中等部の頃、祐巳さんと腕に巻くビーズを作りあったことがある。

「私達、年が離れてたらきっと姉妹になってたよね」

なあんて言い合って。どっちが姉になるか揉めたりして、そんな友情がずっと続くと思っていた。

でも、高等部に入ったら祐巳さんとも親友でいながらも、お姉さまもちゃんと作って、と現実的な夢想もしてて。

もしもお姉さまが出来たら絶対その人についていって、離れなくて、リリアン一仲むつまじい姉妹になるんだって、本気で思っていた。

何色ものキラキラしたビーズで作られたブレスレットは、光によって紫や青や赤や、さまざまな光を反射して、私達の未来も、こんな風に何色にでも輝けるものだと信じて疑わなかった。

銀杏並木が続く校門を祐巳さんと並んでくぐるころは、大分自分の身の程を知るようになっていたけど、それでもまだ、私は何者にでもなれる気がしていた。

 

『ビーズ』

 

高等部に入ると全てが一変した。

中等部の頃よりクラブハウスは充実して、美しいお御堂が建っていて、先輩方は皆輝いて見えて、何よりも三色の薔薇が咲き誇っていた。

まるで、違う世界に来たみたい、と本気で思った。

そうして色んなことに、テニスや、新しい授業や、新しい友達に夢中になっている内に、祐巳さんは薔薇の館の住人になって、すっかり遠い人みたいになってしまった。

あれほど夢見たお姉さまとの関係も、決して悪くはないものの、平凡な、特別仲の良い先輩後輩というだけで、あの頃見ていた遠い幻想には届きそうもない。

祐巳さんとも随分話していない。

あの頃と比べると、私は無くすものばかりで、何も得ずに、ただ幻想がくすんでいくのを眺めていくだけなのかな。

そんなとき、もうすぐご卒業される先輩と話す機会があった。

前から、テニス部内では薔薇様に匹敵するくらい憧れられている、素敵な先輩だった。

その日はたまたまお姉さまが休みで、先輩が私を指導してくれて、帰りに一緒に食事まで誘ってくれた。

それは看板の出ていない、マンションの一室の隠れ家風の和食の店で、天麩羅が始めて食べた全く違う料理みたいな味がした。

「いつも、こういうところに?」

「ええ、割と良く」

お金持ちのお嬢様だという噂は聞いていたけれど、先輩は本当に凄かった。

私がトイレに行っている間に勘定は終っているし、タクシーを呼んで私を家まで乗せてくれた。

それから何が気に入ったのか先輩はよく私を連れて遊んでくれるようになって、私は見たこともない、知らない輝いた世界をいくつも見ることになる。

初めてフォアグラを食べたり、初めてドレスで着飾ってパーティーに(上流階級みたいな!)行ったり、バレンタインデーに私がチョコを渡すと、先輩はチョコと一緒にピアスをくれた。もう見るからに高そうなものだった。

姉が怒るのも時間の問題である。

「あなた、先輩の妹になる気?」

とお姉さまは言ったけど、私はどうしてもその輝いたものを捨てることができなかった。

そしてとうとう、ある日、私は先輩に自室に誘われてついていった。

そこで先輩は、いきなり私にキスした。

そのまま私を抱きかかえて、ベッドに押し倒す。

「眼を瞑って」

そして…

結局、

私は

先輩を拒否して逃げ帰った。

明らかに先輩は傷ついた顔をしていた。

私はバカだった、ただの後輩にあそこまでしてあげる義理なんて誰にもないんだ。

後輩への善意だけであんな色んな世界を見せてくれる訳ないじゃないか。

家へ逃げるように帰って、私はとても惨めな気分で泣いた。

輝いたものも失ってしまったし、私はこうやって、一生、何も得られないままなんだ。

自分のバカさで人を傷つけて、最低だ、死んじゃえ、私。

次の日は学校をさぼった。

何もする気がなくて寝転んでいると、一日もぼんやり過ぎていく。

部屋の片付けや掃除を意味もなくやった。

不意に、昔祐巳さんにもらったビーズが視界に入る。

それを手に持って弄んでいると、留守番電話にメッセージが入る。

「あのねえ、先輩に聞いたよ?喧嘩したって。先輩は怒ってないし、学校に来なさい。お姉さまからのめ・い・れ・いです!分かった?」

なんとも、本当の姉みたいに垢抜けないメッセージを残してくれる。

何ヶ月も話してなかったのに。

本当の姉妹みたいに話してくれる。

繋がっていてくれる。

今はそれが泣きそうなくらい嬉しかった。お姉さまの顔が切ないくらい懐かしく思い浮かぶ。

お姉さまの言うとおりだよ。

ちゃんと学校行かなきゃ。

先輩に謝らなきゃ。

でも、謝ったあと、私はまたみすぼらしい気分になるのかなあ、と思うと、少し憂鬱になる。

そう思っていたら、驚いたことに、祐巳さんからもメッセージがあった。

「桂さん、お休みしたってきいて、大丈夫かなって思って、中等部の頃と違って話す機会へっちゃって、どうしてるかなあって。えっと、それだけ、かな。あ、そうだ、あの、ビーズ持ってる?ほら、私達は姉妹になれないから、ロザリオの代わ」

ブツッと音をたててメッセージが途切れた、時間切れだ。

私は思わず笑い出しそうになった。全然、留守番電話のメッセージの長さとかを計算していない。相変わらずおっちょこちょいなんだから。

そして、なんとも恥ずかしい事実まで思い出させてくれた。

このビーズは、私と祐巳さんの姉妹の契りの代わりだったんだ。

何て恥ずかしいことをするのか。

安っぽい、駄菓子屋を連想させそうなビーズで、それでも真剣にあの頃、これをお互いに作ったんだ。

きっと今でも、祐巳さんはあのビーズを大事に持っているのだろう。

なんだかおかしくなった。

ビーズに腕を通そうとしたら、通らなくてまた笑った。

なくしてばかりだと思っていたけど、ビーズに腕が通らなくなるくらいには成長してたんだ。

あの頃、想像していたものとは違うけど、ビーズを私も祐巳さんもなくしてないみたいに、まだ色んなものが私には残っているんだ。

私は、明日学校に行ったら、先輩に何て謝ろうか考え始めていた。

 

                                                  了

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