漆黒の闇。

夜が包みこむ黒色の世界で、ヘッドライトに照らされ、浮かび上がる2人の少女の姿がある。

少女達は銃を持ち、そして互いに自分のこめかみにそれを当てた。

こめかみに銃を当てあって向かい合う2人の少女。

笑っている。

そしてその笑顔のまま、2人は引き金を引く。

「「ペルソナ!」」

 

 

 10月31日(水) 夜

 

 

「オルフェウス!」

祐巳の叫びが夜の空気を切り裂く。

現れる竪琴を持った人型のペルソナ、前髪で片目が隠れ、赤いマフラーがたなびく。

それが竪琴をかき鳴らした瞬間、桂の居た場所を炎球が焼き尽くした。炎が赤々と照らす夜の戦闘舞台、島津家の塀へと飛び散る火の粉。宙に逃れた桂は、それを見てもまるで動じずに、その名を呼ぶ。

「バエル!」

精神が現実を侵食し表れる神話的存在。

魔王バエル。

暗赤色の体に山羊の角を持った人型の上半身に、金に輝く巨大な髑髏の頭が二つに四本の巨大な腕を持つ下半身。双頭の髑髏の巨人を寝かせ、その背中に悪魔の上半身を移植したような異形のケンタウロス、下半身の腕は肘から先だけでも、祐巳より何倍も大きい。

「なんて……」

禍々しいペルソナなのか。

「可愛いわね、祐巳さんのペルソナ」

桂が笑う。

確かに圧倒的な力の差を感じる。根本的にペルソナのレベルが違う。

オルフェウスの突撃、バエルはそれをあえてかわさず真っ向から受け、それで小揺るぎもしない。

「さて、今度はこっちの番よ、祐巳さん……ザンダイン」

衝撃が爆発した。

そうとしか言いようがない。バエルの手から放たれた衝撃波は一瞬でリムジンを鉄屑に変えた。ボンネットが吹き飛び、フレームがへし折れ、砕け散ったドアが空を滑っていく。エアバックなど開いた瞬間張り裂けて消えた。

間一髪幾月を助けて塀の上に跳躍していた祐巳は、勝ち目が限りなくない事を確信。

火球を連発するが、もはやバエルはかわしもせずに受けるがままにしている。

(逃げるか?)

振り下ろされたバエルの腕が塀を粉々に粉砕した。コンクリートの塀がまるでウェハースだ。宙に逃れた祐巳をさっきの衝撃波が襲う、手を離したので幾月は落下=代償・祐巳への衝撃の直撃。50メートル近く吹き飛んで背中からコンクリートに叩きつけられた。肺から全ての空気が搾り出されるなか、夢中で転がる、転がる前まで居た場所をバエルの手が蝿でも殺すように叩く、地面に走る亀裂。圧倒的な破壊力の顕示。

祐巳は火球の乱射で応戦する、時間稼ぎ、敵の視界を塞ぐための小細工。

(無理だ、逃げれば由乃さんがどうなるか分からない)

絶望的な戦い。逃げることを頭から消し、恐怖を狂気で押し隠した。死ぬも生きるも同じことだ。圧倒的な虚無と失望、既に死んでいる精神の誕生。

祐巳の方向めがけて闇雲に飛んでくる衝撃波、ありとあらゆるものを軽々と破砕して祐巳に迫る、駆け出す祐巳、その背中の電柱が木っ端微塵になった。一歩踏み出す度に、一歩前まで居たところの何かが塵と化していく。ひたすらに火球を乱射することで応戦。恐怖を噛み殺す。

「祐巳さん!泣いて謝ったら許してあげてもいいわよ!」

さっきあの衝撃波を一撃受けたが、それでも死んでいないところを見ると桂が手加減したのか、もしくはペルソナによる強化が半端ではないのかどちらかだろう。幾月を離したせいで桂の狙いが外れ、さらに宙で受けて吹っ飛んだせいでダメージが減ったとも考えられるが、一番可能性が高いのは桂のきまぐれだと思える。

泣いて謝れば本当に許してくれる可能性はある。祐巳は言った。

「kiss my Ass」

衝撃波の威力が増した。

へし折れた電柱から伸びていた電線が引き千切られ、周囲が停電する。ゴミクズと化した幾月のリムジン、野戦跡のようになっていく周囲、見る影もない塀。戦車砲より何倍も強力な衝撃が道路をクリームでも掬うかのように抉る。一歩遅れればクリームのように削られていたのは祐巳だっただろう。

祐巳は召還機をこめかみに当てる。

「タルンダ!」

オルフェウスが竪琴をかき鳴らす、今度は火球は発生しない。代わりに桂のペルソナが放っていた異様なプレッシャーが軽減されていく。

「なにをした!」

桂の憤怒の叫び、こっちの攻撃を全て受けるような余裕を見せているからそうなる。祐巳のペルソナ・オルフェウスの放つ音が生み出す、相手のペルソナの攻撃力を削ぐ特殊能力だ。

「福沢ぁぁぁぁぁぁぁ!」

怒りに満ちた目で桂が突進してくる。まるで戦車の突進、祐巳は火球を連発、ものともせず突っ込んでくる。

「アサルトダイブ!」

オルフェウスの持つ突撃技能、突撃と突撃、ペルソナ同士の力比べ。火球を連発し、出来うる限り相手の勢いを削ぎ、タルンダで相手の力自体も下がっている……事を祐巳は祈った。

そして祐巳のペルソナと桂のペルソナが正面からぶつかり合う。

真っ向からの激突。力と力。

オルフェウスとバエルの衝突が生み出す衝撃波が地面を抉る。

そして吹き飛んだのは祐巳だった。

激突の勝者は桂。

小細工を弄しても、圧倒的なレベルの差を埋められない。弾かれたように宙を舞う祐巳に衝撃波が直撃、瓦礫の中へ突っ込んだ。桂は追撃してバエルに腕を振り上げさせる。手のひらだけで祐巳よりも大きい邪悪の手。

「ペシャンコになる前に言う事はある?」

「待ちなさい!」

意外な方向からの声、振り向く桂、立っているのは島津由乃。

「人の家の前で何してんのよ」

 

 

 

祐巳さんが車から降りてきて人影と向かい合っていた。玄関まで駆け出した私を待っていたのは、信じがたい光景。

互いに銃を頭に当てて笑い合う2人。

何をする気、と声をかけようと思った。でも足がすくむ。

(まさか、まさか引き金を……)

彼女達はためらわずに引いた。自殺、ロシアンルーレットを連想する。そして。

現れる精神の現実化、神話的存在。

ペルソナ。

信じられない。

こんなものが現実に?

しかし信じられないものを、由乃はすでに十二時の世界で見ている。

それに、噂の中には情報があった。

ペルソナ様遊びは、ペルソナ様を自分のものにするための儀式だと。

(あれが……ペルソナ様?)

桂のペルソナ様、祐巳さんのペルソナ様。

超常の力を持つ者同士の戦闘、あらゆるものが紙切れのように破壊されていく。由乃は愕然と見ているしかない。

(どうすればいいの、どうすれば……)

胸が痛い、苦しい、病気が治って以来だ。心臓が激しく脈打つ。

見てることしか出来ないのだろうか、それは取り返しのつかない結果を招くのでは?

誰かにどうすればいいか指示してほしい気持ちになった。目の前の破壊を防ぐために。

そしてその先にある死を避けるために。

そこに、声がかけられた。

「島津由乃さんだね」

さっき、祐巳さんが衝撃波に巻き込まないために地面に落とした男だった。

どうやら匍匐前進で、こっそりここまできていたらしい。

「詳しい説明は時間がないけど、これを自分に向けて撃つんだ。心配しないでいい、弾は入ってない」

渡される銃、祐巳さんが持っているのと同じもの。

怪しい男が、これで自分の頭を撃てという。

「君に適正があれば、『ペルソナ』が現れて力を……ぎゃあ!」

祐巳さんのペルソナと桂のペルソナが激突し、巻き起こった衝撃波で近くの壁が崩れた。

幾月は下敷き。

「ぼ、僕の事は気にするな!早く福沢君を!」

桂のペルソナが祐巳さんめがけて手を振り上げる。

由乃は、そこを目指して駆け出していた。

 

 

 

見据えてくる、桂の冷酷な目。

「『部外者』は消えろ。私達の『特別』の中に入る資格は、お前如きにはない」

部外者。

超人同士の戦い。手の中にある物。

「私が本当に部外者かどうか……」

桂は由乃の手に握られているものを見てぎょっとした。

それは小ぶりな銃に見える。いや、間違いない、あれは……

召還機!

幾月の咄嗟の機転。運良く、島津由乃は召還機の『正しい使い方』を見物していた。説明もした、後は託すしかない。

もちろん、島津由乃はためらわない。止まるところを知らない。それがつまるところ彼女に与えられた称号、青信号の指し示す意味だった。

由乃が召還機をこめかみに当てる。

「発動するものか!」

桂の罵声。由乃の緊張、不安。まるで本物の銃。弾が入っていたら?

自殺する気分。

恐怖を消してくれたものは……

痛めつけられた祐巳さんの姿だった。

「ペルソナ!!」

引き金を引いた。

 

 

召還機の炸裂する音。

何かが砕ける。頭の中から何かが零れていく。現実を侵食し、精神が物質を超え、それがこの世界に存在として顕現する。

ペルソナ。

刀を持った歌舞伎役者のような姿が、由乃の頭上に浮かんでいる。

「発動させただと!」

「祐巳さんをよくも!」

桂の激怒、由乃の激怒。

2人の激怒が衝突する。

「秘剣乱舞!」

「ザンダイン!」

見えない斬撃が桂の周囲一帯に降り注ぎ、一方で衝撃波が由乃を貫く、吹き飛ぶのは由乃。最初の激突は桂の勝利。

「由乃さん!正面から戦っては駄目!」

祐巳の復帰、桂の驚愕、オルフェウスの持つ治癒の力『ディア』の恩恵であった。これで二対一。

2人のペルソナ使いが連携する。

「アギ!」

オルフェウスの火球。

「ファイアブレス!」

由乃のペルソナがいきなり炎を吐き出した。二つの燃え盛る炎を桂のペルソナがまともに受ける。

「ぬるいんだよ!!」

炎を吹き飛ばすほどの圧倒的な衝撃波、2人が別方向に散る。

「やっぱり……由乃さん!桂さんのペルソナは、火炎が効き難いの!」

いきなりこんな凄まじい状況で、ペルソナなどという専門用語まで飛び出して、由乃がついてこれるか祐巳は不安だったが、由乃は笑顔を返した。

「そうなんだ……でもまあ、祐巳さんと2人なら、無敵に心強いわ」

由乃のペルソナがバエルを刀で切りつける。反撃の豪碗が由乃を捉えて叩き、体がバラバラになりそうな衝撃に吹き飛ばされる由乃を光が包んだ。

「ディア!」

オルフェウスの竪琴が持つ三つの能力、最後の一つである治癒の光。立ち直った由乃が見事に地面に着地した。

向かい合う2人と一人。

「小賢しいんだよ、蕾ども!」

祐巳は桂の怒号には取り合わず、由乃に言う。

「由乃さん、たぶん、桂さんのペルソナは回避が苦手なんだわ。わざとかと思ってたけど、さっきから一度も回避行動を取ってない」

「切り続ければそのうちぶっ倒れるってことかしら」

祐巳が回復、由乃が攻撃。そう言外に匂わせる。

由乃が頷いて突撃、青信号の名に相応しいまっしぐらの突進、バエルがその手を由乃にかざした。

「馬鹿が!いい的だ!」

由乃が衝撃波を回避しきれず肩に受ける、それだけで由乃の体は軽がると後方へ吹っ飛んだ。桂はもう、近づくことさえ許さない。

いや。

祐巳がいつの間にか桂の背後に回っていた。桂の振り返りの一撃、塀でも電柱でも粉々にする巨大な腕の一振り、跳躍、祐巳はその手に持っていたものを離す。

「何?」

持っていたもの=千切れた電線、それがのたうつ蛇のように桂に降り注いだ。

「おおおおおおおおおお!!!」

「ディアなんかでちまちま回復して、桂さんに勝てるなんて思ってないよ」

実際、ペルソナを使うための精神のエネルギー、幾月言うところのSPが祐巳は切れかけている。由乃さんとの会話はブラフ、祐巳の行動を隠蔽するための会話。結果=電線に呑まれる桂。

桂が体勢を崩した。

「由乃さん、総攻撃チャンスみたい」

「やっておくしかないでしょ」

総攻撃。攻撃のエネルギーの塊と化した2人のペルソナが、魔王バエルをズタズタに切り裂いた。だがまだ桂を倒すには至らない。立ち直った桂が怒りに満ちた目で、今まで片手づつしか振るわなかった下半身の腕を、四本とも振り上げた。

「影時間ではないから、命までは取らないつもりだったけど……」

今までにない静かな口調、静かな怒り。蕾2人が構える。緊張、切り裂くようなヘッドライト。目を細める桂。

「誰だ!」

「通りすがりのたい焼き屋さん」

もの凄くのんびりした声でそう言ったのは、バイクにまたがってハンドルに腕を乗せた聖さまだった。

大型バイクはアイドリングしたまま、ヘッドライトで三人を照らしている。

「なんだか電撃が弱点風味だけど、桂ちゃん」

すっと、聖さまの表情が怖いものになる。冷たい刃のよう。

「私の電撃は……痛いよ」

桂の舌打ち、これ以上の戦闘の継続は不可能=撤退。

「もし影時間で会ったら、殺してやるから」

それが捨て台詞となった。

去って行く桂。

「追わないんですか?」

追いかけたそうな由乃さん。

「やめとく。殺し合いになりかねないし。シャドウだけでも大変なのに、人間同士でなんて、馬鹿げてる」

聖さまはまともだ。

笑いながら人間同士で戦った祐巳や桂とは違う。

「それにしても……」

聖さまは周囲を見回す。空爆跡、と言っても通用しそうな惨状。

「派手にやったね」

「これって、どうするんです?」

「こういうのは幾月さんがいつも、って、幾月さんは?」

そこでようやく、瓦礫の中から聞こえる、おーい、という声に三人は気付いたのだった。

 

         ・・・・・・

 

10月31日(水)  深夜

 

武蔵台寮

由乃さんは幾月さんから一通りの説明を受けた。

「まあ、そういう訳で、我々はシャドウと戦う人員を求めてるんだよ」

私は予想していたことだが、結局由乃さんはSEESの一員になる事を選んだ。

「だって、人助けでしょ?私達しか出来ないんでしょ?やるっきゃないじゃん」

という前向きな意見。

しかし私は、彼女は少々浅慮なのではないか、と思った。

彼女は景さんの姿を見ていない。

死ぬことや戦うこと、暗鬱な暴力と流される血が持つ、黒々とした影の『意味』を彼女は理解できるのだろうか?

私は場合によっては桂さんを殺すつもりで戦っていた。

「これからよろしく、祐巳さん。ってなんか変な感じ」

あはは、と笑う由乃さん、猫みたいな表情。

「こちらこそよろしくね」

「でもさでもさ、なんか凄いよね!ペルソナって!ペルソナが降りてる時ってなんかこう、クラクラしない?力がわいてくる感じがして、それでこれからは祐巳さんと一緒に戦うのよね!私についてきなさい!祐巳!」

テンションが高まり過ぎている。戦闘後の興奮のせいだろう。どんよりと内心虚無に包まれている私とは正反対だ。

「由乃さんったら、はしゃぎすぎはしゃぎすぎ」

「自分だけペルソナが格好いいからって余裕ね!祐巳さん!」

「え!?なにそれ?」

「私のテンジクトクベエが歌舞伎役者みたいだって思ったでしょ!なんかそんな、どうせ祐巳さんみたいな格好いい男の子風じゃないもの!私!」

「まあ、見た目はどうでもよいんじゃないかな」

「よくないよくない、絶対よくない!」

武蔵台寮ではしゃぐ高校二年生2人。うざったいくらいのテンション。若さ。

ちょっと年上の聖さま、呆れ気味。

遥か年上の幾月、微笑ましそう。

「えーとまあ、これでともかく、三名となった訳だ。これはなかなか良い事だよ」

「タルタロスに挑めますか?」

「うーん、まだやめといた方がいいだろうなあ。まず何よりね。分析やナビ、連絡・通信の能力があった方が絶対良いんだよ。そうでない場合は、よほど戦力に自信がある状態でないと厳しいね」

確かに。

斬撃メインの由乃さんが加わったところで、増えた攻撃の幅は斬撃のみなので、これは厳しい。

戦力に自信のある状態、とは言えない。

ナビがあれば、この三人でも行けなくはないんだろうけど。

まあ、タルタロスは諦めるとして、桂が気になることを言っていたな。

「桂さんが、影時間なら殺す、とか言ってたんですけど、幾月さんはどういう意味か分かりますか?」

影時間なら、何故殺せる?

私が言うと幾月は微妙な表情をした。迷っているような、困っているような。

「あー……まあ、発想の転換というか、影時間は普通の人間には認識できない、存在しない時間だ。その時空間で起きた出来事は、それを認識できない人間には、別の出来事として記憶・認識されて辻褄が合わされる」

「つまり?」

「影時間で人を殺しても、それは別の事件になる」

なんだと?

「それじゃあ、影時間では『人を殺しても罪にならない』って言うんですか?」

「だからそれが発想の転換というか、まさかそんな利用法を考え出す奴がいるとは思わなかったよ。でもまあ、結論から言えばそういう事だけど、くれぐれも君達はそういう行動は慎んでね。我々の敵はシャドウなんだから。影時間を、殺人解禁の罪の王国とでも思ってるような奴らと、同じになっちゃ駄目だよ」

「もちろんです」

しかし、と私は思う。

その影時間の特性には、明らかに利用価値がある。

ペルソナ使い同士は人間だ。通常の時間にペルソナ使い同士が戦えば、今日のように目立つし、殺せば殺人犯になってしまう。

だが影時間なら……

つまりペルソナ使い同士で、殺しあう状態が避けられないなら、影時間で殺しあう『べき』なのだ。これはきっと今後、暗黙のルールとしてのしかかってくるだろう。

もちろん、避けられるならそれに越したことはないけれど……。

聖さまがじっと時計を見ている。

「どうしたんですか?」

「いや……」

聖さまは呟いた。

「もうすぐ、影時間だ」

 

 

 

小寓寺。

志摩子の自室。

ベッドに寝転ぶ志摩子。寺の娘としては布団であるべきか、などという瑣末な事に悩んだ事もあった。しかし悩んでいるのは自分だけだった。

下らない事で悩む、と自分のことを思う。

しかし……

不登校に関する噂は、二極化して歪んできている。

ペルソナ様遊びというオカルトに特化するか、人間の暗黒の悪意の坩堝と化していくか、どちらかだ。

前者の場合、桂さんがオカルトを真に受けて奇妙な事になっている。

そして後者の場合……。

自分が対象になったら怖いわ、と志摩子は思った。

誰かが対象になっていても、沈黙でやりすごすことが出来た。

静かにしていれば、志摩子は美人で真面目な白薔薇さまだから、そう簡単に誰かに恨まれない。そういう処世術を持っている。

しかしそれでも人間の悪意は、常にどこかで牙を研いでいる。

噂という形でそれが噴出することも、この世界でよくあることに過ぎない。

志摩子はとにかく、そういう人間社会の様々な怖いことから、神さまに守って欲しかった。

難しい社会の事とか、そういう汚いものから離れて、神の世界、宗教の、天使の、綺麗な世界に守って欲しかった。その資格があるくらいには、自分は綺麗で真面目な気がした。真面目であることが、誹謗や批判から、学生のうちは守ってくれる。いや、学生のうちでさえ、時々は危険だった。

神よ、お救い下さい。

そういう祈りが通じたのか、最近、よく呼び声を聞くようになった。

誰かがふと、上手く言えないが、志摩子を呼ぶ。声なき声で。

今日は特に、強く呼ばれている気がした。

いつもは、気のせいだと思っていた。

噂のせいで気が滅入っているのだと。

しかし今日は、もはや無視できない強さで『それ』は志摩子を呼んでいる。

志摩子はこう思うのを避けられない。

──ひょっとして、神さま?

「呼ばれる……」

行かなきゃ。

神さま。

志摩子はふらふらと部屋を出る。

残された時計が、十二時で止まっていることにも気付かずに。

 

 

To be continued

 

 

あとがき

 

 

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