「お父様もお母様も用事で出かけてしまうの。乃梨子と旅行の予定だったのに」

と志摩子が言った。小寓寺を空には出来ないので、留守番しなければいけないと言うのだ。

そう言う志摩子はいかにも悔しそうで、そんな素振りは珍しいので親切心を出してしまった。

「それなら、私と由乃で留守番しようか?志摩子がいいならだけど」

「ほんと!?」

「ほんと。何日くらい留守番すればいいのかな?」

「ちょっと分からないのだけれど、そんなに長くはならない筈だわ」

こうして、私と由乃の留守番が始まる。流れるように始まる。

でも何故だろう、志摩子は、最初からこれを私に頼みたかったのでは、と思えた。

 

    『小寓寺にて』

 

「令ちゃん、鉢植えにお水やった?」

「やった」

「本堂掃除した?」

「した」

「それなら、のんびりしちゃう?」

そう言って由乃はいたずらっぽく笑う。私はもちろん微笑んで頷く。

「むしろいちゃいちゃしちゃう」

「令ちゃんったら」

そうして私達はじゃれあいながら居間でテレビを見た。

昼下がりのどうでもいいような番組だけど、こうしてここに由乃といることが不思議に思えて退屈を感じない。

三方を覆う襖も、障子の窓も、置かれたテーブルも、端にある勉強机も志摩子のものだ。

私達は志摩子のものに囲まれて、志摩子の部屋で2人でテレビを見ている。

その日は、いつもより激しく愛し合った。

戸締りをして志摩子の指定した時間に辞去する。

 

 

翌日に私が鉢植えに水をあげていると、由乃が縁側で足をぷらぷらさせながら言った。

「なんだか、不思議な気持ちよね。ここはこうして他人の家なのに、私達がなんだか、こうしてるのって」

私がホースから撒く水が虹を作る、日差しが強い。私は目を細める。

「本当だね、まるで、自分の家みたいにふるまってさ」

「そうよ、自分の家みたいにふるまって」

私達は口々にそういいながら本堂に寝転んだ。木の匂いがした。飾られている仏像と木魚、綺麗な色の幕を逆さに眺めながら私達は笑った。

そしてその内に眠ってしまう。

 

起きたら志摩子の指定した時間はとっくに過ぎていた、周囲は暗い。

不意に、玄関のチャイムが鳴る。

私達は顔を見合わせ、そして結局私が玄関に出た。

私が出たのに客は驚いたようで「いったい、こんな時間まで何してるんだね」と言う、私が留守番の旨を告げたら、不思議そうな顔で帰っていった。

由乃が笑っている。

「なんだか、凄く変」

「ほんとだね」

「すっかり暗いね」

「そうだね」

一瞬、帰らないでおこうか、と思った。由乃も同じ気持ちだった筈だ。

でも、とりあえずその日は帰った。

 

 

次の日私は水やりを忘れた。

「由乃、本堂の掃除した?」

「あ、忘れた」

そう言った由乃は寝転びながら志摩子の本棚に入っていた漫画を読んでいる。

私は肩をすくめながら座布団を敷いて寝転ぶ。

テレビをつけて眺めた。

「ねえ由乃」

「なあに令ちゃん」

「今日、泊まろっか」

空中に放たれた言葉は、想像以上に素っ気無く響いた。

「いいよ」

帰ってきた答えも、違和感が無さ過ぎて不気味なくらい自然だった。

だから私達は両親に電話して泊まる旨を告げる。

風呂を沸かして2人で入り、同じ布団に包まって寝た。

翌日に眼が覚めると何かが決定的に変わってしまったのを覚える。私はこの家に詳しくなった。空気のように馴染んだ。私は水をやって本堂を掃除し、ふと、ここが自分の家のような気がする。

私は玄関に向かって歩きながら言った。

「ねえ、由乃、志摩子達、帰ってくるのかな」

「どうなんだろう」

ぼんやりとした気持ちが私達を覆う。

無意識に私は言う。

「帰ってこないんじゃないかな」

無意識に由乃は言う。

「そうかもしれない」

私は玄関にたどりつき、由乃に言った。

「ねえ、由乃、預かっているでしょう?」

「預かっているって、何を?」

「この家の鍵を」

「うん、ここにあるよ」

そう言って由乃はポケットから鍵を取り出して私に見せた。

光の中に出された鍵は使い古されてくすみ、灰色の姿を空気中でふらふらと振るわせた。

「そっか、それならいいんだ」

私はそういいながら玄関の戸に近づき、そして静かに鍵を閉めた。

 

                                                        了

 

 

 

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