このベルベットルームは、貴方様に更なる力を授ける場所なのですからな。そう、貴方様が持つそのペルソナの力は……」

イゴールが両手を重ね合わせ、離すとそこに電話の子機らしきものが現れる。

それを片手に持ちながら、イゴールは噛んで含めるようにゆっくりと言った。

「『ペルソナの力』は『心の力』。心は、絆によって満ちるもの。あなたの持つ絆・コミュニティの力が、貴方のペルソナを更なる高みへと導くのです。さて、私は貴方に、カードを集めたらまたお越し下さいと申しました」

頷く。

「それは何故かと言えば、ここで行えることは只一つ」

指を一本立てるイゴール。

「ペルソナの合体だからです」

「合体?」

イゴールは仰々しく頷く。正解を言った生徒を褒めるように。

「そう、ペルソナ同士を合体させることにより、新たなるペルソナを生み出す。それがこのベルベットルームの存在意義なのです」

イゴールが言うには、ペルソナの合体には2身合体・3身合体があり、それぞれ結果が違うという。

また、合体後のペルソナは、合体前のペルソナの技能を引き継ぐこともあるらしい。

「まあ、実際にやってみた方が早いでしょうな」

そう言ってイゴールが指を鳴らした瞬間、意識の中にある筈のペルソナカードが、私の手の中に現れていた。

十二枚のペルソナカード。

ためしに、パワーとタケミナカタを差し出すと、イゴールは合体の結果をすぐさま私の意識に表示してみせた。

「おっと、これで出来るのはサラスヴァティですな。既にお持ちのペルソナだ。同じペルソナを二つ持つ事は出来ません」

幾つかの組み合わせとその結果、また、所持している技能についての説明を根気良くイゴールから聞きだし、私は合体における指針を見出した。

漠然と合体を行うのではなく、目的……この場合であれば、あの二体のシャドウを倒すためのペルソナを作り出すべきだった。

あの二体双方に問題なく通用する攻撃は、貫通・氷結・光・闇といったところだろう。光や闇は技能として特殊な場合が多く(一撃で相手を死亡させる技能であり、命中には運の要素が大きい)、確実性を考えれば、貫通か氷結になる筈だ。

それとも、見切りなど気にせず、あえて弱点攻撃に特化するべきだろうか?

いや、私は確実性を取る。

そうすると、貫通か氷結のどちらかになり、そしてあの巨人の鋼鉄の肉体を見れば、物理攻撃が余り有効ではないのは一目瞭然だ。

氷結。

私は敵にできるだけ大きなダメージを与える氷結攻撃を模索し、合体を開始した。

「サラスヴァティとナルキッソスとオルフェウスを合体させるのですな?」

合体には法則性がある。

イゴールは言っていた。

「ペルソナもシャドウも、全て21のアルカナに分類される」と

そして合体させるアルカナの種類によって、出来るペルソナの種別も決まっていた。愚者同士を合体させれば愚者のペルソナが出来る、というように。

そしてこの三体の合体によって生まれるペルソナは……

「女教皇・ガンガーですな。素晴らしい力を授かりそうですぞ」

女教皇のアルカナ、志摩子さんとの絆が強ければ強いほど、より大きな力を授かる。

今からでもベルベットルームから出て、志摩子さんを口説き落としたいような衝動にかられる。

しかしそれは、本当の絆なのか?

だが今後、私は他人と話す時、それが合体において有利になる絆なのかどうか、気にし続けることになるだろう。

そのような自分に失望もした。それでも、私は……。

物思いを断ち切るように、不意に三枚のペルソナカードが宙へ浮かんだ。

イゴールの手の動きにあわせて宙を滑っていく。

そして、三枚のカードが一つに重なった。

いきなり強い閃光と共にカードが掻き消える。イゴールの手元にあった電話が自動的に鳴り出し、三枚のカードが消えた虚空から新たなるカードが誕生する。

それはキラキラと輝きながら、手元に落ちてきた。

「新たなペルソナの誕生ですな」

女教皇ガンガー、本来であれば技能は、マハブフ・チャームディ・メディアの三種類だが、志摩子さんとの絆の力で、敵全体を混乱させる技能・テンタラフーを持つ状態で誕生している。もし志摩子さんとの絆がより深ければ、もっともっと強力な力を得ていたのが私には分かる。

なるほど、絆の力が、ペルソナの力か。

続けて私は、さっき断わられた、パワーのカードとタケミナカタのカードを差し出す。

「む?」

怪訝そうな顔をするイゴールに私は言う。

「サラスヴァティのカードはさっきの合体に使用したから、今度は作れるでしょう?」

そう、シャドウを倒して得たカードには、絆の力による補正がない。私はサラスヴァティに眠っている技能の存在に気付いている。それは必要な技能であり、それを得るには、とりあえずサラスヴァティのカードを手放す必要があった。

合体開始。

光あれ。

新たなサラスヴァティのカードが誕生、志摩子さんとの絆の力が、氷結ブースタの技能をサラスヴァティに授ける。これは、氷結攻撃の威力をあげるという、まさに私の目的に合致した技能だった。

以下、私は試行錯誤しながら合体を繰り返す。

ガンガー×サティ×タケミカヅチ=ヤクシニー

サラスヴァティ×アレス×ティターン=フラロウス

フラロウス×ヤクシニー=パールヴァティ

このようにして、私の目的に沿ったペルソナ、パールバティが誕生した。

女教皇/パールヴァティ  技能/ブフーラ・ディアラマ・マハラクカジャ・氷結ブースタ・メディア・タルカジャオート・マハブフーラ

想像以上に上手くいった気がする。

もちろん、志摩子さんとの絆がもっと深ければ、より強力な力を得た筈ではあるが。

ディアラマは、ディア以上に強力な治癒技能、マハラクカジャは仲間全員の防御力を高める技能、メディアは全員にディアの効果がある技能で、タルカジャオートは、自動的にペルソナの攻撃力を高めてくれる技能だ。

そしてブフーラが強力な氷結攻撃の単体用で、マハブフーラがその広範囲ヴァージョンになる。

私の予想では、タルカジャオートと氷結ブースタの二つの技能が、マハブフーラの威力を支えてくれる筈だ。

「ありがとう、イゴール、また来る」

ここは、今後も最重要の場所になる筈だ。

「あ、そうそう、言い忘れておりましたが」

とイゴールが私の背中に声をかけた。

「ペルソナ全書、というものがありましてな。一度手に入れたペルソナは全書に登録しておけば、幾らでもペルソナカードを呼び出すことができますぞ」

「え?」

「ただし、お金がかかります」

そう言ってイゴールが笑った。なるほど、月給20万円の申請は無駄にはならなそうだ。

「へー、じゃあ、あの三千円、とりあえず祐巳ちゃんに預けるね」

「聖さま!?」

いきなり皆がベルベットルームに入ってくる。

由乃さんや志摩子さんもいる。

「あんまり長いからさ。何やってるのかと思って」

私はベルベットルームで可能な事を皆に説明した。ただ、絆によってペルソナが強くなることは言わなかった。何故だろう?私は私が打算によって絆を求めることを見抜かれたくなかったのかもしれない。

「ずるい!」

と由乃さんは真っ先に私を責めた。一瞬、私の打算を見抜かれたのかと思ったが、そうではない。

「ただでさえ、たくさんペルソナ使えてずるいのに、その上合体!?なによそれ、祐巳さんばっかり!」

由乃さんも感情を捨て、自分を失えば同じ事が出来るだろう。その喜怒哀楽の激しさでは無理そうだが。

「あはは、ごめんね」

なんだかむくれている由乃さん。

「祐巳ちゃん、それでどう?勝てそう?」

弱点を突くことを諦めた以上、総攻撃や、一方的な攻撃はない。

敵味方入り乱れた闘いになる。そこに『確実』という言葉はない。

しかし。

「勝てます」

私は断言していた。

 

   ………

 

再び、タルタロス14階。

重要なのは、こっちは敵の弱点や技能を知り尽くしており、相手はこちらを知らないという事だ。

これで負けるなら、どうにもならない。

「聖さまは本性のマーヤをお願いします」

「了解」

「由乃さんは不滅のギガスを」

「任せて!」

単純な作戦だ。

本性のマーヤは斬撃や打撃を反射するが、貫通を避けることが出来ない。

つまり、クー・フーリンの槍で戦うべきだ。

不滅のギガスはその鋼鉄の体のせいで、物理攻撃はさほど効かないだろうが、反射されるよりマシだ。よって由乃さんが担当する。

私は延々と氷の魔法で攻撃するだけなので、敵に近づく必要がない。よって後方待機で魔法を連発する。

志摩子さんはさらにその後ろだ。むしろ、脱出機械の前で待機してくれていてもよい。

自然と、私が作戦をたて、リーダーのように振舞っていた。付け替えの力が生んだ役割分担。

「行きましょう」

「ok」

「さっき気絶させてくれたお返しをしてやるわ」

皆気力充分、私達は円形の部屋へ突入し、ホルスターからすぐさま召還機を抜いた。

振り返る二体のシャドウ。

「「「ペルソナ!」」」

すぐさま由乃さんが巨人に、聖さまが本性のマーヤに張り付き、槍と刀が閃く。

私は後方から支援、マハブフーラ、一瞬にして敵が氷に包まれる。

「どうだ!」

これが余り効かないようなら、それだけで作戦は終わりといって良い。

志摩子さんの声。

「祐巳さん!凄く効いてる!勝てるわ!」

よし。分析している志摩子さんには、私達には見えない『ダメージ』というものが、よりはっきり見えているのだろう。

その志摩子さんが言うのだから、心強い。

聖さまが本性のマーヤの二連撃をかわし、由乃さんが不滅のギガスの腕をもろに食らう。吹き飛ぶ由乃さんが床をバウンドした。

「由乃さん!」

くそ、一人で一匹引き受けるなんて、無謀だったか!?

「ディアラマ!」

治癒の光、立ち直る由乃さん、そこへ迫る巨人の腕。

「負けるかぁっ!」

振り下ろされた腕を、由乃さんのペルソナが刀で受ける。響き渡る金属音、火花、そして由乃さんが裂帛の気合と共に不滅のギガスを押し返した。

「ナイス!由乃さん!」

「祐巳さんに負けてられないって!」

だが今度は聖さまが本性のマーヤの鋭い打撃を受けてのけぞる。すぐさま回復しようとする私を聖さまが目で止めた。

「回復より攻撃を!」

確かに、メンバーで一番大きな火力を持っている私が攻撃するのが一番効率が良いだろう。しかしその一番の火力が、同時に回復担当でもあるのがこのメンバーの問題だった。誰か別の回復用メンバーが居た方が、どう考えても効率が良い。しかし、そんなことを愚痴ってもしょうがなかった。

「マハブフーラ!」

敵を襲う圧倒的冷気、余りの冷気に本性のマーヤが凍結した。氷結攻撃時に稀に起こる現象。相手の動きが止まる。

「ミリオンシュート!!」

クーフーリンの無数の槍さばきが本性のマーヤを襲う、それは凍結した敵を完全に打ち砕いた。

「まずは一匹!」

しかしこうなればもう、勝ったも同然であった。

由乃さんと聖さまの2人がかりで不滅のギガスを翻弄し、私はブフーラを連発。あっという間に不滅のギガスは氷漬けになって消滅した。

「敵、完全に消滅しました」

「よっしゃあああああ!」

「由乃さん、はしたないって!」

きゃいきゃい騒ぐ私達。

でもなんか、苦労して勝った、って気がする。

不意に声が聞こえた。

我は汝、汝は我。

汝は愚者の絆を手に入れた。

汝、愚者のペルソナを生み出せし時、わが力を授けよう。

声は消えた。

これはどうやら、愚者のアルカナのペルソナを作成したときに、力がもらえるようだ。

SEESメンバーとの絆、という訳か……

いや、深く考えるのはやめよう。打算的になる。

ともかく、円形の部屋で私達は小休止する。

「でもどうしよう。いい加減、ちょっと疲れたんじゃない?あの機械があれば、この階までは来れる訳だし、探索はまた後日にも出来るよ?」

「まさか!まだまだガンガン行きます!」

由乃さん、あんなに凄い怪我をしたのに、元気過ぎるよ?躁病か?

志摩子さんは何も言わずに微笑んでいる。

どうしよう。

少し迷う。

私としては、この上がどうなっているのか見てみたい気持ちもある。

わざわざ大型のシャドウで守られていた、その上の階層。

まあ、案外今までと変わらないのかも知れないけど、見るだけ見ておきたい気はする。

しかし一方で、いい加減帰った方が無難なのも確かだ。

「まだ行くわよね?祐巳さん」

「どうする?祐巳ちゃん」

なんだか、私がリーダーみたいになっている。

恐るべし、付け替え技能。

こうやって決断を迫られると、冷静にならなくちゃ、と思う。

だから……今日は帰った方がいい。

「じゃあ帰……」

「行くのね!了解!」

「よ、由乃さん……」

もはや反論する気にもなれず、私達は階段を昇る。青信号恐るべし。

階段を昇った先は裏路地みたいなうらぶれた場所で、入り口のないビルの裏ばかりが立ち並んで迷路のようになっている場所だった。じめじめして、暗く、ゴミ箱やダンボールなんかが散乱している。

「リアル嗜好だなあ。吐瀉物まで再現しなくていいのに。タルタロスを作ってる奴は凝り性だね」

などと聖さまが気楽に言うが、まさに裏路地、という外観は気を滅入らせた。

出現するシャドウは、以前の場所よりやや強くなった、という程度で問題なく片付ける事が出来る。楽勝。

だがこの時は気付かなかったが、実際のところ、本当の問題はシャドウではなかったのだ。

そう、それは、志摩子さんが段ボールにつまずいた事からはじまった。

「いたっ!」

見事に転ぶ志摩子さん。

「大丈夫?志摩子さん?」

「ドジっ子属性?」

由乃さんの下らない茶化しは全力で無視させて頂く。

「ごめんなさい……あら?」

そう、そこでそれを発見してしまったのが問題だったのだ。

裏返しにされていた段ボールの中には、3万円が入っていた。

3万である。

これだけで大抵の人間は、それがいかに素晴らしい金額かわかると思うのだが、万が一にも「私、夜暗い時には札束を燃やしますの」などという成金の方がいると困るので説明すると、高校生にとって3万円というのは、実に洒落にならない大金であった。まる。

「………」

由乃さんがそれを無言でポケットに入れた。

「うぉいっ!」

思わず突っ込んでしまう。不覚。

「冗談よ、冗談。でもこれ、貰っていいんでしょ?」

聖さまも志摩子さんも無言。

やがて静かに聖さまが頷いた。

「とりあえず、祐巳ちゃんのペルソナ全書費用ってことで預かっといて。影響は明日にならないと分からないから」

「はい、祐巳さん」

由乃さんが3万円を渡してくる。なんだろう、このお金をやりとりする時に生まれる微妙な感じ。

さらに間のわるいことに、志摩子さんがぽつりと言った。

「そういえば、こういう段ボール、ここに来るまでにたくさんあったわね」

………

……………

…………………

いや、いやいやいやいや、そういう為にタルタロスに来ている訳ではない筈!

「じゃあ、全部開けて回っちゃおうよ、祐巳さん」

「駄目だよ、由乃さん。そんなことの為にタルタロスに来てる訳じゃないよ」

「でも貰えるものは貰っとくべきでしょ?」

結局。

私達は引き返してダンボールを漁った。

何をしているんだ私達は。

色々と間違っている気はするが、しかし。

何枚かの紙幣や硬貨を私達は入手する。

そして一旦最初の地点まで戻りきった時だった。

あるいは、私達はそんな風に引き返すべきではなかったのかも知れない。

『そこには、居る筈のない人が立っていた』

薄暗い裏路地のどん詰まりで、その人は薄ら笑いを浮かべて立っている。

運命の破滅と人生の凋落、一夜の快楽の光と影、退廃の香気漂う裏路地の果てで、その人物は笑っていた。

何故、何故タルタロスにこの人が居る?

変わらぬ、どこか気だるい美貌。いつか桂さんも着ていたケブラーのベストを着て、そして、その手には……。

「久しぶりじゃない、由乃ちゃん、祐巳ちゃん。聖も志摩子も元気そうね」

聖さまが面喰う。

「江利子、お前……」

そう、そこには、鳥居江利子が立っていた。

「鳥居、なんだよ、知り合いか?」

すっと、路地の陰から男が現れる、細い、陰険そうな目をした男、この男もケブラーのベストを身に着けている。

よく見れば2人とも同じ腕章をしていた。デザインされているのは文字と幽霊。

『スプーキーズ』とその文字は読める。

「可愛い後輩達との再会なの」

「まさか、それを理由で俺を止めたりしないよな?」

「さあ、好きにすれば?」

男が下卑た目で、嘗め回すように私達を見た。

「へへ、SEESの奴らか。女ばっかりだな」

江利子さまに男が、興奮を抑えきれない様子で言う。

「やっちゃっていいよなあ!なあ!鳥居?」

「さっきも言ったでしょ。好きにすれば?特に敵対しなきゃいけない理由もないんだけど……敵対する方が面白そうだしね」

「江利子!どういうことだ!」

聖さまが感情も露に江利子さまを睨む。しかし江利子さま相手では柳に風だ。

「どういうことも何も、私がスプーキーズに入っていけない理由があるの?」

「それにしたって……」

「あんた達SEESはつまんないのよね。もっと自由にペルソナの力が使える、スプーキーズの方が楽しいわ。どう?由乃ちゃん。こっちへ来ない?」

「冗談でしょ。誰があんたなんかと」

江利子さまが微笑む。

「そう言うと思ったわ」

「なあ鳥居、もういいだろ、やらせてくれよ。影時間で好きに出来る女と会えたんだ。最高のチャンスなんだよ」

「私はさっさと上へ昇りたいから、やるんだったら一人でやってね」

そう言って江利子さまが私達の前を悠然と横切ろうとする。聖さまがその肩に手を置き、もう片方の手でホルスターから召還機を抜いた。

「待て」

「やめときなさいよ、聖。死にたくないでしょ?せっかくあの馬鹿一人にしてあげようとしてるのに、私とも戦うつもり?」

「自暴自棄にでもなってるのか?」

「まさか。私は知ってるだけ、この世界で一番憎むべきものは退屈で、歓迎すべきものは娯楽だってことを」

江利子さまも、いつの間にか召還機をこめかみに当てている。

「どいてよね」

そう言って、まるで何でもない事かのように、江利子さまは引き金を引く。

響き渡る、大地が苦悶の声をあげたかのような咆哮。

江利子さまから現れる現実を侵食する精神/ペルソナ。

巨大な蝿の姿をしたそれ。

凄まじいまでのペルソナの力。

レベルが、圧倒的なまでにレベルが違う……!

「ベルゼブブ」

江利子さまが聖さまの肩の手を払いのけると同時に、全員が壁際まで吹き飛ばされた。

そしてこちらを見向きもせず、何事もないかのように江利子さまは去って行く。

「江利子!!」

「聖、どうせタルタロスは運命の『決闘場』なの。また会う機会があるわ」

こちらを振り返りもせず、江利子さまは前を向いたまま手を振って去る。

「可愛くない女だぜ」

と残されたスプーキーズの男が言った。見れば見るほど反感が沸いて来る男だ。お前が江利子さまの何を知っているというのか。

「さて、俺は失望の底を見てきた。どん底にいる人間は、刹那の快楽を追うしかないんだよな」

男は何がおかしいのか、へらへら笑っている。

「お前らで、たっぷり楽しませてもらうぜ」

男が召還機を口に突っ込み、自殺するかのように引き金を引いた。

「アスモダイ」

 

 

    ………

 

 

加藤康弘が影時間の存在に気付いたのは、深夜の残業中だった。

全ての機械が止まったのをフリーズだと思って毒づいた彼は、それがすぐにフリーズどころではない異常事態であることに気付いたのだった。

最初は自分がおかしくなったのかとも思ったが、やがて、これが他人には認識できない特別な時間/影時間だということに気付き、彼はその利用法を必死に考えた。

一日にわずか訪れる特別な時間……誰にも認識できない時間。

彼の仕事はパソコンを使うものだったので、機械が止まるようでは上手く利用できない。

そして結局、彼の選んだ影時間の『利用方』は空き巣だった。

面白いように上手くいった。当然だ、誰も彼の姿を目撃できない、捕まえる事が出来ない。

影時間と空き巣の組み合わせ、最高だと彼は思った。

やがてより巨大な金を求め、銀行強盗を計画し、そこで『奴』に出会ってしまった。

それが、運の尽きだったのかも知れない。

他の人間と出会わない筈の影時間の中で、その男は悠然と金庫の前に佇んでいた。

人とは思えぬ超然とした雰囲気。

圧倒的な存在感と圧迫感。

『奴』は言う。

「加藤君……より大きな力が、欲しくはないか?」

恐怖にかられ、加藤は夢中で男に飛び掛かった。しかし勝てる筈がない。

男は、人間ではなかったのだから。

瞬時に銀行の床に加藤を押さえつけ、男はその額に銃を突きつけた。

殺される。

死ぬんだと加藤は思った。

男は言う。

「素晴らしい目覚めの始まりだ」

引き金が引かれた。

 

 

   ………

 

 

ペルソナの力は、人間を超えた力だ。

この力を与え、好きに使っていいと言う『奴』に、加藤は感謝さえしている。

タルタロスへ行く事と、時々やってくる『奴』からの指示にさえ従っていれば、あとは好きにしていい。それがスプーキーズのルールだ。

実に自由。

加藤は目の前にいる若い女達全てを、自分の獲物だと思った。

何故なら彼女達をたとえどうしようと、法で裁かれることはないのだから。

影時間は罪の国だ。

全ての罪が許される。

自分の欲望が激しくたぎるのを感じ、加藤は少女達に襲い掛かる。

「ブフダイン!!」

アスモダイが放つ絶対の冷気を、ツインテールの少女が、おさげの少女を庇うように受けた。まずはこの童顔の女から滅茶苦茶にしてやる。そう思うと加藤の興奮はますます高まる。

実際には祐巳のつけているペルソナ・パールヴァティは冷気を無効化するのでダメージはない。だが加藤はそれに気付くことさえなかった。

「あれは……」

 

 

  ………

 

 

鎖の、音がする。

ちゃりん、ちゃりん、とタルタロスに鳴り響く鎖の音。

その意味を、私達はまだ知らなかった。

ダンボールを調べ尽くし、スプーキーズと出会い、余計な時間をとられすぎたことがその原因だなどと、どうして気付けよう。

「なにこの反応……」

呆然と呟く志摩子さんの声は、誰にも聞こえていなかった。

強烈な氷結攻撃を受け、そしてそれを無効化した私達の前に『その存在』が現れた時、全ては手遅れだったのかもしれない。

「ははははっ!犯しつくしてやる!」

私達が見ているのが、欲望むき出しの男の『背後』であるという事に、彼は気付かなかっただろう。

最後まで。

「そんな……勝てる相手じゃありません!」

その志摩子さんの言葉も、自分への賛辞だと勘違いしたままだったのかも知れない。彼は。

哀れでさえあった。

そして。

裏路地の行き止まりから現れる、巨大な死刑執行人。

鎖に巻かれ、襤褸のローブを纏い、マスクを被った、異様に銃身の長い銃を両手に持った怪物。

その背後の異形に、男は気付けない。

「はははは!お前らを白く染めあげ、ぶぇあっ!」

死神の一閃。

男の上半身が回転しながら宙を吹き飛んでいく。鮮血と臓物が雨のように周囲に飛び散った。千切れた下半身がゆっくり倒れ、異形がそれを踏み潰す。

 

 

死神・刈り取る者の出現であった。

 

 

 

To be continued

 

 

 

あとがき

 

 

 

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