1月の冷たい空気が頬を撫でていく。ただ冷たいだけではない、清冽といって良い清清しい朝の冷たさ、踏みしめると雪がサクサクと沈む、志摩子は今日から始まる新学期が良い物になりそうに思えて、世界が白く染まっている事さえその予兆のように思えた。

 依然寒さは続くが、もうすぐ春になる、春になる、と何度も志摩子は思い、その確信は何だかウキウキするものだった。

 きっと、もうすぐ、春になる。

 白い息を吐きながら志摩子は呟いて、珍しく積もった雪の道を歩く、バス亭で立っている間も、バスに揺られている間も、志摩子はその白い世界を楽しんでいた。

 私立リリアン女学園、志摩子が通うその学園は、今日から新学期を迎える。幼稚舎から大学まで一貫のお嬢様学校、バスを降りて雪を踏みしめながら通学路を歩いていると、後ろから志摩子に声がかかった。

「おはよう、志摩子さん」

 決して慌てず、体ごと優雅に振り返ると、そこにはおかっぱの髪をした、日本人形のように愛らしい少女が立っていた。

 妹の二条乃梨子。

 リリアン女学園では、姉妹制度というものがあって、親しい下級生を妹として指導していくしきたりがある。その制度上、志摩子の妹は二条乃梨子だった。

「おはよう、乃梨子」

 妹は小走りに志摩子に並んで笑顔を見せる、「休みどうしてた?」とか「お正月に行ったお寺がね」とか乃梨子は嬉しそうに志摩子に話し、志摩子も笑顔で頷いている。

「今日から三学期ね」

「うん」

志摩子はにこにこと微笑みながら言葉を接ぐ。

「私ね、ふふ、おかしいのよ。朝から雪が積もってるだけで、世界が真っ白で、凄く良い事がありそうな気がしたの」

志摩子の言葉に乃梨子は微笑んで頷いた。

「ううん、そういうの分かるよ、なんか、綺麗だもんね」

「今年もいい事ありそうだわ。ふふ」

と、志摩子が嬉しそうにしていると、乃梨子が少し首を傾げた。表情に出さないけれど、乃梨子の些細な仕草を志摩子は見逃さない。

「どうしたの?乃梨子?」

「いえ、祥子さまも、令さまも、卒業だなって思って」

小笠原祥子と支倉令は同じ生徒会の仲間で、志摩子や乃梨子の先輩にあたる。

彼女達はこの春で卒業だった。

「そうね、最上級生になるんだから、しっかりしなくちゃね」

と志摩子が微笑むと、乃梨子は自分の髪の先を触る。表情は変わらない。

「どうしたの?乃梨子」

「ねえ、志摩子さん、卒業したら……」

「ごきげんよー!」

いきなり背中を叩かれて、志摩子が振り向くと、そこには生徒会の仲間の、島津由乃と福沢祐巳が立っていた。祐巳さんなんか、由乃さんに無理矢理肩を組まれて縮こまっている。

「朝から姉妹仲良い事でいいわねえ、私は三学期も二年生同士結束を固めようと思ってるのにお邪魔みたいねー、これだから妹持ちって奴はー!」

「由乃さん、恥ずかしいから離してよー」

由乃さんの腕の下で祐巳さんは呟いているが、由乃さんは聞く耳持たないようだ。

「邪魔なんて事ないわ、由乃さんも、祐巳さんも、今年もよろしくね」

「「もちろん!」」

祐巳さんは由乃さんの腕から抜け出し、四人は向かい合う。

「乃梨子ちゃんも、今年もよろしくね」

と祐巳さんが言い、乃梨子も笑顔で答える。四人で並んで歩いて、雪をサクサク踏みしめて、楽しい新学期になりそうな気が、志摩子はしていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜オープニング〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

魔法少女志摩子 第一話

       『はじめての魔法』

 

 

教室で志摩子が席に座っていると、カメラのフラッシュがいきなり光った。

「ふふふ、白薔薇さまの初登校を激写〜ってね」

「あら、蔦子さんったら」

武嶋蔦子は、写真部の副部長で授業中以外はカメラを手放さず、女子高生の美しい今を写真に収める事を自分の天命と考えているそうな。

「なんだか嬉しそうだったんで、撮っちゃったんだけどね」

「ええ、雪が降ったから」

「雪?」

「白くて綺麗でしょう?」

蔦子さんは少し首を傾げて、まあ、そうかもね、と言って背を向けた。

「また、誰かを撮りに行くの?」

「久しぶりの登校だからねー、休み明けで変わった少女達が私を待っているのよ」

と言って蔦子さんは出て行ってしまう。やれやれ、な人だ。

やがて先生が教室に入り、新学期の始業式が始まり、生徒会側としてバタバタとした時間を志摩子は過ごした。

令さまも祥子さまも、きびきびと式を執り行い、志摩子も必死になっていて、余り考え事をしている余裕もなく、始業式は過ぎていった。

「志摩子頑張ったね」

と令さまは言って下さって、祥子さまからも「志摩子がいるから安心して卒業できるわ」と言っていただけた。

純粋に嬉しい。

初日の授業はのんびりと過ぎて、ああ、やっぱり今日は良い日だな、と志摩子は思いながら、三学期初登校の日は終わる。

そして乃梨子と一緒に帰ろうと、志摩子が校門まで歩いていると、懐かしい姿を見つけて足が止まった。

佐藤聖。

今ではリリアン女子大にいってしまった、志摩子のお姉さま。

「お姉さま!」

声をかけると聖は振り向いて、いつものように美しい顔を志摩子に見せた。

佐藤聖は背が高く、足が長い、まるでモデルみたいに見える。

ハーフみたいに彫りが深い顔で、運動が出来て、理想像みたいなお姉さまだった。

聖は志摩子を見るとにやりと笑って片手をあげた。

「ごきげんよう、志摩子」

「お姉さま、どうしてここに?」

「志摩子に会いに」

なんてふざけて言っても、お姉さまは様になっちゃうから困った人なのだ。

志摩子は何だかお姉さまといるとドキドキして、不安定になってしまう。

前はこんな事はなかったのに、離れてしまったからなのだろうか。

「冗談、でしょう?」

妙に真剣な口調になって、志摩子は焦る。相変わらずお姉さまは飄々としていた。

「いやいや、ところがこれが冗談でもないんだなー、これが。新学期になった可愛い後輩達をちょっと覗いてみよう、なんて思っちゃったりしたから」

どうして?

お姉さまは、これからはもう干渉しないと、そういう線引きを、きっちりする人だと志摩子は思っていた。

心がかき乱される。

でも同時に、もっとかき乱されるのを、志摩子は望んでいるような気さえした。

「でも志摩子は、元気そうだから安心したよ」

安心しないで。

反射的にそう思ってしまった。

もっと自分に構って欲しい。

自分を見て欲しい、となぜか志摩子は思ってしまう。

「志摩子さん?」

不意にかけられた声に振り返ると、乃梨子がいる。志摩子はドキリとして焦った。

まるで見られてはいけないところを見られたみたいに。

「可愛い孫も来たみたいだし、私は退散するよ」

と言って、お姉さまは去って行く。

忙しく腕を掻く乃梨子に、志摩子は慌てて笑顔をみせる。

「乃梨子を待ってた間、たまたまお姉さまに会って」

「うん、分かってる」

物分りの良い妹でよかった、と志摩子が思う横で、乃梨子はずっと体のどこかを掻いていた。

志摩子はそれに、気付かない。

バスの乗って別れるまでずっと、2人の心はチグハグなまま、会話だけが寒々しく噛みあって、無理をしあって、どこか空疎なまま別れた。

座席に座りこみながら、志摩子は目を瞑ってため息をつく。

変な自分。

嫌な自分。

正しいものは、どこにあるんだろう。

今日は一日、良い日になると思ったのにな。

バスが止まり、降りて歩いて、雪を踏みしめても、今朝のようには気分が晴れない。

自宅へ続く長い道を黙々と歩く。

真っ白な雪の道。

車の痕を踏みながら、志摩子はその白い道の中に、小さな黒い点があるのに気付いた。

「何かしら」

歩いて近づいてみると、それは怪我をした猫だった。

首輪をしているところを見ると、飼い猫なのかもしれない。

志摩子はその猫をどうしようか迷う。

昔、お姉さまが猫に餌をやっているのを非難したことを思い出した。

助ける事が、かえって残酷なこともあるのではないか、と。

「そうよ……」

歩き去ろうと思ったら、赤いものが視界に入った。

よく見ると、猫は血を流し、白い雪を赤く染めている。

「でも……」

飼い猫なんだから、助けなくても、きっと飼い主が……。

閉じられた目、苦しそうな息、この猫は生きている。

同じ、生き物だ。

志摩子はその猫が、助けて、と言ったような気がした。

その声を、確かに聞いた気がしたのだ。

「うん」

志摩子は猫を抱き上げる。

目の前の猫一匹助けなくて、何を助けることが出来るだろう。

後悔するような事はしたくない。

何かを助けたいという想いが、間違っているとはどうしても思えなかった。

志摩子が腕の中に猫の温もりと重みを感じ、その袖を血で塗らした時、猫の首輪が光りだした。

「何?」

見たこともないような、独特の半透明の光、赤紫の薄い光を首輪は放ちはじめる。

やがて首輪は光そのものとなって、志摩子の腕に巻きついた。

ぐるぐると回る光はやがて輝きを失い、腕輪となって志摩子の腕におさまる。

志摩子はそれをただ呆然と眺めることしか出来なかった。

何が起こったのか志摩子は考える、でも分からない。

とりあえず優先すべきは、猫の治療。

そう思った志摩子は、我が家に向かって雪道を登り始めたのだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜アイキャッチ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

浴槽に身を沈めた志摩子は、自分の体が軽くなり、温かさに包まれるのを感じる。

寺とは言っても、住居部分は普通の家、お風呂も一般的な家庭と同じバスタブである。

「ふう……」

猫は一応の手当てをして自室に寝かせてある。

なんとなく、両親には言っていない。

色々志摩子は考えてしまう。

乃梨子のこと。

お姉さまのこと。

猫のこと。

腕輪は外れず、お風呂の中でも志摩子の腕に収まったままだ。

考えながら長時間お風呂に入っていると、志摩子の肌は桜色に染まり、瑞々しい肌が水滴を弾いて汗を出す。

「志摩子、あんまり長湯するなよ」

と父が外から大きな声をかけてきて、ようやく志摩子はお風呂から上がったのだった。

 

なかなか乾かない長い髪を、タオルで拭きながら自室へ戻ると、猫は未だに目を開けていなかった。

その小さな胸が上下しているのが見える。

(ふふ、可愛い)

猫は無邪気な寝顔ですうすう眠っている。

自分も早く寝て、猫のことは明日、お父様に言おう。

そう思って眠りについた。

 

深夜、猫が目を覚ます。

彼は周囲を見回し、『日本語』で呟いた。

「くそ、ここはどこだ?一体どうなってる?」

彼は前足で自分の首を掻き、そこに首輪がない事に気付く。

「ない……どこへ行ったんだ?まさか、世界線を越える途中で……」

彼は焦ったまま、部屋のドアを開けて器用に出て行く、志摩子の腕にはまった腕輪には気付かないまま。

 

当然、朝志摩子が目覚めた時に猫はいない。

飼い主のところへ帰った、志摩子はそう思うことにする。

パジャマを脱いで制服に着替え、バスに揺られて学校へ向かう。

いつもの通学路で乃梨子に出会うと、彼女は寝不足な顔で、昨日の続きのように空虚な様子だった。

「乃梨子、どうしたの?」

「何にもないよ」

「何だか、顔色も悪いわ」

「ごめん、ちょっとネットで仏像関係見てたら夜更かししちゃって、でも平気だから」

「そう?」

こんな風に、時々乃梨子は苦しそうな顔をする。

そしてその理由を決して語ってはくれない。

話してくれるまで待とう待とうと、ずっと思っていた。

でもこの顔を見るたびに、心配で心配でたまらない。

なぜなら、苦しそうな顔をするのは、自分と一緒にいる時だけのように思えるからだ。

「ねえ、乃梨子……隠し事しちゃいやよ?」

「もちろん、志摩子さんに隠し事なんて」

そういう乃梨子の表情は、隠し事をしている顔だった。

こんな時志摩子は、他人の心が全部分かればいいのにな、と思う。

思った瞬間、腕輪が微かに光を放ち始めるのに、志摩子は気付かない。

 

 

昼休み。

またもカメラのフラッシュが光る。

「三薔薇揃い踏みでお弁当、いい写真取れちゃった」

クラスは違うのだが、珍しく三人で集まってお弁当を食べていたところを、蔦子はバッチリ見逃さなかった。

志摩子が、昨日の帰りの乃梨子の様子や、朝の乃梨子の様子を相談するために、祐巳達のクラスまでやってきていたのである。

「あ、蔦子さん、丁度よかった、蔦子さんも聞いてよ。いいよね、志摩子さん?」

と祐巳は微笑んで、志摩子の悩み相談仲間に蔦子を引きいれる。

志摩子は、蔦子が観察眼の鋭い人間なのを知っていたので歓迎した。

「何だか、乃梨子が隠し事をしている気がするの」

昨日の帰り、今日の朝、時々見せる苦しそうな表情。

ふんふん、と頷いていた由乃さんがまずは口火を切る。さすが、いつでも青信号の異名は伊達じゃない。

「それはずばり……恋ね!」

「恋ーーー!?!」

祐巳さん、声が大きい、と全員から突っ込まれて慌てて祐巳は口を塞ぐ、新聞部に聞かれたらまずいスキャンダルに発展しそうだ。

「恋って、誰に?」

祐巳が言うと由乃は自信満々に、「そんなの、分かんないわよ!」と断言する。

乃梨子が、恋。

なんだか志摩子はぐらぐらと自分が揺れるのを感じた。

凄く嫌な感じがする。

何が?

乃梨子が恋をするのが。

何故自分は、乃梨子が恋するのが嫌なのだろう?

「まあまあ、そう決め付けなさんな、由乃さん」

蔦子さんは飄々とした態度で言う。

「まだ、恋って決まった訳じゃないでしょう。私が思うに、これは部外者はどうこう言うより、姉妹の問題って気がするな」

「姉妹の問題?」

「気になるんなら、正面から当たってみるのもありだと、私は思うわよ志摩子さん」

と蔦子は言いながら、お弁当についていた爪楊枝で祐巳のウインナーをパクリと食べる。

「ああ!私のたこさん!」

「まあ、相談料ってことで、それじゃあ」

蔦子さんは手をひらひら振って去って行こうとする。

正面から……。

志摩子は頷いた。

「私、乃梨子とお話してくる」

「あ、ちょ、志摩子さん!」

志摩子は乃梨子のクラス目指して駆け出した。

話せばきっと分かる。

だって姉妹なんですもの。

きっと、心は、通じ合っている。

そうして乃梨子のクラスの前まで駆けて行くと、可南子と乃梨子が口論しているのが見えた。

可南子は乃梨子を見下ろしながら静かに言う。

「ちょっと、らしくないんじゃないかな、乃梨子さん」

「何がよ」

「ずっと苦虫噛み潰したみたいな顔で、うじうじするのが、らしくない、という意味です」

「うじうじなんてしてない!私は……」

「白薔薇さまのことでしょう?傷つくことを怖がって、当たってみてもないのに、それをうじうじって言うんです」

可南子の叫び。

志摩子は呆然とそれを聞く。

え?

白薔薇さまの、こと?

その時、はっと、乃梨子や可南子と、志摩子は視線が合った。

「私の、こと?」

言った瞬間、慌てた乃梨子が駆け寄って、早口でまくしたてる。

「違うの志摩子さん、これは可南子さんが勝手に言ってるだけで、全くの事実無根の話で……」

「乃梨子、教えて、何を隠してるの?お願い、教えて」

乃梨子は目を逸らし、弱弱しく言う。

「何も、隠してなんか……」

その手は、せわしなく腕を掻いていた。

「隠してる!!」

志摩子は叫ぶ。

「どうして私に何も言ってくれないの!?私は、そんなに頼りないお姉さまなの?乃梨子っ!」

肩で息をする志摩子と、乃梨子の視線が交錯する。

沈黙、緊張。

そして

乃梨子は目を逸らした。

「何でも、ないよ……」

「乃梨子っ!」

志摩子は思う。

乃梨子の心が見たい。

どうしても、見たい。

そう願った瞬間、

腕輪が、凄まじい光を放った。

──願いは……叶う。

リリアン女学園全体を光が包み、巨大な光の柱となり、それが晴れた途端。

学園は、大混乱に陥った。

 

美奈子と真美は、その時部室に居た。

「真美、あんたも妹が出来たけど、まだまだね。記事には読者の望むニーズが……」

などと美奈子が、いつものように記者の心得を一説打っていた時だ。

真美はいつものようにこう思う。

(まったく、うざいなあ、ニーズで書くんじゃ新聞じゃないでしょ)

調子よく喋っていた美奈子の動きが止まる。

「なんですって?」

「え、あ?」

「誰がうざいのよ真美!」

(可愛くないのよね、真美は大体)

その心の声を聞いて、真美はかちんときてしまう。

「余計なお世話ですよ!可愛いって思われたい訳じゃありません!」

(それだったら、誰か別の子を妹にすりゃいいのに)

反感から思った思考が、全てもれ出てしまう。

……部室へ寄ろうとした高知日出美が見たものは、取っ組み合いの喧嘩をしている姉妹だった。

 

テニス部。

「桂、そのラケット大事にしてるのね」

「え、ええ、お姉さま」

(だって、先輩から貰った大事なラケットだから……)

「桂、あなた、あの先輩のこと……」

 

廊下では、男性教諭が箒で殴打されている。

「不潔不潔!先生の不潔ーー!!」

「ち、ちがう、俺は……!」

(胸あるなあ……)

「不潔ーー!!!」

 

教室では祐巳が昔の由乃の写真を見ている。

可憐な、かつての大人しい美少女。

(過去の栄光……)

「なんですってー!!!」

 

また、片思いの女生徒なんかも大変なことに。

「逸絵ちゃん、あなた、そんな風に私のことを……」

「ち、違うんです先輩!」

 

などなど、チョコレートコートな関係の人々なんか大変ですね。

学園は大混乱に陥る。

手ごろなところで手を打ったような姉妹なんか大変です。

志摩子はと言えば、突然心がだだ漏れるようになった途端、乃梨子が凄い速さで逃げ出してしまい、周囲から悲鳴が上がる状態に取り残されてしまった。

(ど、どうなってるの?)

他人の心の声が聞こえる。教室なんか、現実の声と心の声が入り混じった物凄い状態だ。

「私達のどこが馬鹿みたいだっていうの!瞳子さん!」

という怒号。

「そうやってすぐ集団で、馬鹿みたいに声をあげるところですわ」

心の声と外が変わらない人間もいるが、今にも吊るし上げられそうである。

自分のせい?

志摩子はどうしていいか分からず呆然としている。

そんな志摩子に鋭い声が飛んだ。

「ぼうっとするな、魔法の力が暴走してる!元を断つぞ」

志摩子は周囲を見回す、しかし大混乱のリリアン生が見えるだけで、誰の姿も見えない。

「どこを見てる、下だ下」

その声に導かれて下を見ると、そこには昨日助けた黒猫がちょこんと立っていた。

「え?あなた、猫さん?」

「猫ではない、僕はサラーフ・アッディーン・ローバーだ。いや、この世界では、僕のような種族は、猫と呼ぶのかな?」

「サラーフ……?」

「サロでいい。理解できるかどうかは分からないが、君はその腕輪・ラインゴールドの力で魔法が使えるようになっている」

うん、意味が分からない。

志摩子の許容量を、あらゆる出来事が超えている。

理解不能だ。

「どうしてラインゴールドが君を選んだのかは分からない。でもそれは、想いの力『魔法』を使うための道具だ。いま、君の想いがこれを起してる、君が本当に心の声を聞きたのは、誰だ?」

「わ、私は……」

「訳の分からない状況なのは分かる、でも時間がない、この混乱をおさめたくないのか?」

猫に怒鳴られる凄いシュールな状況の中、志摩子は考える。訳が分からない、分からないが、自分がこれを起したというのなら、何とかしたい。

絶対、何とかしたい。

「どうすればいいの?」

「OK、今、僕と君は心が漏れない状態だが、これは魔法の力によるものだ。ラインゴールドが君を守っているし、僕はもともと魔術師だ。僕と君とラインゴールドの力があれば、この事態を収めることが出来る。よって今からやることには、絶対に君の協力が不可欠だ」

「はい」

猫はうんうん頷く。

「君が本当に心の底から声を聞きたかった相手を探して、その相手にディスペルマジックを行えば、この状態を解除できる。だから、君は相手を探し出さなければいけない」

つまり

乃梨子を?

「でもどうやって?」

猫は首を振る。

「それは、君に任せる他はない」

「魔法で探せないの?」

「素人がほいほい魔法を使うな、そのせいでこうなったんだろうに」

「でも……」

乃梨子はどこにいるのだろう。

志摩子から逃げて、いま、乃梨子は……。

志摩子は耳を澄ませる。

今でも、乃梨子は心の声を出している筈だ。

それなら、聞こえるかもしれない。

ほんの微かでも、心が繋がっているなら。

無数の飛び交う心の声の中でも、乃梨子の声なら。

志摩子は、聞き取れる気がしていた。

「こっち!」

「分かった!」

駆け出す志摩子に並んでサロが走る。階段を駆け下り、スカートのプリーツを乱し、志摩子が走る。

二段抜かしで志摩子は階段を飛び、廊下を駆け抜け、靴箱を通り過ぎ、庭へ飛び出す。

走って走って、志摩子は、桜の木の下に乃梨子を見つけた。

自分達が出会った桜の下。

「乃梨子!!」

志摩子が叫んだ瞬間、乃梨子は目を見開いてびくりと震え、一目散に逃げ出した。

「来ないで!志摩子さん!来ないで!」

走って逃げ出す乃梨子を志摩子は追う。

だがもう息は切れ始め、足もふらついている。

「はあ……はあ……わたし……激しい運動は……」

息切れする志摩子を見て、サロは前足を振るった。

「仕方ない、特別だ。アッラーフ・アクバル」

そう唱えた瞬間、サロの前足から光の粒が出て、志摩子の足にまとわりつく。

すると志摩子はみるみる速度を上げて、全速力で逃げる乃梨子に肉薄する。

途端に、心の声が聞こえ始めた。

(私、志摩子さんが好き……)

乃梨子の声は、どんどん志摩子に届いてくる。

(姉妹としてじゃない……)

「志摩子さん!来ないで!!」

(友達としてじゃない……)

そこから漏れ出る乃梨子の本音は、肉欲・性欲を含む、手触りさえ感じるリアルな愛情。

乃梨子から聞こえる声。

それは確かな志摩子への愛だった。

(志摩子さんを傷つけたくない)

(志摩子さんを抱きたい)

(志摩子さんと……)

それは、キリスト者である志摩子には、踏み込んではいけない領域だった。

(聖さまとは、どうだったの志摩子さん……)

(聖さまが憎い……)

(聖さまには、まるで、志摩子さんは……)

見透かされたくないこと。

志摩子は、激しいショックにうちのめされる。

見てはいけない、見てはいけない。

これは、見てはいけないものだった。

マリア像の前で、乃梨子が足をもつれさせて倒れる。

「志摩子!ラインゴールドを使う!呪文を唱えろ!」

「呪文!?」

「自分が何者なのか、その真の呪文(ワード)がラインゴールドの力を引き出すんだ!念じれば、勝手に口から飛び出すはず!」

自分は何者なのか。

未だ何者でもない。

でも、胸にはいつもロザリオがあった。

私は

私は白薔薇。

ロサ・ギガンティア。

念じる、呪文を唱えるために、志摩子は心のままに口にする。

「神如き想いの力よ、その真なる姿をここに示せ!ロサ・ロサ・ギガ・ギガ・ギガンティア!」

腕輪はたちまち光を放って志摩子を包む、次の瞬間には志摩子は真っ白なドレス姿で、腕輪は長い杖に変わっていた。

「ラインゴールドが君の想いに答えたその姿なら、ディスペルできるはず!」

志摩子はまっすぐに杖を乃梨子に向けた。

祈る。

志摩子はひたすら祈る。

全てが、上手くいくように。

そうすると、杖から閃光が迸る。それは乃梨子を包み弾けた。

乃梨子を中心として生じる光の渦。

それはみるみる広がり、学園を包む。

そして光の柱が天に昇り消え去ったとき、心の声は、聞こえなくなっていた。

 

 

志摩子が乃梨子と一緒に下校している。

並んで、笑い合って。

「でもなんだったんだろうね、誰も昼休みが終わったことに気付いてなかったなんて」

そう言う乃梨子に微笑みを返しながら、あの後行使した、記憶を操作する魔法の疲れを思い出す。

魔法も結構疲れるのだ。

「さあ、なんだったんでしょうね」

そして乃梨子と別れてバスに揺られていると、鞄からサロがひょっこり頭を出す。

「大変な日だったな」

車窓の向こうを町並みが流れていく。

志摩子はぽつりと呟いた。

「ねえ……サロさん」

「なにかな?」

色んなことが、あった。

本当に色んなことが。

「全てが上手くいく魔法って、ないかしら……」

サロは答える。

「ないよ」

車窓の向こうでは、ただ町並みが流れていく。

疲れた体を志摩子とサロは、ただ投げ出して、流れに身を任せていた。

 

 

………

……………

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜エンディングテーマ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

次回予告!

サロ「戦いの狼煙は上がった。絶望の地に打ちひしがれる人々の前に現われる女一人。戦うためだけに死地に赴く女がいる。信じるものの為に命を投げ出す女がいる。ただ、前を行く女一人、女、一人」

志摩子「次回、魔法少女志摩子『忍び寄る魔法』

     次回もあなたのハートにギガンティア!」

 

                                    

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第一話あとがき